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必要な時に、適切な保健・医療サービスにアクセスできるアプローチを研究

  • 経済学研究科/社会科学高等研究院教授本田 文子

2022年12月27 掲載

画像:本田 文子氏

本田 文子(ほんだ・あやこ)

1992年上智大学文学部社会学科卒、1996年ザビエル大学(アテネオ・デ・カガヤンデオロ)フィリピン地域研究科修士課程修了、1996年世界銀行東京事務所情報公開センター担当官、2000年東京大学医学系研究科国際保健計画学修士課程修了、2000年財団法人国際開発センター社会開発研究員、2009年ロンドン大学衛生熱帯医学大学院博士課程修了(医療経済学博士)、2009年から2017年、ケープタウン大学(健康科学部医療経済学科)勤務、2017年上智大学経済学部経済学科准教授、2020年同大学経済学部経済学科教授を経て、2021年一橋大学社会科学高等研究院教授、2022年より経済学研究科兼務、現在に至る。研究分野は医療経済、保健・医療制度

ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)

私は、アジア、アフリカを対象にユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)を主な研究テーマとし、特定の国や地域の人々の健康やヘルスシステムの中で生じる諸課題について、社会科学の知見を活用して理解を深め、解決の糸口を探る課題先行型の研究を行っています。

UHCとは、すべての人が適切な予防、治療、リハビリ等の保健・医療サービスを必要な時に支払い可能な費用で受けられる制度づくりを指し、その推進は「持続可能な開発目標」(SDGs)の一つとして国際的に重要な政策テーマとなっています。UHCにはさまざまな側面がありますが、私は、保健・医療財政、人材、技術評価と、大きく三つの領域から研究を行なっています。

3つの領域からUHCを研究

第一に、保健・医療財政では、特に、支払機関が医療機関に診療報酬を支払う仕組みに関し、より効率的で質が高い保健・医療サービスの提供を促す政策オプションについて研究しています。2013年から2015年、ロンドン大学が主催するRESYST(Resilient and Responsive Health Systems)というリサーチコンソーシアムで、アジア、アフリカ10ヵ国を対象に保健・医療の支払い機能について、複数の大学、研究機関と共同で、制度比較を行いました。その後、支払い制度のガバナンスや、公的医療保険と民間医療機関の契約等についても継続して研究を行なっています。

第二に、保健・医療サービスを担う人材の確保や動機づけ。アジア、アフリカでは、サービス提供に関わる人材の不足や偏在がより深刻な状態であり、保健・医療従事者の労働条件や職場環境の研究により、課題の是正につながる施策を探っています。たとえば、セネガルでは、首都ダカールに比べ、地方の保健・医療人材の数が非常に少なく、診療サービスへのアクセスに地域格差が生じています。このため、政府と協働で、医師、看護師が、遠隔地勤務を継続するための要件について、「離散選択実験」という手法を用いて研究を行い、雇用形態や施設整備等、政策上の優先課題を特定しました。

第三に、医療技術評価ですが、新しい技術や薬剤が開発されても受け手が求める形でサービスが提供されなければ、有効な技術でも利用されない可能性があります。人々の選好を調べ、受容可能な保健・医療サービスのあり方を研究しています。たとえば、現在、ジンバブエ、マダガスカル、南アフリカで、新たに開発された性感染症の簡易迅速検査キットに関し、患者の選好を調べ、受診を促す診療ガイドラインを策定するための研究に参加しています。

フィリピンで保健医療制度に関心を持つ

私は、大学を卒業後フィリピンに留学し、口承伝承の分析による少数民族社会の世界観について研究を行いました。フィリピンでの生活を通して、人々が病気になってもすぐに診療サービスを受けられない場合があることや、女性が安全な場所で出産できない場合があることを身近なところで、見聞きしました。フィリピンでの生活体験が、保健・医療制度や政策に関心を持つ契機となりました。

フィリピンから帰国後、仕事を通して、保健・医療の課題に、臨床の側面からだけではなく社会学や経済学といった社会科学の知見を応用する可能性について学びました。そこで、改めて、保健・医療政策学を修学し、社会開発のコンサルタントとして仕事をした後、医療経済学の領域での研究をさらに深めたいと考え、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院に進み、Ph.D.(医療経済学)を取得しました。博士論文では、マダガスカルで、医療費の全額自己負担制度と低所得層の診療サービスへのアクセスをテーマに研究を行いました。1年間ほど同国で過ごし、質問票を用いたサーベイを行うと共に、政策の実施プロセスを検証するため、関係者へのインタビューを行いました。

人々の声を政策に届ける研究

Ph.D.を取得後、2009年から2017年まで、ケープタウン大学(南アフリカ)の医療経済学ユニットに勤務しました。ケープタウン大学勤務中は、保健・医療行政、市民社会など、多様なアクターグループと協働の機会があり、保健・医療政策やその研究について、多角的な視点から考えを深めることができたことを幸せに感じています。また、アジア、アフリカの研究者と、現場の喫緊の課題に、共同で取り組むことができたことも、豊かな経験となりました。患者、医療従事者、行政など、保健・医療に関わる諸々の人々の声を分析し、その結果を政策のデザインや実施の過程に届けていくことは、研究者の役割の一つと考えています。(談)