一橋教員の本

失業を埋めもどす : ドイツ社会都市・社会国家の模索

失業を埋めもどす : ドイツ社会都市・社会国家の模索

森宜人
名古屋大学出版会 2022年11月刊行
ISBN : 9784815811037

刊行時著者所属:
森宜人(経済学研究科)

著者コメント

 本書は、19世紀末の失業の「発見」から両大戦間期の「再埋め込み」へといたるプロセスをドイツ都市史の視角から描いたものです。失業の「発見」とは、失業が個人の自助努力ではなく社会全体で対処すべき問題であると認識されたことを指し、「再埋め込み」とは、K. ポランニーの「大転換」論でいう「脱・埋め込み」によって社会から自律性を獲得した労働市場とそれに付随する失業問題を、失業保険や、失業扶助、雇用創出をはじめとする公的セクターによる救済制度の導入によって再び社会のなかに埋め込もうとする試みとして定義されます。


 長い伝統を有する一橋の西洋経済史研究においては、「ヨーロッパとは何か」、「近代と何か」という根源的な問題意識より、市場経済の基礎をなす市民社会の歴史的意義を問いかけ続けてきました。失業の「発見」から「再埋め込み」が進められたのは、19世紀の市民社会Bürgergesellschaftから20世紀の大衆社会への移行期にあたるため、本書は市民社会の変容を明らかにする試みともいえます。


 また筆者は今年の7月より在外研究の機会を得て、本書の事例対象とした北ドイツのハンザ都市ハンブルクに滞在しています。本書の校正作業もすべてハンブルクで行いました。日々接するニュースでは、2005年のハルツIV改革によって確立された失業者救済セーフティネットの再編や、ウクライナ問題に端を発するエネルギー危機、気候変動への対処などに焦点が当てられています。これらの議論が及ぶ領域は多岐にわたりますが、そこに通底するのは21世紀のあるべき市民社会Civil Societyを模索しようとする姿勢です。このことは、こちらの研究者との普段の何気ない会話からも強く感じられます。


 19世紀のBürgergesellschaftと21世紀のCivil Societyは大きく異なるものの、規範的価値観の多くには連続性がみられるとともに、なによりもその主たる舞台が都市であるという点に共通性が求められます。本書が、ヨーロッパ社会を理解するうえでの都市史を意義を考える一助となれば幸いです。



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