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家族のあり方の変化に対応する家族法

  • 法学研究科准教授石綿 はる美

2021年7月1日 掲載

画像:石綿 はる美氏

石綿 はる美(いしわた・はるみ)

2007年東京大学法学部卒業。2009年東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了。専門職学位(法務博士)。東京大学大学院法学政治学研究科助教、東北大学大学院法学研究科准教授を経て2021年一橋大学大学院法学研究科准教授に就任。

家族や離婚、親子関係や相続についての規定が置かれた"家族法"

私が専門にしている法律は、私人間の法律関係について定めている民法です。民法は全1,050条の条文で構成されていますが、特に私が研究対象としているのは、いわゆる"家族法"と呼ばれる領域になります。"家族法"とは、725条以降にある第4編「親族編」、第5編「相続編」のことで、家族や離婚、親子関係や相続についての規定が置かれた部分です。日本の家族法は、1898年に公布・施行されています。戦前までの家族法の特徴は、戸主に率いられる「家制度」の存在です。戦後、この明治民法は、個人の尊重や法の下の平等、両性の本質的平等に反するということから、1947年に改正が行われました。その際、念頭に置かれたのが、夫婦とその未成年の子を単位とする核家族です。しかしその後、離婚や再婚の増加等、家族のあり方が多様化しているにもかかわらず、1996年の民法改正要綱がお蔵入りしてしまう等、長い間大規模な改正は行われていませんでした。

その状況が、2010年代から大きく変わります。特に、2010年代後半以降、おそらく、後から振り返った時に「家族法の大改正時代」と呼ばれるのではないかと思うほど、家族法の改正が相次いでいます。この改正については、後ほど触れますが、研究者としてのキャリアを歩み始めたのが2009年でして、家族法の改正の経緯を見ることができたのは、感慨深いものがあります。

学生時代、抽象度が高い民法総則に苦手意識を感じていた

私は現在、"家族法"を主な研究対象にしています。当初は、遺言によってどのような財産処分ができるか、ということを研究していましたが、今は、家族による未成年者や高齢者の財産管理制度のあり方、法律上の親子関係の成立方法や、離婚後の子の養育のあり方等にも研究対象を広げています。

大学で法律を学び始めた頃は、検察官になることを目指していました。高校時代に模擬裁判に参加したことや、TVドラマで観た検察官の仕事に憧れを持ったことなどが理由です。身近に研究者もおらず、研究者という仕事のイメージもつかず、研究者は進路の選択肢に入っていませんでした。抽象論が得意な人がなる仕事だろう、自分には無理だと思っていたこともあります。ただ、3年次から刑法のゼミなどいくつかのゼミを選択し、一つのテーマについて掘り下げる面白さを見出してから、漠然と「研究者という道もアリかもしれない」と感じていました。

なぜ、民法を研究対象として選んだのかと改めて聞かれると、自分でも人生はわからないなと思うことがあります。法学部で最初に学習した「民法総則」の内容は非常に抽象度が高く、当時の私は馴染めませんでした。今、ノートを読み直してみると、担当の先生がとても充実した講義をしてくださっていることがわかるのですが...。

余談ですが、私のように、民法を学ぶ入り口で「総則」の難解さにつまづいてしまう学生はたくさんいるはずです。そこで私は講義で民法総則を担当する際、「今は分からないと感じるかもしれないが構わない。民法全体を学んだ後のほうが、理解が深まるので安心してほしい」と伝えるようにしています。

大学4年次に"家族法"の講義を受けた時、身近で想像しやすいケースが多く、これは面白い、と思った記憶があります。担当の先生が、最先端の問題を扱ってくださると同時に、家族法の根源的な問題を扱うという非常に充実した講義を行って下さったことも、民法との距離を縮めるうえで大きかったですね。大学で家族法を教えるようになった後も、当時のノートを見直したりしています。この時、家族法を担当してくれた先生が、のちに指導教員になってくださるのですが、この先生に出会っていなければ、自分は研究者になっていなかったなと思います。ひょっとすると、私が研究者になったのは、家族法との出会いではなく、指導教員の先生との出会いによるのが大きいのかもしれません。

条文の適用にとどまらず、法律家が考え、解釈が必要とされるやりがいに気づく

たとえば、当時マスコミなどでも大きく取り挙げられた「代理出産」。法律上の母親は誰になるのか?について、激しい議論が交わされました。かつては、子を出産した女性は、子の生物学上の母であるということが当然の前提であり、子を出産した女性が法律上の母親であると考えられていました。ところが、技術の進歩によって、その前提が変わったときに、従前のルールをそのまま当てはめてよいのか、ということが問題になったのです。法学の世界は、条文を機械的に適用するだけではなく、法律に関わる人たちが考え、解釈していかねばならない。法律学の役割が自分の中でストンと理解できたように思いました。それと同時に、自分も研究者になって、こういう問題について、自分なりに考えてみたいと思うようになりました。

さまざまな角度から考えを掘り下げ、論文にまとめる作業にワクワクした

ただ、本当に研究者としてやっていけるかどうか、その段階ではまだ分かりません。当時、私の在籍していた大学は、研究者を目指す学生は、修士課程ではなくロースクールに進学するようにという方針だったこともあり、ロースクールに進んだ私は、改めて法律全般について幅広く学びました。

ロースクール時代に、研究者を目指してもよいかもしれないと手応えを感じたのは、自分が興味を持った対象について論文を書く「リサーチペーパー」という科目でした。私のテーマは代理出産、つまり生殖補助医療で生まれた子どもの母親の決め方についてです。

論文を書くために、先行文献や裁判例、外国の制度を調べました。そしてさまざまな角度から自分の考えを掘り下げていくのですが、やってみたらとてもワクワクする作業で、楽しい経験になりました。また、A4で20枚弱のボリュームとはいえ、自分で設定した問題について論文を書き、一定の評価がもらえたことから、「研究者としてやっていけるかもしれない」という手応えを感じたのです。

ロースクール修了後、2009年に研究者としての活動をはじめた私は、その後東北大学での勤務を経て一橋大学に移り、現在に至ります。

家族のあり方が変わり、立法しにくい"家族法"で一気に法改正が進む

はじめに触れたように、2010年代の後半から、家族法について大きな改正が相次いでいます。

非嫡出子の相続分を嫡出子の1/2としている民法の規定は憲法違反であるとした最高裁決定に基づいて民法の相続分の規定が改正されたことをきっかけに、相続法の改正が行われました。高齢化社会に対応し、配偶者の法的保護を図る必要があるということがその理由です。その後も、児童の福祉の増進を図る観点から、特別養子縁組の改正が行われたり、無戸籍者の問題を解決する必要があるという観点から、親子関係の成立について定める嫡出推定制度の見直しが行われています。最近では、離婚後の子の養育のあり方について、立法に向けた議論が始まっています。

このように、一気にさまざまな法改正が行われることは、学生時代にはまったく想定していませんでした。民法の中でも"家族法"は、昔からなかなか立法が進まない領域だと思っていたからです。なぜ、今、家族法の立法が相次いでいるのかということは、今後それ自体が研究課題になるようにも思います。ただ、明らかなのは、家族のあり方・考え方が変化しているということ、社会で生じている問題を解決するために法律の改正が求められるようになっていることがあると思います。

立法の問題に向き合う際に、その問題を解決するということを考えることももちろん必要ですが、その際には、今ある既存の制度の持つ本質的な意味を考えるということも必要になってくると思います。例えば無戸籍者問題の解決のために、父子関係の決定方法である嫡出推定制度の見直しをする場合、そもそも嫡出推定というのは何のためにある制度か、ということを考えることが必要だと思います。そして、生じている問題を解決するためにルールを変える際に、今、問題が生じていていないケースに影響を与えることがないのか、ルールを変更することで、制度全体がどう変化するのか、ということにも目を配ることが大事かなと思います。

法律学の中でも"家族法"は、知的好奇心を刺激される領域

そもそも法律学は、六法全書を暗記し、杓子定規に条文を適用することが目的ではありません。新しい問題が出てきた時に、今ある紛争解決のルールをどう適用するか、解釈で対応ができないのであれば、立法で対応をする必要があるかを考え、学ぶために存在します。分けても今の"家族法"は、その目的が色濃く反映される領域だと私は考えています。

"家族法"を含めた法律学は、決して遠い存在ではないのです。一橋大学の講義では、法律学の面白さを学生さんに伝えていくことができればと思っています。(談)