一橋教員の本

ことばは国家を超える : 日本語、ウラル・アルタイ語、ツラン主義

ことばは国家を超える : 日本語、ウラル・アルタイ語、ツラン主義

田中克彦
筑摩書房 2021年4月刊行
ISBN : 9784480073884

刊行時著者所属:
田中克彦(名誉教授)

著者コメント

 ウラル・アルタイ説とその研究は、ヨーロッパ諸語の中で、他のいわゆるインド・ヨーロッパ語とは異質の言語を話すハンガリー(マジャール)人とフィンランド(スオミ)人のもとではじまった。まず1799年にハンガリーのジャルマティが、ヨーロッパ諸語の中で孤立したハンガリー語がフィンランド語と同系であるとの論文を発表し、これら二つの言語を併せて、ウラル語もしくはフィン・ウゴール語群と呼んだ。次いで19世紀半ばにフィンランド人たちは東に向かって同系の言語を求める旅に出た。そして、トルコ、モンゴル、ツングース語などをまとめてアルタイ語群と名づけ、さらにこの両者をまとめてウラル・アルタイ語と呼ばれる言語系統説が確立された。


 日本でこの語がひろく知られるようになったのは20世紀に入ってからであるが、ウラル・アルタイ説は、最近では成立しないとの言説がひろめられ、インターネット上に見られる通俗辞書がそれを否定する情報を提供している。しかしそれらは、学問的な根拠にもとづくというよりは、19世紀はじめにひろまり、学界で有力になった印欧語比較言語学の成果をそのまま適用しようとしたために生じたせいであると著者は説く。


 そのような説に対して、日本の知識人たちがウラル・アルタイ説に敏感に反応したのは、これらの言語と日本語が共有する類型的特徴に注目したからであるとして、長い間無視され、あるいは葬られたかに見える藤岡勝二(1872-1935)の1908年の所論の復権を説いたものである。藤岡はたぶん1838年にベルリンで発表されたWiedemanの論文に導かれたものであろう。藤岡説の説明にあたってウラル・アルタイ説成立の過程がやや詳しく説かれ、研究史的入門の書を兼ねている。


 本書の意図するところは、見知らぬ言語の、なじみのない単語を寄せ集めて比較し、それによって読者を説得しようとする従来の言語比較の方法とは異なり、思考を創生・限定し、それを表現する要具としての言語の類型的特徴を比較するという、より言語の本質にかかわる類型的比較を重んずる点で、人文・社会科学の根本にふれることにより、学術全体の広汎な分野に関心を抱く読者を求めている。



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