帝国データバンクとの共同研究を通して世界に開かれた社会科学の研究拠点の確立を目指す《TDB-CAREE》
2019年6月5日 掲載
一橋大学経済学研究科 帝国データバンク企業・経済高度実証研究センター(Teikoku Databank Center for Advanced Empirical Research on Enterprise and Economy 以下:TDB-CAREE)は、2018年4月に、以下の目的を持って設立された。
- 100万社以上の企業のミクロデータ等を用いて、日本の企業行動・産業構造・地域経済とその長期的な変化に関する高度な実証研究(計量分析)を行う。
- 研究成果を国内外に発信することにより、経済研究の発展と日本の経済・社会の進歩に貢献する。
同センターは、一橋大学国立キャンパスのマーキュリー・タワーに設置された。ここを拠点とし、帝国データバンクの保有する企業データと人材を活用。さまざまな産業・地域における企業の行動や成果、産業や地域経済の構造変化とその要因等を実証的に分析している。
その特色としては以下の点が挙げられる。
- 中小企業や未上場企業を含む多数の企業を対象とする分析
- 資本関係・取引関係や金融機関との関係等を含む多角的な分析
- データの蓄積を活かして中長期的視点から分析
- 経済学的な視点に基づいて政策の評価・設計につながる分析
具体的な研究対象には、市場への参入・退出、事業多角化、設備投資、研究開発、産業集積、取引関係、資金調達、生産性・効率性等が含まれる。
また、帝国データバンクは過去100年間にわたる多くの企業の基本情報を史料館に冊子体で保有している。今後は、そのような貴重なアーカイブ・データを活用して、長期的な企業成長や産業・経済発展の実証研究を行うことも視野に含めている。
今回HQでは、初代センター長を務め、現在も研究担当者として引き続きTDB-CAREEに携わっている岡室博之教授(経済学研究科)に取材。設立の経緯や研究スタイル、今後の可能性等についてお話を伺った。なお、以下の内容は岡室教授の個人的見解であり、一橋大学、帝国データバンク社、およびTDB-CAREEの公式見解ではないことを予めお断りしておく。
「社会科学の領域で共同研究をしたい」
帝国データバンクにとって一橋大学は魅力的な研究拠点だった
岡室博之教授
まず、そもそも帝国データバンクと連携協定及び共同研究契約を締結するに至った背景について、TDB-CAREEが設立され、2年目を迎えた今となっては、むしろ「なぜ今まで無かったのか」と思われるほど、両者の親和性は高い。しかし帝国データバンクが先に連携協定を結んだのは、いわゆる「理系」の研究拠点だった。そこからほどなくして風向きが変わったと、岡室教授は語る。
「帝国データバンクは、10年ほど前からデータサイエンスの研究拠点との共同研究を先行させていました。しかし数年前から、同社の中で『これからは社会科学の研究拠点とも一緒に研究がしたい』『共同研究をするならば一橋大学だ』という意見が強くなってきたようです。
私は以前の研究プロジェクトや学会活動等を通じて帝国データバンク側の研究者とのネットワークを構築していました。そんな接点をきっかけとして準備が進み、本学との連携協定及び共同研究契約を締結、TDB-CAREEがスタートしたのです」(岡室教授)
代表性の担保に寄与する膨大なデータを若手の研究員でも自由に活用できる
一橋大学にとって、帝国データバンクが保有する100万社以上の企業のデータを無料で活用できる意味は大きい。
企業行動・産業構造・地域経済を分析するために、企業のミクロデータが用いられることが多い。政府統計の企業ミクロデータは研究目的の使用に特別な手続きが必要なうえに、入手するまでのリードタイムが長い。特に若手研究者にとってそのハードルは高い。帝国データバンク社等から企業データを大量に購入する費用は非常に高くなる。しかし、TDB-CAREEの研究員と研究補助員は全員、同社の企業データに無料でアクセスできる。そして何より重要なのは、相当のボリュームのデータセットがつくれるため、データの代表性が担保されやすいことであると岡室教授は強調する。
「上場企業のデータは有価証券報告書等から入手できます。しかし日本の企業のほとんどは未上場の中小企業です。そのデータを帝国データバンクから大量に、無料で得られることは大きいですね。しかも、取引関係や出資・融資関係のデータは政府統計からは得られないので、貴重です。また、通常の企業アンケート調査のデータ分析ではサンプルサイズが小さく、回答の偏りもあります。これではデータの代表性が担保できず、仮説の検証も難しいのです。
しかし帝国データバンクのデータによって、中小企業の多様な事業展開や取引・所有関係等を把握でき、産業・地域ごとに大量のデータが得られますので、産業・地域ごとにどのような課題があり、どのような政策が企業活動にどう影響しているか、さまざまなバイアスの可能性を考慮した詳細な分析と評価が可能になります」(岡室博之教授)
TDB-CAREEの存在とそれが発信する研究成果は、国際的に重要な意味を持つ
そして岡室教授がもう一つ強調するのが、CAREEは「学外の研究者に開かれた社会科学の研究拠点である」ということだ。
2019年4月現在、一橋大学の教員9人と他大学の教員9人、帝国データバンク社の職員8人が研究担当者として参加している。他大学の教員と帝国データバンク社の職員は一橋大学客員研究員として登録されている。さらにCAREE研究補助員として5人の大学院生が共同研究に参加している(うち2人が他大学)。つまり30人のメンバーのうち半分以上は学外の教員・研究者と大学院生が占めているのだ。
「学生(研究補助員)によるデータ利用は教員との共同研究を前提としますが、教員も研究補助員も、学内の研究者も学外の研究者も、研究上の立場は基本的に同等です。それぞれの専門分野や研究テーマにしたがって企業データをどのように分析するかは、それぞれのプロジェクトに任されています。全体に共通しているのは、日本企業についての高度なミクロ実証研究を行い、研究成果を社会に還元する(政策評価、シンポジウム、出版物等)ということです」(岡室教授)
実は、中小企業のミクロデータを使った実証分析の点で、日本は欧米諸国はおろか、中国・韓国・台湾等にもむしろ後れをとっているという。前述のように、政府の統計データにアクセスしにくい状況にその最大の要因があると考えられる。見方を変えれば、だからこそTDB-CAREEが提供する研究機会と発信する研究成果は国際的にも重要な意味を持つ。
「昨年11月の一橋大学・東京工業大学・帝国データバンク社共催の『データサイエンス・シンポジウム2018』は私たちにとってはTDB-CAREEのお披露目という位置づけでした。2019年度は12月21日(土)に国立キャンパス西本館で一橋大学公開講座、2月21日(金)に一橋講堂でシンポジウム(一橋大学政策フォーラム)を開催し、そこで研究成果を発信していきます。さらに、国内外の優秀な研究者が、日本企業のデータを活用できるTDB-CAREEに興味を持ち、さまざまな共同研究を提案してくれるといいですね。長期的には、世界に開かれた『企業の実証研究の共同研究拠点』にしたいと考えていますから」(岡室教授)
大学から官庁や民間企業、そして世界へ。 全方位に開かれた共同研究拠点を目指す
岡室教授から今後の話が出たところで、最後に、改めてTDB-CAREEの将来についてのビジョンを語ってもらった。
「四つのビジョンがあります。一つめは先ほど申し上げた、世界に開かれた共同研究拠点にするということ。データの漏洩を防ぐため、研究員はマーキュリー・タワーのセンター室に来て、帝国データバンクの本社にあるデータベースに遠隔アクセスする必要がありますが、海外の研究者も国内の研究員との共同研究という形で参加することが可能です。
二つめは、官庁や民間企業との連携です。昨年のシンポジウムにも官庁や地方自治体、民間企業の方々をお招きし、TDB-CAREEの可能性についてお伝えしました。特に『企業データを活用した経済政策と経営戦略の評価分析 これまでとこれから』という私たちの発表には大きな反響があり、今後のTDB-CAREEの研究活動に高い関心を持っていただけたという手応えを感じています。全方位に開かれた研究拠点として、さまざまな企業や官庁等との共同研究やデータ寄託を進めていくことが重要です。
三つめは、教育です。TDB-CAREEでは長期的な視点から、日本の社会科学の実証研究のレベルを上げたいと考えています。そのためには学生の教育が重要です。既に数名の学生を研究担当者(教員)との共同研究という形で研究補助員として受け入れていますが、このような取り組みをさらに進め、事情が許す限り学部生にもデータを提供できるようにしたいですね。成果を論文としてまとめ、その後経済分析のスキルを活かして企業の企画部門等で活躍するもよし、研究者としてさらに研究を深めるもよし。また今年度は、TDB-CAREEの研究費で特任講師を雇用し、学部上級生向けのデータ分析の授業を4コマ開講します(学生に大人気です)。多くの学生に、企業ビッグデータ分析の意義と楽しさを体験してもらいたいですね。
最後の四つ目が、データアーカイブに基づく長期企業データベースの構築と活用です。帝国データバンク社は1900年創業の老舗であり、大正元年(1912年)からほぼ毎年、地域別の会社情報を公刊してきました。その「帝国銀行会社要録」は国立国会図書館のデジタルアーカイブとしてPDFファイルで公開されていますが、この史料をデータベース化する作業を進めています。歴史的・長期的視点から日本の企業と経済・産業の発展について企業のミクロデータを駆使して研究できるようにするためにはまだしばらくの時間が必要ですが、そのような地道な作業にもしっかりと取り組んでいきます」(岡室教授)