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難題解決に叡智を結集せよ

2018年8月29日 掲載

一橋大学広報誌『HQ』の連載企画として、2003年から続いてきた「一橋の女性たち」。女性卒業生との対談や、女性卒業生・有志の会「一橋エルメス会」(以下、エルメス会)の活動報告を中心に情報を発信してきました。
「一橋の女性たち」は今回から『HQウェブマガジン』への掲載となりますが、連載企画として継続し、これからも女性のキャリア形成・ワークライフバランス等について問題を提起し皆さんと議論を行っていきます。
ウェブ化第一弾のテーマは、一橋の女性たちのライフ&キャリア。エルメス会が実施した一橋大学卒業生へのアンケート調査結果を基に、生き方や仕事における問題について話し合った座談会をレポートします。進行は、経営管理研究科教授の山下裕子です。

座談会参加者プロフィール

〈一橋エルメス会:アンケート調査まとめ・結果報告〉

浅野浩美氏プロフィール写真

浅野浩美氏/独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用推進・研究部長

1983年一橋大学社会学部卒、労働省(現、厚生労働省)入省。大阪レディス・ハローワーク所長、職業能力開発局キャリア形成支援室長、職業安定局首席職業指導官などを経て、2016年より現職。筑波大博士(システムズ・マネジメント)。

田所亮子氏プロフィール写真

田所亮子氏/Advisory Group 株式会社 財務経理コンサルタント

1988年一橋大学経済学部卒、新卒で邦銀入社。1993年以降は、内資系・外資系のコンサルティング会社などで経理財務業務を中心にさまざまな顧客のプロジェクトに携わり、2017年より現職。

〈ご意見をいただいた有識者の皆様〉

ビル・エモット氏プロフィール写真

ビル・エモット氏/元エコノミスト誌編集長、国際ジャーナリスト

英・ロンドン出身、オックスフォード大学モードリン・カレッジ(政治・哲学・経済学専攻)卒。1980年エコノミスト入社。ベルギー・ブリュッセル、英・ロンドンで記者を務めた後、1983年から3年間東京支局長、1993年同誌編集長。2006年編集者を退き、以降は国際ジャーナリストとして幅広く活躍。現在は日本の女性活用問題についての著書を執筆中。

藤田通紀氏プロフィール写真

藤田通紀氏/PwCコンサルティング合同会社 ディレクター 人事・チェンジマネジメント

英・ウォーリック大学(理学修士)、英・エクセター大学(ポストグラデュエートディプロマ・ファイナンス)、英・ウェールズ大学(MBA)卒。働き方や組織変革など、改革に伴う組織開発、人材育成およびチェンジマネジメント等のプロジェクトを中心に活動を展開。

中嶋由美子氏プロフィール写真

中嶋由美子氏/PwCコンサルティング合同会社 シニアアソシエイト 人事・チェンジマネジメント

幼少期からオーストラリアで過ごし、西オーストラリア大学商学部(財務会計学・投資金融学専攻)卒。組織および人事関連の大規模な組織変革プロジェクトに多数携わってきた。2017年一児の母になり育児休業を経て、2018年コンサルティング業務に復帰。

〈進行〉

山下裕子教授プロフィール写真

山下裕子/経営管理研究科教授

1985年一橋大学社会学部卒業、1987年同商学研究科修士課程修了、1990年同博士後期課程を単位修得の上退学。1993年独WZB 客員研究員、2004-2006年プリンストン大学社会学部Visiting Fellow。著書に『ブランディング・イン・チャイナ』(編著、東洋経済新報社)、『日本企業のマーケティング力』(共著、有斐閣)、『新興国の経済発展とメガシティ』(共編著、東京大学出版会)。一橋大学広報誌『HQ』の創刊に携わり2003年より「一橋の女性たち」の連載を担当。

アンケート実施と座談会開催にあたって―国際コンファレンスに向けて

山下:エルメス会では2018年11月に、国際コンファレンスを開催します。「私たちはこんなにハードに働いているのに、なぜさまざまなギャップがまだ存在するのだろう。私たちに何かできないだろうか」という思いがエルメス会の活動の出発点であり、それを軸にセミナーやワークショップなどを行ってきました。国際コンファレンスには、米・スタンフォード大学と英・オックスフォード大学の卒業生の女性リーダーお招きし、各大学での女性卒業生たちの軌跡を踏まえて、高度な教育を受けた女性たちのリーダーシップについて議論します。コンファレンスでの議論のために、一橋大学の卒業生を対象に、キャリア及びライフにおけるジェンダーギャップに関するアンケート調査を実施しました。

  • 注:今回ご紹介した卒業生アンケートや国際コンファレンスの開催にむけての諸活動に関しては、公益財団法人 野村財団の「女性が輝く社会の実現」をテーマにした講演会等助成をいただいています。

本日はまず、中心となって調査を進めてくださった浅野浩美さんから結果を報告していただきます。次に、エルメス会の田所亮子さん、日本の女性活用について異なる分野で取り組まれている皆さんと話し合いたいと思います。日本の女性活用に関する本を書かれている英国のジャーナリスト、ビル・エモットさん、そして、ヒューマンリソース分野でのコンサルティングに取り組まれている、藤田通紀さん、中嶋由美子さんをお迎えしています。

アンケート調査結果報告―ライフ&キャリア、ジェンダーギャップの実態

会の様子写真1

会の様子写真2

浅野:一橋大学は社会科学の総合大学として高く評価されており、卒業後は良い就職先を見つけやすく、産業界で活躍する卒業生が多いことで定評があります。しかし女性卒業生に関しては、せっかく入った会社を辞めてしまったり、育児のために仕事のペースダウンを余儀なくされたり、ということがまだあります。そこで、卒業生男女にライフキャリアについてたずね、525名から回答を得ました。数も限られており、他の集団と比べてもいないので、これで一橋大学卒業生の特徴を説明できるわけではありませんが、全体的な傾向が分かったほか、同じように学んだ卒業生においてもジェンダーギャップが存在するという示唆が得られました。
日本における女性の就業状況に触れたうえで、一橋大学卒業生を対象に行ったアンケート調査結果の概要を紹介したいと思います。

【一橋エルメス会「ライフ&キャリア・アンケート」調査概要】

<調査方法>

インターネット上に特設ページを開設し、卒業生に回答を呼びかけた。呼びかけにあたっては、同窓会誌『如水会々報』の投稿ページ、大学同窓会Facebookのほか、各学年が任意で設置しているFacebook、その他卒業生同士の私的なネットワークなどを用いた。

<調査実施期間>

2017年7月1日~2018年3月31日

<回答者数>

525名(男性226名、女性298名、その他1名)

アンケート調査結果・概要

日本における女性の就業状況

  • 日本で働く女性は増えており、2017年のデータでは、労働力人口総数に占める女性の割合は43.7%を占めている。
  • 女性の就業率を年齢別にみると、出産・育児期に就業率が落ちるM字カーブを描いている。
  • 日本の女性の就業率を、他の先進国と比べると、M字カーブのくぼみが大きい。
  • 年齢別の就業率は、35~39歳を底に再上昇するが、パート・アルバイトが主となっていく。
  • 管理職に占める女性の割合は上昇傾向にあるが、国際的にみるとその水準は低い。
  • 日本政府は、2003年に、2020年までに指導的地位に占める女性の割合を30%とすると発表したが、2017年における管理的職業従事者に占める女性の割合は13.2%である。
  • 正社員の年収をみると、男性は500万~699万円層、女性は200万~299万円層が最多。

一橋エルメス会「ライフ&キャリア・アンケート」回答者の全体的な傾向

  • 幅広い年代から回答を得られた。
  • 男女比は3:4と女性の割合が高い。卒業生の男女比を反映し、若い年代の方が女性割合が高い。
  • 現在の就業状況をみると、男女とも大部分がフルタイムで就業しているが、女性の中には、パートタイムで就業している者や仕事をしていない者もみられた。

一橋大学女性卒業生にM字カーブは存在するか。管理職になっているのか。収入はどうか

  • 一橋大学の女性卒業生においてもM字カーブはみられた。
  • 回答者のうち、女性は33.4%、男性は63.8%が課長以上の管理職であった。年代毎にみると、30代で既に差があり、年齢が上がると差が広がる。管理職のレベルも男性に比べて低い。
  • 年収をみると、男性は1000万~1499万円層、女性は700万~999万円層が最多。

一橋大学卒業生の男女のギャップの要因を探る

  • 職務能力の開発に関係する経験の有無をみると、新規事業の立上げ、社内横断プロジェクトへの参加、社外専門家との交流などほとんどの項目で、男性は女性を上回っている。
  • 男性の方が、自らの仕事上の成果や知識・ノウハウなどに関して自信を持っている。
  • 男女とも昇進意欲を有している者が多いが、女性ではためらいがある者もかなりいる。

家族・ワークライフバランスについて

  • 既婚者の割合は男女とも同程度だが、子どもの数は男性の方が多い。
  • 男性は子どもの数で働き方は変わらないが、女性は、子どもなしだと約8割がフルタイム雇用であるのに対し、子ども1人では約7割、子ども2人以上だと6割強である。
  • ワ―クライフバランスをみると、男性では子どもの数に関わらず仕事優先的であるのに対し、女性では子どもがいると仕事優先の度合いが下がる。
  • ライフキャリアに対する全体的な満足度をみると、男性の方が女性よりも高い。

一橋大学を卒業してどうだったか

  • 全体にポジティヴな回答が多い。男女とも友人に出会えたが最多。就職しやすかった、ものの考え方・知識を身に付けられた、良い先生に出会えたなども多かった。

サマリー

  • 一橋大学の女性卒業生は世間一般の女性より恵まれているが、力を発揮しづらい状況もある。
  • 一橋大学の女性たちが、さらに力を発揮し、社会に貢献していくために、どうしたらよいか、何かできることはないか、考えていきたい。

アンケート調査結果の詳細は、こちらをご覧ください。

座談会レポート―有識者コメントとディスカッション

調査結果から分かる、一橋の女性たちの現状

山下:浅野さん、ありがとうございました。一般の女性と一橋大学の女性卒業生を比較すると、M字カーブにはどのような特徴がありますか。

会の様子写真3

浅野:三つの違いがあります。一つは就業している人の割合が高いこと、二つ目は、M字カーブの底が浅く、期間も短いこと。三つ目は、仕事に復帰する際に、パート・アルバイトでなく、自営業を選ぶ人の割合が高いことです。

山下:一般的な傾向としてのM字カーブは同じであっても、内容が異なる。このことは、この問題に対する効果的な方策も異なるということだと思います。浅野さん、一橋の女性たちの抱えている問題は何でしょうか?

浅野:一橋大学の女性卒業生は、力を持っていると思います。しかし、今回の調査結果を見ても、昇進に対してはためらいもあり、自分の力に対する評価も男性に比べて低い。子育て期など、思いきり仕事をすることができず、自信が持てない時期もあるかもしれませんが、職業人生は長くなってきています。子育てがあるからと言って、そこで諦めないこと、それから、自分の反省を込めて言えば、もっと自信を持つことだと思います。

山下:日本企業では、ミドルマネジメントの仕事が過重になりがちで、女性たちが、自信をなくしてしまうのはよくわかるのですが、必要以上に卑屈になったり、絶望したりしないで、私にもできるかも、という前向きな気持ちが持てるにはどうしたらいいのかを、いろいろな角度から検討する必要がありそうです。
次はエモットさん、お願いします。

会の様子写真4

エモット:まず第一に、この調査は、高い教育を受けた女性に特化し年齢セグメント別のキャリア・パターンを分析している点で貴重であり、情報的価値が高いということを指摘したいと思います。
次に、一橋の女性卒業生と女性全体とのM字カーブの形の違いが大変印象的です。特に、キャリア後半での自営業比率の多さに注目しました。このことは一橋の女性卒業生たちが、女性全体と比べて、自らのビジネスを築き、自立する機会を獲得してきたということを意味します。
最後に、一橋の女性卒業生の管理職の割合については、率直に申し上げて失望を感じました。私が期待したより、はるかに低いものですから。

山下:私も気にかかっています。その要因を明らかにできたらと思っています。

エモット:自営業では、どのような職種の方が多いのですか。

浅野:弁護士や会計士などの士業、それから、研修の講師などの個人事業主ですね。

エモット:高度に専門的な仕事ですね。専門的な仕事を活かしてキャリアを変更するというのは分かります。

山下:エルメス会の発起人である海部美知さんが、第一回の集まりで、「GJP」という表現を考えてくださいました。Gは外資、Jは自営、Pはプロフェッショナル。長く働き続けている卒業生をみると、その3つのカテゴリーで活躍している人が圧倒的に多い。新卒の女子卒業生の多くが、日本企業に就職することを考えると、歪なことが起こっている。ただし、本調査のサンプルサイズは非常に小さく、偏りがある可能性が高いことを念頭に置かなければなりませんが、我々の実感に近いデータになったと考えています。

日本企業は、女性を活用できているか

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山下:ところでエモットさんは今、日本の女性の活用について本を書かれていますね。イギリスの場合はどうなのでしょうか。
国際コンファレンスには、オックスフォード大学とスタンフォード大学の女性卒業生リーダーを招待します。オックスブリッジに代表される英米の伝統的な大学では、そもそも男女共学になった時期が、日本と比べても遅くて70年代です。それほど保守的な環境から一挙に女性が活躍する土壌ができていったのはなぜなのでしょうか。日本とイギリスでは80年代から90年代という短い時期の間に、違いが生じているようです。エモットさんはこの違いをどう思われますか。

エモット:私は1978年にオックスフォード大学を卒業しましたが、その年代はトップクラスの大学に進学し、男性と全く対等な形で教育を受ける女性が量的に増加した最初の世代にあたります。それまでは専用のカレッジに進む女性が少数いた程度でした。私の同年代の女性卒業生は、高学歴とそれにふさわしい就業機会の双方を得た最初の世代です。推測するに、一橋大学の女性卒業生たちの一部については同様の状況だったろうと思います。イギリスの第一世代にも、もちろん困難はあり、壁に直面したでしょうが、雇用慣行により柔軟に対応することにベネフィットを見出す企業が次第に増えていったのです。

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山下:前回エモットさんにお会いした時も、同じ質問をしました。その時の答えの一つは、イギリス社会の産業構造の変化により、サービス産業が拡大したというものでした。一方当時の日本企業は、依然として生産の拡大を志向していましたから、新しい産業に関与することが難しかったのかもしれません。当時のあなたのクラスメートたちの上昇志向は、どのようなものだったのでしょうか。

エモット:オックスフォードのようなトップ大学では強かったですね。

山下:首相を目指すなどでしょうか(笑)。

エモット:そこまでの人はいませんでしたが、サービス関連産業のCEOのポジションなどです。私のクラスメートは、結婚し3人のお子さんを育てながら、私たちの会社(The Economics)のCEOになり、その後イギリスの経団連の最初の女性会長になりました。大変悲しいことに、昨年他界されたのですが、彼女は特に強い個性を持っていましたね。同じ年代で、広告業界やメディア、サービス志向の強い金融業界でリーダーシップを発揮し、高いポジションに就いた人もいます。

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浅野:調査では、女性のほうが自己評価が低いという結果が出ましたが、そういったことも違いに関連しているのではないでしょうか。

エモット:自己評価における同様の違いはドイツやフランスにもありますが、そう大きな差ではないと思いますね。私は男性だから、確かなことは言えませんが。

山下:続いて中嶋さんに伺います。中嶋さんは子どもの頃から就職するまでオーストラリアで過ごし、今は日本で働いていらっしゃいます。両国の若い女性たちの違いを比較できるのではないでしょうか。

中嶋:オーストラリアは男女を問わずファミリー志向が強く、ワークライフバランスは比較的保たれています。子どもにかかわる用事で、女性だけでなく男性がオフィスを早退することも珍しくはありません。男性も積極的に育児参加できるという意味では、日本女性の立場としては、オーストラリアの環境の方がより助かるなという印象です。オーストラリアでは、専門職に就く女性は家庭にも貢献し、男性も仕事と同じように家族の幸せを大切にしています。4年前、私が初めて日本で働いた時、日本は男女を問わず夜遅くまで働く人が多く、仕事を早く切り上げる人は少数で、オーストラリアとは文化が違うのだと知りました。このような、日本とオーストラリアの働き方の違いは、それぞれの国における価値観の違いに強く関係しています。

ワークライフバランスのために、若い世代ができること

中嶋:調査結果については、どの設問についても年代が上がるにつれジェンダーギャップが大きくなっていますね。私は就職前の女子学生にインタビューをしたことがあります。彼女たちは21~22歳ととても若い世代です。彼女たちからよく尋ねられたのが「結婚後はどのように働くのですか、子どもが生まれたあとは仕事に復帰するのですか」ということ。私が21歳の頃は、家庭について深く考えたことはありませんでした。若い世代がこうした質問をするということは、彼女たちが家族を持ちたいと願い、同時にキャリアを持続させたいと考えていることを意味していると思います。
上の年代ほどジェンダーギャップが大きいということは、当時の労働環境に問題があったということかもしれません。若い世代がより快適に働き続けることができる環境を勝ち取ることができれば、おそらく変化が生まれるのではないでしょうか。

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山下:M字カーブには、異なる世代が混じりあっている、と。バックグラウンドが異なるから、厳密には将来については言うことができません。

エモット:M字カーブが生じてから世代を追うごとにカーブが緩やかになる傾向にあるのではないですか。

浅野:他の先進国に比べるとM字が目立ちますが、カーブは緩やかになってきています。

エモット:この10年間にさまざまな変化が生じています。復職した時の女性たちのポジションも変化しています。中嶋さんはさらなる変化に望みを持っていいと思いますよ。

中嶋:外資系IT企業やPwCコンサルティング(以下PwC)のようなプロフェショナルサービスファームなどでは、比較的子育てに寛容な体制を整えているように感じます。PwCに務める私の場合は、朝早く子どもを保育園に預け8時頃に仕事を開始し、一旦16時半頃仕事を切り上げ17時に子どもを迎えに行き、必要に応じて子どもが寝たあと仕事に戻るというような働き方をさせてもらっています。フリーアドレスシステムがあり、同じチームのメンバーも非常に協力的です。柔軟なワークスタイルが、私に働くエネルギーを与えてくれます。ただ、いまだフレキシブルワークが浸透していない会社も少なくありません。子どもと同じクラスのお母さんから聞いた話では、オフィスが保育園から遠くかつオフィスにいないとできない仕事だから時短で働くという選択肢しかなかった、ということでした。パフォーマンスベースの専門職では、こういった問題をより簡単に解決できると言えるのではないでしょうか。

山下:中嶋さんのクライアント企業で働いている若い女性はどうですか。調査によると、若い世代の女性は男性と比較して能力を伸ばす機会は少なくなっています。だからといって女性のモチベーションが低いと結論できるのは残念ですよね。

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中嶋:現在に比較すると、日本企業で働く女性の地位は従来とかく低いものでした。子どもを持ちたい女性は、家庭と仕事を両立させるため働く時間を調整する必要がありました。よって、同じくらいの能力を持つ男性と女性なら、将来的に長期雇用が見込める男性に優先的に投資をする、というのがほとんどの企業の考え方でした。しかし、現代の女性にはもっと実践的にチャレンジできる可能性があります。会社に対して、「マネジャーを目指すため、トレーニングを受けたい」というのも一つの方法です。政府や企業の方針に対して個人でできることは少ないですが、自分の能力アップのために学習やトレーニングの機会をつかむことはできると思います。

山下:トレーニングの欠如や自信のなさ、モチベーションの低さは、お互いに結びついているので、どこから糸口を見つけるのか、個人的にも、組織的にもいろいろ試してみる必要がありそうです。

中嶋:自己啓発行動はいいことだと思いますし、心理的にもいい影響をおよぼすと思います。

エモット:非常に興味深い話ですね。自信を持つためにも、男性は将来の成長に役立つような公式非公式の経験を積むということですね。自己開発のための機会を多く持っていたわけです。調査ではギャップを年代別に見ていますが、中嶋さんの会社の若い世代の人々にとってギャップは大きいのでしょうか。それとも小さいのでしょうか。

中嶋:小さいと思います。コンサルタントとはプロフェッショナルであり、年齢に関係なく自分の意見を持たなければなりません。ミーティングでは沈黙や動揺ではなく発言が求められ、キャリアを伸ばすことが要求されます。私が所属しているチームのリーダーは常に言います。会社は多くの機会を提供しているのだから、自ら手を伸ばしてつかみなさい、と。企業の文化にもよりますが、上に立つ人は若い人を勇気づけなければいけないと思います。

日本企業は、変わっていけるか

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山下:藤田さんは人事と組織改革の専門家ですが、日本企業にとってこれらの問題を解決に導く要素は何だと思われますか。

藤田:日本企業で働く女性たちには、二つのキャリアがありました。一般職と総合職ですね。今は企業もその構造を見直していますが、私の年代では総合職と一般職では役割や責任に大きな隔たりがありました。ですから、主に男性であるマネジャーがマインドを変えることは非常に難しいのです。実際には、優れた可能性と競争力を持ち将来リーダーシップを発揮するであろう女性の幹部候補者たちがたくさんいますが、自ら諦めてしまう人もいる。ここがポイントの一つだと思います。
一橋大学の卒業生は皆、優れた可能性を持っています。それは、大きな利益を生み出す可能性があるということです。ですから、PwCでは男女に等しい機会を与えています。100人の新人コンサルタントを採用する場合、男女比率は50対50です。ですが、おそらく役職を持たない女性たちの10%程度はどう進むべきかを決めかねているように見えます。

山下:ではプログラムを変えなければ(笑)。

藤田:その通りです。PwCでは、CEOが最終的に「私たちは変わらなければならない」という決断をし、マネジメントの変革と実践的な問題解決に取り組んでいます。現在、多くの企業がダイバーシティ・カンパニーであると標榜しています。しかし、現実に成功しているケースはそう多くはありません。大切なのはダイバーシティ&インクルージョン(人材の多様性をお互いに包摂すること)です。PwCではその実現に挑戦しています。会社は才能のある専門家を必要としているからです。よって、会社側も出産後スムーズに仕事復帰できる体制を整えています。中嶋のように、人材育成に丁寧に取り組み、競争力とインパクトを持ち合わせている女性にはさらに活躍してもらいたいと考えています。

山下:お題目のダイバーシティってありますよね。ダイバーシティを口にする日本企業は多いですが、実態はそうでもなくリップサービスだけだったりする。藤田さんの会社では、ダイバーシティをどう実現していったのですか。

藤田:PwCではダイバーシティ&インクルージョンの実現化に長い時間を費やしました。取り組み始めて5~6年たっています。ダイバーシティ&インクルージョンの実現には、いくつかのステップがあると思いますが、最初のステップは「意識の向上」です。次に、「経験」は非常に重要です。さまざまな実例を踏まえ、制度を改善していく必要があります。
PwCでは、パラリンピックをサポートする活動をしており、選手の1人が勤務しています。企業としては最終的にはベネフィットが非常に重要で、彼女は十分にベネフィットに貢献してくれています。彼女は働き方にフレキシビリティを必要としていますが、会社としてはフレキシビリティによって彼女の仕事がやりやすくなるかどうかに重点を置いています。会社にベネフィットをもたらしてくれる人材は必要。そう考えれば、企業は変わることはできるのではないでしょうか。多くの日本企業は、人材の多様性の受容を推進すると言っているのですから。

山下:日本企業で変革に成功したところはありますか。

会の様子写真11

藤田:外資系企業では、アメリカやイギリスのロールモデルを持ち込んで、環境を整えたところはあります。日本企業では、優れた女性を見ることはありますが個人レベルなのではないでしょうか。CEOをダイバーシティのアイコンとしているところはありますが。

山下:専門家として、そうした状況を打破するための戦略はありますか。

藤田:人事政策や責任の所在、キャリアパス、ワークライフバランスを含めて、組織の構造と人々の意識を変えなければなりませんね。

エモット:ダイバーシティ&インクルージョンを実現するために、最も重要なキーは何ですか。

藤田:社内教育が重要なキーの一つだと思います。教育の定義は非常に幅広いですが、教育を受けたプロフェッショナルは、学んだことを生かしてより多くのことが実現できると思います。良い教育を受けていない人は、目の前の問題がいかに重要であるかということに気づけないかもしれません。

山下:藤田さんは、教育にはさまざまな定義があると言われましたが、どのような教育が最も重要だと思われますか。アカデミックなものですか、実用的なもの、あるいは「飲みニケーション」ですか(笑)。

藤田:アカデミックなことだけでなく、実社会のトレンドに関する見識を含むと思います。昨年、私はコンサルティングチームの教育にかかわりました。最初にプロフェッショナルとしての基礎、次にスキル、三つ目が競争力です。この三つは専門企業にとって非常に重要です。例えば競争力のパフォーマンスに欠ければ、世界のクライアントを納得させることはできません。適したスキルがなければクライアントに対して何もしてあげることはできません。そしてスキルは、アカデミックな知識に裏付けられたものでなければなりません。この点で、一橋大学の卒業生は良い評価を得ていると思います。

モチベーションやリーダーシップを、どう高めるか

会の様子写真12

山下:田所さん。一橋の女性たちは、活躍している方も多いですが、一方、調査結果からは、モチベーションやリーダーシップの上で、ジェンダーギャップもありそうです。田所さんは一橋大学の女性卒業生をよくご存じですが、どう思われますか。

田所:一般的に言って、一橋大学の女性卒業生は優れており、仕事に対して真摯かつ正直で知的であると思います。しかし、私たちは、さらに、アカデミックなこと、あるいはアカデミックでないことの双方で、意見を言う経験や公の場における振る舞いを身につけなければならないと思います。

山下:浅野さんのレポートにネットワークの重要性ということがありますが、ネットワーキングによるパワーアップの可能性についてどう思いますか。なぜならネットワークは諸刃の剣で、お互いに高め合うことにもなれば、モチベーションを損なうことにもなります。立ち向かう必要などない、私たちは幸せだもの。こうした力学が女性たちのネットワークに潜んでいると思うんですね。どうすれば女性たちのネットワークがモチベーションを高める発動機のような役割を果たすことができるでしょうか。

田所:二つの可能性があると思いますね。一つは、ネットワークを通してお互いに楽しむこと。二つ目はビジネスをより現実的で、収益性の高いものにする重要な情報をやりとりすること。これは現実の話し合いやミーティングでも同様だと思います。現在はIT社会ですから、SNSなどさまざまな手段でコミュニケーションをとることができます。

これからの「キャプテンズ・オブ・インダストリー」たちへ

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山下:最後に、若い世代の一橋の女性たちのために、未来にどう立ち向かえばいいのかアドバイスをお願いします。

浅野:若い皆さんは、能力もモチベーションも持っています。女性にとって大事なのは、それをわかるように周りに伝えることだと思います。国も、女性活躍を推進している企業や子育てをサポートしている企業を認定したり、各企業の女性活躍に関する情報を提供したり...といろいろな支援をしています。働き方も見直されつつあります。学ぶだけ、とか、目の前の仕事をするだけ、ではなく、期待されているのですから、諦めたりためらったりせずに、自分の力や意欲を伝え、ちゃんと発言することが大切です。

エモット:これからの10~20年、女性卒業生たちが社会や経済、政治に与えるインパクトは疑う余地もなく増大するでしょう。なぜなら女性たちの占める数が増え、リーダーシップ・ポジションに就く能力を備えた人も増えるからです。一橋の女性卒業生にはパワーがあり、テコとなるスキルがある。そして典型的な男性サラリーマンのスタイルではなく、自分自身のリアリティを実現するような選択を生み出す能力がある、と確信しています。

会の様子写真14

中嶋:女性の仕事力に関する調査をPwC Strategy&が行ったことがありますが、もし女性の労働人口が男性と同等になるとすれば日本のGDPは9%上昇します。これは分析上の数字ですが、女性たちの貢献があれば、日本の可能性を拡大させることができるのです。私たちは、そういう可能性を持った女性たちに社会に参加してほしいと思っています。

藤田:インテリジェンスとエクスペリエンスのバランスがとても重要です。インテリジェンスは時として科学やエンジニアリング、技術のような確実なスキルに基づいています。一方、エクスペリエンスは、創造性やイノベーションと同等の価値を持つ。何かに挑戦しようとする若い人には、インテリジェンスと同様にエクスペリエンスが必要です。それが日本の経済や社会に大きなインパクトを与えることになると信じています。

田所:Keep your dream. Keep your ambition. Keep your money, it's important.

山下:皆さん、本日はどうもありがとうございました。私たちにとっても、未来に向かって立ち上がるための良い機会になりました。私はためらいのある世代に属していますから、いまだに逡巡が残っている部分があるのですが、素晴らしいエキスパートである皆さんとお話をして、勇気をいただきました。さまざまな分野で連携していきましょう。若い世代と素晴らしい日本、そして世界のために。

座談会を終えて「藁しべ長者の縁起」

2003年に産声を上げた『HQ』。「一橋の女性たち」は、創刊号立ち上げに奔走中、藁をもつかむ思いで始めたものでした。それから15年、毎回毎回が、『藁しべ長者』の物語のようでした。
本号はウェブマガジン化の記念号。11月に開催予定の国際会議に向けてビル・エモットさんとの座談会を企画していました。英語資料を作らなくては、と焦っていた時、語学の堪能な同窓の友人・中嶋奈津子さんが手を挙げてくださったのです。遂にはオーストラリア育ちのお嬢さんの手まで煩わせることとなったのでした。聞けば、成績優秀で会計士として活躍されていたお嬢さんが今ではダイバーシティ推進のコンサルティングをされているとのことで、図々しく、ご意見を聴かせていただけないかしらとお願いしました。こうして、中嶋由美子さんが登場してくださったのです。そして、中嶋さんのお声がけで、職場の上司であり、組織変革の専門家の藤田さんが参加してくださることになりました。

藁しべ長者の物々交換のストーリーには、質的な転換を遂げる場面が2か所あります。第一は、藁に虻(アブ)を結びつける場面です。偶然に出合った異質な要素の「新結合」により、新しい価値がブリコラージュ的に創出されます。10年目を迎えた2013年に拡大女子会と称して「オフ会」を開催した時、異質な個が集まると新機軸のテーマが飛び出すことを実感しました。
第二は、高価な布を、死んだ馬と交換する場面です。それまで偶然に運を任せていた男が、名馬の生き返りを信じて主体的にリスクを取っていきます。名馬が生き返るのか、生き返ったとして需要はあるのか。フランク・ナイトの言う、不確実性下での起業家的意思決定と言えるでしょう。
私たちにとっては、それが国際会議の企画でした。野村財団「女性が輝く社会の実現」の研究助成をいただくことで、実現に向けて動きだしました。海外の名門校の同窓会の女性リーダーたちをお招きして、「拡大女子会」を行うのがメインアイディアです。印象論ではなく、ファクトベースの話がしたいと、アンケートを実施することになったのです。海外の名門校では、卒業生の追跡調査のデータを蓄積していますが、大学でも同窓会でもない私たちの手に負えるのだろうかと、不安でいっぱいでした。しかし、浅野さんは、女性の労働問題のプロであり、田所さんは、積極的に同窓会活動に貢献されているネットワーカー、どんどん調査を実現してくださったのです。
アンケートの主役は、お答えいただいた一人ひとりの皆さんであります。収入や役職、転職等の非常にセンシティブな内容を含む調査に回答し、また、拡散してくださった卒業生の皆さんの活動を応援する気持ちを感じながら集計させていただきました。本連載のお知らせに応じてくださった皆さまに心より御礼を申し上げます。

『今昔物語集』に収められた『藁しべ長者』物語には、「汝が給わる物を知るべし」とあります。可愛い赤ちゃんだった由美子さんがこんな素敵なワーキングマムになられるとは!のびのびと子どもを育てたいと海外に飛び出していった友人の勇気に思いを馳せました。アンケートを取りしきってくださった浅野さんは、実は、同郷富山の高校の先輩でもあるのです。高校生の時お話伺いたいな~と憧れていた方と今、ワイワイコラボできるなんて!人生のさまざまなモーメントで賜わったものが、凄い宝物なのですね。

山下 裕子

【国際会議ご案内】

国際会議「女性の智慧が創る新しいキャプテンズ・オブ・インダストリー」

日時:11月11日(日)13:30開場、14:00開会 (〜17:00)
場所:学術総合センター/一橋講堂・中会議場(千代田区一ツ橋2-1-2)

詳細は、一橋エルメス会ウェブサイトに掲載します。

※本会議は、野村財団「女性が輝く社会の実現」の研究助成を受けて開催されるものです。社会の重要なテーマについての忍耐強いご支援に心より感謝申し上げます。
※プログラムは、若干の変更の可能性があります。


<プログラム>

第一部

  • オープニング
  • 基調講演「一橋の女性たちのマドルスルー(How do we muddle through?)」
    山下裕子(1985年社会学部卒) 一橋大学大学院経営管理研究科教授
  • 講演
    • 「一橋卒業後のライフ・キャリアにみる男女格差」
      浅野浩美(1983年社会学部卒) 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用推進・研究部長
    • 「一橋学生におけるワークライフバランス意識調査報告」
      如水エル(一橋女子学生の会)
  • 休憩(ティータイム)

第二部

  • パネルディスカッション
    「海外の仲間と考える:マドルスルーからブレイクスルーへ(Global panel: From muddle through to breakthrough)」
    • パネリスト:
      Katie Mather 〔Cargill Agricultural Supply Chain, Europe, Middle East & Africa HR Director、Oxford University〕
      Fran Maier 〔BabyQuip創業者・CEO、Stanford University MBA〕
    • モデレーター:海部美知(1983年社会学部卒) 〔ENOTECH Consulting CEO〕