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ユニークな競争戦略を実践している日本の企業・事業を表彰する「ポーター賞」

2016年秋号vol.52掲載

2001年に創設され、今年16回目を迎える《ポーター賞》。毎年数多くの企業・事業部からエントリーがあり、2段階の厳正な審査を経て最大4社がその栄誉に輝いている。
これまで、キヤノン、松井証券、武田薬品工業、ベネッセコーポレーション、バンダイ、ファーストリテイリング、キリンビール、東京糸井重里事務所、星野リゾートなど、業種も規模も異なるさまざまな企業が応募し、受賞を果たしてきた。現在は、年末の受賞企業発表(及び授賞式)に向けて、二次審査を通過した企業に対し、審査員によるインタビューを終えたところだ。
今回、『HQ』では運営委員会メンバーの国際企業戦略研究科(一橋ICS)・大薗恵美教授を取材。同賞の目的や、独自のエントリースタイル、応募及び受賞のメリットなどについて改めて伺った。さらに、2015年度の受賞企業の中から、工芸SPA*を手がけ、『花ふきん』などのロングセラー商品を生み出した「中川政七商店」代表取締役社長十三代・中川淳氏への取材も実現した。
《ポーター賞》に応募した狙いや同賞への期待など、中川氏の熱い思いを伺っているので併せてお読みいただきたい。

日本企業の競争力を向上させるために

大薗恵美教授

大薗恵美教授

まずは《ポーター賞》について、改めてご紹介しよう。
《ポーター賞》は、製品、プロセス、経営手腕においてイノベーションを起こし、これを土台として独自性がある戦略を実行し、その結果として業界において高い収益性を達成・維持している企業を表彰するため、2001年7月に創設された。名称はハーバード大学のマイケル・E・ポーター教授に由来している。
賞の目的は、日本企業の競争力を向上させることにある。日本企業は1970~80年代における全社的品質管理(TQC)や継続的改善運動(カイゼン)をはじめ、世界における業務の効率化競争において、長年にわたりコストと品質面における優位を享受してきた。しかしながら、この競争モデルには限界があることが、よりいっそう明らかになりつつある。日本企業は、品質による競争にとどまるのではなく、真の収益性をもたらすような独自性のある戦略をつくり上げるべきである。──《ポーター賞》が創設された背景には、このような問題意識があった。

「個別に見ていけば、ユニークな競争戦略を実践している企業はたくさんあります。日本の同じ制度の下でやっているけれどできている、その具体例をどんどん紹介することで、競争戦略に基づいたユニークさを追求する企業を増やしていきたい......というのがこの賞をつくった一つの理由なんですね。そういう意味では、応募された企業や事業部の方々はもちろん、《ポーター賞》に関心を持ってくださる皆さんが、何かしらインスピレーションや教訓を得られるような面白い企業に受賞いただいて、紹介し続けたいと考えています」(一橋ICS・大薗恵美教授)

2段階の審査を通して最大4社を選出

応募から受賞までの大まかなスケジュールは、以下のようになっている。
毎年1月下旬、ホームページや日本経済新聞の記事広告などにおいて募集を告知。5月のゴールデンウィーク明けから6月初旬にかけて応募を受け付ける。
審査は2段階に分かれている。応募受け付け後の第一次審査では、4つの審査基準から応募企業を審査する。4つの基準とは、「各業界において優れた収益性を維持しているか」「各業界において他社とは異なる独自性のある価値を提供しているか」「戦略に一貫性があるか」「戦略を支えるイノベーションが存在するか」である。この4つの審査基準をもとに絞り込まれた企業が、第二次審査に進む。
そして、「資本の効率的な利用」「独自のバリューチェーン」「トレードオフ」「活動間のフィット」という審査基準をもとに、書類審査及びインタビューが9月いっぱい実施され、11月上旬までに受賞企業が発表される......という流れだ。その後12月上旬には授賞式・セミナーが開催される。
「我々運営委員会は審査委員会から独立した存在ですので、応募にあたってさまざまなご相談を受けています。『応募用紙を書いてみたけれどもこれで伝わるだろうか?』『我々のユニークさは本当にここに出ているだろうか?』などのご相談には、限られた期間・時間ではありますけれども対応しています。直接お目にかかり、業界の外の人に対してどういうふうにすればうまく伝わるか、などのアドバイスを差し上げています。ご自分たちが当たり前にやっていることについて、あえて『何故やっていらっしゃるのですか?』と伺ったり、逆に『他社がやっていることをやらない理由は何ですか?』と伺ったり──。このようなやり取りを通して、応募企業さんのイメージもより明確に固まっていくようです。皆さんにとってのベネフィットになるように、我々運営委員会を、ぜひ上手に活用していただきたいですね」(大薗教授)

ポーター教授と一橋大学との関係

《ポーター賞》の名称の由来となったマイケル・E・ポーター教授についてもふれておこう。
マイケル・E・ポーター教授は、ハーバード・ビジネス・スクールに属する、ハーバード大学ヴィショップ・ウィリアム・ローレンス・ユニバーシティ・プロフェッサーだ。「ユニバーシティ・プロフェッサー」とは、同大学の教員に与えられる最高の名誉であり、この名誉を与えられた教員はポーター教授を含め、ハーバード・ビジネス・スクールではわずか15人しかいない。ポーター教授は4人目にその名誉を与えられている。
ポーター教授は競争戦略論と国際競争力研究の第一人者であり、17冊の本と125の論文の著者でもある。戦略論に関する主な著作には、『CompetitiveStrategy:TechniquesforAnalyzingIndustriesandCompetitors』(1980年。日本語版は『競争の戦略』ダイヤモンド社、1982年)、『TheCompetitiveAdvantageofNations』(1990年。日本語版は『国の競争優位』ダイヤモンド社、1992年)、『CanJapanCompete?』(2000年。日本語版は『日本の競争戦略』ダイヤモンド社、2000年)などがある。

ポーター教授と一橋大学の関係は1980年代前半に遡る。1990年に『TheCompetitiveAdvantageofNations』(前掲)として出版されることになる大規模な研究調査の一環として、日本についての共同研究を行った。また、『日本の競争戦略』(前掲)のためにも、一橋大学との共同研究が行われている。特に『日本の競争戦略』は、日本経済の奇跡の源泉について長い間信じられてきた説に異論を唱え、戦略に基づいた競争という、将来に向けての新しい道を示した。同書は一橋大学の竹内弘高名誉教授との共著であり、英『エコノミスト』誌の選んだ2000年のノンフィクション上位3冊に選ばれている。

マイケル・E・ポーター教授によるビデオレクチャー

ポーター賞授賞式では、「競争力」をテーマにしたカンファレンスが行われ、マイケル・E・ポーター教授によるビデオレクチャーも上映された。

「第一次と第二次審査の応募用紙の質問項目については、この賞を立ち上げる時に、我々とポーター先生と議論して決めました。ですから、ポーター先生の競争戦略論から見て、何がユニークな競争戦略なのか、それがどういうふうにできているものなのか、質問に答えていくことで自然に分かるようになっています。応募された企業の方々にとっては良い整理の機会になりますし、審査員にとっても、同じ一つの理論に基づいてそのユニークさを測れます。つまり、お互いにとって非常に分かりやすいフレームワークになっているのです」(大薗教授)

2015年度の受賞企業及び授賞理由

すでに2016年度の審査が佳境に入っていることは冒頭でお伝えした通りだが、ここで2015年度の受賞企業・事業部4社と、各社の授賞理由について短くご紹介しよう。※順不同

2015年度ポーター賞受賞企業の皆様

2015年度ポーター賞受賞企業の皆様。
左から、新生プリンシパルインベストメンツ株式会社代表取締役社長(当時)小座野喜景氏、株式会社IBJ代表取締役社長石坂茂氏、株式会社中川政七商店代表取締役社長十三代中川淳氏、株式会社カネカ取締役常務執行役員天知秀介氏、ポーター賞アドバイザリー・ボード竹内弘高(一橋大学名誉教授)

株式会社IBJ

・業務内容:婚活支援事業
・授賞理由:婚活コンパや婚活サイトといった顧客にとって入りやすい入り口から結婚相談所まで、切れ目ないサービスを提供、高い成婚率を実現。

株式会社カネカ カネカロン事業部 頭髪装飾商品事業

・業務内容:頭髪装飾商品向け合成繊維事業
・授賞理由:アフリカの女性向け頭髪装飾商品市場を育成すると同時に高付加価値化。バリューチェーンの各プレイヤーが成長を享受できる仕組みを構築。

新生プリンシパルインベストメンツ株式会社

・業務内容:中堅・中小企業向け投資銀行業
・授賞理由:首都圏の中小・中堅企業に特化。創業支援から事業再生まで、企業のライフサイクルを通じて支援。

株式会社中川政七商店

・業務内容:工芸品をベースとした生活雑貨の企画・製造卸・小売業
・授賞理由:工芸業界初のSPA業態。

詳細な授賞理由については、各企業・事業部の了解をとって《ポーター賞》のホームページに掲載しているので、ぜひご参照いただきたい。なお、応募企業数については創設時から公表していない、と大薗教授は語る。
「実際、応募数は上下します。しかし応募数と、その中から最後に受賞する(最大)4社の競争戦略を比較すると、そこには何ら関連は見当たりません。《ポーター賞》としては、上位にどれだけ面白い企業が集まったかが大事で、それは応募数に比例しないのです。応募数を公表してしまうと、どうしても『今年はこんな激戦を勝ち抜いて受賞しました!』『今年は昨年より少なくて楽なレースだったのではないか?』などのノイズが生まれてしまいますよね。だから公表しないのです。よくご質問をいただくのですが(笑)」(大薗教授)

受賞企業が得られるメリットの大きさ

楠木建教授による授賞式でのスピーチ

ポーター賞運営委員を務める一橋ICS・楠木建教授による授賞式でのスピーチ

《ポーター賞》が、受賞企業にもたらすメリットは計り知れない。たとえばグローバルでの認知向上や、受賞企業間のネットワーク構築などが挙げられるだろう。
前者のグローバルでの認知向上に結びついた結果として、大薗教授はマルホ(医療品製造販売業・2007年度受賞)やテルモ・心臓血管カンパニー・カテーテルグループ(医療器具製造販売業・2010年度受賞)などを例に挙げる。
「マルホさんは皮膚科関係では国内トップメーカーです。ただ皮膚科の分野は各国ともローカルメーカーが強いんですね。だから海外に出るとまだまだ認知度が低かったのです。そこで海外展開に向けて提携先を探していたところ、ポーター賞の受賞で一気に海外からのオファーが増えたそうです。また、テルモさんではアメリカのチームが受賞をとても喜んでいたとのこと。競争戦略に純粋に特化した賞はあまりないように思います。そのユニークさが、グローバルでの認知向上に貢献しているのではないでしょうか」(大薗教授)
後者のネットワーク構築については、創設10周年を記念してスタートしたポーター賞クラブなどの機会が挙げられる。

「授賞式が行われる日の午前中に、これまでの受賞企業のCxO以上の役職者の方々をお招きして、クローズド・ドアで経営に関する議論を行います。若い企業もあれば歴史の長い企業もある、サービス業もあれば製造業もある、という顔ぶれの中でお互いにネットワーキングして意見交換ができます。面白い場だと思いますね。そのメンバーに加わることができるのも、ポーター賞の付加価値として大きくなってきています」(大薗教授)
さらに言えば、受賞企業だけがメリットを享受するわけではないだろう。応募することで自社の競争戦略の明示化に成功した企業、受賞企業のアーカイブを参照しながら自社の競争戦略に活かそうと考える企業、アカデミアに携わる研究者などへの影響力は計り知れない。その懐の深さこそが《ポーター賞》と言えるのではないだろうか。

ポーター賞を受賞したことで、上場する必要がなくなりました

構想で勝負するタイプの自分にとって一番欲しい賞だった

ポーター賞の存在は、日本経済新聞の広告などで知っていました。もちろんポーター教授の著作もよく存じ上げています。実は2012年前後にも一度応募しかけていたのです。ただ、2016年に当社は創業300周年を迎えるので、そのタイミングに合わせようということで、2015年度のポーター賞に応募し、賞をいただくことができました。
国内のいわゆる経営賞についてすべては存じ上げませんが、私が一番欲しかったのはポーター賞です。経営者にはさまざまなタイプの方がいますが、私は馬力でゴリゴリと社員をモチベートするのではなく、「構想」で勝負していくタイプです。

中川 淳氏

株式会社中川政七商店 代表取締役社長 十三代 中川 淳氏

ですからユニークな競争戦略があって、しっかり結果が出ていることを評価していただけるポーター賞が、一番欲しかったのです。もう一つ、個人的に、ポーター賞は「スマートでかっこいい」という印象を持っていました。それは一橋大学に対するイメージにも共通しているかもしれません。

ビジネスの世界への露出が増え、会社の状況が大きく好転

私自身は自社の競争戦略について頭の中で整理できているつもりなので、審査用のフォーマットを書くプロセス上の収穫は限定的だったと思います。それよりも受賞して一番大きかったのは、上場をやめたことです。
実は2016年2月の決算をもって上場の申請をする予定でした。上場の最大の目的は、優秀な社員を採用することにありました。ただ、受賞後の2015年11月11日に創業300周年の記者発表を行った際にはたくさんのマスコミの方に来ていただきましたし、経済ニュース番組やビジネス雑誌ほかでも取り上げられるなど、「ビジネス方面での露出」がかなり増えたのです。おかげで社員の採用も好転し始めています。それらすべてのきっかけが、ポーター賞の受賞でした。
いわゆる本当のビジネスの世界に、ポーター賞を通じて名前が出たことが、会社の状況を大きく変えてくれたと思っていて、歴代の受賞企業の中でも、当社が受賞を一番喜んでいるという自信があります。(談)

株式会社中川政七商店

株式会社中川政七商店

日本各地の工芸品をベースにした直営店を全国に展開。創業は享保元(1716)年、初代の中屋喜兵衛が奈良晒(ならざらし)と呼ばれる高級麻織物の問屋業を興したことに始まる。中川淳氏は2000年、京都大学法学部卒業後、富士通株式会社での勤務を経て、2002年より株式会社中川政七商店に入社、2008年2月に代表取締役社長十三代に就任。

(2016年10月 掲載)