一橋教員の本

女性兵士という難問 : ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学

女性兵士という難問 : ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学

佐藤文香
慶應義塾大学出版会 2022年7月刊行
ISBN : 9784766428353

刊行時著者所属:
佐藤文香(社会学研究科)

著者コメント

 本書『女性兵士という難問 ― ジェンダーから問う戦争・軍隊の社会学』は、前著『軍事組織とジェンダー ― 自衛隊の女性たち』(慶應義塾大学出版会)の刊行以降、20余年のあいだに起こったさまざまな変化をふまえつつ、女性兵士という難問を論じ、ジェンダーの視点による戦争・軍隊の社会学の輪郭を描こうとしたものです。


 英語圏では、国際関係論や軍事社会学の中で、ジェンダーの視角をもって批判的軍事・戦争研究が積み重ねられてきました。本書はこの系譜に連なり、戦争・軍隊を批判的に解剖するにあたって、ジェンダーから問うという視角がいかに不可欠であるのかを描き出そうとしています。


 男らしさや女らしさといった観念の操作は、軍事化を推し進め、戦争を首尾よく遂行する際の要です。戦争の遂行には、国家のために身を賭す男性に価値を与える男らしさという観念をつくりあげることが不可欠です。このため、国家と軍隊は男性が喜んで軍隊に入り、戦争の担い手となってくれるよう心をくだきますが、その際、こうした「男らしい」男性たちを喜んで支えるよう、女性たちの「女らしさ」にも訴えます。国が戦争を遂行しその正当性を得られるかどうかは、経済的資源や軍事的技術や世論といった要素のみならず、男女を特定の軍事化されたジェンダー役割に配置できるかどうかということにかかっているのです。


 ウクライナ侵攻では、国を守るために立ち上がる女性兵士の姿に人々の注目が集まる一方、総動員令で男性のみが出国を禁じられていることへの疑問の声も上がりました。その中で「フェミニズムは、ジェンダー平等を訴える運動なのだから、兵役の男女平等を訴えるべきだ」という主張も散見されたように思います。フェミニズムを、男のすることをなんでもやりたがる女性の運動と捉えるならば、なるほど、「もっと女性兵士を」、「軍隊にも男女平等を」ということになるでしょう。


 しかし、フェミニズムはその誕生当初から、既存の社会秩序を疑う志向性を内包し、自由や平等、人権といった近代的な価値観に依拠しつつも、それらを自明のものとはせず、批判的に吟味するという視角を持ち続けてきました。だから、女性と戦争・軍隊の関係についても、「増えた女性兵士は戦場で何をなすのか?」、「男女平等の軍隊で一体何が変わるのか?」と問い、ジェンダー平等の内実をめぐって論争を繰り広げてきたのです。


 フェミニズムにとって女性兵士が難問であるのは、視点の取り方によって彼女たちの存在が加害者にも被害者にも見えることに由来します。一方で、彼女たちの経験から現象を見つめることは、戦争や軍隊の男性中心性を明らかにするうえで欠かすことのできない作業ですが、他方でその数や華々しい活躍に目を奪われることによって何から目が逸らされることになるのか、注意を払わなければなりません。


 本書では、フェミニズムの多様な見解を示しつつ、「女性兵士は是か非か」といった議論に拘泥するのではない形で問題を論じることを心がけました。この作業が成功しているかどうか、「ジェンダーから問う」ことが、 戦争・軍隊を批判的に考察するうえでなるほど確かに重要だ、と思えるものになっているかどうかは、読者のみなさんの判断を待ちたいと思います。



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