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日本企業は自らについてもっと語らなければならない

  • 大学院経営管理研究科 国際企業戦略専攻 准教授鈴木 智子

2019年12月24日 掲載

鈴木 智子氏

鈴木 智子(すずき・さとこ)

日本ロレアル株式会社、ボストン・コンサルティング・グループに勤務。一橋大学大学院国際企業戦略研究科修士(MBA)、同博士後期課程(DBA)を修了。博士(経営学)。京都大学大学院経営管理研究部特定准教授などを経て、現職。日本マーケティング学会や日本商品学会から多数の賞を受賞。経済産業省「グローバルサービス創出研究会」などで委員を歴任。主な著作:『イノベーションの普及における正当化とフレーミングの役割』(白桃書房)。

ブランドとは差別化であり、すべての企業や商品にブランドがある

私の専門はマーケティングです。日本企業の根底にある価値観や考え方が、経営活動にどう反映されているかを浮き彫りにすることが、現在の研究領域となっています。今は、日本企業にフィットするブランド・マネジメントの形について、研究しています。

日本企業は、ブランドの意識づけが低いと感じています。日本には素晴らしいブランドがたくさんあるのに、世界でまだ知られていません。このことは、さまざまなベスト・グローバル・ブランドのランキングを見ても明らかです。トップ100に上がってくるのは、「トヨタ」「ソニー」といった製造業のみ。サービス業に至っては皆無です。これは実にもったいない話です。なぜ日本のブランドは弱いのか。けして商品力や技術力が劣っているわけではありません。単にブランドに対する意識づけが低く、戦略的な取り組みができていないためというのが、私が感じていることです。

ブランド・マネジメントが難しいと感じられてしまう理由の一つは、「ブランド」が難しい概念のためです。実は、研究者の間でも、実務家の間でも、ブランドの定義は統一されていません。ただ、世界最大のマーケティング協会であるアメリカ・マーケティング協会の定義や、ブランドの語源などを参照すると、「何かと何かを区別する」という共通項が見えてきます。

企業や商品に置き換えると、「別の企業や商品から区別しているもの」と言えるでしょう。つまりブランドとは差別化であり、すべての企業や商品にブランドがあるのです。ただし"強い"ブランドにするためには、「強くしよう」という意志が不可欠であることもまた事実です。

創業者の「思い」が組織で受け継がれることでブランドは育っていく

ブランドというものは、傾向として、創業者の"思い"から生み落とされることが多いです。しかし、100年、200年という歴史を持つ企業は、創業者の"思い"だけでずっと続いているわけではありません。「このブランドは、どうありたいのか」という"思い"が組織に内面化され、理念として受け継がれることによって、ブランドもまた育っていくのだと言えます。

ディズニーは、いうまでもないことですが、エンターテインメント・ビジネスのトップブランドです。ディズニーを創設したウォルト・ディズニーは、ブランディングの組織能力化の重要性を理解していた経営トップの一人でした。ウォルトは、キャスト(社員)の能力開発に力を入れ、「圧倒的なエンターテインメント体験をつくりだす」という自身のビジョンをキャストの心に吹き込みました。永続的な成功には、社員のモチベーションを高めること、改革を日ごとに積み重ねる必要があることを理解していたのです。ウォルトが亡くなった1966年当時、ディズニーの利益は1,200万ドルにも満たないものでした。現在、ウォルト・ディズニー・カンパニーの営業利益は130億ドル(2018年度)にのぼります。ウォルトが亡くなった後も、ディズニーというブランドは成長し続けています。現在のディズニーの姿は、ウォルトが思い描いていたものをはるかに超えているでしょう。ブランドは、組織の力で育てられているのです。これこそが、ディズニーというブランドの強さの根幹です。つまりブランドが強くあり続けるには、組織全体の力が不可欠なのです。

日本企業にブランドの重要性を伝えたい

ブランドは、商品だけでなく、企業というレベルでも重要であることは、言うまでもありません。そしてその際、大きな鍵を握るのは、経営者が発信するメッセージです。ただ、ブランドという4文字に苦手意識を持つ経営者もいます。私が調査を行う時も、「ウチはブランドはやっていませんから」という反応が返ってくることは珍しくありません。特に地域の中小企業において、その傾向は顕著です。おそらくブランド=ファッションや車などの高級ブランドととらえる傾向があるからでしょう。しかし、そうでないことは、冒頭で説明したとおりです。

トップダウンではない経営手法が叫ばれている昨今ですが、経営者の意識はやはり大切です。企業が何を価値として大切にしていくのか。そしてどこに向かっていくのか。そのメッセージを発するのは、経営者をおいてほかにいません。にもかかわらず、経営者がブランドに対して誤解をしていたり、苦手意識を抱えていたりします。当然、企業全体として、ブランドを強くしていこうという意識は育っていきません。だからこそ、もっとブランドの重要性を理解してもらわなければならないと、私は感じています。

自社の存在意義を見つめ直すことが、グローバル展開には不可欠

先ほどふれたように、日本のブランドは、残念ながら世界であまりプレゼンスがありません。その背景には、これまで国内マーケットをメインに活動してきたことも挙げられるでしょう。しかし、日本は少子高齢化が進み、マーケットの規模は当面縮小していく一方です。今後は、グローバル市場も視野にいれないと厳しくなってしまうことでしょう。

グローバル競争では、「自己主張」と「独自性」が必要になってきます。競合企業も増え、またさまざまな文化圏の消費者がターゲットとなる環境では、黙っていては売れません。自社の商品をしっかりとアピールすることが必要になってきます。また、グローバル競争で勝ち残るためには、他社にはない、唯一無二の価値が求められます。

今こそ自社の存在意義を見つめ直し、「どういう価値を社会に提供するために、我々は存在しているのか」ということを考えなければなりません。それこそが、ブランドを考えるということでもあるのです。そして経営者は、考えるだけでなく、自社の方向性を社内外に示すことが大きな仕事になります。

エクスターナル・ブランディングへの投資は、生きた投資になる

ブランドを強くするためには、自社の理念を明確にし、社内に共有・浸透させていく「インターナル・ブランディング」と、消費者・ステークホルダーなど外部に向けて発信していく「エクスターナル・ブランディング」の二つが重要になります。日本の大企業と中小企業では、抱えている課題が異なると感じています。多くの大企業では、インターナル・ブランディングが課題です。

しかし、中小企業では、多くの場合、インターナル・ブランディングは当たり前のこととして取り組まれています。課題はエクスターナル・ブランディングのほうです。人や資金のリソースが不足している中で、エクスターナル・ブランディングに投資することは、死活問題になりかねません。ですから、そこまで手が回っていない場合がほとんどです。しかし、長い目で見れば、それは生きた投資になると私は考えています。

消費者、マーケット、株主、仕入先、販売先......こうしたステークホルダーに対し、自社の理念や大切にしている価値観について、自信を持って発信していく。その姿があれば、社員は自分の企業に誇りを持ちながら、仕事に取り組むことができます。社員の取り組みは、業績の向上にも、ムダなコストの削減にもつながるでしょう。そして、優秀な社員の採用にもつながっていきます。そう考えれば、エクスターナル・ブランディングへの投資は、生きた投資になります。

マクロ環境が変わり、デジタル化も進み、情報量も飛躍的に増えた現在、企業も経営者も内向きではいられません。「自社の取り組みを素晴らしいことのように話すのは美徳ではない」「良いサービスを提供していれば周りが気づいてくれるだろう」......このような発想は、むしろ傲慢とすら言えます。もっと自らについて語らなければいけない。これこそ、経営者、あるいは日本人が向き合うべき課題なのです。

日本から生まれる経営理論にもっと触れてもらうために

日本の強みの一つは、「気づくと軌道修正が早い」ということです。「このままでは危ない」と気づくと、動きが機敏になり、しかも良い方向に変わっていくという強みがあると思います。ですから、インターナル・ブランディングもエクスターナル・ブランディングも、行動に移せばきっとポジティブな結果が得られると私は期待しています。それには、まず課題に「気づく」こと。そしてもう一つ必要なのは、自分たちの中にあるものを大切にすることです。

1990〜2000年代の「失われた20年」で、日本企業は自信を喪失してきました。しかし、日本には独自の良さがたくさんあります。それは、経営戦略・マーケティングのあり方も同じです。欧米企業には見られない、日本企業ならではの強みがあります。私は、そのことを日本の経営者にもっと知ってほしいのです。そして、世界に誇れるような日本発の経営理論を生み出したいと思っています。それが、私の研究活動を支えるモチベーションとなっています。(談)