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理論と応用を架橋する数理モデルの開発。  そこに金融工学に携わる醍醐味がある

  • 経済学研究科講師山田 俊皓

2016年秋号vol.52掲載

山田 俊皓

山田 俊皓

2007年立命館大学経済学部文理総合インスティテュート(ファイナンス)卒。2009年東京大学大学院経済学研究科金融システム専攻修士課程修了。2009年4月〜2015年2月三菱UFJトラスト投資工学研究所(MTEC)研究員。2015年3月より一橋大学大学院経済学研究科経済統計部門講師。2015年3月東京大学大学院経済学研究科金融システム専攻博士課程修了。研究テーマは、確率解析を用いた数値計算法の開発とそのファイナンスへの応用。

金融商品のプライシングやリスク管理に用いられる、数理的手法の研究

私の専門分野は、確率数値解析及び数理ファイナンス・金融工学です。具体的には、金融商品のプライシングや金融機関のリスク管理に用いる数理的手法の研究を行っています。特に、マリアバン解析と呼ばれる「無限次元空間上の確率解析(ブラウン運動の汎関数に対する微積分学)」を用いた数値計算手法のファイナンスへの応用が専門です。現在、私はその無限次元空間上の確率解析を用いて、複雑な金融商品やリスク量を高精度に離散近似する「確率微分方程式の高次離散化法」などの研究を行っています。
これによって複雑な対象をより効率的に評価することが可能になります。すると、金融の現象を表現する数理モデルが複雑になっても、極力コストのかからない方法でプライスやリスク量を見積もることができます。また、簡易な方法によって、現在の金融マーケットの状態に整合するようにモデルのパラメータを決めることも可能になります。まだ途中の段階ですが、応用の利く興味深い結果が出てくれることを期待しながら、試行錯誤して日々の研究に取り組んでいます。

「実社会で使える理論」の重要性に気づき、修士課程修了後金融工学の研究所に就職

私はかつて6年ほど、金融機関で研究員として実務に携わっていました。金融は、実社会と密接に関係しているもの。実社会に身を置いてみないと優れた研究に結びつかないのではないか?と感じていたからです。
学部生時代、私は立命館大学でファイナンスを専攻していましたが、その傍ら理工学部の数学科の授業や確率論研究室のゼミにも参加していました。もともと現代社会の問題を数理モデルで考えるといった類いの話や解析学が好きで、大学に行ったら経済・ファイナンスを数理的に解析したいと考えていました。確率論の分野では、京都大学の伊藤清先生(故人)が第一人者とされていますが、当時の確率論研究室には伊藤先生の"お弟子さん"やその流れを汲む先生が多くいらして、とても熱気があり、その環境で伊藤解析の基礎となる確率論の勉強にのめり込んでいったのです。また、当時立命館大学で開催された確率論・数理ファイナンスの国際学会に参加し、世界的に有名な数学者や数理ファイナンスの若手研究者の講演を聞く機会もありました。当時は、講演内容等は全然分かりませんでしたが、自分が勉強している確率論やファイナンスに関わる数学がとても活き活きしているように感じ、刺激を受けたことを覚えています。学部生時代のこれらの経験が現在の研究を始めるきっかけだったのかもしれません。
その後、数理ファイナンスに特化した研究を行いたいと思い、東京大学の経済学研究科(修士課程)に進み、数理ファイナンスの研究室でファイナンスに使う数学や特に確率解析の勉強をしていました。修士の時は怒られた記憶しかありませんが、その研究室の先生との出会いが私の人生の転機になりました。先生はさまざまな研究実績を持っていらっしゃいましたが、何よりもバリバリの実務家としても活躍されていた方だったのです。修士時代、小難しいことを追求していた私に、先生は「実社会で使えなければ意味がない」と厳しく指摘してくださいました。ほとんど叱責に近かったです(笑)。私自身も「実社会に出てみないと、研究を深められないのではないか」と感じるようになりました。
就職活動では、銀行や証券会社のフィナンシャルエンジニアコースやシンクタンクなどを回りました。最終的に、インターンシップに参加した三菱UFJフィナンシャル・グループの金融工学関連のモデル開発などを行う「三菱UFJトラスト投資工学研究所」(MTEC)に入社。研究員として働き始めました。入社した2009年は、前年のリーマンショック(金融危機)の直後。そのような時期に入社して(一橋大学に赴任するまで)6年ほど仕事をしていましたので、図らずも「金融危機後の金融工学」にどっぷり関わることになったのです。MTECにはさまざまな能力を持った研究員がおり、とても刺激的な環境でした。ここでの6年間は自分の研究の方向性を決めるうえでとても有意義なものだったと思います。

金融危機後の金融工学に携わりながら新しい数理モデルの研究・開発を志向

「金融危機後の金融工学」に関わって分かったのは、金融の数理モデルの枠組みづくりとそれを解析する確率論など数学理論の重要性です。もちろん金融危機前から重要ではあったのですが、金融危機では既存の枠組みから逸脱したことが顕著に見られたので、金融危機後は「新しく理論を整備しなければならない」ということが言われるようになりました。金融商品の評価、リスク管理、当局の規制への各金融機関の諸対応など、さまざまな面において大きな転換点だったと言えるでしょう。
ただ、金融の状況によって理論が変化しうることは金融が「動いている」ことを意味するものであり、このことは金融工学あるいは数理ファイナンスの研究を行う者にとって醍醐味でもあります。実社会のビジネスでは、取引相手がいて何らかの商品にプライシングをして売買を行います。たとえば、OTC(オーバー・ザ・カウンター)と言われるマーケットではリスクをヘッジ(回避)するためのデリバティブ商品が相対で取引されます。そこに金融危機のような大きな波が襲ってくると、売り手・買い手いずれかの倒産によって将来得られるであろう「儲け」が飛ぶリスクがあるわけです。そのようなリスクも考慮した新しいプライスを見ていこう、というのが金融危機以後の流れです。言い換えると、そのようなリスクを考慮しなかったことも、当時の金融機関などが損を被ったり倒産したりした一因なわけです。リスクをしっかり見ていこうというのは現在の金融マーケット全体の流れでもありますし、当局の規制も金融危機後にどんどん入ってきて、今なおさまざまな新しいルールがつくられています。そのような金融の状況の変化に対して、適切な数理モデルを提供し、そしてそれを解析するためのツールを与えることも我々アカデミックの重要な役割です。実社会に身を置いてみなければ、分からなかったことだと思います。
私は入社後も修士時代にお世話になった先生と共同で研究を行っていたこともあり、入社4年目から働きながら博士課程(東京大学・経済学研究科)で研究を進めるという幸運にも恵まれました。その環境下で私が取り組んだのは、金融危機後の数理モデルを解析するための数値計算法の研究です。高度な専門知識を要するので具体的な説明は割愛しますが、私の目標をシンプルに表現すると、「自販機で缶ジュースを買うように、ボタンを押すと数理モデルの内部が効率的かつ適切に動いてプライスやリスク量などの見積もりがポンと出てくる」ということでしょうか。
金融危機後は、数理モデルに取り入れるべき要素が格段に増え、複雑化しました。複雑な現実に合わせようとすると、数理モデルはどこまでも複雑になります。しかし一方で、いくら複雑なモデルを考えても、《実社会で使えなければ意味がない》のです。金融の実務では、現実を表現するモデルを考えると複雑になりすぎて解けなくなり、結局簡単に計算できる簡単なモデルに置き換えることがよくあります。ただ、それではモデルから出るアウトプットに意味がなくなります。私の目標は、現実を表現するモデルが複雑になってもボタンを押せば簡単に計算できるロジックを構築することです。金融マーケットという実社会で、金融のプロの方々が極力「簡単に」「適切に」「高速で」「効率的に」金融商品のプライスやリスク量の見積もりができる。そんな実社会への応用と理論を架橋する数理モデルを開発したいと思っています。私の研究における最大のモチベーションは、そこにあります。

ファイナンスは社会科学。理論と応用の両方にしっかり目を配る必要がある

一橋大学には、経済学研究科に限らず、商学、ICSなどさまざまな研究科にファイナンスの研究者がいらっしゃいます。そして横のつながりがとてもしっかりしていて、実際にインフォーマルなセミナーや集会などを通して、研究者の方々とご一緒する機会もあります。研究自体は自分で突きつめていかなければなりませんが、その過程でほかの研究者の方々に自分の考えを伝えたり、ヒントをいただいたりすることは極めて重要です。その意味では、整った環境の中で研究が進められるので、ありがたい限りです。
一方で、私は教員として学生の方々と接しています。ゼミで学生に伝えているのは、「研究対象に『ファイナンス』という言葉が付いている以上は応用ありき。つねに実社会への応用にも目を向けましょう」ということです。数理ファイナンスではかなり高度な数学を使うことがありますが、ファイナンスは自然科学ではなく、社会科学です。社会科学を学びや研究の対象にしているわけですから、「現実社会で何が起きているか」というモチベーションは忘れないようにしてほしいと思います。同時に、私のゼミや講義で学ぶ以上は、実務にばかり思いをはせるのではなく、理論もしっかり学んでもらうつもりです。一見何の役に立つか分からないような理論を学ぶこともとても重要です。理論と応用、双方を学ぶことは、実社会に出た時に絶対役に立つ。プラスにしかならない。私はそう確信しています。(談)

(2016年10月 掲載)