日本語教育学会奨励賞・論文賞を受賞した「非母語話者とのコミュニケーション」研究
2021年9月28日 掲載
公益社団法人日本語教育学会が行う表彰事業において、一橋大学国際教育交流センター・日本語教育部門の栁田直美准教授が、研究・教育活動を通じ日本語教育界に貢献した功績を称えられ、2020年度日本語教育学会奨励賞及び2020年度『日本語教育』論文賞を受賞した。HQでは、栁田准教授に受賞の感想を伺うとともに、活動内容から、日本語教育に対する思いまで幅広く語っていただいた。
公益社団法人日本語教育学会とは
公益社団法人日本語教育学会は、日本語を第一言語としない人に対する日本語教育の研究促進と振興を図り、日本の教育・学術の発展、諸外国との相互理解及び学術の交流に寄与することを目的に活動している団体である。活動の一環として、日本語教育における学術研究・教育実践・情報交流の発展のため、優れた成果をあげ、貢献した会員・団体に対して、毎年表彰・顕彰を行っている。
今回、栁田准教授が受賞した賞は二つ。日本語教育に関して注目すべき業績・成果があり、将来の活躍が期待される学会の個人会員に贈られる「日本語教育学会奨励賞」と、学会誌『日本語教育』に掲載された研究論文、調査報告、実践報告のうち、特に優れていると認められた論文に贈られる『日本語教育』論文賞である。
日本語の母語話者の"調整"が生み出すコミュニケーション
受賞理由について触れる前に、栁田准教授とその活動について紹介しよう。同准教授は、2004年に筑波大学大学院修士課程地域研究研究科を修了後、同じく筑波大学で2013年に博士(言語学)を取得。「談話分析研究」を中心に、日本語教育に関する研究及び実践の両面で積極的に活動を続けてきた。特に「接触場面」における母語話者側のコミュニケーション方略に着目、現在注目を集める"やさしい日本語"研究の理論の確立に寄与してきた。
同時に、母語話者の言語行動に対する非母語話者の「評価」にもフォーカス。言語的な方法論や理論の問題になりがちな"やさしい日本語"研究に、「非母語話者とのコミュニケーション」のあり方の視点から、重要な視座を与えている。その視座は、栁田准教授が学生時代に地域のボランティア日本語教室で、日系ブラジル人に日本語を教えていた時に得たものだ。
「生徒さんから『先生が話す日本語は分かるのに、勤め先の人の日本語は分からない』と言われたのです。日本社会が外国人を受け入れるにあたって、母語話者(日本人)側が"調整"すれば、もっとうまくコミュニケーションできるのではないか、と考えました。それが日本語教育の道に進むきっかけともなりました」(栁田准教授)
この研究成果は学術的な論考にとどまらない。外国人住民に実際に接する機会の多い自治体職員に対する数多くの研修会や講演を通じて、日本語教育界に限らず幅広い領域で実績を上げている。そして、現在所属する一橋大学国際教育交流センター・日本語教育部門においては、留学生に対する日本語教育とともに、大学院における日本語教員養成と日本語教育学の研究者養成にも尽力している。このようなさまざまな取組が、日本語教育学会奨励賞を受賞するに至った理由だ。
栁田 直美准教授
日本語教師であれば誰もが"やさしい日本語"が使えるわけではない
一方、『日本語教育』論文賞を受賞した論文は、「非母語話者は母語話者の〈説明〉をどのように評価するか ー評価に影響を与える観点と言語行動の分析ー」という研究論文である(『日本語教育』177号 2020年12月発行)。
受賞理由としては、「日本語教育現場に対する示唆が具体的である」「新しいテーマにチャレンジしている」「専門領域を越えて訴えるものがある」などが挙げられている。特筆すべきは、栁田准教授の調査研究が、「日本語教師なら"やさしい日本語"が使える」というバイアスに警鐘を鳴らしていることだ。
「日本人が日本語をどのように調整すべきか・しているかだけではなく、外国人がどう感じているか?が課題ではないかと考えました。そこで日本語教師2人、外国人との接触経験があまりない2人が、同じ内容について説明するシーンを録画。外国人にビデオを観てもらい、誰の説明が一番良いかを評価してもらったのです。意外にも、"シンプルに分かりやすく話す"日本語教師より、"会話に積極的"かつ"相手に合わせて話す"人のほうが、高い評価を得ていました。非母語話者である外国人にとっては、テクニックは二の次で、本気でコミュニケーションを取ろうとする気持ちを、相づちやうなずき、笑顔など、『態度』で示すことが重要なのだと分かったのです」(栁田准教授)
論文を審査した日本語教育学会は「『日本語教師らしさの功罪』を客観的に指摘する本論文は、日本語教師の専門性を謙虚に捉え直すための問題提起であり、本学会こそが真摯に受け止めるべき研究である」と、踏み込んだ表現で評価している。
自治体職員から一般市民へ、"やさしい日本語"の裾野は広がりつつある
目の前にいる相手に対して、本気でコミュニケーションを取ろうとする気持ちを「態度」で示す。その重要性は、日本人同士のコミュニケーションにおいても同様だ。だからこそ、誰にでも"やさしい日本語"を使えるベースがあり、そのうえでテクニックを少し身につければさらにコミュニケーションがしやすくなる。栁田准教授は、自治体職員向けの研修会などでそう勇気づけているそうだ。
「そのテクニックとは、たとえば、会話の一文を短くすることや、敬語を使わないこと。災害情報などを文章で発信する時には、平仮名を多めに使うことなどが挙げられます。以前は『外国人を子ども扱いするなんて...』という声が市民から寄せられるのではないかと、自治体の職員さんが心配することもありました。しかし徐々に"やさしい日本語"に対する理解が深まり、状況が好転してきていると感じます」(栁田准教授)
各自治体の国際交流協会が主催する研修会や、公民館クラスで開かれるオープン講座などにも参加している栁田准教授は、"やさしい日本語"を学ぶ人たちの裾野が広がっていることを実感している。そして、自治体職員が行うコミュニケーションは、決して子ども扱いではなく「"やさしい日本語"を意識して使っているから」という理解につながっている、そんな手応えもあるそうだ。前掲の『日本語教育』論文賞が、以下のような評価で締め括られていることもうなずける。
「行政における窓口対応を意識した『説明』という設定は、基礎研究としての検証を優先するのであれば負担ともなり得る。それを乗り越え、敢えて社会的課題に即した設定を採用した本研究は、日本語教育発のコミュニケーションとして専門領域を超えて訴えるだけの価値がある」
目の前にいる相手にどんな貢献ができるかを考え続けること
栁田准教授は現在、一橋大学国際教育交流センター・日本語教育部門に所属し、留学生に対する日本語教育を行っている。さまざまな研究と実践を積み重ねている中、学生にどのように向き合っているのだろうか。最後にその点について語ってもらった。
「私自身の研究と同様に、私は留学生が何を必要としているか?を常に考えながら、今必要な日本語、将来的に必要な日本語を、一人ひとりのレベルに合わせて教えるようにしています。彼・彼女らはとても知的レベルが高く、多くの可能性を秘めている人ばかりです。上級レベルの学生には、日本語の母語話者と、日本語でアカデミックな議論ができるようになってほしいので、日本人学生でも簡単にはこなせない課題を出すなど、敢えてハードルを高くしています。人生で一番エネルギーに溢れた時期に、日本の一橋大学を選んでくれた留学生のために、どんな貢献ができるかを常に考えていきたいですね」