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ファイナンスと空間計量経済学をツールに、都市計画・住宅政策に貢献する研究を

  • 経営管理研究科准教授清水 良樹

2024年10月2日 掲載

画像:清水 良樹氏

清水 良樹(しみず・よしき)

2014年英国ロンドン大学クイーンメアリー校School of Business and Management(MRes in Business and Management)修了、2019年米国ワシントン州立大学(Ph.D. in Business Administration- Finance)修了。2017年米国ワシントン州立大学講師、2019年米国ミネソタ大学(Duluth校)助教授を経て、2024年一橋大学大学院経営管理研究科准教授に就任。専門は資産価格理論の実証研究、不動産ファイナンス、都市経済学、空間計量経済学など。

空間的自己相関分析を行い、「見えない要素」を実証モデルに組み込む

私は資産価格理論の実証研究、不動産ファイナンス、都市経済学を専門分野に研究を行っています。「犯罪指標と住宅価格の関係性について」という研究を例にとって説明しましょう。

内容は2008〜2020年の間にアメリカのワシントン州シアトル市で売買された戸建て住宅の取引データを分析する研究で、結論はまだ出ていません。シアトル都市部での犯罪発生率が住宅価格に与える影響を探るために、犯罪率を測る変数として主に911番通報の件数を利用しています。さらに、データ上では視えないが、「そこに確かに存在しているもの」― 地域の治安・住民同士の関係・大気汚染・騒音問題などの要素を実証モデルに取り入れるため、空間的自己相関分析を行いました。ここでの空間的自己相関分析とは 、ある不動産物件Aの取引価格が、その物件の「目に見える特性(敷地面積、部屋数、築年数など)」に加えて、「目に見えない(データ上での確認が困難な)特性」であるけれど、物件Aやその近隣住宅(物件B、C、D...)に共通しているもの(前述した地域の治安や大気汚染問題など)によってどの程度説明されるのか?ということを推定する手法です。

すると、現時点で興味深い結果が出ているのです。空間的自己相関を考慮しないモデルでは、犯罪率の上昇によって周辺の住宅価格は下落しました。しかし考慮した場合は、犯罪率が上昇すると周辺の住宅価格も上昇したのです。私の仮説は、対象地域の人たちにはCollective Efficacy(日本語で書かれた先行研究では「集団的効力感」と訳されています)が生まれていて、それが治安向上に貢献している、さらにそういった「目に見えない」要素が空間的自己相関を考慮した実証モデルでは説明可能である、というものです。

アメリカであれ日本であれ、ある地域には似たような志向・経済状況の人たちが集まる傾向にあります。そういう人たちの間で、平たく言えばご近所付き合いが育まれ、徐々にコミュニティができ上がっていく。犯罪者は高価な金品を盗むために高所得者層の地域を狙う傾向があると聞きますが、そこでは見慣れない怪しい人物が歩き回っていたらすぐに911番通報するという空気が醸成される...そんなCollective Efficacyが働き、結果、窃盗等が起きてもその地域の住宅価格はむしろ上がっているのではないかと考えています。

もう少し研究を重ねて仮説が立証できれば、アメリカはもちろん、日本の都市計画や住宅政策に貢献できるものになるでしょう。

ALTとの交流やバスケットボールのテレビ観戦で英語に目覚める

なぜ私がアメリカ・ワシントン州のデータをもとに研究を行っているか、疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。

今でこそ私は母国語である日本語に近いレベルで英語を話し、過去にはアメリカの大学でファイナンスを教えていましたが、もともと国際交流とは無縁の環境で育ちました。生まれは岐阜県中津川市。周りは田園風景で、小学校から高校までずっと地元の公立学校に通っていました。

英語と初めて接したのは小学6年生の時。中学から始まる英語の授業に備え、母の勧めで英語塾に通い始めました。とはいえ、ようやくABCを覚えた程度です。その後、公立の中学でALT(Assistant Language Teacher:外国語指導助手)の先生とコミュニケーションをとった経験が、私にとって初めての国際交流でした。ここで英語に興味が湧いたのです。

また、中高ではバスケットボール部に所属していたため、よく衛星放送で深夜にオンエアされるアメリカのプロリーグを観戦していました。時折選手やコーチが話しているシーンで英語が聞こえると「かっこいい!」と感じたものです。彼らのように英語を話せるようになりたくて、英語の授業には一番力を入れていました。その延長線上で大学では人文系の学部に進学し、主に国際関係学を学びました。

困窮する学生を見てファイナンスの重要性を認識した留学体験

大学の交換留学制度を活用し、アメリカ・ワシントン州にある州立大学に留学。実際に生活してみると、「アメリカは経済的に豊かで国民が満たされた生活を送っている」という渡米前のイメージと現実との間に大きなギャップを感じました。実は私が留学した2009年はリーマン・ショックの直後で、日々の食事代にも事欠き、三食ともスーパーで1袋100円弱のラーメンという学生もいました。両親がリーマン・ショックの余波で解雇されてしまい、学生ローンを組んで、授業後はすぐにバイト(フルタイムで働きながら授業を受けに大学にくる学生もいました)、卒業後はローン返済に追われる...。それが当時のアメリカの現実でした。

アメリカをここまで追い込んでいる背景を知るために、遡って本格的に経済学や経営学の勉強を始め、関連する授業を履修しました。リーマン・ショック→サブプライムローン→住宅バブルなどと学んでいくたびに「ファイナンス」というキーワードが頻繁に出てきました。「これはファイナンスが深く関わっているのではないか?」と思ったことが、この分野に入ったきっかけです。

ロンドン大学を経て、念願のワシントン州立大学の博士課程へ

大学学部時代の1年という短い交換留学期間では学びを深めることに限界がありました。帰国後、大学を卒業すると同時に大学院に入学。修士課程のプログラムで2年間、経営学、とりわけファイナンス分野について学びました。

しかし2年でもまだ満足できなかったのです。「ここまで来たら博士課程に進んで、将来は研究者になりたい」と決断。当時の指導教官に相談したところ、英国ロンドン大学に修士課程と博士課程との橋渡しをするMaster of Research(研究者養成プログラムのようなもの)というコースがあると教えてもらったのです。

私としては、ファイナンスを学ぶきっかけをくれたワシントン州に戻って学びたいという気持ちがありました。そこでロンドン大学で1年間博士課程に進む準備をしながら、米国ワシントン州立大学にもアプローチ。幸運なことに、同大学から博士課程進学のオファーをいただいたのです。

博士課程の5年間で一番研究したかったテーマは、やはり原体験とも言えるリーマン・ショック前後のことです。2008年の金融危機時に米国証券取引委員会(SEC)が行った株式の空売りに対する規制が、株式市場・オプション市場・個別株銘柄先物市場に及ぼした影響について博士論文を書き、論文はその後、海外査読付学術誌に掲載されました。

さまざまな文献に触れる中で、徐々に不動産関連のことにも興味が湧いてきました。博士号取得後は、リーマン・ショックの原因である住宅バブルに改めて着目し、不動産ファイナンス関連にも研究を広げました。そこで住宅購入者が抱く「居住エリアの治安悪化」などの負のイメージが、その地域の住宅価格に与える影響や、ホームレスの集落が近隣の住宅価格に与える影響について、定量的かつ多角的に分析しているところです。

研究は、第二の故郷であるワシントン州への恩返し

私は自分の研究が、世界中で進められてきた先行研究とともに、都市計画や住宅政策に資するものと信じています。正確な数字は分かりませんが、おそらく世界中のほとんどの人が所有や賃貸という形で住宅を持ち、日々の収入をローンや家賃に充てていることを考えれば、アメリカだけではなく日本をはじめ、世界中の人々にとって有益な研究となると信じています。

そして研究の原動力となっているのが、ワシントン州へ恩返ししたいという気持ちです。ワシントン州という土地は、私に多くのものを与えてくれました。交換留学の1年間を通じて身につけた英語力。金融危機に陥った国の人々の暮らしに関する知見。ファイナンスを学ぶきっかけ。博士課程在籍時、苦楽を共にした学友たち。博士課程修了後数年を経て、今では「共同研究者・人生のメンター・良き友」として私と交流を続けてくれる恩師たち。

生まれ育った地元の岐阜県を除くと、ワシントン州は私がこれまでの人生で1番長く過ごした土地であり、第二の故郷です。研究者・清水良樹を育ててくれたこの土地に貢献できる研究を今後も続けたいと考えています。

今までの経験をもとに日本人学生・留学生両方の力になりたい

そんな私が日本に戻ったのは、日本で受けた学校教育に対しても、恩返しをしたいという思いからです。博士課程修了後、私は米国ミネソタ大学で5年間、ファイナンスを教えていました。学生は地元ミネソタ州出身の方が多く、40〜60人の履修者からなる講義では、教員である私以外、全員が英語のネイティブスピーカーであった学期が多々ありました。そのような環境で5年間、英語で教鞭をとってきました。それまでの長い留学生活で英語力を磨いたとはいえ、それは日本の学校教育で学んだ基礎があればこそできたことです。ですから私は義務教育も含めた日本の英語教育にとても感謝しています。その恩返しをしたいのです。

そこで日本人の学生に対しては、私の経験を伝えながら、海外へ飛び出す最初の一歩を踏み出す勇気を与えたいです。また、一橋大学に留学に来て、卒業後は日本で就職・定住を希望される留学生に対しては、私自身が過去に留学生として、留学先の国でどのように学び、競争を生き抜き、大学教員の職を獲得したかを伝え、祖国から遠く離れた日本で暮らす彼・彼女らの学びをサポートしたい。そんな自分の経験を日本人・留学生両方に還元することが、私が今果たすべき役割だととらえています。(談)