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ビジネスとリーガルの両輪で「攻めの法務」を実現

  • 法学研究科教授得津 晶

2022年10月3日 掲載

画像:得津 晶氏

得津 晶(とくつ・あきら)

2004年東京大学法学部卒。北海道大学大学院法学研究科准教授、東北大学大学院法学研究科准教授、同教授を経て一橋大学大学院法学研究科教授に就任。専門は金融法、商法、会社法。近著に「民事法学が政治学を必要とする理由」法律時報94巻8号(2022)4-6頁、"The 'Independence Day' of Payments Law?" in Mark Fenwick, et al. eds., Regulating FinTech in Asia, 2020など多数の論文がある。

商法、そして金融法の領域へ

ご専門は何ですか?と聞かれたら、今までは「商法」とお答えしていました。アイデンティティとしては今も商法のままですが、今年度、大学院法学研究科ビジネスロー専攻(以下、HBL)に移籍してからは「金融法」とお答えするようにしています。それはHBLでは研究・教育はもちろん発信という意味でも、私が金融法の領域で果たす役割に期待されていると感じるからです。

HBLでは2022年度に入って講義がオンラインから対面式に戻りました。学生の皆さんとディスカッションをしていると、ビジネスローの領域が担うべき役割の大きさをヒシヒシと感じます。その役割や、私が感じているやりがいについては後段でお伝えしましょう。

浪人時代に"文転"を決意した理由

実を言うと私が商法、あるいは法律というものと出会ったのはまったくの偶然です。高校時代、数学が得意だった私は、現役時代に理系で受験しました。何となく「建築とか物理の勉強をしたい」という思いはありましたが、特に専門は決めていませんでした。東大の理系の受験では、それが可能だったのです。大学に入ってから専門を決めればいいだろう、と受ける前は考えていました。

しかし残念ながら合格できず、浪人生活に。そこで私は自分の実力について見直してみました。合格できなかった理由は恐らく自分に実力がなかったからだろう、一年勉強して何とか合格したところで、その先、果たして学問を楽しめるだろうか、そう考えて浪人中に文転を決意しました。結果、幸い東大の文科一類に合格したのですが、少々問題がありました。

東大の文一や文二では、「大学に入ってから専門を決める」という発想がなかったのです。私は入学してからそのことに気づきました。周りの友人に「学部、どこを選ぶ?」と聞いたらキョトンという顔をされて、「しまった」と思いましたね。文一を選んで受験し、合格したら、法学部に進学するものなのだとようやく分かったからです。本当は大学に入ったら経済学や社会学などいろいろな分野の勉強を満喫してその中で自分に合う専門を選ぶつもりでしたが、そうもいかなくなりました。法学部進学は決まっているので、その中で何をしたいのか、必死に考えなくてはなりませんでした。

株主代表訴訟のゼミで、商法をもっと学びたいと感じる

そこで1年生の後期、特別開講の商法ゼミに参加してみました。テーマは「株主代表訴訟」です。1年生向けですから、それほど専門的な内容ではありませんでした。その中で印象に残っているのが「大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件」です。受講する前月(2000年9月)に第一審の判決が出たばかりのホットな事件でした。事件の詳細は割愛しますが、これは同行の取締役が株主に訴えられ、判決で829億円の損害賠償責任が認められた裁判です。

一般的な会社員の家庭で育ち、文転してから「金融機関にでも就職できればいいかな」と考えていた私は、不安と興味を同時に覚えました。将来、金融機関に就職した場合、取締役になるというのは人生最大のゴールです。そんな取締役が800億円以上の賠償を求められて、破産するしかないというのです。自分の将来設計に大きな不安を感じたものです。

一方で、「何故こんなことが起きてしまうのか?」という興味が湧き、商法をもっと勉強したいと感じるようにもなりました。そこからは作業興奮と言いますか、商法を勉強をすればするほど分かるようになる、分かるようになるとどんどん好きになっていく、という正のサイクルが生まれました。その後、親に学費を出してもらいながらロースクールに通うか、助手という形で収入を得ながら大学院で研究を行うか、という岐路に立ち、私は後者を選びました。親に費用を出させることが心苦しかったからですが、それ以上に自分の好きな勉強を続けたいと考えたことが大きな要因です。

ビジネスをクリエイトしたいと考える法務部の方々

大学院を修了後、幸いにして北海道大学と東北大学で教鞭を執るチャンスを得た私は、2022年度より本学でビジネスロー専攻の授業を担当しています。学生さんは全員社会人で、企業にお勤めの方が8割、弁護士・弁理士・会計士など士業の方が2割という比率です。

前者の方々は、法務部の方が多くを占めます。その方々が受講されている理由は大きく分けて二つ。まず、「法律を体系的に学びたいから」というものです。法学部以外の学部を卒業し、法務部に配属となって仕事が面白くなったものの、後輩や部下にはOJTでしか教えられない現状に悩みを感じています。もっと理論的バックボーンを持って人材育成に取り組みたい、との思いが強いようです。

もう一つは、社内における法務部のプレゼンスを上げたいという思いです。「法律上これはダメ、あれはダメ」とジャッジするだけではプレゼンスは上がりません。「これは法律上難しいのではないか」と二の足を踏む製造や営業の現場に対して、リーガルな側面から支え、知恵を出し合って新しいビジネスを生む。そこにこれからの法務部の存在意義を感じているようです。

冒頭でお伝えしたように、HBLの授業ではグループディスカッションをよく実施します。その中でよく聞くのが「ビジネスをクリエイトする側に回りたい」という声です。企業の方だけではなく、スタートアップ企業に協力している士業の方も、同じような志向を持っています。

金融の発展を考える政府に、市場からの提案を翻訳して伝える

そんな方々と金融法の授業を進めていく意義も、やはり二つあると私は考えています。一つは金融という規制産業において法制度を学ぶことです。もう一つは「ビジネスをクリエイトする」という点です。後者は、私自身のやりがいにつながっていることでもありますので、最後にご説明します。

金融は洋の東西を問わず、規制産業です。私は当局による規制自体を否定するつもりはありません。ただ、金融サービスはITによって急速に変化しています。たとえば、個人資産をスマホアプリでまとめて管理するという発想は、少し前までありませんでした。また、以前であれば融資は基本的に銀行の仕事でしたが、近年ではクラウドファンディングなど新しい形での融資も始まっています。決済も、以前は銀行の振込取引のみでしたが、今では「◯◯ペイ」など手続きが多様化しました。このように日々変わりゆく金融に対する法規制の現在のアプローチを学ぶのが第一の意義です。

ですが、このような新しいサービスは基本的にマーケットから生まれるもので、監督官庁である金融庁ですべてを把握しているわけではありません。そこで、金融庁は、金融がさらに健全に発展するような新しい規制の提案をマーケットつまり民間企業にも求めています。ここに新しいビジネスをクリエイトするための法制度という発想が出てきます。ただし、マーケットから生まれるアイディアはそのままでは規制になりません。規制にするには法制度で使われる用語に翻訳しなければ伝わりません。そこで金融法そしてビジネスローで学んだ知見が役に立つのです。

法律学が社会を引っ張るのではなく、社会が法律学を引っ張るという発想の転換を

最後の点をもう少し敷衍しましょう。法律学は、元来、裁判という現実の紛争を解決するための学問ですから、さまざまな学問の中でも、現実社会にどう影響を与えるかという観点から研究を進めるべきものであると、私は考えています。法律学が社会を引っ張るのではなく、法律学は社会に"引っ張られるもの"であるべきです。法律に従っていれば、よりよい社会になるわけではありません。法の趣旨を尊重することでよりよい社会になるという保証はどこにもありません。そうではなく、よりよい社会にするために法律をデザインしていこうという発想が必要なのです。

HBLに当てはめれば、今のビジネスを知っている学生の皆さんと、法律学のプロである私たち研究者とが一緒になることで、今のビジネスがよりよく回るように法制度を動かしていく、法制度を動かすことで新しいビジネスを生み出していく、そのような正のスパイラルができるのではないでしょうか。ビジネスとリーガルの両輪で授業を走らせることで、「攻めの法務」を実現することが今の私のやりがいですし、それができるのがHBLだと考えています。(談)