604_main.jpg

行動・脳機能・数理モデルで人間の行動を客観的に解き明かす認知科学

  • ソーシャル・データサイエンス研究科准教授/脳科学研究センター⻑福田 玄明

2025年10月2日 掲載

画像:福田 玄明氏

福田 玄明(ふくだ・はるあき)

2011年、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了後、2013年から理化学研究所脳科学研究センター勤務。東京大学大学院総合文化研究科助教を経て2020年より一橋大学に准教授として着任。商学部経営管理研究科経営管理専攻を経て現職。認知科学の分野にて認知モデルや脳機能計測について研究している。

「生き物としての人間の性質を知りたい」という欲求

私の専門は認知科学です。人間の脳や心というものを「情報処理システム」と捉え、それを情報処理の言葉で客観的に理解しようというのが、私の研究の根本にあります。

心理学の中でも人間の性格や心の病に対してではなく、「生き物としての人間の性質を知りたい」という欲求が強いのです。高校生の頃にマリアン・S・ドーキンズの『動物たちの心の世界』という動物行動学の本を読み、動物が何を考え行動しているのかということに興味を持ったのが、今の研究の原点と言えるかもしれません。現在も、魚やカメ、トカゲ、カエルなど20種類ほどの生き物を飼っており、生き物への興味は尽きることがありません。

私が現在、最も熱心に取り組んでいる研究テーマは「注意」です。これは、画像を見た人が、どこに注意を向けているのかを脳活動から予測する研究です。最近はAIを使って脳活動から見た画像(情報)を再構成する研究が多く行われていますが、私はその情報の「入り口」と「出口」だけではなく、脳の中で情報がどのように処理され、理解されるのかという「中間部分」にこそ注目しています。すなわち、AIよりも人間が情報を処理する過程そのものに興味があり、その過程こそが人間の心の動きだと考えています。そして、心を解き明かすには、まずは情報処理という測定可能な側面からアプローチするのが、正当な研究姿勢だと信じています。

また、認知科学の基礎研究として「錯覚」の研究も続けています。私たちは普段、物事をうまく認識していますが、時として錯覚という形で脳の計算が「失敗」することがあります。この「失敗」のメカニズムを解明することで、脳が普段どのような情報処理を行っているのかを理解し、さらに深く探るための指針として活用しているのです。

大学を中退後、野菜市場で働き、夜間部を経て情報系の研究室へ

インタビュー中の様子

私のこれまでの人生は、いわゆる「普通」の経歴とは少し違います。高校時代はペーパーテストが得意で、その勢いのままに東京大学へ進学しましたが、最終的には中退しました。朝起きたり、毎日ご飯を3回食べたりといった、多くの人が普通にできる生活がどうしても疎かになり、流れのままに中退してしまったのです。

その後はしばらく野菜市場で働いていました。終電で出勤し、昼頃まで働くという生活です。しかし大学を卒業していないことがやはり心残りだったため、青山学院大学の夜間部に通い始めました。そこで心理学科を選んだのは、深い理由があったわけではなく、たまたま電車の中で夜間部1期生の募集広告を見て、「1期生だと上がいなくて気持ちが良いかな」と思った程度のことです。

青山学院大学をなんとか卒業したものの、当時の私の経歴では就職先がまったく見つからず、恩師の勧めもあり、再び東京大学の大学院へ進みました。今度は情報系の研究室です。大学院でプログラミングや統計のスキルを身につけ、修了後は理化学研究所で1年ほど研究員として務めました。その後、東京大学での教員生活を経て、ソーシャル・データサイエンス学部の立ち上げに関わるため2020年に本学に着任しました。

データサイエンスという学問自体が比較的最近のもので、まだ明確な形がない状態だったので、自分の特性を活かせる場所だと直感しました。そして2023年に脳科学研究センター(HIAS-BRC)のセンター長を拝命し、現在に至ります。

脳科学研究センター/fMRI装置は社会科学の研究を深化させるためのツール

私の研究の中心は、人間の脳と心です。脳科学研究センターに導入されたfMRI(磁気共鳴機能画像)装置を活用し、脳の仕組みを解明する取組も行っています。「人間の行動」「脳機能」「数理モデル」の三つを組み合わせることで、人間の心や行動を情報科学的な、より客観的な言葉で理解することを目指しています。

2025年に脳科学研究センターに導入されたfMRI装置は、診断や治療のためではなく完全に実験用のものです。国内でもこのような目的で導入されているケースは大変珍しく、私はセンター長として、どうすればこの装置を使って成果を出せるのかといった課題に向き合っています。

また、私はこの脳科学研究センターを、社会科学の研究を一層深化させるためのツールと位置づけています。本学が長年培ってきた社会科学の研究に、脳機能計測という客観的な手法を導入することで、新たな地平を切り拓きたいのです。そのため、これまで実験に馴染みのなかった社会科学系の先生方にも、この施設を使ってもらうための働きかけを続けています。

私の専門である認知科学は、物理学や生物学、数学のように何百年、何千年と積み重ねられてきた学問とは少し性質が異なるかもしれません。だからこそ特定の方向性で固めず、多様な才能を持つ人たちが多様な視点から取り組むことで学問の価値が高まり、社会貢献にもつながるはずです。

福田先生の書棚

記念碑的な書籍、基礎に立ち返るための専門書、そして実験でも使っているロボット。さまざまなもの同士のつながりが視覚的に分かる、福田先生ならではの書棚。

たとえば、教育格差問題を論じるとき、各家庭での親子間のコミュニケーションが子どもの脳にどう影響するか、女性の働きづらさの背景にある脳活動の変化をどう捉えるか、といった社会課題の解決に脳科学的なアプローチが役立つでしょう。社会科学の第一線の先生方とのコラボレーションが進めば、きっと素晴らしい研究が生まれると期待しています。

自分の心さえ、科学的にはまだ何も分かっていないからこそ

ソーシャル・データサイエンス学部に入学してくる学生は、新しい学問に大きな期待を抱いているでしょう。しかし1・2年次にはまず、基礎的な数学やプログラミング、情報科学のスキルを徹底的に身につけてもらいます。これは、将来的にできることの幅を広げるために不可欠なのですが、この段階で一度は「期待していたことと違うかも」とがっかりしてしまう学生もいるかもしれません。

学生には、基礎をしっかり学びつつも、人間への興味を失わずに研究に取り組んでほしいと願っています。人間に関する学問、特に認知科学の分野は、非常に未熟で、世の中にはまだ十分に浸透していません。私たちの日常で当たり前だと思っている「自分の心」のことも、科学的な目で見るとまだ何も分かっていない、そういう考え方を前提とするのがこの分野なのです。

もう少し説明しましょう。「なぜ人によって好きな音楽が違うのか」といった、一見すると当たり前のような日常の疑問も、行動と脳機能、そして数理モデルを照らし合わせることで、はじめて科学的に理解できると考えています。このように、学生には日常の中に隠れている未解決の問題に興味を持ち、それを解き明かそうとする姿勢を育んでほしいと思っています。

私自身の経歴からも分かるように、認知科学の分野は物理学や歴史学のような積み重ねが非常に重要な学問とは少し異なります。そのため、私のような特異な経歴の人間でも、足場を固める余地があります。言い換えれば、多様なバックグラウンドを持つ人が活躍できる懐の深い分野なのです。数学が得意な人、プログラミングが得意な人、社会問題に深い関心がある人、多様なバックグラウンドを持った人たちがこの分野に加わることで、新しい発見が次々に生まれ、認知科学の分野自体もより魅力的なものになると信じています。この"ブルーオーシャン"とも言える分野で一緒に研究できる日を楽しみにしています。(談)