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理論と現実とのスピーディーな往復運動が、経営の構想力を広げ、深める

  • 商学研究科准教授藤原 雅俊

2014年夏号vol.43 掲載

藤原 雅俊

藤原 雅俊

2000年一橋大学商学部卒、2005年に一橋大学大学院商学研究科博士後期課程を修了し、京都産業大学経営学部専任講師、同准教授を経て、2013年より現職。2010年から2011年にかけて、コペンハーゲン・ビジネス・スクールにおいて在外研究を行った。主に経営戦略やイノベーションなどの経営現象に関心を抱きながら、1)多角化企業のイノベーションメカニズム、2)ビジネスモデルの設計とその動態的影響、3)戦略と組織の相互作用、といったテーマについて調査研究を行っている。

収益モデルとビジネスシステムの組み合わせで、独自のビジネスモデルが生まれる

私は、経営戦略論やイノベーションマネジメントといった学術分野において、ビジネスモデルの設計とその動態的な影響に注目して研究しています。本学名誉教授の伊い丹たみひろゆき敬之先生が指摘している通り、ビジネスモデルは「収益モデル」と「ビジネスシステム」という二つの要素から成り立っています。
「収益モデル」とは、収益を上げるための仕掛けのこと。投下した以上のおカネを回収する、つまり儲けるための仕組みといえます。企業はそれぞれ独自の製品やサービスを通して、自社の収益を上げる工夫をしています。
一方の「ビジネスシステム」は、製品やサービスを顧客に届けるまでの仕事の仕組みを指します。たとえばユニクロでは、製造は海外の企業に委託していますが、製品の企画や販売はすべて自社で手がけています。分け方自体は珍しくありませんが、ユニクロが優れているのは、海外の製造委託工場に優秀な品質管理スタッフを送り、コストと品質をうまく両立させている点です。「収益モデル」同様、「ビジネスシステム」にも企業独自の取り組みが存在するのです。
このように、企業はつねに「収益モデル」と「ビジネスシステム」という二つの要素をうまく組み合わせながら、独自のビジネスモデルを展開しています。ですから、研究対象には事欠きません。そのなかで私は現在、主に三つの分野に注目して研究を進めています。

インクジェット、洗剤、逆浸透膜。
三つの分野を研究対象に選んだ理由

第一の分野は事務機器で、特に注目しているのはインクジェット・プリンターに使われるインク・カートリッジ、つまり消耗品の収益モデルです。インクジェット・プリンター市場が伸びていった頃、各社は純正のインク・カートリッジを売って収益を上げようと考えていました。「エプソンのプリンターにはエプソンのカートリッジを」というわけです。ところが予想外のビジネス勢力が出現しました。プリンターを改造し、非純正インクを外付けのビッグタンクで販売する企業。多様なインクを取り揃え、顧客の要望に応じてインク・カートリッジに再充てんする店舗。消耗品ビジネスがいかに変動しやすいビジネスモデルかを物語る、とても興味深い展開です。
第二の分野は、衣料用合成洗剤です。洗浄力を左右する酵素はいわば製品の肝。メーカー各社にとって、酵素に関する情報は外に出したくないはずです。しかし実際のところ、酵素の製造機能を社内に持っているのは花王のみです。他の企業は専門業者から酵素を仕入れて完成品をつくっています。彼らは一体どのようにして酵素の専門業者と協業し、競争を展開しているのか。「分業と競争」の論理を考えるうえで、最適な研究対象です。
第三の分野は水処理で、特に逆浸透膜という素材に注目しています。逆浸透膜は、海水から塩分を取りのぞいて淡水をつくる機能を持ち、主に大型設備(装置やプラントなど)に使われています。この分野での日本企業の活躍は目ざましく、国別シェアでは日本がトップです。ただし逆浸透膜もカートリッジ化されているため、交換時期がきたら他社製品に乗り換えられてしまうリスクを抱えています。そこでシェアを奪われないように、メーカーはさまざまな工夫をしています。水不足が深刻化し、世界規模で水需要が生まれている今だからこそ、日本企業の取り組みは研究に値します。

ビジネスモデルは一つではない。
ダイナミックな変化にこそ面白みがある

三つの分野を研究していて改めて感じるのは、ビジネスモデルは一度構築したらそれで終わりではないということです。競合他社の動き、顧客のニーズからヒントを得ながら学習し、ダイナミックに変化させていくべきですし、むしろ一つのモデルに安住できないからこそ面白い、と私は考えています。
インク・カートリッジがよい例です。インクジェット・プリンターの開発には20年近い時間がかかっています。1990年代半ばに本格的な製品が世に出た後、各社はプリンターそのものではなく、プリンターに使うインク・カートリッジ=消耗品で収益を上げようと考えました。ところが現実には、非純正インクの再充てんサービスを行う新興ビジネス勢力との価格競争に侵食されてしまった。その結果、今では逆に純正メーカーであるエプソンがビッグタンクでの販売を始めたのです。「消耗品で儲ける」という当初の予想はくつがえされ、ビッグタンク、インク再充てんといったビジネス勢とシェアを取り合う形になりました。ビッグタンクの純正プリンターは、なかなかよく売れていると聞いています。
このようなビジネスモデルのダイナミックな変化は、市場を海外に移したときに、よりはっきりと表れます。しかも従来の「先進国」「途上国」という区分けは関係ありません。実際に私はビッグタンクビジネスをインドネシアやフィリピン、中国などで、インク再充てんビジネスをデンマークなどで、それぞれ取材してきました。いずれの現場でも非常に巧妙にビジネスが展開されています。純正メーカーにしてみれば、「まさかそんな抜け道があったとは......」と驚くほかないでしょう。しかし今後、日本企業が海外に市場を求めていくとき、こうした現実に驚いてばかりもいられません。
今まで日本の企業は、国内市場の開拓・拡大に資源を割いてきました。1億を超える人口と、製品・サービスのわずかな差異を見分ける賢い顧客。規模と質、両方を兼ねそなえた国内市場を相手に優れた技術を提供していれば、ある程度の成長は見込めました。しかし日本が人口減少社会となった今、収益の伸びしろは海外にあります。そして海外という市場では、今まで見てきたように、優れた技術があれば勝てるとは限らないのです。インクジェットの例では、技術の問題というよりもむしろ、本体と消耗品を「切り分ける」という発想が明暗を分けたわけですから。
もちろん、将来をすべて見通すことは誰にもできません。しかし当てずっぽうでもいけない。そこで大切になってくるのが、経営観です。経営観は、理論と現実との往復を何度も繰り返すことで培われると私は考えています。理論と照らし合わせながらビジネスモデルを設計する。そして現実のビジネスを通して課題を発見し、理論を更新する。その新たな理論を再度現実に当てはめて......という往復運動が、ビジネスを根本から構想する力を磨きます。こうした構想力こそ、本学の学生が発揮すべきところでしょう。

ビジネスの現場へ。そして海外へ。
多くのことに目を向け、深く考える大学生活に

ビジネスの構想力を鍛えるには、歴史に学び、現在を広く深く観察し、そして考える必要があります。そのための期間として、大学生活はとても大切です。比較的時間に余裕があるこの時期、私の研究室の学生にはとことん深くまで考え抜いて成長してほしいと期待しています。
まずは理論を学び、次にビジネスの現場を見る。理論と現実の間にどんなギャップがあり、それが何故起こるかを考える。かつてキリンビールには、アサヒビールからシェアを奪回するために低温で熱処理したラガービールを生ビールに切り替え、かえってコアなファンを失ってしまった時期がありました。論理では「おかしい」と思っても、ビジネスの現場ではそういう意思決定がなされます。そうした経営現象を見つめ、考えを深めていくには、じっくり腰を据えて思索に耽ふけることのできる大学という場は最適です。
また、現在を広く深く観察するために、できるだけ海外に行って多くの国を見てきてほしいとも考えています。観光客としてではなく「観察者」として、です。同じ衣料用合成洗剤でも、アメリカでは大型のボトルで、インドでは小袋で販売されています。それはいったい何故なのか。実際の売り場を見て比較し、背景にある論理に思いをめぐらすーー。
このように理論と現実とを何度もスピーディーに往復し、思考力を鍛えることによって、ビジネスの構想力は磨かれていきます。その結果として将来、本学の卒業生が競合他社や顧客を驚かすようなビジネスモデルを生みだしてくれたら、とても嬉しいですね。(談)

(2014年7月 掲載)