一橋教員の本
経済学私小説<定常>の中の豊かさ
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齊藤誠著 |
著者コメント
『経済学私小説〈定常〉の中の豊かさ』と題されて小説の形式をとった本書は,経済学のロジックと経済のデータをそのまま虚構の世界に持ち込んだ短篇小説集です。個々の短篇は,独立しているものの,本書全体としては,主人公で経済学者の戸独楽戸伊佐(とこまといさ)先生がほっぽり出した小説原稿を,若い出版編集者の立退矢園(たちのくやその)君が解題を加えつつ,孤軍奮闘して編集を進めていき,挙句には,編集者の立退君自身が戸独楽先生になりすまして小説を手がけてしまうという「本作りの道行き」の物語という面もあります。
一見すると,静止しているように見える日本経済の中身に踏みいって,その内なるダイナミズムによって支えられている真の豊かさを,小説家の才能などないことを十分にわきまえつつ,虚構の世界で描いてみようと思った次第です。
私の思いは,ターナーの晩年の作品『岸に近づくヨット』を題材に間村俊一さんに装丁していただいたカバーに託しているつもりです。成熟した日本経済には,毎朝,経済成長が重ねあわされた太陽が昇っていく姿ではなく,毎晩,太陽が夜の到来に抗して黄昏の輝きを放つ姿こそふさわしいと思っています。