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女性を取り巻く労働環境と法制度が果たすべき役割

  • 一橋大学大学院法学研究科
    ビジネスロー専攻 教授
    ヴィッキー・バイヤー
  • 一橋大学大学院法学研究科
    准教授
    相澤 美智子

2019年1月16日 掲載

Vicki L. Beyer (ヴィッキー・バイヤー)氏

Vicki L. Beyer(ヴィッキー・バイヤー)

米国ワシントン州弁護士。テンプル大学ジャパンキャンパス・ロースクールのディレクター、モルガン・スタンレー社(コーポレートガバナンスおよび雇用法担当)、アクセンチュア社(雇用法担当)の社内弁護士を経て、2017年より一橋大学教授。大学院法学研究科ビジネスロー専攻所属。

相澤美智子氏

相澤美智子(あいざわ・みちこ)

博士(法学)(2015年一橋大学)2001〜2004年東京大学社会科学研究所助手を経て、2004年一橋大学法学研究科講師に就任、2012年同研究科准教授、現在に至る。専門分野は労働法。主要著作に、『雇用差別への法的挑戦――アメリカの経験・日本への示唆』(創文社、2012年、第6回西尾学術奨励賞受賞)。

※一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻:一橋大学千代田キャンパス(神田)に開設された、社会人のための専門大学院。企業の法務担当者、弁護士、弁理士、公務員などが一堂に会し、最先端のビジネスローを学ぶ。平日の夜に開講。世界で活躍できる法曹・法務⼈材を養成する、英語のグローバル・ビジネスロー(GBL)プログラムも用意。

男女に共通する社会全体の問題として
雇用の質を高めていく議論が不可欠

対談の様子1

――日本では少子高齢化、人口減少が進む中、女性の積極的な社会参加が期待されています。労働法を研究されているお2人から、まずその現状についてご意見をお聞かせください。

相澤:少子高齢化、人口減少が進んでいることによって、社会全体に人手不足感があることは誰の目にも明らかですよね。それは女性の社会参加を期待するのみならず、今まで消極的だった外国人労働者の受け入れについて方針転換を図っていることからも分かります。でも、ちょっと待って、と。

バイヤー:(うなずく)

相澤:世の中には条件の悪い仕事がたくさん存在しますね。労働の価値に到底見合わないような極端な低賃金。長時間労働にサービス残業。安全面・衛生面の管理が行き届いていない職場。そのうえ、雇用の安定は保障されていないわけです。誰かが担わなければならない仕事ではあるのでしょう。でも「女性の積極的な社会参加」が、「女性が条件の悪い仕事を担うこと」を意味するのであれば、それはおかしいですよね。性別に関係なく、そもそも雇用自体の質の維持・向上についての議論が抜け落ちているわけですから。

バイヤー:「女性の積極的な社会参加」という掛け声が先行していて、実態は「質の悪い仕事は女性、もしくは外国人に割り当てておしまい」になっていますね。

相澤:この話を前進させる場合には、男性・女性に共通する社会全体の問題として、雇用の質を高めていく発想が不可欠です。その中で、「女性の積極的な社会参加を期待したい」という方向になれば...と強く思っています。

バイヤー:すべて賛成です(笑)。政府にも企業にも、具体的なプランがまったく無い。太っているから体重を減らさなければならない、減らしたいと思っているのに、「ダイエットも運動もしたくない」と言っているのと同じ。

相澤:はははは。

バイヤー:現状の生活を変えないで、でも変化が欲しいという考え方だと思います。主に男性にチャンスを与える現状があって、「女性は現状に合っていない、さぁ困った」と。そこでワーキングマザーのために何が必要かは議論するけれど、ワーキングファーザーのための議論がありません。家族がいて働いている男性は、全員ワーキングファーザーでしょう?

相澤:そうですね。そのワーキングファーザーの事情を変えられれば、女性の家事・育児の負担を減らせます。

バイヤー:でもそれには企業が男性の働く時間をあきらめる必要があるわけです。でも政府は残業時間規制について「きわめて忙しい1か月の上限は100時間未満」としました。これで良いのでしょうか?

相澤:「複数月であれば月平均80時間未満、年間720時間未満」という線引きには、過労死寸前まで働かせていいのか?との批判がずいぶんありましたね。

バイヤー:男性も早く家に帰って、家事、子育て、介護など主に女性が行っている仕事をシェアできるような制度変更が求められます。それは雇用主である企業の責任の範疇かもしれませんが、企業が政府からの指導がないとなかなか動かない。政府は「Society Where Women Can Shine」を創出すると言うけれど――。

相澤:そんなかわいい英語表現なんですね(苦笑)。

バイヤー:(笑)行動が伴っていませんね。もちろん日本に限った問題ではありませんが、日本は家庭で仕事をシェアする男性が極端に少ないです。

採用や評価をする側に潜んでいる
無意識のジェンダー・バイアス

対談の様子2

――この流れでは非常に申し上げにくい質問ですが(苦笑)、21世紀は"女性が働きやすい社会"になっていますでしょうか。改めてご意見をお聞かせください。

相澤:...なっていないでしょうね。バイヤー先生のお話を伺いながら、その思いを強くしました。

バイヤー:(笑)

相澤:正社員の労働時間が長すぎます。そして残業時間を減らすための建設的なプランもない。先ほど出た残業時間の上限は臨時の場合ですが、通常でも月45時間まで、年間360時間までです。社会学のある先生が、その残業時間の制限枠いっぱいまで女性が働いた場合、「係長への昇進が約束されるファクターになるか?」という研究をされました。分析結果は「ノー」。まったく結びつくことはない、とのことでした。係長は、それほど高いポジションとは言えませんね。女性はその係長にもなれないということは、もっと働きなさいということです。

バイヤー:昇進と残業時間の関係について、日本では何かレギュレーションがあるのでしょうか?

相澤:ありません。働きぶりを評価する際に、会社に遅くまで残っていることが、仕事や会社へのコミットメントを表していると、プラスに評価されるわけですが、月45時間、年間360時間程度の残業時間では、プラスファクターにならないということですね。

バイヤー:それはおかしいですね。同じ仕事であれば、60時間かける人より、40時間で終わらせられる人を評価すべきでしょう。私が過去に働いていた企業の同僚で、出産後に職場に復帰した女性社員は時短勤務をしていました。仕事は8時間分しっかりありましたが、男性社員が残業して10時間かける一方で、彼女は頑張って6時間で終わらせたのです。こういう働きぶりこそ評価されなければなりません。

相澤:そうですね。女性が男性と同じように長時間働いて――その良し悪しは別として――成果を出しているにもかかわらず、女性ばかりが平社員にとどまっているとすれば、それは女性差別でしかない。

バイヤー:女性のキャリアアップのチャンスを制限しているわけですからね。

相澤:差別で思い出したのですが、社会心理学などの文献を読むと、人間には「アンコンシャス・バイアス(無意識のバイアス)」があることが分かります。今日の話に関連づけると、たとえば営業成績が優秀で、社内への業務改善提案も積極的に行う女性社員がいました。しかし、女性社員は「自分の意見に固執している」「協調性がない」という評価を受け、男性社員が同じことをしたら「素晴らしい」「モチベーションが高い」と、評価が真逆になることが珍しくありません。これは評価者に無意識のバイアス、わけても無意識のジェンダー・バイアスがかかっているためですが、評価者はそのことに気づかない。何しろ無意識ですから。

バイヤー:その女性はどうなりましたか?

相澤:実はその女性は実在する人物で、営業成績が高いにもかかわらず、いつまでたっても昇進しないので、企業を相手取って裁判を起こしました。私はその女性が地裁に続き高裁でも敗訴し、上告した際に、最高裁に専門家としての意見書を提出したのです。「人の心の中には無意識のバイアス、ジェンダー・バイアスがあるから、原告の言い分をしっかり吟味してほしい」と。

バイヤー:無意識のバイアスについては、私も数年前から研究をして色んな会社から相談を受けた経験があります。でもその女性の場合は難しそうですね。裁判官が受けるトレーニングでは、その分野には言及されていません。もちろん裁判官が男性であれ女性であれ、適切な判決を下すことが最優先です。が、女性が原告の判例を見ていると、女性裁判官のほうがむしろ男性裁判官より厳しいと思わざるを得ない判断をしているケースがあります。

相澤:この裁判の場合は、裁判官は全員男性でしたが、裁判を提起した女性の人事考課をした評定者の中に女性がいました。会社は、複数の評定者の中に女性が入っていたし、評定者研修もしていたので、差別的な人事考課はなかったと主張しました。裁判所はその主張をすんなりと受け入れて、昇進における差別はなかったという結論に達しています。その際に、誰を昇進させるかについて「企業には裁量がある」と述べているんですね。使用者に一定程度の裁量があることは認めますが、差別的な裁量は許されるべきではありません。にもかかわらず、裁判所は「裁量」という言葉の中ですべて括ってしまっています。私はその点に怒りさえ覚えますね。

家庭のマネジメントという観点で
育児中に培ったスキルを評価する

対談の様子3

相澤:日本社会にはこのような状況がありますから、女性が長く働き続けることには困難が伴います。30代頃になるといったん職場を離れるので、M字カーブが描かれる。そして子育てが一段落し、時間に余裕ができたらまた働き始めるのですが、その時には正社員の職はほとんどなく、パートしかありません。そこでバイヤー先生にお伺いしますが、アメリカではいかがですか?

バイヤー:アメリカの企業は、働いた経験があって、これからも仕事を続けたいという意志を持っている人であれば、何も問題はありません。30代、40代の女性でも、もちろん大丈夫です。

相澤:でも、子育てなどでブランクがある女性を雇うことに対して、企業は不安を感じたりしませんか?

バイヤー:働いていない時に何をしていたか?を見ます。毎日子どもに食事を作って食べさせる、服を着替えて登校させる。そういう女性には、「家庭のマネジメント・スキルがある」という見方をしますね。子どもを送り出した後、地域のボランティア活動に参加していたような人にはヒューマン・スキル、コミュニケーション・スキルが備わっている、というように。

相澤:なるほど!いわゆる「ソフト・スキルズ」ですね。

バイヤー:そうです。ソフト・スキルズがあれば、新しい職場・新しい仕事というハード・スキルズは何とかなるだろう、という見方ですね。これも私の友人の例ですが、その女性は育児で5~6年ほど仕事から離れていました。とある事情でシングルマザーとなり、自分が働かなければならなくなったのです。その時面接を行ったある企業の採用担当者は、彼女が育児期間中、キリスト教会でサンデー・スクールの校長をしていたことに着目しました。そして「この女性には、きっとマネジメント・スキル及びソフト・スキルズがあるだろう」と判断し、雇ってみることにしたのです。

相澤:その企業の文化や人間関係に馴染めるかどうか、という点ではいかがでしょうか。

バイヤー:日本とアメリカではLabor Mobilityの違いがあるので単純比較はできませんが、ソフト・スキルズが豊富な人であれば問題ないでしょう。いくら馴染みのない企業であっても、数か月あれば十分、2年も3年もかかりますか?(笑)。もっと言えば、A社もB社も大した違いはないのです。企業文化に馴染めるかどうかより、その仕事を任せられるかどうか、スキルを持っているかどうかのほうがよほど重要です。

相澤:そうとらえてもらえたらいいですよね。日本では、子育てしている間、女性は「何もしていない」と思われています。そこでのさまざまな苦労はスキルとして認められていないので。

バイヤー:(苦笑)それは雇用主や採用担当者などのディシジョン・メーカーが、子育てを奥様に任せっきりで、実際の苦労を体験していないからです。あとはLabor Mobilityの問題ですが、これは日本でも変わっていくのではないでしょうか。現在の日本では企業に勤める正社員の割合はどんどん減ってきて、契約社員やパート、アルバイトなどの非正規雇用が増えてきている。この人たちの流動性がさらに高まっていけば、文化や人間関係に馴染めるかどうかという価値観は、どんどん後退していくはずですから。

雇用状況の内訳の公表を義務化
バイアスについて学ぶ環境を整える

――これまでのお話を踏まえ、今後どのような取り組みが必要だと思われますか?

バイヤー:先ほどの正規・非正規の話を踏まえると、その比率と理由を、企業は明示すべきだと思いますね。たとえば企業ホームページなどではよく、男女比率やパート、アルバイトなどの比率をグラフにして公表していますね。

相澤:女性活躍推進法で、企業が明記・公表すべき数字を規定しています。その法律に則っている企業は、「女性活躍推進法に基づく認定企業」(=えるぼし認定企業)として一定の評価を得ているのです。

バイヤー:でも公表を義務化されていない数字もありますね。正規・非正規の比率と、男女の比率の相関関係など。私が知っている範囲でも、正社員は男性が多く占め、非正規のパート、アルバイトは女性が多く占めているケースはたくさんありますが、その実態を積極的に公表している企業は少ない。この公表を義務化し、企業に説明責任を果たさせるべきではないでしょうか。

相澤:おっしゃるとおりです。現在、法律が企業に対し、状況把握の必須項目としているのは、「総合職、一般職、パートなどの雇用管理区分ごとに、採用した労働者に占める女性労働者の割合」など4項目のみで、項目が少なすぎます。また、公表はおおむね年1回とされていますが、公表をしなくても厚生労働省によるペナルティはありませんので、企業側には公表するモチベーションがないのが実態です。

バイヤー:残念ですね。一つ前の質問に戻りますが、こういう状況ですから、女性が働きやすい社会になっているとは言えません。公表した結果、女性=非正規であれば、女性はその企業で働くことを選ばないでしょうから、それがペナルティとして機能し、企業が改善を行うきっかけにもなるのですが。ただ、公表しなければしないで、女性はその企業を選ばなくなるかもしれませんね。

相澤:私からの提案としては、先ほどの無意識のバイアスについて、社会が向き合う環境づくりが大切だということです。企業における採用担当者や人事評価者のトレーニング、裁判官の養成プロセスにおいて、無意識のバイアス、わけてもジェンダー・バイアスの存在や、それらがもたらす影響について、関連の文献を読みながら議論する場が必要だと思います。

バイヤー:日本では、つまるところ政府も企業も「深く考えていない」ことが一番の問題でしょう。だから体重を減らしたいのにダイエットはしないという現状が生まれるのです。

相澤:その譬え、本当に素晴らしいですね(苦笑)。

男性が家庭の仕事に励むための
インセンティブを用意できる社会へ

バイヤー氏と相澤氏

――最後に、法制度が果たせる役割についてお2人のご意見をお聞かせください。

相澤:最初に言及したように、「女性にとって」だけではなく「男女双方にとって」の働き方を変えることが大前提だと思います。そのうえで各論を言えば...たとえば、インターバル時間の規制が挙げられますね。ヨーロッパには、前日の終業時刻と翌日の始業時刻の間に「11時間のインターバルを設ける」という明確な規定があります。でも先日可決した日本の働き方改革法案では、インターバル時間については努力目標となりました。個人的な感覚では、東京で働いていると通勤時間も長いので、11時間より長いインターバルを設け、それを義務化する必要があると感じています。

バイヤー:そうですね。でも義務化はしたものの、飲み会のスタート時間が早まっただけ、にならなければいいですが(苦笑)。私は、扶養内控除の制度を廃止すべきだと考えています。あの制度は、外に出てしっかり働きたい女性にとってディスインセンティブでしかありませんから。その一方で、これはクレイジー・アイディアと言われるかもしれませんが、男性が家庭の仕事に励んだら、一定のプルーフをもとに政府または企業がボーナスを支給するというのはどうでしょう?男性が家庭に入ることは社会全体にとってメリットがあるわけですから、政府が支給するべきだと思いますが。

相澤:そうですね。ペナルティではなくプラスのモチベーションを提供することは大切ですね。研究者としても、つまるところ「男性の働き方を変えよう」と地道に訴え続けていくしかないと感じています。論文、講演、さまざまな機会にさまざまな形で、「女性が男性並みに働く、男性の働き方を変えよう」「そのためには雇用の質を向上させよう」と訴える。「企業の裁量をマジックワードとして独り歩きさせず、差別のある裁量はやめよう」と言説を変えていく。このようにして、女性を取り巻く労働環境が変わっていくのだと思います。