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グローバル・バーチャル・チームズが提供する、 人との新たなつながり

2024年7月5日 掲載

世界有数のビジネススクール32校(2024年現在)による「Global Network for Advanced Management」(以下、GNAM)では、「Global Virtual Teams」(以下、GVT)という授業を展開している。世界中のネットワーク校の学生が、オンラインでコミュニケーションを取り、バックグラウンドの違いを乗り越えて共通のゴールを目指すプログラムだ。本稿の前半では、このプログラムがスタートした背景及び学生に寄せられる期待について、一橋大学大学院経営管理研究科国際企業戦略専攻(以下、一橋ICS)の藤川佳則教授のコメントを紹介する。後半では、実際にGVTに参加した一橋ICSの学生4名がそれぞれに得た学びについて、実体験をもとに語ってもらう。

グローバルでバーチャルな環境だからこそ求められるリーダーシップとは

画像:赤堀 一虎 さん
経営管理研究科国際企業戦略専攻(ICS)
藤川 佳則教授

経営教育のイノベーションに向けた3本の柱

世界有数のビジネススクール32校が加盟する連携協定「GNAM」。創設メンバーである一橋ICSは、日本における唯一の参加校として、世界とつながる機会を学生に提供している。なお、2023年度はゲスト校としてウクライナのキーウ経済大学の学生も参加した。

「32校のネットワークを通じて、経営教育のイノベーションを進めていくことがGNAMの目標です。現在はGlobal Network Weeks(以下、GNW)、Global Network Courses(以下、GNC)、そして今回紹介するGlobal Virtual Teams(GVT)の3本柱で運営しています」(藤川教授)

GNAMが創設された2012年にスタートしたGNWは、「現地に行ってこそ得られるもの」を求めて学生がネットワーク校に赴き、現地の学生とともに1週間学ぶプログラムである。たとえば、ミラノにあるSDAボッコーニ経営大学院でラグジュアリーブランドマネジメントを学ぶ、香港科技大学ビジネススクールでフィンテックを学ぶ、という具合だ。

翌2013年にスタートしたGNCは、Zoomベースの授業を学生が自由に選択・受講できるオンラインコースである。2023年度には、各校2科目以上の授業を開講しており、GNAM全体では70以上になる。各国の学生は、時差を超えて同じ授業を受け、ディスカッションやプロジェクトを通じて互いから学ぶ。

世界中の学生が、バーチャル講義でチームワーキング

そして今回紹介するGVTは、20142015年にスタートした。世界中に散らばっていて、文化背景が異なり、しかも対面で会う機会もない。そんな相手といかに信頼関係を築き、物事を進めていくか。

「グローバルでバーチャルな環境だからこそ問われるリーダーシップとは、という議論の中から生まれたオンラインコースです。パンデミックの6年前から、GNAMはすでにこの課題に向き合ってきました」(藤川教授)

GVTは3つのモジュール(授業セッション群)制で運営される。モジュール1及び3の授業は各校で実施、モジュール2はネットワーク校10数校の学生がグループ・ネゴシエーション・エクササイズに参加する。具体的にどのようなことが行われているのか、一橋ICSにおける秋学期(2023年度)の取組を紹介する。

画像:GVT プログラムの流れ

GVTの3モジュール制を通じて、学生全員で学びを形成していく

まずモジュール1では、11〜12月に週1回・2時間のZoomセッションを5回実施する。様々なエクササイズやシミュレーションへの参加を通じて、グローバルでバーチャルな環境において直面する課題の本質を理解し、それを乗り越える際に役立つコンセプトやフレームワークを学ぶ。そして、モジュール2のグループ・ネゴシエーション・エクササイズでそのコンセプトやフレームワークをどのように実践するか、各自で実行計画を設定する。年が明けて1月、複数のネットワーク校の学生5〜6名から成るチームが数十組編成される。

そして、2月にはモジュール2が1か月にわたり実施される。前半の2週間は、モジュール1で学んだことを活かしてチームビルディングを行う。後半の2週間は、いよいよ他チームとのネゴシエーション・エクササイズがスタートする。ある大型取引について契約を締結しているという設定のA社とB社に分かれ、その契約の変更をめぐって各社内で意見を調整しながら、二社間の交渉に臨むという内容である。チーム内における役職の違いをどう乗り越えて一つの結論を出すか、その結論をもとに相手チームとどのように交渉を進めていくかはすべて学生に委ねられている。

「モジュール2では、自チームの社内調整や他チームとの交渉過程で苦戦する学生も多い。しかし、その経験を現実のグローバルでバーチャルなビジネス環境において活かしてもらうために、ここでしっかり学んでもらいたいと思っています」(藤川教授)

最後のモジュール3では振り返りを行う。モジュール2でできたこと・できなかったことを振り返り、今後現実の経営現場においてどのように活かすのかについて「Do More/Do Less/Do Differently」の観点からまとめ、ディスカッションボードにあげる。そして、お互いにコメントしあう。学生がグローバルでバーチャルな環境に飛び込み、ぶつかりあいながら自らの学びを形成していくことが、GVTの醍醐味と言える。

人間の心理や立場を理解し、相手を巻き込みながら結果につなげる力

最後に、学生はGVTを通じてどのような力をつけることを期待されているのか、藤川教授に語ってもらった。

「パンデミックを経たこの数年間で、Zoom等のツールを使いこなすという技術面の課題はすでに多くの人たちがそれを乗り越え、実践することができるようになっているのではないでしょうか。しかし、人間だからこそ無意識のうちに取ってしまいがちな思考や行動に注意を払い、その深い理解に基づいてリーダーシップを発揮できる人はそれほど多くないのではないかと思います。グローバルでバーチャルな環境において、相手の立場を理解し、様々な違いを尊重しながら、自身の意見を主張する、そして周りを巻き込みながら結果につなげていく。そのような実践知に基づくリーダーシップを身につけてほしいと考えています」(藤川教授)

画像:伏間 明子さん

社外のステークホルダーも含めたチームビルディングを

伏間 明子さん

日本出身。国内のスタートアップ企業でマーケティングを担当。出産後もキャリアを築きたいと考える女性のロールモデルになるため、産休期間を活用して一橋大学ICSに入学。

チームのメンバー構成:
トルコ・コチ大学経営大学院 (2名)、ウクライナ・キーウ経済大学(1名 ※ ゲスト校)、日本・一橋ICS(3名)


私はスタートアップ企業で資金調達に携わったり、今後のビジネスプランを構築していく中で、「日本だけでビジネスが完結することはないんだ」ということを実感していました。そこで、国や文化はもちろん、エンジニアからHR(人材、人的資源)までさまざまなバックグラウンドの学生が集まる一橋大学ICSで学びたいと考え、入学したのです。

チームメイトの中には、私と同じように仕事と育児を両立させているパートタイムMBAの方がいました。そんなチームメイトと時差や場所の違いを乗り越えて同じゴールを目指すGVTは、とてもやりがいのあるプログラムですね。そのチャレンジに役立った授業の一つが、入学して最初に学んだOrganizational Behavior 1です。コンフリクトが起きたときの対応、オープンクエスチョンを使った対話法など幅広く学んだことが、モジュール2のチームビルディングに役立ちました。
もっとも、GVTは単に「仲良くコミュニケーションしましょう」というプログラムではありません。ネゴシエーションを通じて、受け入れられないこと、お互いに妥協すべきことなどを整理し、ビジネスとして一定の成果を出すことが目的です。実社会ですぐ活かせるという意味で、そのシビアさはとても良かったと感じています。

自分たちのチームビルディングはうまくいった一方で、他チームにはかなりタフに当たってしまったことから、ぶつかり合うだけでもいけないのだということを学びました。ビジネスパートナーとして手を取り合っていく可能性がある相手に対して、きちんと利益を担保するべきなのです。実社会に戻ったら、GVTで学んだチームビルディングの手法を社外のステークホルダーにも振り向けていくつもりです。

画像:Angela Yuan Shaoさん

バーチャルな環境で求められる強力なリーダーシップ

Yuan Angela Shao ユアン アンジェラ シャオ さん

中国出身。アメリカでHRマネジメントを学び、その知見を活かして大手企業でHRのプロフェッショナルとして経験を積む。パートナーの転勤に帯同して3年前に来日。

チームのメンバー構成:
米国・イェール大学経営大学院(2名)、ブラジル・ジェトゥリオヴァルガス財団(FGV)サンパウロビジネススクール(1名)、日本・一橋ICS(2名)


私は日本で新しいキャリアを始めるために、プラットフォームとして魅力的な一橋大学ICSを選びました。実際、一橋大学ICSのグローバルネットワークのおかげでイェール大学や北京大学、ソウル大学との接点ができて、想像以上に良かったと感じています。

GVTでは、まずモジュール1でネゴシエーションのコンセプトから実践に至るまで、重要なことを数多く学びました。リザベーションプライス(妥協できる最低価格)、オルタナティブオプション(合意に至らなかった際の選択肢)など、HR領域で経験を積んでいた私にはとても新鮮な学びが多く、今後のキャリアに活かせると感じています。

モジュール2では、チームビルディングを経て他チームとのネゴシエーションを行います。チーム内では私とイェール大学の学生がオペレーションを担当。ファイナンスなど他のロールを担当するメンバーとプロポーザルの内容を決めるのですが、ロールによって持っている情報が違いますので、意見をまとめるのに苦労しました。これは実社会にかなり近い状況設定だと思います。
同時にバーチャル環境では、チームビルディングにおいてもネゴシエーションにおいても、強力なリーダーシップが必要とされることに気づきました。時差があり、それぞれ異なる事情を抱えていますので、ミーティングなどでやむを得ず足並みが揃わない場面も珍しくありません。そんな時に話し合いの方向性をまとめ、ミーティングに参加できなかったメンバーをフォローするリーダーシップが求められるのだと思います。個人的には、対面で話を進めるとき以上に大切だと感じました。

画像:Zam Doctoleroさん

心理的安全性の向上に、ソフトスキルは欠かせない

Zam Doctolero ザム ドクトレロ さん

フィリピン出身。大学で化学工学を学び、世界最大級の日用品メーカーでプロセスエンジニアとして経験を積む。日本のオペレーション管理を学ぶために来日、一橋大学ICSに入学。

チームのメンバー構成:
フィリピン・アジア経営大学院(1名)、トルコ・コチ大学経営大学院(2名)、日本・一橋ICS(2名)


私はエンジニアとしてのキャリアの幅を広げるために、日本でビジネスとマネジメントについて学びたいと考えていました。一橋大学ICSを選んだのは質の高い教育が受けられるからです。実際に入学してみて良かったのは、国立キャンパスでサッカーを通じて学生と交流ができたことです。インディペンデントではないビジネススクールならではの良さを感じました。

私のチームは英語がネイティブではないメンバーが多かったので、意見やアイディアを伝え合うときに工夫が必要でした。たとえば今回のメンバーの中ではトルコの学生の話すスピードが早く、一橋大学ICSの日本人の学生はヒアリングに少し苦労していました。私は授業で学んだ言葉の壁を意識しながら、トルコの学生の話に耳を傾けました。そして「今、こういう話をしてくれましたが、皆さんの意見はどうですか?」と、話を噛み砕きながら議論を促進するようにしたのです。

もう一つ工夫したのは、ミーティングを始める前のアイスブレイクです。チーム内の信頼関係を築くためには心理的安全性が欠かせません。そこですぐに本題に入るのではなく、まず自分の生活や家族について紹介し合うアイスブレイクの時間を取るようにしました。信頼関係を築くうえで大いに役立ったと感じています。

このソフトスキルはビジネスシーンでも活かせそうです。たとえば、新しい設備を導入する際にはたくさんのステークホルダーとの交渉が発生します。その際、エンジニアだからと技術の話ばかりするのではなく、まずアイスブレイクをして良い雰囲気をつくる。技術に詳しくない相手が理解できるように噛み砕いて伝える。このようにして信頼関係を築くことが、交渉をスムーズに進めるうえで重要だと実感しました。

画像:Yutong Qiさん

思い込みをなくして、チーム全員で共通のゴールへ

Yutong Qi ユトン チー さん

中国出身。マレーシアの大学で学んだ後、日本の大学院に進学。日本国内最大手の調味料メーカーに就職し、人事部で4年間の経験を積む。同社の社内公募を経て、一橋大学ICSに入学。

チームのメンバー構成:
トルコ・コチ大学経営大学院(3名)、日本・一橋ICS(3名)


人事の経験を積んできた私は、中長期的に人事以外の領域にも挑戦したい、可能性を広げたいと考えていました。そんなキャリアプランを理解してくれた上司に勧められ、一橋ICSに企業派遣という形で入学したのです。

想像していた以上にメンバーがグローバル、というのが私の率直な感想です。また、国や文化の違いだけではなく、起業家、マネージャーなど多種多様なバックグラウンドの方が集まっています。さまざまな違いを乗り越えて、誰もが学生として同じ授業を受け、一つのプロジェクトに向かって最後までやり切る。そんな環境で学べること自体が、とても貴重な経験だと感じていました。
GVTを含め、一橋ICSではケーススタディを数多く扱います。その都度、学生は異なる役割を担当し、自分しか持っていない情報を扱います。そして、お互いに非対称な情報を持つチームメイトと認識をすり合わせるには「思い込みをしない」ことだと授業で教えられました。

私は日本でのビジネスに慣れていたためか、(モジュール2の)チームビルディングでは同じ一橋ICSのメンバーとのコミュニケーションが多くなりがちでした。トルコのメンバーとは慣習も価値観も違うだろうから...という思い込みを前提として、無意識に遠ざけていたのでしょう。でも共通のゴールを目指すためには全員で話し合わなければと思い、アイスブレイクセッションを設定。おかげでチーム内のコミュニケーションが活性化しました。あまりに議論が白熱したため、他チームとの交渉時のストラテジーまで詰め切れなかった側面もあります。しかし、実社会で取り組むべき課題がはっきりしたという意味では、改めて貴重な経験ができたと感じています。