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ビジネス・ローの"国際人材養成"を担う 数少ない大学院として

  • 国際企業戦略研究科教授ブルース・アロンソン

2016年冬号vol.49 掲載

Bruce Aronson

Bruce Aronson

1974年ボストン大学卒業(AB)、1977年ハーバード大学ロースクール卒業(JD)。ヒル・ベッツ&ナッシュ法律事務所、ヒューズ・ハバード&リード法律事務所、東京大学上級フルブライト研究員、コロンビア大学ロースクール準研究員、ミシガン大学ロースクール客員教授、東京大学客員准教授、クレイトン大学ロースクール教授、日本銀行金融研究所客員研究員、早稲田大学法学学術院上級フルブライト研究員を経て、2013年7月一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授に就任。長島・大野・常松法律事務所の顧問も務める。研究分野はコーポレート・ガバナンス、法曹、資本市場の比較研究。近著に『海外からみた日本企業のガバナンスにおける問題─実効性のあるガバナンス改革の方策(商事法務1991号)』がある。

グローバル化を掲げながら、"英語"で学べる場がほとんどないという矛盾

問題意識を持ったきっかけは、2013年に私が国際企業戦略研究科(以下、一橋ICS)の教員になる際に「東京には、英語でビジネス関係の法律が学べる大学院が一校もない」という事実を聞かされたことでした。私が教員を務める一橋ICS経営法務専攻のミッションは、現役の社会人向けに最先端の理論と実践の融合を目指した法教育を行い、企業のグローバル化に対応できるビジネス・ローの専門人材を養成することにあります。それにもかかわらず、名立たるグローバル企業が数多く存在する日本の首都に英語でビジネス・ローを学べる大学院がないとは、正直驚きました。企業経営がグローバル化、複雑化する中で、ビジネス・ローも絶えず変化していきます。英語でビジネス・ローを理解できないとそうした変化をリアルタイムでとらえることもできません。学生たちは最先端のビジネス・ローを自分の仕事に役立てたいという志を持って入学してくるわけですから、その期待に応えるためにも「英語でコーポレート・ガバナンスの授業を行いたい」というのが私の当初からの願いでした。
経営法務専攻の授業は基本的に日本語で行われますが、私が担当する授業ではあえて英語のみを使うことをルールにしています。講義やディスカッションはもちろん、レポートも英語で書き、プレゼンも英語で実施することを学生に求めています。テーマは本人の自由で、日頃の業務や過去に遭遇したケースに照らし合わせて書いてもらうなど、特に制約は設けていません。なぜなら、とにかく英語に慣れ、場数を踏んでもらうことも学習目的の一つに置いているからです。こうした努力が実を結び、2014年度から交流協定に基づく交換留学生の受け入れを開始し、英語の授業も充実してきています。今年度は年間8科目、来年度はさらに4科目増やす予定です。
大事なことは"自信"をつけること。日本のビジネスパーソンに足りないものは、"能力"というよりも"勇気"だと思います。英語を使う勇気を持てば、もっとグローバルに活躍できる。私はそう信じて疑いません。
授業を英語で行うほかに私が重点を置いているのは、"アウトプット(実践)"です。いくら授業で最先端の理論を学んだとしてもビジネスの現場で実践できなくては意味がありません。私自身、教職に就く前の17年間は米国の弁護士としてビジネスの現場で働いていました。その中でいかに理論と実践を融合していくことが重要かを痛感したのです。私の専門は"コーポレート・ガバナンス"で、企業経営のルールとなる法律づくりを意味し、"企業統治"とも言われる領域です。担当している科目の例を挙げますと、国際契約の作成に取り組む「International Contract Drafting」(国際契約実務)や、米国の商法の基礎を身につける「Introductionto American Business Law」(アメリカビジネス法入門)、主要各国の代表的なコーポレート・ガバナンスを比較しながら学ぶ「Comparative Legal Studieson Corporate Governance」(比較コーポレート・ガバナンス)や、交換留学生向けに日本の商法を教える「Introduction to Japanese Business Law」(日本ビジネス法入門)といったものがあります。
授業では"アウトプット(実践)"に多くの時間を割くようにしています。たとえば、学生が実際に業務で経験した事例を元に、「中国とインドネシアで投資を実施した場合、契約関係や政府通知の手続き等の違いは?」といった課題に取り組んでもらうわけです。
ビジネス・ローのグローバル・スタンダードを身につけることに加え、それを英語で専門的に学ぶということは、ただでさえ日中は企業等での仕事を持つ学生にとって2倍ハードになります。ただ、最先端の理論と実践を英語で集中的に学ぶことができるここでの2年間が、将来的に実り多き時間になることは間違いありません。

学生の顔ぶれに表れる"企業内専門家"の必要性

経営法務専攻は言わば"ビジネス・ローの企業内専門家"を養成するプログラムで、現在学生の多くは企業の法務部門に所属している方々です。学生の中には企画部門に携わっている方や公務員、新聞記者などもいて、顔ぶれは多彩で法学部出身者だけではありません。業種も、金融業、製造業、官公庁、教育機関、情報・通信関係、貿易関係と多岐にわたります。加えて、来年度から授業を英語で行う体制ができることによって、すでに日本で資格を持った弁護士等にも広がることが予想されます。
学生は自身の企業活動の中で直面する諸問題にどう対応していくか、ビジネスに直結した法律を実践的にマスターし、仕事に役立てようという高い意欲を持って通われており、各授業も業界、職種を超えて活発な意見が交換される場となっています。
複雑化する社会の中で、企業の規模にかかわらず、社内の多様な業務を法的側面からサポートする体制の構築は急務となっています。知的財産に関連する法律が絡む商品の開発や、外部との契約を扱う部門に限らず、今や人事や総務などあらゆる部門で法的問題への対応が求められています。国際法務を熟知しなければ海外にビジネスの活路が拓けないとなれば、法務体制のグローバル化も、企業にとって喫緊の課題です。
経営法務専攻の開講科目はビジネス・ローに特化しており、会社法、経済法、知的財産法などまさにこうした企業の今日のニーズに応えるものです。

自国と他国をビジネス・ローでつなぐ優れた"懸け橋"が必要

企業の経営法務のグローバル化の水準を世界と比べた時、日本は確実に遅れている。これは私がつねづね感じている問題点です。
遅れてしまった背景や理由はいろいろと考えられます。たとえば、日本企業はこれまで国内での活動だけで経営が成り立ってきましたし、さらに言えばそれが精一杯でした。海外に進出するといっても駐在所を置く程度で、海外部門が本社に置かれ他の部門と肩を並べることもレアなケース。つまり、グローバルで通用する水準の法務は必要のない時代を歩んできたわけです。また、"法学=司法試験突破のための学問"といったイメージが強すぎるためか、人材教育にグローバルな経営法務のスペシャリストを育成するプログラムが組み込まれることもなかったように思います。そして結果的に、外部の渉外弁護士等の法律家との間に、歴然とした専門知識の差が生まれたのではないでしょうか。
海外での売上げ比率が伸びていき、スピーディな経営判断がいっそう求められるようになった今、そのサポート役となるグローバル・ビジネス・ローの企業内専門家は不可欠です。そう企業は実感しているはずです。本社の経営陣と外部の法律家をつなぎ、さらに言えば日本と世界をつなぐ懸け橋として、課題解決のための専門知識や円滑なコミュニケーション力への期待はますます高まっていくでしょう。
グローバル化の中で、自国と他国双方に特有な事情や手法を、ビジネス・ローによっていかに統合するか。その手腕を発揮できる優秀な人材を、もっと社会に輩出していく必要があると感じています。そこで、経営法務専攻では、学生のさらなるレベルアップのための新たな教育プログラムの展開を図っています。海外のロースクールへの留学プログラムの充実もその一つです。"国際人材の養成"こそ、私たちに課せられた使命。一橋ICSの教員として、そう心に刻んでいます。(談)

(2016年1月 掲載)