hq47_1_main_img.jpg

これからの企業行動に求められる「社会的なガバナンス」

  • 商学研究科教授花崎正晴

2015年夏号vol.47 掲載

花崎正晴

花崎正晴

1979年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。2010年早稲田大学博士(経済学)。日本開発銀行設備投資研究所、OECD経済統計局、ブルッキングス研究所、一橋大学経済研究所助教授、日本政策投資銀行設備投資研究所所長等を経て、2012年4月一橋大学大学院商学研究科教授。専門分野は企業金融論、コーポレート・ガバナンス、金融システム論。著書多数。近著に、『コーポレート・ガバナンス』(2014年、岩波書店刊)がある。

「コーポレート・ガバナンス」は、目先の利益を得るための方法論ではない

近年さまざまな分野で、「コーポレート・ガバナンス」という言葉が使われるようになりました。コーポレート・ガバナンスとは、企業経営から非効率な要素をできるだけ排除して、企業の価値を高めるメカニズムのことです。「企業統治」とも言われます。
昨年6月に政府が発表した成長戦略では、日本の稼ぐ力を取り戻す施策として、「コーポレート・ガバナンスの強化」が挙げられました。企業のパフォーマンスを上げ、同時に不祥事・スキャンダルを撲滅するために、コーポレート・ガバナンスを強化する。企業収益は改善され、日本経済も良くなる。アベノミクスはこう提唱しています。しかし、コーポレート・ガバナンス=企業利益を高めるための方法論、というとらえ方は偏狭と言わざるを得ません。
私はコーポレート・ガバナンスを、企業行動を律するメカニズムとしてとらえています。そして今後、日本企業にとって望ましいコーポレート・ガバナンスが実現されるためには、より広範な視点で、議論を掘り下げることが必要です。
結論を先に言えば、私はこれからの企業行動には「社会的なガバナンス」が求められると考えています。「社会的なガバナンス」とは、企業行動に社会的責任や公益性を求めるメカニズムのことです。たとえば地球温暖化問題。よく知られているように、企業の生産活動や個人の消費行動などの結果、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスが大量に排出され、地球温暖化が加速されてしまうという問題です。この場合、温室効果ガスを発生させている企業に関するステークホルダー(利害関係者)は、地域住民などの狭い範囲にとどまりません。地球環境が脅かされるという意味では、地球の住民全体、ひいては将来の人類がステークホルダーです。これらのステークホルダーにとっての利益が、一企業の収益でないことは明らかです。
むしろ地球規模の視点を持ち、社会的責任に合致した企業行動をとっているか?
自社の短期的な収益だけではなく、経済社会のサステナビリティ(持続可能性)を高めるためにいかに貢献しているか?
企業はこういう視点からモニターされているかが、コーポレート・ガバナンスの重要な論点になるべきなのです。

限界が見えてきた株主主権論を脱し、「ステークホルダー・ソサエティ」の実践へ

前項で少し触れましたが、改めて、企業にとってのステークホルダーが誰かを考えてみましょう。一般的に企業の所有者は株主ですから、株主が保有する株式の価値を高めることや、株主に収益を還元することが、企業の行動原理となってきました。いわゆる株主主権論です。しかし株主主権論では、どうしても目先の収益確保が優先され、結果的に中長期的な企業価値を損ねてしまうというような本末転倒が起こります。
たとえば2000年代に入ってから、日本企業の間では従業員の非正規雇用が進みました。非正規化によって、一時的に人件費が削減されたことは事実です。そして、確保された収益を株主に還元した企業もたくさんありました。しかし、非正規化によって収入が減り、継続的な雇用への不安が増した従業員はどうでしょうか。当然支出を控えるようになります。そして、労働者は消費者でもあるわけですから、消費者全体の購買力はダウンします。商品やサービスにお金を払ってもらえない企業は売り上げが減り、収益が悪化し、雇用を減らす......という悪循環に陥ってしまうわけです。
また、前項で挙げたように、今は企業行動の結果が地球環境問題に直結することも珍しくありません。株主への還元のために収益を上げようという企業の取り組みが、株主を含む地球上の生物の安全や健康を脅かす。これもやはり悪循環と言えます。もはや、株主主権論は限界を迎えているのです。
そこで注目を浴びているのが「ステークホルダー・ソサエティ」という概念です。企業の意思決定や実際の行動に影響を受ける存在をステークホルダーとすれば、当てはまるのは株主だけではありません。内部で働く従業員、商品を買う顧客、原材料や部品を納入する取引先、オフィスや店舗・工場が立っている地域の住民。実にさまざまな存在が、ステークホルダーとなります。そして、ステークホルダー全体にとっての利益を最大化し、その利益をステークホルダー間で偏らないように配分することが、「ステークホルダー・ソサエティ」という概念のポイントです。実践は簡単ではありませんが、これからのコーポレート・ガバナンスを考えるうえではとても重要です。
近年、欧米ではCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)に関心が集まっています。CSRとは、企業がステークホルダーなどとの関わりの中で、より良い社会や環境の改善に自発的に貢献していく活動のこと。従業員への投資、天然資源・廃棄物の管理、顧客や地域コミュニティへの働きかけは、すべてCSRの対象です。このようなCSR活動は、「ステークホルダー・ソサエティ」を実践の場で応用したものと考えることができます。

社会的責任に前向きな企業行動を確立させ、東アジアのフロントランナーとなるチャンス

CSR活動を支援するための投資活動が、SRI(Socially Responsible Investment:社会的責任投資)です。
アメリカの専門組織によれば、SRIは大きく三つに分けられます。①対象銘柄の環境及び社会的影響の評価に基づいて、株や債券に投資するもの。②株主の立場で経営者への提案などを行い、企業に社会的な行動をとらせるようにするもの。③地域の貧困層の経済的支援のために投資・融資を行うもの。アメリカにおけるSRIの資産規模は6・6兆ドル(2014年)にのぼります。イギリスでも同様の投資によって、一定の成果が出始めました。
しかし日本におけるSRIは、先進国の中ではまだ十分な資産規模に達していません。理由は二つあります。個人のお金が投資ではなく預金に回ってしまうこと。そして、機関投資家(年金基金、生命保険会社など)や銀行がまだ積極的に動いていないことです。ただ、東京証券取引所の調査によれば、コーポレート・ガバナンスの目的として「ステークホルダー(への利益還元)」を挙げる企業は60%にのぼります。「株主価値」を挙げた企業はわずか6・6%ですから、今後SRIが活発になる可能性は十分あるでしょう。そして、それは日本を取り巻く東アジアにも影響をもたらします。
東アジアでは、家族支配型企業が大きなウエイトを占めています。企業の株式が特定の家族によって集中的に支配されていて、家族以外の外部投資家が不利益を被るケースが珍しくありません。特定の株主価値を優先した企業行動は、大気汚染のような環境問題にもつながっています。つまり「社会的なガバナンス」が機能しにくい状態なのです。
鍵を握るのが、現在東アジアに積極的に進出している日本の金融機関です。今後、日本においてCSR活動を支援するSRI投資が活発になれば、投資の一翼を担う金融機関は、東アジアの企業に対しても社会的責任を問うでしょう。外部投資家の利益を搾取している、地球環境を脅かす企業行動をとっていると分かれば、投資(または融資)はできない、というガバナンスを利かせることができます。言い換えれば、社会的責任に前向きな企業ほど優先的に投融資を受けることができるわけです。そうなると、東アジアの企業活動も変わっていかざるを得ません。
もちろん環境問題のような大きなテーマには、企業レベルではなく国家レベルで取り組む必要があります。そこでまず日本が「社会的なガバナンス」をもとにした企業行動を確立させるのです。そして、東アジアのフロントランナーとして国家間をつなぎ、地球規模の課題に取り組むべきです。地球に住めなくなってしまったら、企業収益も何もないのですから。(談)

『コーポレート・ガバナンス』書影

『コーポレート・ガバナンス』

花崎正晴/著 岩波書店刊
定価:本体740円+税
2014年11月発行

(2015年7月 掲載)