一橋大学グローバル・ロー研究センター創設記念行事
2017年夏号vol.55 掲載
一橋大学は、2018年4月、国際企業戦略研究科経営法務専攻を再編し、法学研究科の新たな専攻(仮称・ビジネスロー専攻)として統合すべく準備を進めている。その一環として、法学研究科は2016年6月に、国際的な法学研究の「ハブ」として「グローバル・ロー研究センター」を開設し、経営法務専攻と協力しながらさまざまな活動を行っている。同センターの発足を記念して、2017年2月5日(日)・6日(月)の2日間、学術総合センターにおいてシンポジウムとセミナーが開催された。その内容をレポートする。
初日は国際企業研究科経営法務専攻の企画による国際シンポジウム(司会は同専攻長の中窪裕也教授)、2日目は法学研究科の企画による国際セミナー(司会は同研究科の酒井太郎教授)で、両日ともに開会の辞を法学研究科長の葛野尋之教授が述べた。葛野教授は、「あらゆる領域で、さまざまな問題がグローバルな関係の中で存在し、法的問題として表れる。あらゆる法律人材にグローバルマインドが求められる」と、グローバル・ロー研究センター設立の背景を説明。そのミッションは「世界で活躍するグローバル法曹・法務人材の育成」であると説明した。
中窪 裕也
国際企業研究科経営法務専攻長
酒井 太郎
法学研究科教授
葛野 尋之
法学研究科長
カーティス・ミルハウプト
コロンビア大学教授
ダン・プチニアク
シンガポール国立大学教授
宍戸 善一
国際企業戦略研究科教授
エリック・フェアミューレン
ティルバーグ大学教授
ブルース・アロンソン
国際企業戦略研究科教授
王 雲海
法学研究科教授
尾﨑 道明
瓜生・糸賀法律事務所弁護士
張 和伏
天達共和法律事務所弁護士
韓 晏元
天達共和法律事務所弁護士
張 青華
天達共和法律事務所弁護士
島田 英樹
日本貿易振興機構 進出企業支援センター長
大矢 一夫
公正取引委員会 事務総局官房国際課企画官
青木 人志
法学研究科教授
第一部「グローバル化時代のコーポレート・ガバナンスと法の役割」
日本のコーポレート・ガバナンスの課題
1日目は、「グローバル化時代のコーポレート・ガバナンスと法の役割」をテーマに、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の宍戸善一教授及び、欧米やアジアの各大学から招いた研究者による講演の後、パネルディスカッションが行われた。
まず、宍戸教授がイントロダクションとして、この国際会議で議論してほしい3つの問題:(1)コーポレート・ガバナンスはいかに企業価値の向上につながるのか、(2)法制度はどのような役割を果たすべきか、(3)日本のコーポレート・ガバナンスはどのような方向を目指すべきか、を提示し、さらに、今日グローバル・スタンダードといわれているアメリカ型のモニタリング・モデルは、環境の異なるあらゆる地域に妥当するものかという問題提起を行った。
続いて、コロンビア大学(米国)のカーティス・ミルハウプト教授が講演。コーポレート・ガバナンスは、その国の資本主義システムに根ざしたものであり、現在、日本で進行中の改革が、日本型システム全体の変化に対応したものであるかは疑問である。また、日本で導入が試みられているというモニタリング・モデルは、すでにアメリカにおいてすらその有効性に疑問が提起されているとの指摘を行った。次に、ティルバーグ大学(オランダ)のエリック・フェアミューレン教授は、急速なイノベーションが進んでいる今日、コーポレート・ガバナンスが推し進めるべきは、長期的な価値創造とさらなるイノベーションの実現であり、独立取締役に求められているのは、モニタリング機能及びアドバイザー機能だけでなく、マーケットの要求を経営陣に伝えるフィードバック機能であると主張した。
独立取締役制度の多様性・監査役制度の評価
その後、シンガポール国立大学のダン・プチニアク教授が、アジアにおける国ごとの独立取締役の位置づけの違いを自身の研究成果に基づき説明し、「独立取締役」という名称はすべての国のコーポレートガバナンス・コードに採択されているが、独立取締役とは何か、何をするものかという概念までが移植されたかというと、それは国ごとに大きな差異があり、アジア諸国の間でもバラエティに富む。その中で日本は、欧米との差異だけでなく、アジアの中でも特異な存在であると指摘した。
次に、一橋大学大学院国際企業戦略研究科のブルース・アロンソン教授より、日本のコーポレート・ガバナンスを国際比較するに際して、日本の上場企業のコーポレート・ガバナンスといっても、JPX-Nikkei 400のような大企業とそれ以外の中小規模の上場企業との間には大きな差異があること、文化的な説明に偏らないようにすること、また、安易に「グローバル・スタンダード」との比較を行わないようにすることに注意すべきであるとの指摘があった。さらに、現在進行中のコーポレート・ガバナンス改革の経過説明が行われ、それがインパクトを持ち始めているとの指摘がなされた。
最後に、講演者によるパネルディスカッションが行われ、日本の監査役制度の評価、独立役員の独立性基準の各国における違いの意義、次期社長選任プロセスにおける独立取締役の関与のあり方と日本の現状、モニタリング・ボードの日本への適合性、長期的価値と短期的価値を区別してコーポレート・ガバナンスのあり方を論じる意義、コーポレート・ガバナンスに関する日本の立法政策の問題点等に関して活発な議論がなされた。
また、各報告に対するQ&Aセッションでは聴衆からさまざまな質問が出され、学術的なレベルの高い、熱気あふれるシンポジウムとなった。
第二部「中国ビジネス法務と腐敗・不正──転ばぬ先に学ぶ法、転んだ時に生かす法──」
"保護法益"や"社会特質"に基づく賄賂罪の相違
2日目は北京の天達共和法律事務所との共催で、「中国ビジネス法務と腐敗・不正──転ばぬ先に学ぶ法、転んだ時に生かす法──」というテーマで行われた。
基調講演は、一橋大学大学院法学研究科の王雲海教授が「贈収賄をめぐる法制度と規制原理──中国・日本・米国──」と題して行った。この3か国において賄賂罪に相違があるのは、"保護法益"や"社会特質"の相違に基づくとの持論を展開。共産党の"一党支配"を最優先し、賄賂を"政治犯罪"として党員や公務員により重い責任を課す"権力社会"の中国、国民の道徳的模範たる義務を負う公務員により重い責任を課し、賄賂を"文化犯罪"ととらえる"文化社会"の日本、政府と市場との分離を重視、賄賂を"経済犯罪"として、公務員も民間も責任は同じとする"法律社会"の米国という相違点を強調した。
次に、3つのセッションが行われた。第1セッションは、「腐敗防止に向けた国際的ルールと執行(国連腐敗防止条約、OECD外国公務員贈賄行為防止条約、不正競争防止法、犯罪人引渡及び国際捜査共助)」と題し、瓜生・糸賀法律事務所の尾﨑道明弁護士と、天達共和法律事務所の張青華弁護士がディスカッションを交えて発表した。
「トラもハエも同時に叩く」腐敗防止策と法的規制
第2セッションは、「腐敗防止に関する中国の法的規制(刑法上の贈収賄罪、行政処罰規定、共産党内規)」について、天達共和法律事務所の張和伏弁護士と、日本貿易振興機構(JETRO)の北京事務所勤務を経て進出企業支援センター長を務めている島田英樹氏が登壇。2012年11月の共産党第18期大会で習近平氏が総書記に就任するとともに"腐敗根絶"をスローガンに掲げて以来、強硬策が行われてきた経緯が紹介された。
第3セッションは、天達共和法律事務所の韓晏元弁護士と、公正取引委員会事務総局官房国際課企画官の大矢一夫氏が「外国企業の商慣行に対する中国独占禁止法のケース・スタディ(再販価格の制限、割引制度)」をテーマに行った。
最後に、一橋大学大学院法学研究科・一橋大学中国交流センター代表の青木人志教授が閉会の辞を述べた。「本日の充実した内容は、日本語に造詣の深い中国人弁護士が日本法も参照しつつ解説してくれたおかげ。これとは反対に、日本人弁護士が中国法を参照しつつ中国語で中国人を相手に講演できるようになることが課題であり、一橋大学グローバル・ロー研究センターの責務の一つ」と締め括った。
(2017年7月 掲載)