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サービス産業の生産性:決定要因と向上策

各分野を代表する日本の研究者が集結
生産性を押し下げる決定要因について
分析を進めることに

サービス産業の生産性向上は、日本が経済停滞から脱するための最も重要な要件の一つである。しかし、サービス産業のうちGDPの約4割を占める部門では、国民経済計算統計や物価統計等の制約のため、産業レベルでも企業レベルでも実質生産や生産性を正確に計測されていない現状がある。そこで立ち上げられたプロジェクトが、『サービス産業の生産性:決定要因と向上策』だ。
この研究では、内閣府経済社会総合研究所(ESRI)の研究者やOECD・欧州委員会等の研究プロジェクトと協力し、産業・企業レベルの実質生産・生産性計測上の問題を最大限解決したうえでこの新しい計測結果を用い、生産性の決定要因を調べ、生産性向上策を検討することを試みる。分析では、情報通信技術の活用や無形資産投資、労働者の働き方、人的資本の蓄積、集積と地域経済、市場の淘汰機能と企業間の資源配分、等の要因を重視し、さらに分析結果に基づいたサービス産業の生産性向上策について、政策提言を行うことを目指している。また、サービス産業の実質生産・生産性に関する政府統計の改善についても提言する予定だ。

深尾京司教授

今回は、プロジェクトのリーダーの1人である一橋大学・経済研究所 深尾京司教授に取材をさせていただいた。2016年度にスタートし、3年目という折り返し地点を迎えた本プロジェクトについて進捗状況や今後の展望について語っていただいた。

「日本のサービス産業の生産性向上は、人口減少下の日本において、経済成長、社会保障の維持のために不可欠と言えます。しかし製造業と比較して非製造業全般の生産性は低く、OECD加盟国内では下から数えたほうが早いほどです。そこで各分野を代表する日本の研究者が集結、日本産業生産性(JIP)データベースや政府統計ミクロデータ、独自調査等を活用し、欧米のデータベースとも比較検討しながら、マクロ経済全体を細かな産業に分け、生産性を停滞させている要因について分析を進めることになりました」(深尾京司教授)

4つの班が緊密に連携しながら
分析・検討等を行う組織体制

このプロジェクトは大きく二本立ての研究で進められている。一つはマクロ経済全体を俯瞰し、日本経済全体の生産性向上や、日本と海外の相対的な生産性格差を決定する要因を見ていく研究。もう一つは、製造業間の違い以上に明確な違いが存在するサービス産業群を、その特性によって分類し、個別に見ていく研究である。
具体的には以下4つの班で構成されており、4班が緊密に連携しながら分析・検討等が進められている。

【統括・計測班:リーダー/一橋大学・経済研究所 深尾京司教授】
商業・建設・教育・医療・公務・社会保険等のサービス業に関して、質を調整したデフレーター・生産量指標を作成し、望ましい作成方法を統計担当部局に提言する。医療産業については質を調整した生産量指標に基づく生産性を計測し、その決定要因を検証する。また、サービス生産性の都道府県間比較指標を作成。第四次産業革命の影響について調べ、生産性動学分析も行う。
「サービスは貯蔵できないこと、すなわちその場で消えていってしまうことが大きな特徴です。また質の違いや、量自体を測ることが難しい。その難題を、全要素生産性(TFP)、企業間の資源配分、イノベーションなどの切り口から、実質生産量・価格・サービスの質の正確な把握に取り組んでいます」(深尾京司教授)

【資本蓄積班:リーダー/学習院大学・経済学部 宮川努教授】
サービス業と競合する公的部門を含めた無形資産投資・ICT投資データを整備し、国際比較を行うことを通じて、日本における無形資産投資・ICT投資の決定要因を探究する。決定要因については特に、資金調達、未発達なICTサービス市場、中小企業における停滞、公的分野での投資政策の変遷等に注目していく。
「日本では、企業による従業員の職業訓練支出など、無形資産投資が停滞しています。また日本では、長らく終身雇用が続きましが、そのためアメリカのように、多くの技術者が転職してベンチャーで活躍し、起業するパターンではなく、大手メーカーなどに優秀なICT技術者がとどまっています。このことが日本の中小企業におけるICT導入の遅れを生み出している可能性が高いことが、研究を通して明らかになってきました」(深尾京司教授)

【労働・人的資本班:リーダー/東京大学・大学院経済学研究科 川口大司教授】
要素市場の不完全競争を考慮し、生産関数を推計する。高齢者や子育て後の主婦による、労働供給の賃金への影響を調べる。サービス産業企業の営業部門労働者の日誌と成果のデータを接合し、各個人の生産性を測定、決定要因を分析する。また、サービスの家庭内生産、購入、労働供給間の代替関係も分析する。大手人材総合サービス企業の大規模ミクロデータを活用し、サービス産業の生鮮性の向上に資する高等教育の性格も明らかにする。
「研究が3年目を迎えて見えてきたのは、日本は労働力の活用方法に問題がありそうだということ。OECDによる『国際成人に関する調査』(PIAAC)では、リテラシー・ニューメラシー・問題解決力という指標で国際比較を行っています。日本人はいずれの指標でもトップクラスですが、"自分の能力を仕事で発揮できていますか"との問いにはほとんどの日本人が"ノー"と答えている。『源氏物語』を原文で読める人が、パートでホテルの接客をしているというような、仕事と能力のミスマッチが起こっているのです」(深尾京司教授)

【生産と消費の(空間的・時間的)同時性班:リーダー/一橋大学・経済研究所 阿部修人教授】
サービス消費と余暇の補完性を考慮し、効用関数を推計、さらに定年退職がサービス消費に与える影響を分析する。一般のサービス産業立地問題に加え、金融・広告等顧客やベンダーとの連携が重要な巨大都市型サービス産業の立地や生産性を分析し、地域間格差や中小都市中心地の衰退対策についても提言する。
「生産と消費の(空間的・時間的)同時性、家計や企業による自家生産との代替――介護を家族が行うか・介護の専門職に任せるか、ビルの清掃を自社でスタッフを雇用して行うか・アウトソースするか――など、サービスの特性を考慮した理論の構築を行います」(深尾京司教授)

JIPデータベースの改編後に
データ計測の補正にも挑戦

プロジェクトの今後について、深尾教授は以下のように抱負を語っている。
「まず、政策提言をさらに積極的に行っていきます。2019年にはフォーラムを開催することになるでしょう。さらに研究成果を書籍の発行やジャーナルへの寄稿を通して発信していく予定です。直近の具体的な作業としては、2018年度中にJIPデータベースの大きな改編を行います。今までは2012年までのデータでしたが、この改編によって2015年までのデータをカバーできますので、近年の生産性の動向についても把握が可能となり、よりアップデートされた研究成果が報告できるようになるでしょう」
さらに、生産性を分析するためのさまざまなデータについて、日本には正確なデータがないか、あったとしても「深刻な計測ミスが潜んでいる可能性がある」と深尾教授は語る。
「たとえば、建築物の価格をコストの積み上げで表示しています。また、OECDが推奨し、欧米では導入が始まったマージンを単価とする計測ではなく、扱う商品の値段で計測しているという問題もあります。JIPデータベースの改編が終わり、新しいデータが揃ったら、深刻なデータ上の問題を補正し、その結果を精査することも検討中です。もしかしたら5か年という期間内では難しいかもしれませんが、日本のサービス産業の生産性向上に向けて、より正確な国際比較が可能な計測をもとに、提言を行っていければと考えています」