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『コロナショック後の人出変動と企業倒産:GoogleロケーションデータとTSR倒産データを用いた実証分析』研究報告

  • 経営管理研究科 准教授宮川 大介

2020年9月30日 掲載

新型コロナウイルスの感染症拡大により人々の行動様式にも変容が迫られ、経済活動への大きなダメージが懸念されていた2020年4月14日、経営管理研究科の宮川大介准教授は共同研究先である東京商工リサーチ(TSR)と共に『コロナショック後の人出変動と企業倒産:GoogleロケーションデータとTSR倒産データを用いた実証分析』と題する論文をRIETI(経済産業研究所)から発表した。疫学的な見地による行動自粛要請とともに各種の給付金・補助金が緊急避難的に運用される中、こうした政策の経済効果を定量的に測定することが、コロナ対策の検討において今後必要になるとの認識に基づくものだった。

人の動きが減少した地域で倒産確率が増加

宮川 大介准教授

経営管理研究科 宮川 大介准教授

宮川准教授の研究では、まず、Googleが公表している2020年1~3月の個人の移動履歴データによって人の動きの変化を把握した。当該データは、①外食・娯楽②小売③公園④交通⑤職場⑥住宅地からなるエリア種別毎の人出変動を、都道府県別に集計したものである。例えば、エリア種別では−28%の交通から、+5.1%の住宅地まで大きな違いがあった。都道府県別では、東京都の−39%から、島根県の+0.103%までの開きがあった。なお、全平均では−8.2%であった。

次に、TSRが収集した"コロナ後"の2020年2~3月における企業の倒産情報により倒産企業を特定した。更に、コロナ後の倒産動向を正確に導き出すために、"コロナ前"となる2019年12月度の倒産履歴データとの比較も行っている。

宮川准教授は、一橋大学とTSRとの間で締結された共同研究契約の成果である「機械学習手法・AIを用いた企業の将来予測」に関する特許を同社と共同で取得している。コロナ後の倒産データに関する今回の迅速なアクセスは、同社と宮川准教授とのこうした長きに亘る共同研究体制に大きく依存している。

これらのデータに基づく分析から、コロナ後に人の動きが低下した都道府県での倒産確率の増加傾向が確認された。こうした傾向がコロナ前から続く各地域の経済動向を反映している可能性を考慮して、コロナ前のデータを用いた同様の分析を行ったが、そうしたパターンは確認されておらず、結論として、コロナ後に変化した人の動きが企業倒産に影響を及ぼした可能性が指摘されている。また、企業の業種別では、飲食・宿泊業において当該傾向が顕著に表れたほか、近隣都道府県の行動制限措置の影響や、取引先の所在する都道府県における状況に着目した分析も行われている。

発明の名称:企業情報処理装置、企業のイベント予測方法及び予測プログラム、特許番号:第6611068号

エビデンスに基づく政策立案(EBPM)の必要性

こうした分析は、4月16日の非常事態宣言発出が企業倒産に影響した可能性を強く示唆している。特に、飲食・宿泊業を中心に、特定業種に対する強い業績悪化圧力が集中的に発生している可能性が懸念される。

「こうした大規模なショックに対して、補助金や給付金、政府系金融機関を中心とした資金供給といった経済対策がスムーズに機能しないと、本来は退出すべきではない企業や事業者が市場からの退出を余儀なくされてしまいかねません」と宮川准教授は指摘する。

ここで注意すべきは、コロナショックがなかったとしても業績不振から退出していた可能性の高い企業や事業者が、こうした経済対策で延命する可能性もあるという、いわゆる"ゾンビ企業"の問題だ。現に、2020年5月度の企業倒産件数は過去に例のない程低水準となった。

「明らかに不自然な状況だと思います。裁判所の倒産手続きがコロナ禍のために追いつかないといった事情もあると言われていますが、自然な退出のメカニズムが変調をきたしている可能性も否定できないと思います」

こうした議論は、経済対策が適正なさじ加減の下で行われる必要性を指摘するものでもある。実態を踏まえた政策運営がなされなければ、大規模なショックへの対応を超えて、逆に経済に対してマイナスの影響を生み出してしまう可能性がある。

「新型コロナウイルスの実態やその影響度がなかなか正確には把握できなかったことに加えて、企業の倒産や経営状況を表すデータをリアルタイムで取得する備えが政府部門になかったといった制約が、こうした適切な政策運営の足かせとなっています。今後は、こうしたデータの整備を含めてエビデンスに基づく政策立案(EBPM:Evidence-Based Policy Making)を実現していく必要があると考えます」

1週間でデータを分析し論文にまとめる

企業や個人単位で計測された大規模高次元データ(ビッグデータ)を用いた実証研究に取り組んでいる宮川准教授は、2020年2月時点において本研究とは異なるテーマの研究を準備していた。具体的には、当時の主要な論点であった新型コロナウイルスの発生地とされる中国におけるサプライチェーンの途絶が、日本企業にどういった影響を及ぼすのかを検討するものである。しかし、海外のデータをタイムリーに入手するハードルが高く、コロナ禍における海外企業との取引実態を探ることも困難であった。

「そうしているうちに、2月後半から3月にかけて、宿泊業や飲食業などの国内B to C企業の業績悪化が主要な問題として浮上してきました。こうした状況で研究テーマを模索していた4月初めに、本学経済研究所の深尾京司特任教授から、Googleが人の移動を測定したデータを公表していると教えて頂きました。2月以降、企業の業績や倒産動向を追っていたので、そのデータにGoogleのデータを接続すれば、コロナショックがもたらす人出と企業業績の関係が分析できるかもしれないと思い立ちました」

宮川准教授は、深尾特任教授がリーダーを務める科学研究費(科研費)助成事業「サービス産業の生産性:決定要因と向上策」プロジェクトや、東京大学大学院経済学研究科の星岳雄教授がリーダーを務める科研費助成事業「日本経済長期停滞のメカニズムの解明」プロジェクトなどで連携関係にある。

「新型コロナウイルスの影響を分析するなら、とにかく早くやらなければ意味がないと深尾特任教授に強く勧められ、1週間ほどで論文にまとめました」と宮川准教授は振り返る。

第二波・第三波の対策会議の判断に貢献へ

論文の内容を広く社会に問うべく、宮川准教授はRIETIのポータルサイトや、自身の連載が開始された日本経済新聞『やさしい経済学』、各種の経済誌における小論などで、その含意をわかりやすくまとめている。

今後の課題は、ひとえに分析用データのタイムリーな取得にある。企業の倒産は、裁判所や債権者の情報からある程度速やかに把握できるが、解散や休廃業はその確認に一定の時間を要する。TSRとの共同研究関係を通じて、こうしたデータを地道に収集していくことが重要となる。

「このほか、補助金や給付金の申請や支給時点と企業の状況を紐づけることが極めて重要であり、正確なタイムスタンプが重要な情報となります。過去に例を見ない規模で実施された各種の施策の評価にはこうしたデータが欠かせません」

新型コロナウイルスの感染拡大状況下にあって、政府は2020年2月14日に疫学的対応策を先行させるべく、感染症対策の専門家を集めた「専門家会議」を立ち上げた。その後、7月3日には経済学者や弁護士、県知事なども加えた「新型コロナウイルス感染症対策分科会」に移行した。

「人命最優先で疫学的対策を先行させたことは理解できます。ウイルスの実態がよく分からないうちは、疫学的対策のツマミを強めに回すといったことが必要だったかもしれません。一方で、少なくとも短期的には明確なトレードオフの関係にある経済への影響も意識されています。特に、行動制限を緩めるとすぐに感染の終息が遠のくという現下の状況は、感染拡大を封じ込めることが技術的に難しいということを示唆していますので、このトレードオフが長期にわたる問題となる可能性もあります。こうした問題に対して最適なツマミの位置を検討するためには、経済データに基づく分析結果が必要です。個人的には、各種データを継続的に収集し、今回の研究を今後より精緻化させることで、再度到来する可能性のある第二波・第三波に関する対策会議の判断に貢献できればと考えています。すでに、コロナ前の企業退出データから推定したモデルと、部分的に得られたコロナ禍における企業業績データを統合する形で、企業の退出動向に関するシミュレーション分析を行い、RIETIから公表しています※※。企業に関する実データを用いた分析は世界的に見てもまだ殆ど例がないため、内容の正確さを十分に検討した上で、今回の研究成果も出来る限り速やかに公表することを意識しました」と宮川准教授は結んだ。

タイムスタンプ:ある出来事が発生した日時・日付・時刻などを示す文字列
※※RIETI Discussion Paper Series 20-E065