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ビジネスとアカデミックの間に立ち、課題解決に挑むデータサイエンス

  • ソーシャル・データサイエンス研究科准教授加藤 諒

2024年7月5日 掲載

画像:加藤 諒氏

加藤 諒(かとう・りょう)

2014年名古屋大学経済学部経営学科卒業。2016年名古屋大学大学院経済学研究科前期博士課程産業経営システム専攻修了。2019年慶應義塾大学大学院後期博士課程修了。博士(経済学)。2016年日本学術振興会特別研究員DC1を経て、2018年神戸大学経済経営研究所・計算社会科学研究センター助教に就任、2019年同センター講師、2021年同センター准教授を経て、2022年一橋大学ソーシャル・データサイエンス教育研究推進センター准教授、2023年一橋大学ソーシャル・データサイエンス研究科准教授に就任、現在に至る(神戸大学経済経営研究所の准教授もクロスアポイントメントで兼任)。

膨大なデータを扱う3つの研究分野

私の研究には、「欠測データ解析」「マーケティングサイエンス」「実証会計学」という3つの大きな柱があります。

まず、ベイズ統計学を用いた「欠測データ解析」の分野です。消費者アンケートなどで、回答者が勤務先や年収などの情報を伏せて回答するケースがあります。そのままでは企業のマーケティングに活用できません。そこで、ベイズ統計学の理論に基づいて不足部分、つまり欠測データから別のデータを予測して補完するのです。伝統的な統計学では難しいケースでも、ベイズ統計学を用いればより正しい推論を導くことができます。

次に「マーケティングサイエンス」は、位置情報、購買履歴、店内回遊情報などのデータから消費者の行動にアプローチする分野です。以前、清涼飲料水メーカーから相談を受け、日ごとに安い商品が入れ替わる「High & Low」スーパーのチラシが、日によって商品の値段を変動させない「Every Day Low Price」スーパーに与える影響を検証したことがあります。10地域・80店舗のチラシデータ、スマートフォンのGPSデータ、店舗のレシートなどを取得・解析し、「Every Day Low Price」スーパーではブランド価値を損なうような商品を売る意味はあまりない、という研究成果報告書をメーカーに提出。スーパーなど小売店への営業戦略に役立ててもらいました。

そして「実証会計学」は、上場企業の財務諸表を用いて、会計制度の改正が企業にどのような影響を与えるか、株価とどのような関連があるかを研究する分野です。特に関心を持っているのは、「監査法人の規模と監査の質との間にどのような関連があるか」ということです。この研究では統計学の手法である因果推論を用いて、「監査法人の規模の違いが監査の質に影響を与えない」という研究成果を得ました。最近ではAIが公認会計士の業務をどこまで代替できるのか、その可能性を探る研究も行っています。

いずれの研究も膨大な量のデータを扱いますが、私は研究を研究として完結させるのではなく、社会やビジネスの課題の解決につなげたいと考えながら日々の研究に取り組んでいます。

大学と専門学校のダブルスクールで会計を学ぶ

私はもともと数学が好きでした。在籍していたのは文系のコースでしたので、高校2年の頃から漠然と「入るなら経済学部だろう」と考えていたのです。将来のために公認会計士の資格を取ることを目標とし、会計を学ぶために経済学部に進みました。ただ、大学だけではなく会計の専門学校とのダブルスクールで学ぶつもりでしたから、費用のことを考えて、岐阜の実家から通える名古屋大学を選択。大学へは毎日実家から通っていました。

ルールを理解すれば問題が解けるという意味では、英語も好きでした。単語を覚えるのは一苦労でも、それさえクリアすればあとはルール通りですから。数学と英語の両方の能力を磨こうと、専門学校ではUSCPA(米国公認会計士)やBATIC(国際会計検定)の勉強もしていました。スクールといえば、ゴルフスクールに通い始めたのもこの頃です。中学まではずっと野球をやっていて、ボールを打つのが好きだったんですね。ただ、私はチームスポーツに向いていなかったので、バットをクラブに持ち替えてゴルフを始めました。個人でプレーできるスポーツの方が性に合っていたのか、今でもゴルフは続けています。

統計学の面白さを知り、学部時代に修士課程の会計ゼミに参加

大学時代の前半は、簿記の授業に出て会計の勉強を続けていました。財務諸表が読めるようになると、企業のざっくりとしていたイメージの解像度が上がります。それは面白かったですし、今でも会計学の研究を行っているのでその知識は大いに役立っています。その一方で、会計学の専門職たる公認会計士の資格の勉強をするのは、自分にはあまり向いていないと思いました。理由は二つあります。一つは、本格的に公認会計士の資格を取ろうとすると、会社法や金融商品取引法など暗記が必要な科目が入ってきます。英単語と同様、「覚える」ことは苦手だったのです。

もう一つの理由は、もともと1年の頃から学んでいた統計学に本格的に興味を持ったからです。統計分析などの入り組んだ手法を用いると、会計における財務諸表と同様に、企業のイメージがパッとつかめます。しかも、自分が得意な数学が役に立つことも、統計学に惹かれた点です。そこで大学の制度を活用し、4年生で修士課程の会計ゼミに参加。会計に加えて統計学についても学びを深めていきました。

データを提供してくれる企業とのコラボレーション

会計ゼミに所属していた頃には「ビジネスとアカデミックの間で研究をしたい」という思いが芽生えていたのですが、就職活動もしました。民間のマーケティングリサーチ2社から内定をもらい、データサイエンティストとして働くつもりでした。しかし、指導教官から「間をやりたいなら、特定の企業で働くよりも、アカデミックの世界で多くの企業をテーマに研究してみては」とアドバイスをもらったことがきっかけで、修士課程に進み、マーケティングサイエンスのゼミを選んだのです。ただ、当時は企業との共同研究は少なかったと記憶しています。ひっきりなしに共同研究のオファーがくる現在とは違って、まだマーケティングサイエンスという分野が企業に認知されていなかったのでしょう。

それでも「ビジネスとアカデミックの間で研究をしたい」という思いは変わりませんでした。データを用いてマーケティングを行う場合、企業からデータを提供してもらうことが多くなります。研究テーマがそのデータの中から見つかることが多いのも事実。その意味では、企業とのコラボレーションを行わずにアカデミックの世界で完結させるという選択肢は、私の中にはなかったのです。

企業がソーシャル・データサイエンス学部・研究科に寄せる期待とは

このように私はビジネスとアカデミックの「間」にこだわっていましたから、ソーシャル・データサイエンス(以下、SDS)学部・研究科立ち上げへの参加に全く迷いはなく、「行きます」と即答しました。現在は広報活動も任されているので、先日も東京ビッグサイトで開催されたイベント(マーケティング・テクノロジーフェア東京2024)に一橋大学SDS学部のブースを出展。講演会で登壇したり、企業の方々と名刺を交換したりすることは、思っていた以上に楽しかったです。

企業の方々と話して感じたことは二つ。共同研究のニーズが大きいことと、SDSの修士課程の学生に興味を持っていることです。たとえば、SDSと企業との共同研究のリーダーとして大学院生が期待されていることが伝わってきました。私が修士課程に在籍していた頃と比べて、はるかにビジネスとアカデミックが行き来しやすくなっています。それはとてもいいことですね。

学生がハブとなり、異なる分野の研究者を結びつけることが理想

私自身は、私たち研究者間をつなぐハブとなってくれることを学生に期待しています。たとえば、ある修士課程の学生の論文を指導する際、私が指導教官に就いたら、全く異なる分野の先生に副指導教官に就いていただく。学生の指導を通じて私とその先生がコラボレートし、学生の論文としてまとめ上げて学術誌に投稿する。それが一番いい形だと思いますし、実現しそうな予感もあります。というのも、SDSの研究者同士はとても仲が良く、交流も活発だからです。

得意な数学を活かして社会課題の解決に役立てたいけれど、具体的にどうすればいいか分からない。そんな高校生がいたら、SDSは最適な環境ではないでしょうか。経済学、経営学、法学、心理学、環境、AI、不動産、スポーツ......というように、ここにはさまざまな専門分野の研究者が集まっています。SDSに入ってから、「この分野で数学の知識を役立てよう」と決めても遅くはありません。データを使って社会課題を解決したい。SDSはそんな学生が集まり、学び、巣立っていく環境です。(談)