経済社会と密接に関わる租税法は、社会リテラシーの向上に不可欠
- 法学研究科/国際・公共政策大学院准教授藤岡 祐治
2024年7月5日 掲載
藤岡 祐治(ふじおか・ゆうじ)
法務博士(東京大学)、LL.M.(Harvard Law School)。2012年東京大学大学院法学政治学研究科助教、2016年財務省財務総合政策研究所研究官、2018年東北大学大学院法学研究科准教授を経て、2021年一橋大学大学院法学研究科/国際・公共政策大学院准教授に就任、現在に至る。
貨幣価値という観点から租税法の研究を進める
法律には公法と私法という2つの概念があります。その区分については諸説ありますが、一般的に公法は「国家と公共団体の関係を規律するものや国家と私人間関係を起立するもの」(憲法、行政法など)、私法は「私人間の関係を規律するもの」(民法、商法など)と考えられています。私は前者の公法において、特に租税法の研究を行っています。租税は、国家が公共サービスを提供するために必要な資金を調達する目的で私人に課している金銭の給付です。
租税の研究は、さまざまな角度からのアプローチが可能です。たとえば、貨幣という観点。私たちは普段、当たり前のように円で税金を払っていますが、変動相場制のもとで日常的に国際取引が行われている現在、円は他の貨幣と同様に価値が一定していないはずです。そこで私は、政府が課税するにあたり、自国の通貨を価値尺度として所得を計測することにどのような意味があるのか、そして、それは適正なのか、といった研究を進めています。また、政府は「貨幣価値が変わらなければ、生産性の等しいどの国民から徴収しても同じだから、地域による違いは必要ない」と考えますが、国民にとっては税引き後の所得こそが生計の要なのだから、税額は地域によって異なって良いとも考えられます。このギャップを埋める可能性を模索することも、私の研究の一環です。
このように租税法は、法律それ自体を単体で掘り下げるのではなく、さまざまな視点を取り込みながら「経済社会における課税を含めた望ましい状態は何か?」を考えていく学問です。
経済学への興味からファイナンス分野の弁護士を目指した大学院時代
法学部に進むにあたり、私には「これを学びたい」という明確な動機づけはありませんでした。強いて言えば親族に法学部出身者が多かったことが、私の学部選択に影響していたかもしれません。しかし、法律は積み重ねの学問なので、勉強していくうちに次第に面白さが分かるようになっていきました。そこで法律を専門にする職業に就こうと思い、法科大学院に進みました。当時は、研究者の道に進むことは全く念頭になく、職業として具体的にイメージしていたのは弁護士でした。特にファイナンスに興味を持っていたので、その分野の弁護士になることが当面の目標だったと記憶しています。
ファイナンスに興味を持っていた理由は二つあります。第一に、私は学部生の頃から経済学が好きでした。法学部で学びながら、法律と経済の関係性から、自然とファイナンスに興味を持つようになったのです。第二に、法律には人と人の関係を調停するイメージがありますが、私はどちらかといえばお金というシンプルな観点から法律に向き合うほうが性に合っていました。このような理由から、法科大学院に進んだ当初はファイナンス分野の弁護士を目指していたのです。
しかし、租税法の授業やゼミに参加するようになり、研究の面白さを発見しました。リサーチペーパーという短い論文の執筆を進めるうちに研究の楽しさを感じるようになり、研究者という道もいいのではないか、と考えるようになりました。
戦後にスタートした租税法は、開拓・発展の余地が大きい
何よりも、租税法の自由さに魅力を感じました。法学の授業は、時間の制約もあって解釈論を中心に進められる傾向にあります。解釈論自体が重要であることは言うまでもありませんが、租税法は自分の興味関心に基づいて自由なアプローチで研究できるのです。特に私が参加した授業やゼミでは、経済学の手法を用いたり、歴史学の手法を用いたりと多面的なアプローチで租税法を扱い、自由に議論していました。たとえば、税法が変わると人の行動も変わるということを経済学の観点から分析する、という具合です。人と人の係争を扱うだけでなく、政策として税制を扱う分野もあるということは、私にとって大きな発見でした。私はこの自由度の高さに裏打ちされた租税法について、隣接したあらゆる学問を吸収できるとても大きな器だと感じています。
租税法の自由度が高いのは、憲法や民法などに比べて歴史が浅いことも関係しているかもしれません。私が知る限り、租税法が独立した学問としてスタートしたのは戦後です。きっかけは、1950年の第二次シャウプ勧告による指摘でした。前年(1949年)に日本の税制改革に向けて発表された第一次シャウプ勧告に続き、第二次の勧告では日本の大学に租税法の授業がないことが問題視されたのです。そこで行政法の一部であった租税法が研究対象として独立し、東京大学及び京都大学に租税法の授業が設けられ、その後、各大学に広がっていきました。このような理由で他の法律学と比べて歴史が浅いわけですが、その分開拓・発展の余地も大きく、だからこそ自由なアプローチや議論が可能になるのです。
弁護士から研究者へと職業選択を変えた理由
それでも法科大学院修了後の職業選択には悩みました。租税法を研究する面白さは十分に理解できましたが、弁護士の道も諦めきれません。実際、周囲の友人たちは司法試験に向けて勉強していました。現実として、弁護士は報酬も良い。しかも租税法などの税務に詳しいタックスローヤーはまだまだ少ないので、自分が弁護士として参入する余地が大いにあるという予測も立ちました。それでも最終的に研究者の道を選んだのは、二つの理由からです。
第一に、特定のクライアント(依頼主)の要望に対応するのではなく、一歩引いた視点から税制の望ましいあり方を考えられ、より良い制度設計に向けた研究に注力できるということ。第二に、研究者のほうが時間を自由に使うことができ、最先端のことを好きなだけ研究できそうだ、ということもありました。付け加えれば、研究を深めた後でも弁護士になるチャンスはある、という考えもありました。法科大学院修了後、幸運なことにすぐに助教としてキャリアをスタートできた私は、以来ずっと租税法の研究を続けています。
分野横断で取り組む学問だからこそ、一橋大学という環境は魅力的
租税法は隣接したあらゆる学問を吸収できる大きな器だと言いましたが、それはあらゆる分野にアンテナを張り、自らをアップデートし続けなければならない、ということを意味しています。国内外で商取引が行われれば、そこには必ず租税法が絡んできます。取引自体は商法や民法など私法の管轄ですが、企業の取引がよりグローバルになれば経済環境も変化しますので、租税法もまた変化しなければなりません。毎年のように行われる税制改正を見ればそれは明らかです。また、最近では暗号資産など、税金の支払いに使う貨幣そのものも大きく変化していますので、アンテナは横に広げるだけでなく、高く伸ばし続けなければなりません。
分野横断的な取組が求められる租税法を扱う私にとって、学部間の垣根が低い一橋大学という環境は魅力的です。経済学の観点から税制について研究する先生もおられるので、さまざまな角度から租税のあり方を考えられます。法学部・法学研究科と国際・公共政策研究部の双方に携われていることも、私にとって大きなメリットです。
法律は「そこにある静的なもの」ではなく「変わり得るもの」
学生の皆さんには、法律が経済社会とどのように関わっているか、経済社会の中でどのような役割を果たしているか、企業経営や個人の家計にどのような影響を与えているか、という視点を持って租税法を学んでほしいと考えます。ただし、租税法に限らず、法律全般は静的なものではなく著しく変化するものです。経済社会との関わりや役割、影響を見るだけではなく、それが本当に望ましい状態なのか、法律を変えれば経済社会もより良い方向に進むのではないか、という視点もまた欠かせないでしょう。
私のように研究の道に進まないまでも、税金を払い、公共サービスを受けるという意味では、誰もが租税法と無縁ではいられません。生きていくうえで必ず関わってくるものとして、社会リテラシーを高めるために租税法を学び、その面白さに気づいてもらえれば、これ以上の喜びはありません。(談)