一橋大学商学部に「データ・デザイン・プログラム」開設
- 経営管理研究科 教授鷲田 祐一
2020年3月17日 掲載
2021年4月より、商学部に「データ・デザイン・プログラム」を開設することが決まった。このため、2019年11月に大学院経営管理研究科に「データ・デザイン研究センター」を設置し、プログラムの内容を詰めていく体制を整えた。本プログラムは、一橋大学が構想を進めている新学部「ソーシャル・データサイエンス学部・研究科(仮称)」のパイロットとなる役割も担う点は特筆すべきだろう。そこで、本プログラムの内容や設立の経緯、狙いなどについて、同研究センター長に就任した大学院経営管理研究科の鷲田祐一教授に話を聞いた。
鷲田 祐一教授
経営管理研究科
データ・デザイン研究センター長
新しいタイプの
"デザイン経営者"を育成
商学部にデータ・デザイン・プログラムを設置する目的は、技術とビジネスを"情報(データ)"と"デザイン"で連結できる新しいタイプの経営者(デザイン経営者)を育成し、日本に払底している"イノベーション人材"を輩出することにある。その柱として、コンピュータ・サイエンスとデザイン思考を融合したカリキュラムを構成する点に独自性を設けている(マーケティング思考や経営戦略思考に基づくデザイン思考を柱の一つとすることで、理系のコンピュータ・サイエンスと差別化)。具体的には、UX(User Experience)デザイン系科目(マーケティング・コミュニケーションなどを含む)、ビジネス・モデル・デザイン系科目(経営戦略、マーケティング、ファイナンスなど)、コンピュータ・サイエンス/プログラミング系科目(AI、IoT、Big Data等を含む)を用意。また、数理・統計系科目や知的財産法、メディア学などの本学他学部の専門科目の履修をはじめ、芸術系大学、産業技術総合研究所及び民間企業と連携した実践機会、及びイノベーション・デザインで先進的な海外の大学への留学機会を提供し、グローバルレベルで通用する人材育成を目指す。本プログラムは2年生を対象とする20名程度の選抜制の特別プログラムに位置づけ、商学部以外の学部生も受け付けて学部横断的な共通単位を増やし、修了者にはサーティフィケートを発行する。
※UX(User Experience)=利用者が、製品やサービスを通じて得られる体験や印象
"コンピュータ・サイエンスとデザイン思考の融合"がテーマ
本プログラムを設置した経緯について、鷲田教授は次のように話す。
「もともとは情報系人材に対する社会的なニーズの高まりがあります。一方、本学において当該人材育成への取り組みが中途半端なものに留まってきたという反省もあり、本格的なプログラムを設置しようとの動きにつながりました。ただし、社会科学系の大学として理系の領域に後発的に踏み込む形となるため、一橋ならではの特徴づくりとしてデザイン思考を掛け算することにしたのです。コンピュータ・サイエンスとデザイン思考の融合が本プログラムのテーマとなりますが、これは今注目されている"デザイン経営"の流れに沿うものでもあります」
今、世界には"GAFA"(Google、Apple、Facebook、Amazon)と呼ばれるアメリカのプラットフォーマーが、インターネットビジネスやデータビジネスを寡占し、"BAT"(Baidu、Alibaba、Tencent)という中国企業がその後に続くという構図がある。
「こうしたプラットフォーマーが支配的地位を確立できているのは、"ネットワーク効果"によります。製品やサービスの利用者が増えれば増えるほど、その製品やサービスの価値が高まることを指す概念です」
最初に画期的な製品/サービスを市場に投入しユーザーが付き始めると、ユーザーの意見を吸収して製品/サービスを次々に改良していける。また、口コミなどで次々にユーザーが増え、ますます製品/サービスの質が高まるという構造にある。後続者は追いつくことができず、"Winner takes all"といわれる寡占状況となるのだ。"収穫逓減の法則"は、所与の状況の下で、ある生産要素を増加させると利益は増加するものの、その増加分は次第に少なくなるというものだが、ネットワーク効果は逆であり、これをもたらすものがイノベーションにほかならない。
「このネットワーク効果の力の源泉は、そのサービスのユーザー数に他なりません。より多くのユーザーが使うことで、そのサービスの社会的価値が高まっていくのです。このような環境での経営戦略を考えるためには、コンピュータ・サイエンスの代表されるような情報学の基礎と、早期にユーザーを獲得しえてゆくためのサービスデザインの基礎を身につける必要があります」
製品/サービスをヒットさせる
"デザイン思考"
そして、製品/サービスを数多くのユーザーに使ってもらうために求められるのが、"デザイン思考"である。「デザイン」とは、狭義では物品の色や形を指すが、広義では製品/サービス全体やそのユーザー接点を設計する行為全般を指す。いかに使いたくなる製品/サービスをつくるかによって収益力は変わり、企業経営は左右される。「したがって、アメリカの商品開発のプロセスとして、最上位に"デザイン過程"が置かれるケースがある」と鷲田教授は言う。経営者とデザイナーが最初にどんな商品をつくるべきかを決めているのだ。
「従来、日本では、最初に技術開発や機能設計があり、フィージビリティスタディがあり、最後の方にデザインがあったものが、最初にユーザーに受け容れられるデザインがあって、次にその実現のための技術開発を行うというようにように、日本以外の国では逆になっているのです」
2016年に経済産業省が行なった「第4次産業革命におけるデザイン等のクリエイティブの重要性及び具体的な施策検討に係る調査研究」によると、デザインを広義でとらえている企業のほうが、狭義にとらえている企業よりも"低価格"より"顧客にとっての使いやすさ"を重視していることがわかった。さらに、営業利益が6%以上増加した企業の割合が、デザインを広義で捉えている企業は41.9%であったのに対し、狭義で捉えている企業は25.0%にとどまっていることも判明している。「二つの結果から、デザインを広義でとらえる企業のほうが高付加価値な商品/サービスを提供し、より高い成長を実現させているといえる」と鷲田教授は指摘する。
企業経営を左右する
"デザイン経営"
このように、デザインのとらえ方が企業経営を左右している事実から、今"デザイン経営"が注目され始めているのだ。"デザイン経営"とは、前述のアメリカの商品開発プロセスに見られるように、企業組織内外のデザイナーが狭義な職能を超え、企業経営中枢の意思決定に参画する経営スタイルを指す。Apple社やDyson社が、実際にこうしたスタイルで大きな成果を挙げているのは広く知られるところだ。そこに、本プログラムとしてデザイン思考を掛け合わせる意義があるといえる。
「日本にはITエンジニアは100万人近くいても、自分一人でアプリをつくれる人は5万人程度しかいないともいわれます。95万人は重たい基幹システムの開発などに従事している。もっと軽やかに新しいサービスをつくり、市場に投入してチャンスを見出していけるような人材が圧倒的に不足しているのです。そんな存在を目指す学生が履修してくれることを期待しています」
自ら画期的なビジネスを
創り出せる人材を送り出す
1989年の世界時価総額ランキングでは、上位30位の中に日本企業が21社も占めるという状況であったものが、29年後、やっと35位にトヨタ自動車が1社、ランキングされているに過ぎない状況に様変わりしている。今上位を占めるのは、"GAFA"や"BAT"といった顔ぶれだ。ここに、日本企業におけるイノベーションの弱体化が象徴されているといえよう。
「とにかく、新しいビジネスを創出できる人材をつくらなければならないとの強い危機感があります。本学は歴史的に日本の産業界に有為な"キャプテンズ・オブ・インダストリー"を輩出してきましたが、これからは同じ大企業に行くにしても、自ら画期的なビジネスを創り出せる人材を送り出し、イノベーションの創出につなげることを目指すべきとの考えが根底にあります」
一橋大学は目下、「ソーシャル・データサイエンス学部・研究科(仮称)」の新設に向けて準備を進めている。1951年に現在の4学部に整備されてから、実に70年ぶりの新学部設置となる。このニュースは、産業界を中心に、世の中に新時代の到来を象徴的に示すインパクトをもたらすだろう。そして、商学部データ・デザイン・プログラムは、ソーシャルデータサイエンス学部のパイロット的な位置づけとして諸機能を整えていく役割も担うことになる。同プログラムの動向が注目されるところだ。