頑健な地域通貨協力に向けて
- 商学研究科教授小川 英治
2013年秋号vol.36 掲載
東アジアにおいて、各国政府間の自由貿易にお協定が徐々に締結される一方、地域全体での自由協定の締結を待たずに、民間部門で貿易は生産ネットワークが構築されつつある。中国に組立工場が建てられようとも、高技術を要するハイテク部品を日本や韓国から輸入し、同時に、それほど技術を要しない部品を東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国から輸入している。このような生産ネットワークが構築されることによって、民間部門においては事実上の経済統合が進みつつある。このような経済統合の進展のなか、域内貿易及び域内直接投資が増大するにつれて、東アジア諸国通貨間の域内為替相場の安定化を図る必要性が認識されている。しかし、東アジアにおける地域通貨協力の歴史はまだ浅い。
東アジアにおける地域通貨協力は、今から15年前の1997年に発生したアジア通貨危機を契機にして、2000年にASEAN+3(日本、中国、韓国)の財務大臣が、タイのチェンマイで開催されたASEAN+3財務大臣会議で合意したチェンマイ・イニシアティブ(Chiang Mai Initiative:CMI)から始まった。CMIでは、ASEAN+ 3の財務大臣が、これらの諸国の内のどこかの国が通貨危機、特に国際収支危機に陥った場合に、そ、貨危機の通を管理するために相互に資金を融通しあう通貨スワップを締結協定した。
CMIでは通貨危機を予防するために財務大臣代理会合においてピア・プレッシャーによって相互に監視するサーベイランス・プロセスが付加されることとなった。「ASEAN+ 3 経済レビューと政策対話(EconomicReview and Policy Dialogue:ERPD)」と呼ばれる域内経済サーベイランスをCMIの枠組みに統合して、強化された。一方、通貨スワップ協定の総額も徐々に増額されてきて、2010年のCMIのマルチ化(CMI -Multilateralization:CMIM)契約の発効に伴、国の貢献額の総い各額が1200億ドルとなることとなった。さらに、今年5月にマニラで開催されたASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁会議において、2400億ドルに倍増することが決まった。
CMIMは、多国間の通貨スワップに関する契約で、従来のCMIの二国間の通貨スワップ協定のネットワークが一本の契約にまとめられた。そして、CMIMにより、通貨スワップ協定の発動に係る意思決定のルールが共通化され、迅速で円滑な発動が期待される。このCMIMによって、事前に調整国を決めておいて、一つの要請と集団的意思決定メカニズムによって通貨スワップ協定が発動される。集団的意思決定メカニズムの導入はマルチ化への進展のプロセスとして重要な第一ステップではあるが、時として集団的意思決定メカニズムが個別の意思決定よりも機動性を阻害する可能性もある。そのような問題を回避するために、多数決原理を導入することや期限までに集団的意思決定がなされなかった場合に従来の二国間通貨スワップの個別の意思決定によることなどが検討される必要がある。
アメリカ発の世界金融危機がこれらの問題点を露呈させることとなった。世界金融危機の影響を受けて、ウォンが暴落した際に、それを止めるために韓国政府はCMIの通貨スワップ協定を利用しなかった。その代わりに、韓国政府はアメリカの連邦準備制度と新たに通貨スワップ協定を締結して、即時実行した。このことは、今回の世界金融危機において、CMIの通スップワ協定を実行するには、何らかの問題があったことを意味する。
CMIのスワップ協利用さな貨定がれ通かった最大の理由として、CMIの通貨スワップ協定においては「IMF(国際通貨基金)リンク」なる条件が課されている。これは、通貨危機に直面して、CMIの通貨スワップ協定を実行したい国の政府は、IMFに金融支援を申請、して金融支援を受け提示るめのIMFからさンィショれデるコたナれて、IMFから金融支援IM リティを受け入を受けて初めて、CMIの通貨スワップ協定が発動されるというものである。総額の8割の発動について、この「IMFリンク」が制約となることがCMIで決められている。
「IMFリンク」なる条件が課されている理由は、通貨スワップ協定を発動するためには、事前に日常的にサーベイランスを行って、通貨危機を予防するとともに、通貨危機の発生時に即座に通貨スワップ協定を発動できるようにスタンバイをしておく必要がある。ASEAN+ 3マクロ経済リサーチ・オフィス(ASEAN+3 Macroeconomic ResearchOffi ce:AMRO)のような常設のサーベイランス機関を設立することが必要となる。世界金融危機当時においては、CMIの下にそのような常設のサーベイランス機関が設立されていなかった。そのために、IMFのサーベイランス及び金融支援の意思決定に頼らざるをえなかった。
一方、韓国においては、1997年のアジア通貨危機時における韓国の通貨危機と金融危機が、IMFによる金融支援のための厳しいコンディショナリティのために、一層深刻化したという認識が一般的であるために、韓国政府は、通貨危機に対する金融支援を受けるためにIMFに駆け込むことについて慎重であると言われている。その慎重さ故に、韓国政府は、IMFに金融支援を求めることができなかった。そして、そのために、「IMFリンク」の制約のあるCMIの下での通貨スワップ協定の実行を求めなかった。
CMIの下での通貨スワップ協定を実効的な地域通貨協力とするためには、IMFリンクを撤廃するなり、もし撤廃することができなければIMFリンクの制約のかかる金額の総額に対する比率を80%から引き下げる必要がある。そして、IMFリンクを撤廃するとなると、ASEAN+ 3の通貨当局が、IMFに頼ることなく、自分たちの判断で通貨スワップ協定の発動を意思決定する体制を構築しなければならない。それは、日常的に各国経済が通貨危機に陥りそうなのか、実際に陥ったのか、そして、その通貨危機は国際収支危機なのか、国際流動性危機なのか、を監視する体制を構築する必要がある。前述したように、同時に、通貨危機を予防するために、実効的なサーベイランスも日常的に実施することも必要となる。
通貨危機予防のためのサーベイランスの対象としては、当然、通貨の価値に注目しなければならない。それは、アジアの通貨の価値が域外の通貨ドルやユーロに対して安定していることとともに、アジアの域内通貨間の為替相場の安定にも注視する必要がある。そのために地域共通通貨単位を利用した為替相場のサーベイランスが有益である。ASEAN+3財務大臣会議において、研究グループが立ち上げられて、東アジア地域金融協力の強化のための政策課題の一つとして地域通貨単位(Regional Monetary Unit:RMU)が研究検討されてきた。筆者もその研究グループの一人として研究を進めてきた。このRMUの研究は、一橋大学グローバルCOE(「社会科学の高度統計・実証分析拠点構築」)と経済産業研究所との共同プロジェクトに基づいている。その共同プロジェクトでは、アジア通貨単位(Asian Monetary Unit:AMU)及びAMU乖離指標が計算され、経済産業研究所のウェブサイトに発表されている。
このような地域通貨単位に基づくサーベイランス・プロセスによって通貨危機防止に努めるとともに、CMIMの下で通貨スワップ協定のネットワークを発展させて、外貨準備のプール化による金融支援規模の充実及び統一・集団的な意思決定による迅速化によって、東アジアにおける通貨危機管理体制がより実効的となるであろう。
これらの考察を踏まえて、日中韓を中心とした東アジアにおける地域通貨協力のあり方に関して、以下の政策提言を行った。
CMIにおける通貨スワップ協定を実効的にするためには、IMFリンクを撤廃するなり、もし撤廃することができなければIMFリンクの制約のかかる金額の総額に対する比率を80%から引き下げる必要がある。今年の5月にマニラで開催されたASEAN+3財務大臣・中央銀行総裁会議において、現行のIMFデリンク(IMFに依存しない)の比率を20%から今年中に30%へ引き上げることが決まった。さらに、一定の条件のレビューを前提として、2014年に40%へ引き上げることにもなった。
IMFリンクを撤廃するとなると、ASEAN+ 3の通貨当局が、IMFに頼ることなく、自分たちの判断で通貨スワップ協定の発動を意思決定する体制を構築しなければならない。それは、日常的に各国経済が通貨危機に陥りそうなのか、実際に陥ったのか、そして、その通貨危機は国際収支危機なのか、国際流動性危機なのか、を監視する体制を構築する必要がある。さらに、ギリシャ財政危機とユーロの暴落を経験して、財政規律の喪失の中での財政赤字拡大が通貨価値を不安定化させることが改めて明らかとなった。財政規律の確立と財政収支の監視がCMIの下でも重要である。
CMIからIMFリンクを撤廃することを可能とするために、通貨スワップ協定の実施及び域内為替相場のサーベイランス、さらには急激な資本流出入に対する監視を実施するための常設の機関を設立することが必要となる。その目的のために設立されたAMROの運営においては、日中韓が協調的主導を取ることが望まれる。とりわけ、常設の機関としてAMROが、域内為替相場の動向や急激な資本移動を観察・分析するためのキャパシティを構築することが必要である。日中韓が協調して、ASEAN+3財務大臣会議を主導して、AMROの充実を図っていくことが望まれる。
【出所】
『東アジアの未来──安定的発展と日本の役割』
一橋大学東アジア政策研究プロジェクト/編 東洋経済新報社刊
定価:2,730円(税込)2012年3月15日発行
(2012年10月 掲載)