一橋教員の本

計画の創発 : サンシャイン計画と太陽光発電

計画の創発 : サンシャイン計画と太陽光発電

島本実
有斐閣 2014年11月刊行
ISBN : 9784641164406

刊行時著者所属:
島本実(商学研究科)

著者コメント

 東日本大震災以後、政府は高い目標を掲げて再生エネルギーの導入普及に努めている。経済産業省は、2030年の日本のエネルギーミックスにおいて、再生エネルギーの電源比率22〜24%を目標に掲げている。その実現のためにはどういった方策が有効であろうか。ただし新技術の開発・実用化は、政府が予算を付与するだけで自動的に進むものではない。

 実は、今をさかのぼること約40年前の第一次石油危機の際に、すでに日本では再生エネルギー開発の壮大な国家プロジェクトが存在していた。それがサンシャイン計画である。

 本書はこの国家プロジェクトの歴史と組織を、複眼的な視点から明らかにすることを目的としている。

 第1のケース(第3章)では、サンシャイン計画の歴史が技術的合理性の観点から記述される。そこからは主に太陽光発電システムの技術開発の過程を題材に、行政官や企業人たちが有望な技術を選択し、共同でその技術開発に努めたプロセスが記述されていく。残念ながら1980年代中期に石油価格が低下してしまったので、結果的に再生エネルギーの導入目標は達成できなかったが、それでも太陽光発電は現在かなりの程度普及した。このケースはこうした美しい物語として描かれる。

 視点の転換Ⅰ(第4章)では、第1のケースが合理モデルという発想に準拠しており、政策担当者や企業関係者の合理的判断能力が過度に強調されていたことが指摘される。その視点ゆえに、技術開発の成功はその成果であり、また導入目標の未達成は想定外の外部要因の変化であると解釈されることになった。しかしながら、この視点ではうまく説明できない現象が計画には数多く存在していた。

 第2のケース(第5章)では、視点を転換して計画の歴史が組織的合法性の観点から記述されていく。組織や制度には慣性が働くので、ルーティンに沿って手続き通りに物事を進めることで計画を持続させようとして、多くの奇妙なことが起きたことがわかる。例えばサンシャイン計画で最も多くの予算が費やされたテーマは太陽ではなく石炭関係であった。技術開発の成功可能性というよりは、税制上の理由で予算的に確保しやすいテーマが選ばれたのである。結局、計画は導入目標を達成できないまま長期間存続し続けた。このケースでは、計画の不都合な裏面が暴かれる。

 視点の転換Ⅱ(第6章)では、第2のケースが自然体系モデルという発想に従っており、組織の存続に向けての合法性の確保が、技術的な合理性とは一致しない状況で計画を持続させたことが指摘される。技術開発が成功しそうにないテーマも長く存続し続けたことを考えれば、導入目標の未達成も必然の結果であるということになる。しかしながら、この視点ではなぜ計画の渦中の人々がそのような行動を採ったのかということが説明されない。

 第3のケース(第7章)では、再度、視点を転換して今度は計画の歴史が社会的合意のプロセスの観点から記述される。ここではインタビューや当時の一次資料に基づいて、計画に参画した個々人のその時々の意味の世界が明らかにされていく。そこには、政策を何とか成立させ、自分の技術に予算を得ようとして組織や社会にアピールする人々の生身の世界が見えてくる。自らの技術の将来性を信じて、危険な橋を渡ることをいとわない企業人や研究者の呉越同舟の相互作用が、ボトムアップ的に計画を作り上げてきたことが明らかにされていく。そうしたところにこそ、計画を創発させるアントレプレナーたちがいたのである。『計画の創発』という本書のタイトルは、そうした国家プロジェクトの歴史の実像を指している。

 このように歴史上1回だけ生起した現象に対しても、あえて複数の理論的分析枠組みから説明を与えようとすることによって、見えてくる視野は広がる。自らで複数の対立仮説を構築し、それらを競わせることは、あたかも複数の方向から光を当てて物体を観察するがごとき試みである。実はそのことこそが、歴史研究と理論研究を架橋する有効な方策となる。本書はそれを試みたものである。



∗ English version
 『National project management : the Sunshine Project and the rise of the Japanese solar industry
(Springer, 2020)



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