hq52_img00.jpg

仕立て直しの美学

  • 株式会社大塚家具 代表取締役社長大塚 久美子
  • 商学研究科教授山下 裕子

2016年秋号vol.52掲載

一橋大学には、ユニークでエネルギッシュな女性が豊富と評判です。
彼女たちがいかにキャリアを構築し、どのような人生ビジョンを抱いているのか?
第50回は、株式会社大塚家具代表取締役社長の大塚久美子さん(1991年、経済学部卒)です。
聞き手は、商学研究科教授の山下裕子です。

大塚氏プロフィール写真

大塚 久美子

1991年一橋大学経済学部卒業。同年株式会社富士銀行(現:株式会社みずほフィナンシャルグループ)入行。同行にて融資、国際広報を経て、1994年株式会社大塚家具に入社。1996年に取締役就任。経営企画室長、経理部長、営業管理部長、商品本部長等を務め、2004年取締役を退任。2005年IRコンサルティング会社、株式会社クオリア・コンサルティングを設立。2009年株式会社大塚家具創業40周年を機に同社代表取締役社長に就任。現在に至る。

住環境を整える7つの要素

対談の様子1

山下:御社の有明本社ショールームが開設20周年を迎えられましたね。リニューアルオープンおめでとうございます。

大塚:ありがとうございます。あっという間の20年でした(笑)。今回のリニューアルオープンは、業界にとっても意味があることですし、今後も大塚家具のエンジンとして運営していきたいと思っています。

山下:「幸せをレイアウトしよう。」を企業スローガンとされていますね。先日、大塚さん自ら講師をされた収納のセミナーでの、インテリアで暮らし方が変わる、というお話、大変印象的でした。参加者の方の多くが共感されていましたね。

大塚:教科書的な言い方になりますが、インテリアは人を主体として住空間に含まれる7つの要素、床・壁・天井・照明・家具・カーテン・アクセサリーが一体となったものです。ご存じのように、日本のライフスタイルの本格的な洋風化は、1980年代頃から始まりました。1980年代の後半になると新築マンションでは和室が少なくなり、台所がダイニングになり、応接間にあったソファーが生活する空間であるリビングに置かれるようになりました。本当の意味でインテリアへの関心が高まったのは、これ以降のことです。

山下:戦後の荒廃の中では、まず食が大事。それから衣。住は後回しになりがちです。

大塚:一般的には、今でも家を買ってから家具を揃えますよね。モノとしてのインテリアが好き、この椅子がカッコいいというアプローチも、あり得ることだとは思います。でも、自分のライフスタイルに合った快適な環境を整えるという意味では、7つの要素を一体として考えることが重要なのです。リニューアルオープンした有明本社ショールームでは、インテリアの7つの要素を意識したさまざまな組み合わせやレイアウトのアイデアを提案し、お客様がご自身にあった住生活を発見できる場にしたいと考えています。

山下:家財という言葉があるように、次はグレードの高い家具がほしい、と、自分の生活ではなく、高価な家具のほうに焦点を合わせてしまう傾向がまだまだあるように思いますが、どうなのでしょうか。

大塚:価値の高さというのは、希少なものや高価なものだけにあるとは限らないと思うのです。お客様のライフスタイルをほんの少しだけ豊かにする、少しだけ背伸びをして手が届く、そんな幸せをお届けしたいのです。その意味でも、家具を見る、選ぶというプロセスを楽しんでいただきたいと思っています。家具やインテリアは、人間関係に近いものがあると思うのです(笑)。友情や愛情は、人生を豊かにしてくれますよね。それと同じではないでしょうか。

低価格路線ではなく、選択肢の幅を広げること

対談の様子2

山下:今まであったものをつくり変えるというのは、勇気のいることですよね?

大塚:私は、店舗はつねに変え続けるべきものだと思っています。たとえば、お客様が1年後に再び店舗に来られた時、同じものを見ても新鮮には思えません。ずっと変え続け、進化し続けたいと思っています。
もちろん、店づくりに試行錯誤はありますし、私自身迷うことはあります。でも、最終的に何を追求するかという軸はぶれていません。お客様の生活の質を高めるものであること、サステーナブルなこと、そして企業として変化に耐えられる仕組みづくりです。大塚家具は、私の祖父が埼玉県春日部市で営んでいた桐たんす工房での製造直販から始まりました。職人さんたちは気持ちを込めていいものをつくっています。愛情を込めて取り組むという弊社の原点は、変わらないですね。

大塚氏と山下氏

IDC大塚家具 有明本社ショールームにて。収納等、機能性にすぐれ、そのコストパフォーマンスに一同驚いたソファベッドで

山下:大塚さんが社長になられて御社が低価格路線に舵を切られたという報道がなされていますが、それは間違っていますね。

大塚:はい。普及品から高級品まで幅広く扱うということは変わりません。お客様の選択肢の幅を広げたいということなのです。食もそうですよね、ファストフードを食べることもあれば、高級レストランに行くこともある。私は、その間にある日常をちょっと幸せにしてくれる毎日の食事のようなものを充実させたいと思っています。

山下:失礼ですが、大塚さんご自身についても偏った伝わり方になっている気がします。ポーカーフェイスで強い女というイメージが流布されているような気がします。

大塚:そうですね、顔には出ていなかったかもしれませんが、一連の報道がなされた時は、食事も睡眠もとれませんでした。当時はだいぶスリムになりましたね(笑)。

山下:さぞかし大変だろうと応援していましたが、それにしても顔に出ませんね(笑)。眠りといえば、アリアナ・ハフィントンが、『睡眠革命』という本を出していますね。男性は、短時間睡眠を誇るマッチョ競争に嵌っているけど、意思決定の質は確実に落ちる。女性は、眠ることでトップを目指すべきだと(笑)。

大塚:質の高い睡眠と安心できるパーソナル・スペースは大事ですね。自分の基準を取り戻せますから。

山下:「すべての女には密室が必要である。」塩野七生氏の格言ですが、極上の眠りの基地にしたい(笑)。男性にも必要ね。

お客様と寄り添う、プロフェッショナル・サービスの提供

「耐震アトラスネオ」紹介写真

大塚さん自ら考案された家具転倒防止器具「耐震アトラスネオ」。賃貸マンションでも手軽に設置できるうえ、震度7~6強相当に耐える強さがあり、壁や天井にもなじみやすく美しい。2013年度グッドデザイン賞を受賞

山下:今後、特に力を入れていきたいのは、どのようなことですか?

大塚:日本のインテリアが成熟していく過程で、弊社としてやるべきこと、やれることはたくさんあると考えています。その一つがプロフェッショナル・サービスの提供です。今、ご自分の住空間に満足していない方は多いと思います。なんとなく不満だけれど、どうすれば満足できるのか、どう解決したらいいのかというところまでは考えていないかもしれません。食や衣については、自分の価値観をはっきりと理解している。でも、住空間に関しては「自分が求めるのはこれだ」と明確に分からない方がまだ多いのではないでしょうか。これまで選択肢が提示されてこなかったから、人々が住空間をつくる経験も少なかったのでしょう。

山下:プロフェッショナル・サービスとは、具体的にどのようなものですか?

大塚:お客様が求めているものは何か、その「何か」をお客様に発見していただくためのプロセスにきちんと向き合って寄り添うことです。

山下:お客様の求めているものを読み取るには、経験が必要そうですね。

大塚:ごくシンプルに言えば、雑談力と洞察力ですね。個人差はありますが、経験の少ない若い従業員でも、きちんとコミュニケーションをすればお客様の要求が見えてきます。雑談の中の何気ない一言から気づくことも多いですし、ちょっとした仕草を見て察することもできます。そのためには、お客様のことを本当に知りたいか、幸せになっていただきたいと思っているか、その気持ちの部分が大切なのです。もちろん、プロとして専門知識があるのは大前提です。インテリア・コーディネーターの資格だけでも130人が持っておりますし、今まさにショールームで「眠り」をテーマにしていますが、スタッフの約9割はスリープ・アドバイザーの資格を持っています。知識に裏付けられたアドバイスを通して、お客様の住空間の満足度アップを実現していきたいと思っています。
また、接客から得たものを集約し、活用する仕組みづくりも重要だと考えています。

山下:大塚さんの改革、日本の社会にとっても、大変重要だと思います。頑張ってくださいね。最後に、後輩である学生へのメッセージをお願いします。

大塚:学生時代にはやりたいことがいろいろあると思いますが、やはり勉強したほうがいいと思います。知識ではなく「ものの考え方」を学べるのは、大学までです。学生だけが得られる「資産」と言っていいかもしれません。仕事は、答えのない問題の連続です。社会に出れば、どう問題をとらえ、考え、解決していくかが問われます。その時に、大学で得た「資産」が生きてくるのです。

商品紹介写真

新発想のユニット収納シリーズ"Shin"。こちらも大塚さん肝入りの力作で、4200ものパーツを組み合わせライフスタイルにぴったりの収納をつくることができる。本格的な素材と作りなのに、驚くほどリーズナブルな価格で吃驚。衣類用に桐の引き出しもあり、箪笥屋さんの伝統がふんわり香りました

商品紹介をしている大塚氏

家具の仕立て直しや、思い出のファブリックを用いてのランプシェード製作等、思い出の品を今に活かす活動を大事にされている大塚さん。同行させてもらった学生たちも大いに刺激を受けていました

対談を終えて「クール・ビューティの笑顔」

大塚さんは理知的でいつも涼やか。特に昨年来の嵐の中での髪一本乱れぬ氷姫ぶり、皆、好奇心いっぱいではないでしょうか。一体、どうやって暮らしているの?
大塚さんの教え・その1、ライフステージが変われば暮らしも変わる。その2、暮らしを変えれば自分が変わる。最高級家具に囲まれた生活かと思ったら、軽やかに調度を変えていらっしゃるそうだ。大切なのは、自分がどう生きたいか、どう暮らしを変えたいか。しかし、誰もが明確に答えを分かっているわけではない。そこで、願いを形にする手伝いをしてくれる人が必要になる。
トーマス・カーライルの処女作は、『サーター・リザータス』。「仕立て直された仕立て屋」という意味である。衣装を社会と見立て、着衣による人間の思考停止に警鐘を鳴らす内容だが、結論部分に、洒落者と貧奴の家具とを比較するくだりがある。洒落者は指南書に盲従し、貧奴は家具などに考えも至らない。思考停止の社会で、唯一、頭を使える立場にあるのは仕立て屋だ、という、一風変わった主張を展開するのである。その心は、お客に寄り添って考える仕立て屋こそ、表層と思考をつなげることができるから。後の「キャプテンズ・オブ・インダストリー」の思想源流といえるだろう。
大塚さんの取り組みは、仕立て屋の仕立て直しという一大事業なのではないだろうか。それは、社会的にも極めて重要だ。労働人口が減る中、暮らしの質は労働の質を決めるだろう。そして、顧客価値をクオリティに転換する産業の在り方にもつながってくる。何だか、大げさすぎるかな。
朝、何気なく「とと姉ちゃん」に目をやると、企画会議を切り盛りする主人公の笑顔が飛び込んできた。収納家具Shinシリーズや地震対策器具等、自ら発案された新しい商品の数々を生き生きと説明してくださった姿を思い出す。公的な場面でのクールなお顔の背後の、好奇心に満ち溢れたピュアな笑顔。ああ、これが、仕立て直しの原点であった!
東京湾を臨む有明のショールームは、明るく開放的で、新しい暮らしを開いてくれそうな予感にワクワク。足を運ばれたら、クール・ビューティのお茶目な素顔に遭遇できるかもしれませんよ。

山下 裕子

(2016年10月 掲載)