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日仏の懸け橋となる人材育成のために、さらなる交流の深化へ

  • HEC Paris副学長エロイク・ペラシュ
  • 一橋大学長蓼沼 宏一

2017年夏号vol.55 掲載

フランスのビジネス・スクールHEC Paris(École des hautes études commerciales de Paris,HEC経営大学院)。1881年にパリ商工会議所によって設立された、グランゼコール(フランス独自の高等教育システムで、各分野のエリート養成を目的に設立された高等教育機関)の名門である。主要経済紙・誌のランキングでもつねに上位に選出され、世界のビジネス界などから高く評価されている。一橋大学は、1983年より学術交流協定を締結し関係を深めてきた。このほど、2017年度の入学式に同校の副学長エロイク・ペラシュ氏をお招きし、記念講演をしていただいた。ヨーロッパ屈指のビジネス・スクールであるHECと、世界水準のプロフェッショナル・スクールの構築を目指す一橋大学で、今後の連携や大学改革について意見を交わした。

エロイク・ペラシュ

1999年フランス高等師範学校(Ecole Normal Supérieure)卒業。同年経済学の一級教員資格を取得後、2003年トゥールーズ経済大学院にて博士号を取得。シカゴのノースウエスタン大学、バルセロナの経済分析学院、パリのフランス国立統計経済研究所にて客員研究員として従事。労働市場における情報伝送の問題と市場仲介に関連する問題との双方に焦点を当てた研究を行っている。2003年よりHEC Paris(HEC経営大学院)の経済学教授を務め、開発担当ディレクター(2006-2008年)を経て、2009年に同校の副学長及び理事に任命される。2011年よりフランスビジネススクール認証機構に所属、2013年よりフランス グランゼコール協会常任理事。その他、数々のフランス企業や財団の理事も務める。

蓼沼 宏一

1982年一橋大学経済学部卒業。1989年ロチェスター大学大学院経済学研究科修了、Ph.D.(博士)を取得。1990年一橋大学経済学部講師に就任。1992年同経済学部助教授、2000年同経済学研究科教授、2011年経済学研究科長(2013年まで)を経て、2014年12月一橋大学長に就任。専門分野は社会的選択理論、厚生経済学、ゲーム理論。近著に『幸せのための経済学──効率と衡平の考え方』(2011年岩波書店刊)がある。

学生は自らが何をしたいのかをじっくり考えるべき

蓼沼:入学式では、新入生の心に刻まれるような素晴らしい講演をありがとうございました。お話の中で特に印象に残ったのは、フィリピンの貧困問題の解決に取り組む学生のエピソードを例に、「世の中をより良くする、大いなる夢を持ってほしい」と語られたことです。一橋大学も、学生に大いなる夢を抱いてもらうことが重要なミッションであると改めて思いました。ペラシュ副学長が今一番若者に伝えたいこととは、どういったことでしょうか?

ペラシュ:HEC Parisも一橋大学も、またほかの多くの大学でもそうだと思いますが、学生は今、大学への入学を許された直後という、最も難しい局面を乗り越えたタイミングにあります。そして、多くの学生は「後は楽だ」と思い込んでいるのではないでしょうか。私は、それは大きな問題だと思います。そうではなくて、これからやるべきことが非常に多く積み残されているからです。学生はまず「自分は何をやりたいのか?」と自問自答し、その目的に向かって前進すべき時なのです。国や周囲の人が自分に何を期待しているのかではなく、自分は何をしたいのかをじっくり考えるべきです。HEC Parisや一橋大学に入って安心しリラックスしているのではなく、非常に多くの機会や可能性を与えられた身として、それらを自らつかみに行く必要があるのです。多くの学生は大学で4年間を過ごし、社会に出て職業に就きます。しかし、いざ働き始めると「この仕事はやりたいことではない」と気づく。それでは遅いのです。では、そのような事態をどう避けるべきか。それを4年の間に考えてほしいのです。HEC Parisも一橋大学も優秀な学生ばかり集まっています。卒業後、国のため、人のために多くのことを成し遂げていけるでしょう。そういう存在になるために、4年の間によく考えて行動してほしいと思います。

蓼沼:確かに、日本の学生は厳しい入試を経て入学してきます。グランゼコールと同様でしょう。そして、入学するまでは教えられたことを理解し吸収するという学習で良かったかもしれないが、入学してからは自分が何を果たし、社会に貢献していけるかを考えて、必要なことを学び取っていかなければなりません。新入生に大変重要なメッセージを届けていただき、感謝いたします。
さて、ここでペラシュ副学長のご経歴を伺いたいと思います。ペラシュ副学長は日本で少年時代を過ごされたと伺いました。日本での思い出や日本の印象、どんなことに喜び、また困ったのかといったことをお教えください。

8~14歳の少年期という重要な時期を日本で過ごす

ペラシュ:8歳の時に来日し、14歳で日本を離れました。ですから、少年期という人生でも重要な時期を日本で過ごしたことになります。思い出すのは、日本に到着したその日に公園に行った時のこと。小さな子どもが寄ってきて何か言葉を掛けられたのですが、全く理解できませんでした。その時、「日本語は絶対に学ばなければならない、選択の余地はないんだ」と(笑)。日本語は、私の二つ目の母国語となりました。
日本では、いろいろな人と強いつながりを持つことができ、本当に素晴らしい経験ができました。講道館で柔道も習いましたし、たくさんの友人ができました。今でもつながりがありますよ。実は今回の来日で、30年前に交流していたご家族と再会したのです。日本はまさに第二の故郷ですね。私は外国によく行きますが、そのたびに戸惑いを覚えることも多くあります。しかし、風習にもよく馴染んでいる日本に来ると、故郷に帰ってきたような安心感があります。

蓼沼:日本が第二の故郷に感じられるというのは、日本人として嬉しいことです。到着した最初の日に何も分からず言葉を習得する必要を感じたというのは、大変印象的なエピソードですね。なぜならば、だからこそ外国に行ってみる必要があると思えるからです。本学も学生を海外に留学させていますが、諸外国の社会に入り、世界で生きていくためには何が必要か、まさに体や心で感じ取ることが大切だと思います。ペラシュ副学長は、それを8歳で経験されたというわけですね。
次に、フランスの高等教育システムについて教えていただけますか。フランスの高等教育システムは独特で、日本とはかなり違っているように思います。日本の場合は、戦前は比較的ヨーロッパに近く、戦後はアメリカのものを取り入れました。ですから、この『HQ』の多くの読者はフランスの高等教育システムには馴染みが薄いと思われます。

大学とグランゼコールが並行的に存在するフランスの高等教育システム

ペラシュ:フランスの高等教育システムには、大学とグランゼコールという高等教育機関が並行的に存在しています。大学は、バカロレア(大学入学資格)を取得すれば誰でも入れるものの、卒業することはやや難しいといえます。1、2学年で退学させられることも少なくありません。一方、グランゼコールの場合、入学生は厳選されます。一橋大学は入試に合格した学生が入学しますが、グランゼコールは進学準備学級という2年間の課程を修了した学生が受験することができます。この準備学級自体、なかなかの狭き門です。ここで教養を身につけた者が、グランゼコールの2年間でビジネスや経営などを学ぶわけです。グランゼコールの中身は一橋大学と近いかもしれませんが、一橋大学の場合は、4年間の課程の最初に学生を選抜するのに対し、グランゼコールの場合は2年経った後に選抜するという違いがあります。

蓼沼:フランスの高等教育におけるグランゼコールの位置づけとは、どういったものですか?社会からはどういったミッションが求められているのでしょうか?

ペラシュ:グランゼコールのビジネス・スクールは、一般的なMBAのコースとは少し違いがあると思います。私見ですが、グランゼコールの最重要のミッションは、学生に夢を実現してもらうところにあると思います。グランゼコールの興味深い点は、将来的にいろいろなことができるように、学生に広がりのある選択肢を与え、学生が目指すところに向けて幅広いスキルを教え育成していくところです。その結果、卒業生は金融やコンサルティング、あるいは映画産業などさまざまな業界で高い地位に就き、活躍しています。また、最近は起業を選ぶ卒業生がますます増えています。HEC Parisの卒業生による起業件数も増えていますね。

蓼沼:実際に、どういったことを教えているのでしょうか?

ペラシュ:HEC Parisでは、起業家精神はもちろん、コンピュータに関する科目など幅広い知識やスキルを身につけてもらうカリキュラムを設けています。重要なのは、さまざまな実践的な知識やスキルを身につけるために、多少複雑でも実際の現場に出て多くの経験を積んでもらうことです。現場経験を通して、初めて答えが見つかるからです。たとえば、日本のことは日本に半年ほど滞在すればよく分かると思います。フィリピンに行って起業家精神を刺激されたり、またキャンパスの中にあっても新しい企業を立ち上げたりするなどの経験もできます。さらにHEC Parisの場合、全学生がキャンパス内の宿舎で暮らします。ここでいろいろな人と出会い、交流し、人脈をつくることができます。
もう一つ重視しているのは、社会にどこまでインパクトを与えられる存在になるかということ。そこに向けて学生によく教え込まなければならないと考えています。そのためにも、学生たちがキャンパスの外に出ていろいろな人と出会う機会を大切にしています。
また、フランスでは機会の平等を重視しており、HECParisでは経済的にハンデがある学生にも門戸を開いていますし、女性の起業も促進しています。

フランスのビジネス・スクールが世界的に高く評価される理由

蓼沼:フランスのビジネス・スクールは、HEC Parisをはじめ、INSEADやESSECなど世界ランキングのトップ10に入るような、高く評価されているところが多くあります。その理由とはどういったことでしょうか?

ペラシュ:いくつかの理由があります。まず、入学試験が非常に厳しいということ。したがって、優秀な学生が入学してきます。また、フランス国内だけでもグランゼコール同士の厳しい競争があり、お互いに切磋琢磨しています。さらに、イギリスやスペイン、アメリカのビジネス・スクールとも競争しています。こうした競争で革新的になれるのです。
二つ目の理由としては、昔から企業と近しい関係にあることです。20年ほど前から、教授陣はコンサルタントとして多くの企業に関与しています。今では、コンサルティングよりも企業のための研究活動を通じて関係を深めています。企業にとっても、イノベーションを起こしていくために教授陣とつながりを持ちたいと考えています。そのために、企業はよく"冠講座"を持っていますね。このようにさまざまな角度から企業との関係を深め、企業の人材育成につなげています。
そして、私が三つ目の理由と感じているのは、我々グランゼコールは大学の一部ではなく、独立した存在としてかなりの自由度を持っていろいろな活動ができることです。ですから、我々自身が起業家精神を発揮して変革を先取りすることができるのです。あるいは、世の中が変化した時に真っ先に対応することができるということです。
ランキングが高い理由には、国際的な評価基準と我々が目指すところが軌を一にしていることが挙げられるでしょう。国際的なモビリティの高さ、そして指標の一つである卒業生の給料の高さも評価されていると思います。

蓼沼:ビジネス・スクールは、日本ではお金を儲ける知識やスキル、ノウハウを教えているというイメージもあるようです。そうではなく、ビジネスという活動を通じて、社会をより良く導くリーダーを育成することが真の目的です。一橋大学は"キャプテンズ・オブ・インダストリー"という理念を掲げていますが、このような真の姿を社会に訴える必要がありますね。

ペラシュ:その通りですね。先ほどの話に補足すると、本当に私が確信していることですが、今後、企業は社会の行く末により大きな役割を持つだろうということです。HEC Parisの同僚が、人類史の中で誰が貧困対策を担ってきたかを研究しています。それによると、昔は教会が死後の魂を救うために善行を施すという考え方がありました。その次には、国家が貧困問題を担いました。選挙制度を通じて我々はその行為を国家に委譲したのです。今は、企業が大きな影響力を持つに至っています。消費者も変わったのかもしれませんが、消費者が企業の行動に注目するようになりました。その意味において、企業は大きなインパクトを持つわけです。そして我々は、将来の企業の意思決定を行う人材を育てているのです。やがて、そういう人材が貧困問題や環境問題などのさまざまな社会問題を解決することにつながるでしょう。ですから我々には、将来の"キャプテンズ・オブ・インダストリー"を育成する大きな責務があるということです。

HEC Parisの評価を高めた改革と強い帰属意識という強み

蓼沼:"キャプテンズ・オブ・インダストリー"は一つの精神ですが、大企業で働くにせよ起業するにせよ必要とされるスピリットだと思います。企業とはつねにマーケットの中で活動するものであり、しかも何か新しいことを行うには"キャプテンズ・オブ・インダストリー"の精神や起業家精神を発揮することが必要とされるからです。また、企業の自由度は高いですね。ですから、環境問題や貧困問題を解決するには官僚組織などの動きにくい大組織ではなく、市場システムの中に入り込んで人々が何を求めているのかを汲み取れる企業がインパクトを持ち今後ますます重要になる、という指摘は大きな意味があると思います。インパクトがあるからこそ評価され、お金も集まるという循環になる。お金自体が目的なのではなく、社会が必要とするものを汲み取るために市場というシステムは必要なのだと思いますね。
また、グランゼコールの強みの話は、大学運営の面で大変興味のある話です。今、知識が高度化し大学間のグローバル競争も激化しています。つねに改革し続けることが必要で、大学自身も起業家精神を発揮しなければ生き残れない時代になっていると感じます。そこで、HEC Parisは過去20年の間に大きな改革をされたと伺いました。その内容や狙い、どんなことが難しかったか、そして成果についてお教えください。

ペラシュ:この20年の間に、学長が主導して大きな成果を挙げています。まず、マスターのコース、MBAのコース、そしてエグゼクティブ向けのコースなど各セグメントがそれぞれ強くなる必要がありました。そして、各セグメントのブランドを統合する戦略に持っていきました。以前は、MBAやエグゼクティブ・プログラムが別の名称で呼ばれていて、ランキングにおいてもそれぞれのセグメントで結果を残せば良いとされていました。しかし、HEC Parisとしては"HEC"という名前が冠されるものはすべて良くしていく必要があると考えて取り組んできました。ブランド戦略において、同じ大学の中で食い合いを起こしてはならないということです。それぞれのセグメントがHECというブランドを高め合う方向にしなければならないということです。外との競争だけでも非常に激しいわけですから、中での競争は避けるべきなのです。そのように統一的な形でブランド戦略を進める必要があると思います。たとえば、ビジネス・スクールのブランドイメージは、ビジネス・スクールであることを前面に打ち出して大学名は小さく添える形にするのか、あるいはその逆か、といったことです。一橋大学の場合は、"橋"を大きく出して、その中にビジネス・スクールもあるという形にするのが良いのではと思います。つまり、すべてのセグメントを統合的に強くしてきたことで大きな結果に結び付いたということです。
そしてもう一つの強みは、卒業生がHEC Parisに強い帰属意識を持っていることです。これは、キャンパス内で生活することで長い時間を過ごし、強いコネクションをつくれることが大きな要因です。さらに、大学の外とのつながりも強くしてよりオープンにいろいろな経験ができるようにしたことで、学生が自らの人生を変えることにもつながっているのかもしれません。この帰属意識は、大学側にとっては寄付につながるという強みともなっています。
そして、研究にも我々は大々的に投資をしました。今、世界はイノベーションをますます重視しています。研究は絶対に必要です。フルタイムの教授陣はハイレベルの研究を行い、社会にインパクトを与える知識を生み出して研究者間で評価されることが必要です。さらに、重要な研究は行うだけでなく、広く社会に知られて価値を認められることも重要です。

世界的認知度の向上やデジタル改革が今後のテーマ

もちろん、課題も大きく三つあります。一つ目の課題は、世界的認知度の向上です。HEC Parisには世界中から優秀な学生が集まります。卒業後はフランスに留まる人もいるかもしれませんが、やはり多くは世界で活躍したい人たちです。それができるような場をつくり出すためには、ブランドを強くする必要がありますが、たやすいことではありません。たとえば、チリやカナダ、ニュージーランドの街中を歩いている人に、一橋大学やHEC Parisの名前を出しても「知らない」という人がほとんどでしょう。ですから、まだまだ投資が必要です。私の夢は、世界のどこに行ってもHEC Parisの名前が知られていることです。学生たちがフランスや日本に留まることなく、世界で活躍できるブランドにすることです。世界中で息子や娘が通っているよ、と言われることなのです。
二つ目の課題は、デジタルの変革です。これまで学生に企業戦略のためのデジタル化について教えてきたわけですが、今や我々自身がそのインパクトを受けるようになりました。我々自身がデジタル化のイノベーションにどう対処すべきか学ぶ必要があるのです。まず、学生たちが学ぶスタイルが大きく変わっています。バーチャル教室で学ぶ機会が広がっているのです。大学に来て一方的に講義を聴くだけでは満足しない学生が増えています。このことは、我々にとっては大きなチャンスであるとともに、懸念材料でもあります。分極化を生むからです。片方の恩恵を受ける人は、以前のように物理的に大学まで来なくても、たとえばアフリカにいる学生も受講できるようになりました。より多くの学生にも手を差し伸べられるようになったのです。もう片方では、デジタル化についていけない人、取り残される人も生み出します。同時に、大学にもより多くの学生に教えることができる"勝ち組"と、そうではない"負け組"を生み出すと思います。その中間はありません。もし負け組となったら、その中で少しでも差別化を図るか、質は低くてもマスマーケットを目指すしかありません。いずれにせよ、頑張って勝ち組の中に踏み留まらなければならないのです。

そして三つ目の課題は、我々の存在意義です。これからも破壊的な技術が生まれ、学生はワクワクして学び、起業していくと思います。その時、もしかすると大学で学ぶよりも、インキュベーター(起業支援事業者)などに訓練してもらったほうが良いと思う学生が出現するかもしれません。また企業も、そういう学生のほうが即戦力になると学位より重視する時代が来るかもしれません。そういったことも考えて、適応力を備えておく必要があるでしょう。教育の仕組みも変えていく必要があると思います。さらに、さまざまな競合者が参入してくるでしょう。たとえば、ホテル業界においては、Airbnb(民泊紹介サービスを提供)が登場した当初、特に大きなホテルは「所詮お金のない人のためのサービス」と高をくくっていました。しかし今や大きな競争相手になっています。そういうことに、大学も陥らないようにしなければならないということです。

デジタル化で変わる大学とマネジメントの課題

蓼沼:これまで大学のブランドを強化されてきたお話の中身は、まさに一橋大学がこれから取り組んでいくビジネス・スクールの統合と重なり、その方向性に自信を持ちました。また、卒業生の帰属意識の強さも、一橋大学と重なります。HEC Parisと一橋大学は歴史も、研究・教育の領域もよく似ているからだと思います。そして、研究面で社会のインパクトを重視することは、我々も目指していきたいことです。
そこで伺いたいのは、大学はいろいろな役割を担っているということです。一方では、最先端領域の研究をする必要があります。一方で学生の教育もしなければなりません。そして、情報革命、デジタル革命の中で我々自身が変わっていく必要がある。大教室で一方的に知識を授けるというスタイルに固執していては、デジタルに取って代わられるということです。直接コミュニケーションの場である大学で教員と学生が関わり合うわけですが、デジタル化すると教育に関わる時間の割き方が大きく変わると思います。そして、デジタル技術でリーダーになるためには、相当なレベルの研究に加え、その内容を分かりやすく伝えるという高度な能力も必要となります。そこにも投資が必要になる。さらに、直接対話の授業も必要と、教員はやるべき仕事が高度化・複雑化すると思うのです。そうなると、大学全体を強化するためにマネジメントをどうすべきか、非常に難しい課題だと感じています。

ペラシュ:確かに大きなチャレンジだと思います。これまでHEC Parisは"Learning by doing"、行動による学びで大きな成果を挙げてきたわけですが、より多くの学生がデジタルで学ぶことになれば、学んだことをどう実践するかが課題になると思います。キャンパスは学んだことを実践に移す場でなければなりません。コンテンツはいくらでもデジタル化できるでしょうが、実践はバーチャルではできません。理論と実践をどう混合するかが難しい課題になると思います。以前と同じ教授陣だけではうまくいかないでしょう。専任の教授は研究や理論構築に当たってもらい、たとえば企業に来てもらうなど、別に実践的な活動、指導をしてくれる教員を揃える必要があると思います。専任教授プラス補助教員という体制はHEC Parisでも試みましたが、どう組織し統合するか、マネジメントはなかなか厄介です。しかし、将来的には絶対に必要となりますから、課題として取り組み続ける必要があると思います。うまく活かすためには、専任教授と補助教員がお互いに敬意を持って仕事に取り組んでもらうことが必要でしょう。
そして、デジタル化に踏み出すには、以前からの教授陣の同意を得なければなりません。しかし、これも楽なことではありません。教授たちは、デジタル化が進めば自分たちの授業が無くなるのではないかと懸念するからです。そうではないが、これまでの授業のやり方は変えてもらう必要があると説得する必要があります。

日仏の多国籍企業のリーダーを育成する責務

蓼沼:一人でできることには限りがありますから、いろいろな強みを持つ教授陣を揃え、組織として強化することも必要だと私も思います。ただし、そのプロセスは難しいということにも同感です。
さて、HEC Parisには、一橋大学として長年深く交流していただいていることに感謝いたします。今後もさらに関係を深めていければと思います。今は学部生の交換留学が中心ですが、今後はさらに多面的な交流をしていきたいですね。たとえば、修士レベルでの交換留学やダブルディグリーも構想していきたいと思います。HEC Parisとしては、どういった希望をお持ちですか?

ペラシュ:日本やフランスにはいくつもの多国籍企業があり、世界に拠点を広げています。私は来日時に日本に進出しているフランス企業のCEOに会うことが多いのですが、ほとんどがフランス人です。一方、フランスに進出している日本企業のCEOも同様に日本人が多いですね。私は両者とも変わる必要があると思っています。日本のフランス企業のトップには市場をよく理解している日本人が就くべきですし、逆もまたしかりです。進出先のトップは本国の本社としっかりコミュニケーションが取れる必要があります。日仏双方の文化を理解しコミュニケートできる人材が求められますね。一橋大学のように優れた大学を卒業しトップレベルのビジネス・スクールを修了した人材なら、フランス企業は諸手を挙げて歓迎するでしょう。日本に進出しているフランス企業のフランス人トップには、HEC Parisの出身者が多くいます。一橋大学に1年留学して日本を好きになり、日本人と結婚している人も何人もいます。企業ではそうした人材のニーズが大きくなっていますので、我々も工夫して企業のニーズを満たしていかなければなりません。今後ますますフランスから日本へ、そして日本からフランスに渡って活躍する人材が増えていくでしょう。ですから、もっと多くの人により長期間滞在してもらう必要が出てくると思います。フランス人が日本で、あるいは、日本人がフランスで修士課程を学ぶといったことをもっと増やしていく必要があるということです。たとえば、ダブルディグリーやジョイントディグリーを工夫していく必要があるかもしれませんね。企業にしてみれば、そういう人材はなかなか見つけることができないようですから、我々が協力して育成することは大いに期待されることだと思います。
海外に出て外国語を習得するフランス人は数多くいますが、そういう人たちにもっと日本に来てもらうために、日本には素晴らしい機会があると訴えていきたいですね。学生たちにとっても、海外で活躍するお手本は必要です。一方、日本を見ると失業率は今とても低い状態で、学生は大学を卒業するとすぐに入社しています。今後のことを考えると、もっと海外で経験を積む必要があると思います。そういう機会をつくり、ニーズに応えていく方法はいくつもあるでしょう。

キャンパス内に多様な異文化を併存させる努力を

蓼沼:ビジネス社会における日仏の懸け橋となる人材を育てる必要があるというのは、同じ思いです。一橋大学もHEC Parisも同様の社会科学系学部や大学院を擁していますので、いろいろなレベルで協力して人材を育成していけるチャンスがあると思います。このミッションをしっかり進めていきたいですね。それにしても、HEC Parisの過去10年ほどにおける国際化の試みには目を見張ります。

ペラシュ:国際的な評価を高めるには国際化を進めるしかありませんが、そのためには教授陣や学生だけでなく、スタッフも大きく変革しなければなりません。各国から留学生を集めるので、スタッフは少なくとも英語が話せなければなりません。国際的に認められるには、ほかに方法はないのです。また、1クラスに30もの国籍が異なる学生が集まると、多種多様な文化が集合することになり、教育指導の方法は強い影響を受けます。学生は、これまで受けてきた教育訓練と違う大きなカルチャーショックを受けるでしょう。たとえば日本人やフランス人は授業中にあまり質問をしませんが、アメリカ人やブラジル人はよく質問をします。教室の雰囲気は大きく変わるでしょう。これは素晴らしいことだと思います。キャンパスの中で多様な異文化と交流できることは、卒業後に多国籍の人材が交じり合って働くことに有効に作用するでしょう。
そして、留学生を誘致するには、言葉の壁を低くするためにも英語による授業が絶対必要です。一方で、フランスには「到着した時はフランス語で"Bonjour"と言えなくても、去る時はフランス語で"Merci beaucoup"と言えるように」という言葉がありますが、せっかくその国に来たのだから、現地の言葉や文化を学んでもらうことも重要です。一橋大学が国際化を進めたいのならば、修士課程は英語にすべきでしょう。学部にも交換留学のために十分な英語による授業が必要ですが、本格的な国際交流は修士レベルだと思います。

蓼沼:一橋大学の国際化をさらに進めるために、有益な示唆をいただきました。ところで、一橋大学もエグゼクティブ・プログラムを強化しようとしていますが、規模やスタッフはまだまだ不足しています。最後に、HEC Parisのエグゼクティブ・プログラムの強みや今後の方向性についてお聞かせください。

ペラシュ:全般的にエグゼクティブ・プログラムはますますグローバル化してきており、より多くの大学が本国以外で実施し始めているようです。もちろんHEC Parisも各国の有力大学と連携して行っています。先ほど多国籍企業の話をしましたが、そういった企業のトップマネジメントの育成にも大きな成果を挙げ得ると思っています。HEC Parisでは、学位を授与するプログラム、エグゼクティブ向けMBAプログラム、そして短期集中型のオープン・エンロールメント・プログラムがあります。こうした講座は日本でも増えていると聞いていますが、いろいろな企業の人が集まり、交流できるところにも大きなメリットがあると思います。
今後特に力を入れていきたいと思っているのは、企業のニーズに合わせたカスタムメイド型の講座です。企業と協力して設計していくわけですが、この分野では日仏の大学が手を組んで協力し合っていけるポテンシャルがあると思っています。日本にはまだ少ないようですが、逆にいえばそれだけマーケットが大きいということですから、さらに連携していきたいですね。

蓼沼:これまでも日本企業にそうしたニーズはあったと思いますが、我々が供給してこなかった面があります。フランスの大企業と強い関係を持つHEC Parisと、日本の大企業と強い関係を持つ一橋大学が連携すれば、大きな可能性が広がると思います。ぜひさらに協力を進めていきましょう。本日はどうもありがとうございました。

(2017年7月 掲載)