世界の経済事象と無縁ではいられない時代だからこそ 金融経済学の重要性は高まる
- 経営管理研究科国際企業戦略専攻教授服部 正純
2021年9月28日 掲載
服部 正純(はっとり・まさずみ)
1991年 一橋大学経済学部卒。在学中にカリフォルニア大学バークレー校に交換留学。日本銀行に入行後、在職中に英国オックスフォード大学に留学、修士号(経済学)及び博士号(経済学)を取得。2003年〜2005年ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)に客員研究員、2012年〜2013年国際決済銀行 (BIS)のFinancial Markets Unit(スイス)に客員シニアエコノミスト、2013年〜2014年同Committee on the Global Financial System(同)そして2014年〜2015年同Representative Office for Asia and the Pacific(香港)にシニアエコノミストとして日本銀行から出向。2015年-2018年一橋大学経済研究所教授、2018年一橋大学大学院経営管理研究科経営管理専攻に特任教授として日本銀行より出向。2019年日本銀行退職後、日本大学経済学部教授を経て、2020年より一橋大学大学院経営管理研究科国際企業戦略専攻教授。専門は金融経済学。
金融と実体経済の関係を研究する金融経済学
私の専攻分野は金融経済学で、金融政策、国際金融、企業金融、金融規制及び銀行論に関するトピックを研究領域としています。
金融というとまずはおカネの流れや金融商品の価格などを想像されるでしょうが、私の問題意識はさらにおカネに係る経済主体の意思決定やその結果が景気の良し悪し等、実体経済とどう関係するかというものです。そうした思いを込めて自分の専門は金融経済学だと言っています。一国の株式市場の不安定性が国際的な資金移動を介して他国に波及する際の影響を分析したり、企業が現金を保有する背景とそれが設備投資などに与える影響を分析したり、景気循環に対応して経済全体の金融環境に影響を与える金融政策の効果などについて研究を進めています。
現在は企業の意思決定に関する研究として、外部から経済危機とも呼べる大きなショックが起きた場合、現金が手元にあることがどう有利に働くかという研究をしています。リーマンショックや東日本大震災、新型コロナウイルス感染症のパンデミック等による景気の落込みは、わが国の経済政策や経営者の判断に起因したものではありません。このような外生的ショックの作用を、日本企業の行動を理解するに当たり注目しました。企業が現金を持つことの効果は、実は経済が安定している平時にはなかなか分析しづらいのです。そこで大きなショックが外からやって来た後に差異が表面化しやすい現金の使い方とその効果について、実証分析を進めていこうと考えています。
一方では教員として、MBA(修士課程)では「コーポレートファイナンス I」「経営者のための経済学」を、DBA(博士課程)では「経営学と金融論のためのゲーム理論及び契約理論」を担当しています。
『経済学入門』と出合い、経済現象は説明できると知った高校時代
私が経済学に興味を持ったのは高校の頃です。金融機関に勤めていた父が、いつもテレビの経済ニュースを観ていたので、付き合って観ていた私も経済や金融の言葉を自然と覚えるようになりました。
高校の図書館で何気なく手に取った『経済学入門』(都留重人著、講談社学術文庫、1976年)という本との出合いも大きかったです。休み時間に手に取って一部を読んでみたのですが、モノの値段が決まる法則性について記述されており、非常に驚きました。これは一例ですが、経済現象というものは説明できることを知って経済学に強い関心を持ったのです。その本の著者が、一橋大学の学長を務められた都留重人名誉教授だったこともあり、一橋大学経済学部への進学を強く意識し始めました。
入学後、3年次以降にゼミを二つ取りました。一つは理論経済学のゼミで、もう一つは計量経済学のゼミです。履修上は前者がメインで後者がサブでした。しかし私にとっては両方がメインですから、勉強にも先生との交流にも、かけた時間に大きな差はなかったと記憶しています。大学院生にはゼミを掛け持ちする人もいましたが、学部生では珍しかったです。この頃から、「大学の研究者になりたい」と思い始めていたことが、ゼミの掛持ちにつながったのだと思います。
そして、一橋大学での勉強と生活が落ち着いてくると、今度は留学にも関心を持つようになりました。米国に語学研修で留学した友人が強い刺激を受けて帰ってきた様子を見て、私も挑戦したくなったのです。そこで如水会と明治産業の援助を受けた「一橋大学海外派遣留学制度」を活用し、4年次の夏から1年間、カリフォルニア大学バークレー校に留学。大学間の協定の都合で経営学部の授業を受けたのですが、マーケティングや企業戦略論を学べたことは、今に至る自分のキャリアにとても役立っています。
テーマが異なる二つのゼミ。一橋大学とカリフォルニア大学バークレー校。経済学と経営学。こうして振り返ってみると、常に二つの軸を持っていたように思います。そして複数の軸は、日本銀行に入行した後にも私の中にありました。
28年間、日本銀行に在籍しながら国際機関と学術機関にも出向
1991年に入行してから28年間、私は日本銀行に勤務していました。大学院に進み研究者になる道を歩むことも考えたのですが、一旦は就職を選んだ形になります。入行後は金融市場や銀行業の調査分析を担当。業務上の要請で、ファイナンスや国際金融に関する知見を本格的に蓄積していきました。
日本銀行に籍を置きながら、私は留学や出向を通してさまざまな国際機関、学術機関で働く経験に恵まれました。
英国のオックスフォード大学への留学では、経済学修士号と博士号を取得。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)には客員研究員として出向。その後、国際決済銀行(BIS)にも出向し、スイスと香港の拠点でグローバル金融市場分析を担当しました。一橋大学経済研究所の教授として金融経済学を内容とする授業を担当、次いで一橋大学大学院経営管理研究科では特任教授としてマクロ経済学、グローバル金融システムの授業を担当......というように、日本銀行という一つの軸に、さまざまな機関での勤務という別の軸も存在していたのです。
日本銀行では留学や出向自体は珍しくはないですが、私は他の人と比べて外部で働く機会が多かったように思います。実務経験をもとに専門分野について教える経験も積めたことは、頭のどこかでずっと研究者を志向していた私にとって幸運でした。日本銀行を退職後、日本大学経済学部の教授になり、2020年一橋大学経営管理研究科国際企業戦略専攻教授に就任、現在に至ります。
自らのキャリア形成に能動的に取り組む学生とのコミュニケーションは楽しい
一橋ICS(経営管理研究科 国際企業戦略専攻)では私のような経済学分野出身は少数派ですが、世界的に見れば、ビジネススクールに経営学・経済学双方の研究者が在籍することは決して珍しくありません。ビジネススクールでは必須である企業・事業価値評価に係るコーポレートファイナンスのほかに、経済学分野の知見を活かして一橋ICSでの教育に貢献するため私が担当しているのが「経営者のための経済学」です。利益を最大化するために価格をどう決めるべきか、ある産業に参入する際の合理的な思考法はどのようなものか、経済全体の生産量と物価がどのように決まり、そして経済政策が与える効果はどのようなものか。これらが授業で教えている内容の一部です。
現在はグローバル化が進み、ある国に到来した大きなショックが広範に伝播する時代です。伝播の経路としてはまずは金融を通じた経路が作用します。そして、金融面からの作用は実体面にも及びます。経営者はそのことを意識しなければなりません。また、金融のメカニズムと実体経済のメカニズム、そしてそれらの相互作用の結果として生じる経済現象をロジカルに理解し、意思決定に活かしていく姿勢がますます不可欠です。それは私がさまざまな国と機関で働いて実感したことでもあるので、授業では自分の経験も交えながら伝えるように心がけています。
学生の皆さんから、私が解説することを理解し身に付けたいという熱意が強く伝わってくることが嬉しいですね。一橋ICSの学生は、キャリア形成に対する意識が高く、「将来のために現在のスクールの時間を充実させよう」という意識が明確です。そんな方々を相手とする授業は、私にとっても大変楽しい時間なのです。
なお、DBAの「経営学と金融論のためのゲーム理論及び契約理論」は、以前の一橋ICSにはなかった授業です。しかし、経営学に活用できる入門レベルを超えた経済学の理論も重要ということで、私が担当することになりました。自分の研究や実務経験が、このような形で学生の学びを深めることにつながっていることが何よりの喜びです。この授業でも質疑応答が非常に活発に行われています。
(少なくとも)二つの軸を持つことが、人生を充実させる秘訣
学生の皆さんと日々接しながら、人生を充実させるための秘訣は?と問われれば、私は「(少なくとも)二つの軸を持つこと」と答えるでしょう。
私は学部生時代、大学ではゼミを掛け持ちし、一生懸命取り組みました。日本の一橋大学での学びを深めながら、一方では米国のカリフォルニア大学バークレー校で経営学に触れる機会をつかんでいます。就職後は、日本銀行に在籍しながらさまざまな機関に出向し、世界経済や国際金融の中での日本という視点の獲得につながっています。そして、社会人になってからの28年間で蓄積した経験と知見を、ビジネススクールに通う学生のために役立てている現在がある。このように常に二つの軸を持つことが、私の充実した時間、充実した活動を支えてくれていると実感しています。二つの軸は真剣に取り組むなら何でも良く、大きく異なるものである必要もありません。皆さんそれぞれの(少なくとも)二つの軸を見つけてくれることを願っています(談)