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グローバル時代の大学経営とは?

  • ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス(LSE)学長クレイグ・カルホーン
  • 一橋大学長蓼沼 宏一

2015年夏号vol.47 掲載

社会科学における世界最高峰の大学として知られる、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス(LSE)。一橋大学は、これまで「一橋・LSEレクチャーシリーズ」などを通じて交流を深めてきた。
この度、学長であるクレイグ・カルホーン氏を2015年度の入学式のゲストスピーカーとして招聘したことを機に、蓼沼学長と対談。グローバル時代における大学経営などをテーマに、大いに語り合った。

クレイグ・カルホーン氏プロフィール写真

クレイグ・カルホーン

2012年ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス(LondonSchoolofEconomicsandPoliticalScience:LSE)学長に就任。マンチェスター大学で社会人類学を専攻し、オックスフォード大学で社会学、近代社会学及び経済史の博士号を取得。アメリカでは社会科学研究会議の議長を務め、ノースカロライナ大学、コロンビア大学及びニューヨーク大学で教鞭をとった。氏の多くの著書は、多岐にわたる学問領域の学術理論と経験主義に基づく研究を併せ持っている。

蓼沼氏プロフィール写真

蓼沼 宏一

1982年一橋大学経済学部卒業。1989年ロチェスター大学大学院経済学研究科修了、Ph.D.(博士)を取得。1990年一橋大学経済学部講師に就任。1992年同経済学部助教授、2000年同経済学研究科教授、2011年経済学研究科長(2013年まで)を経て、2014年12月一橋大学長に就任。専門分野は社会的選択理論、厚生経済学、ゲーム理論。近著に『幸せのための経済学──効率と衡平の考え方』(2011年岩波書店刊)がある。

"見えざる手"と"市場の可視化"のバランスが重要

記念写真

蓼沼:入学式でのご講演、ありがとうございました。特に印象に残ったのは、「公共財としての知識」というコンセプトを示されたことです。その意味について改めて教えていただけますか。

カルホーン:ありがとうございます。私は以下の三つの意味において、「公共財としての知識」をとらえています。
まず、知識は社会に役立つべきものであるということです。知識を得ようとする動機は、たとえば純粋に知識欲であったり、人によってさまざまだと思いますが、社会に貢献するために、新しい知識を得ようと考えることが重要だと思います。
二つ目は、知識は他者と共有されるべきものであるということです。知識は希少財とは違い、共有されることで失われるものではありません。統制や制限を必要とせず、広く共有されることで利益が最大になるのです。
三つ目の視点としては、知識はそれ自体が公共性を求めているということです。知識は広く公開されることで、他者から批判を受け、新しい視点が加えられ発展していきます。
知識を発展させるためには、これら三つの視点が不可欠です。一橋大学やLSEに与えられた使命は、この三つの視点を持ちながら、社会に知識を与え続けることだと思います。

蓼沼:公共財としての知識は、社会のためにあること、広く共有されること、広く開かれていることが求められるということですね。一方で知識には、公共財としての知識から私的な財としての知識まで、さまざまな段階、区分けがあるのではないでしょうか。公共財という側面はもちろん、私的な利益のために知識が利用されるという側面もありますね。
社会科学の知識というのは、そのさまざまな段階に分けられると思います。たとえば競売に関する知識というのは競売に参加する人の私的な利益のために有用ですが、競売理論のそもそもの目的は、市場の効率化の促進にあります。
LSEや一橋大学といった社会科学系の大学は、さまざまな段階や種類の知識を扱っていますが、たとえばビジネススクールなどは、主として私的な財としての知識を教えているという側面もあるように思います。このことについては、どうお考えですか。

カルホーン:おっしゃるとおりで、知識はいろいろな型を持っており、さまざまな利益のために使われています。私は、知識が私的な利益に利用されること自体は悪いことではないと思います。私が心配するのは、私的な利益のためだけに知識が利用されることです。
そして先ほどのビジネスの例でいえば、啓発されたビジネスは、公共の利益だけでなく、さまざまな面で私的な利益をもたらすものです。資本家は、投資によって利益を得る。労働者は仕事を得る。消費者はものを求め、自分のために使う。けれども、このように私的な利益を動機としてビジネスが回っていく一方で、損害を生んではいけないという社会的な認識や責任がある場合に、ビジネスは成功するといえます。
たとえば、商品が安全ではないということもあるかもしれません。企業にはまず、高品質でありながら安全な製品の製造が求められます。そして、リスクを見つけ顧客に伝えることも大事です。たとえば自動車産業は、自分たちがつくった車に問題があればリコールを行い、問題を解決して消費者に戻します。これは私的な利益のための知識と、公共のための知識とが結びつく例ですが、私たち大学は、知識を与えるだけでなく、公共の利益にもなるように知識を活用する責任についても教えなくてはならないのです。

蓼沼:今のお話をうかがって、アダム・スミスの「見えざる手」を思いました。

カルホーン:アダム・スミスは、私が敬愛する思想家の1人です。今日の社会は、「見えざる手」と「市場の可視化」の両方の影響を受けていると思います。現代社会では、「見えざる手」によって市場経済が維持されるメカニズムのほかに、欠陥商品に対して訴訟を起こす司法の仕組みや、政府が市場を規制する仕組みも存在します。大学はこれらの異なるメカニズムをバランス良く運営する方法を知的に示す必要がある。もし政府による過剰な規制を行えば、市場の良さを奪うでしょうし、一切の規制や枠組みがなければ、市場は崩壊してしまうでしょう。

現実の問題はすべて学際的である

蓼沼:では、世界を代表する社会科学の総合大学であるLSEの方針に話を移させてください。LSEには社会科学という領域において、さまざまな分野の知見がありますね。組織も、人材も多様であると推察します。私の関心は、カルホーン学長がこうした多様な世界をどのように調整され、また学際性を確保されているのかということです。

カルホーン:それは、私にとっても非常にチャレンジングなことです。簡単なことではありません。団結と調和によって実現しているといいたいところですが、実際には違います。開かれた議論によってというのが最良の回答ですね。たとえば、経済学者と政治学者の間に意見の相違があった場合、徹底的にお互いが納得するまで話し合うことが大切です。もっとも避けるべきは、違いを認めず自分たちの殻に閉じこもってしまうことです。話し合うことで、考え方の違いや、その意見に至るまでの経緯、思考法の違いが見えてきます。違いを認識することが大事なのです。
学際的な研究活動については、自身の専門から離れ、新しいものをつくるという意味ではなく、他の専門とつながるという意味でとらえてもらうように、研究者たちに働きかけています。複数の英知を内包する結束性の高い研究ということです。そもそも社会科学の各領域は、それぞれが独自に発展してきたわけではなく、互いに影響し合ってできあがってきたという歴史を持っています。たとえば、社会学は20世紀の初頭に経済学から分離したという側面があります。経済学そのものも、何もないところから誕生したわけではありません。
その背景には、哲学的知見や政治学的な考え方があります。冒頭の会話で触れたアダム・スミスの思想も、法律やそれ以外の分野の影響を受けているのです。

蓼沼:そのとおりですね。

対談風景1

カルホーン:これは社会科学に限ったことではありません。たとえば、ゲノム研究などがあげられると思います。生物学にとって、コンピューターサイエンスは長い間関心の外にありました。ところが、ヒトゲノムがコンピューターによって解析されてからは、生物学においてもコンピューターサイエンスが重視されるようになりました。
また、今日の現実的な課題を解決する場合には、事実として総合的、応用的な社会科学の知識が必要になります。そもそも世の中にあるさまざまな問題は、専門分野に特化して起こっているわけではありませんから。私たちがそのような問題を解決しようとする時、学際的な知識が必要になるわけです。経済的な問題はつねに政治と密接に関わっています。政治家が経済政策を考え、規制をつくることは、経済に影響を与えます。同様に経済政策が、特定の政党を選挙で勝利に導くということもあります。
私が今日本にいる理由の一つは、LSEはさらに緊密に日本の研究者とつながりたいと考えているためです。たとえば、今回の一橋大学とのつながりのように。なぜかというと、現代社会に重要な影響を与えるであろう日本を、さらに深く理解したいからです。それは市場を理解するだけに留まりません。日本の文化、社会、政策、とりわけ日本が高齢化問題にいかに対峙していくか。そのほか人口問題、健康問題、経済問題、社会問題など、世界は日本がこうした問題をいかに解決していくかを見守り、学びたいと思っているのです。その意味でも、学際の重要性を実感しています。

学際研究を推進する大学マネジメント

蓼沼:カルホーン学長は、学際的な研究を推進する際に、学内にどのような働きかけをしているのですか?また、各研究分野で専門性を深めることが重要という意見がある中、それぞれに独立した学部や研究組織をどのように調整し、協力関係を築いているのでしょうか。それは学長として大変苦労の多い作業だと思いますが。

カルホーン:そのとおりです。簡単ではありませんし、どの方法が正しいという正解もありません。科学的解決法もありません。結論からいうと、学長はこうした学際研究に関するすべての問題を解決する立場ではないと思います。こうした問題を解決するのは、研究者であり学生です。私たちの役割は、こうした研究活動のファシリテータ(促進者)です。学際的な研究を推進するにあたり、重要なことはお互いに対話ができているか、学習効果が期待できるか、資産を共有できているかといったことを確認することなのです。たとえば、人間行動研究実験室では、心理学者、経済学者そして経営学者が活用することのできる実験を行っています。こうした施設を適切につくっていくことが重要なのです。
行動経済学が良い例ですが、経済学での知的な進歩は学際的な接続からなっています。したがって、私たちは共同セミナーや討論の場で、それらの新しいアイデアの創造を容易にするような議論を促進する必要があります。

蓼沼:それが学長の一つの役割ですね。

対談風景2

カルホーン:学長は、大学のための資金獲得や大学の重要な資産を守るということにも責任を持たなくてはなりません。ファンドレイジング(寄付募集活動)については、学長は寄付者を訪ね、寄付を募るといった活動をしなくてはなりません。それには学内・学外における対話も含まれます。学内の対話では、何を研究したいかを明確に議論し、学外では、どんな研究なら人々は資金を提供したいと思ってくれるのかのヒアリングを行います。そして、お互いの接点を探っていくのです。学外からの資金を得るために、学内の調整が必要になることもあるでしょう。もし投資者が国際化に高い関心を寄せているとして、まだ大学が国際化に対するアプローチを構築できていないとするならば、学長は研究者とどうしたらその関心に応えられるかを議論する必要があります。こうした会話は、つねにデリケートです。こちらはやるべきことを提案しますが、できないという意見は必ず出てきます。
しかし、そこで妥協するのではなく、辛抱強く実現のための方法を共に考えていく姿勢が必要です。進捗が思わしくない場合は、予算を提示しつつ早く動くように促すことも必要です(笑)。私の経験では、こうしたことはつねに妥協と刺激から成り立っているといえます。そもそも学長が5件の案件を持ち込んだとしても、2件ぐらいしか受け入れられないものです。しかし、それでも一度合意され、動きだすと研究とアイデアの基礎がつくられていくのです。

蓼沼:私も、努力したいと思います。

カルホーン:簡単なことではないですけれどね(笑)。

大学ランキングの問題点とこれを是正する学長の役割

対談風景3

蓼沼:ところで、今の時代は、資金獲得に大学ランキングが大きく影響していると思います。多くの大学ランキングは、学術ジャーナルに掲載された論文数やその引用頻度に依存しています。そうした点での評価は、学術分野の特性や標準的な成果の量について、社会科学分野と理工学分野や医学分野の間では大きく異なるという事実を反映していません。その結果、社会科学系の大学が正当に評価されていないという問題があると思います。この問題については、どうお考えでしょうか。

カルホーン:ランキングについては私も忘れたいところですが、そうはいきません。どのようなランキングにも、その方法論において問題があります。完全に大学を評価できているものはありません。大学の価値を測る時には、論文数や引用頻度、資金調達力、卒業生の進路、大学そのものの認知度など複合的な観点から行われるべきだと思います。しかしながら、中にはデータを取ることが難しい指標もありますから、比較的データが取り易い論文数や引用頻度ということになるのでしょう。
ランキングは学生が大学を選択する際に影響します。でも、ほとんどの学生の関心は、卒業後にどんなところに就職できるかなんですね。しかし、そうした基準で大学はランキングされていません。歪められてしまっています。
この問題について、学長はいくつかの重要な役割を担っていると思います。一つは、前述したとおり資金を守ることです。そして二つ目は外に向けて大学の認知度をあげること。三つ目は、大学の質を高め、維持できるようにクオリティコントロールを行うこと。そして四つ目は、イノベーション。大学はつねに革新的でなくてはなりません。
これはビジネスがそうであるのと、全く違うことではないと思います。たとえばトヨタやその他の有名企業を見てみると、企業は売り上げや資金面同様に評判について神経を使っています。製品に欠陥があれば、企業にとっては大惨事です。評判は傷つき、売り上げも減少するでしょう。ですから、クオリティー・コントロールは不可欠です。ところが、イノベーションをなおざりにして、単に品質ばかりに気をとられていては、人々から見向きもされなくなってきます。大学経営も同様です。

蓼沼:同感です。

カルホーン:ランキングに話を戻すと、大学ランキングは大学の知名度の影響を受けます。そして、質を確保するための内部的なメカニズムと関連する論文数や引用頻度の影響も受けます。LSEでの成果評価では、我々はすべての教授や部局を評価し、彼ら(彼女ら)のやっていることをチェックしており、この取組みを評価している。特に質については、つねに保証できるように心がけています。それは、イノベーションが少しなおざりになりがちなことを意味しています。大学の名声は、質と同じくらいにイノベーションに依っています。優れた大学には質の良い仕事をする人とともに、斬新なアイデアを備えた創造力の豊かな人材もまた必要なのです。
私の意見としては、大学ランキングは正しい指標を基に大学を比較するガイドにはなっていないと思います。いくつかのランキング機関でLSEは最高ランクの評価を得ている一方で、他のランキングではあまり評価されていません。その違いは何でしょうか?いくつかのランキングでは、理系や工学系、医学系の大学と競争していたり、大学の大きさで競っていたりするものもあります。
たとえばQS(QSWorldUniversityRankings)を例にとると、私たちは社会科学分野では高く評価されてはいます。QSはとても狭い範囲で引用分析を行っており、LSEは世界の社会科学の中で2位(2014、15年)に位置づけられています。私たちの上にあるのは、ハーバード大学だけです。しかし、私たちは全体としては低く評価されています。なぜなら私たちは工学・医学の分野などを備えていないからです。しかしだからといって私たちが悪いといえるのでしょうか?違うでしょう。私たちは専門分野では、とても高く評価されています。誰もLSEに医学を学びに来る人はいませんよね。一橋大学だってそうでしょう。一橋大学も専門分野においては、日本でもっともレベルの高い大学の一つですが、工学や医学を学びに来る人はいないでしょう。ランキングは当てになりません。重要なのは質です。

蓼沼:そうですね。

カルホーン:一方で、大学のイノベーションは間接的にしか測定されていません。多くは大学の名声からイノベーションを測定しています。その結果、LSEは世界で22位という評価を受けています。私たちはトップ10に入りたいと思っていますが、22位も悪くはないでしょう。私たちは、多くの名声を少数の教員たちによる創造的な仕事から得ています。私たちの課題は、そうした仕事をどのように把握し、促し、人々の考えを変えていけばいいのかということです。私たちは先ほどアダム・スミスやジョン・メナード・ケインズまたは現代のジョージ・アカロフなどの経済学者について語りました。彼らは単に有名な著作を残しただけではなく、人々の考えを変えました。私としては、学長はそうした大学の中にある新しいアイデアが同僚に影響を与え、社会にも影響を与えることに価値を見出していく責任があると思います。

蓼沼:私もそう思います。難しいことですが、やらなくてはならないことですね。

対談風景4

対談風景5

対談風景6

研究者と学生を獲得する方法論

カルホーン:そのような体制を整えなくてはならないのですが、しかし完璧にはいきません。LSEでは、私の同僚たちは、実績のある著名な研究者を採用する傾向があります。でも私はもっと若い人を採用するべきだと思っています。若い人の中には、特別な可能性を備えている人もいます。それが25歳が適当なのか30歳が適当なのかは分かりませんが、修練を積んだ優秀な若い研究者を採用しようじゃないですか。彼ら(彼女ら)は新しいアイデアをもたらして、大学を繁栄へと導いてくれる可能性を持っています。しかし、そのために大学は彼らに投資を行い、成功を収められるように環境を整える必要があります。55歳の有名な学者を雇うよりも、30歳の若い研究者を雇い、彼らにチャンスを与える。それが大学に良い可能性を与えてくれるでしょう。

蓼沼:LSEは優秀な研究者と学生の獲得に成功しておられますが、何かアドバイスをいただけますか?

カルホーン:それは先人たちがつくり上げたものです。なぜなら私たちは、昔からすでに強力な名声を持っていたからです。私たちができるのは、その名声を維持する、発展させることです。LSEは100年以上も優秀な大学としての名声を保ってきました。その間、研究の質が維持され、社会科学の分野でイノベーティブでもありました。それが多くの人を惹き付け、リクルーティングにもつながっています。またそれ以外の要素もあります。悲しいかなそれは、お金です。

蓼沼:それもありますね。

カルホーン:お金はつねに重要な役割を果たしています。財源を確保していなければ、良い人材の獲得は非常に難しくなります。それは研究者でも学生でも同じです。そして、その予算をしっかり維持することが私の重要な役割の一つでもあります。それは単に高給を提示することではありません。もちろんロンドンは世界の中でも生活費のかかる都市であり、高い生活費を支払うために研究者たちは高い給料を要求しますが、私は彼ら(彼女ら)の研究や、一緒に研究をする博士課程の学生たちを支援することも、重要だと考えています。同僚のレベルが低かったり、研究環境が整っていなかったり、研究に割ける時間が少なかったりしたら、彼らはすぐほかのところに移ってしまいます。つまりそれは、ある程度は財政的な問題ですが、あくまでも一部に過ぎません。なぜなら教員にとっても学生にとってもクラブに入るのと似通ったところがあるからです。学生たちはトップレベルの学生とともに学ぶことで、刺激を受け、大学に所属することを誇りに思うようになります。それが本学の場合は、世界的な広がりになっている。優秀な学生たちは、世界160か国から集まっています。彼らもまたグローバルな教育を求めて本学に集まってきているのです。研究者にとってもグローバルな環境は、とても魅力的なものですね。同様に、研究を共にできる優秀な同僚がいることも魅力です。たとえば経済学の分野では、共同研究が盛んで、共著論文も数多く生み出されています。仲間がいることは、研究者にとって有益なことですね。

LSEの教育システムの特徴と課題

蓼沼:一方で、教育についてはいかがですか。LSEの教育システムの特色についてご教示ください。

対談風景7

カルホーン:学部においてLSEは典型的なイギリスの大学のシステムを採用しており、3年間の教育で高度な専門知識が学べるように体系的に設計されています。それは4年間をかけて多くの異なる分野の科目を学ぶアメリカ型のリベラルアーツシステムとは異なり、3年間でかなり専門性の高いことを学びます。一般にイギリスではかなり専門性に特化した学び方をします。たとえば、経済学専攻であれば経済学を、地理専攻であれば地理を高いレベルまで学ぶことになります。それは望ましいことだと思います。このシステムの弱点としては、柔軟性に乏しいことです。学生が選択の幅や柔軟性を求めた場合、高い質の専門性を担保したうえで、柔軟性を加えなくてはなりません。試験的に4年制を導入することも考えています。なぜならば、学生が海外でも学ぶことを求めるようになっているからです。3年制の場合、学生は海外留学をする時間がありません。4年制導入を検討する。それもイノベーションの一つですね。大学院生については、私たちは広い範囲の修士教育を備えており、成功しているといえるでしょう。しかし、競争はとても激しいですから、市場を注視し続けています。LSEは伝統的に高度に専門的な学位を授与してきましたが、より総合的な学位も求められるようになっています。たとえば近年では、公共政策の領域はとても人気があります。ですから、私たちはつねに市場動向を観察しつつ、こうしたことを考える必要があります。

蓼沼:なるほど。

カルホーン:そこにおける私たち大学運営側の懸念は、教員たちに対し、研究同様に学生教育に価値を見出してほしいということです。私たちのチャレンジは、研究者たちが学生の支援、育成に時間を割くことをいかに動機付けられるかです。研究を推進する傍らで学生が基礎的なことを学んでいても、そこに手を差し伸べられるように。そのバランスを取るように業績評価を工夫する必要があります。
また、教授法が変化しています。最小限のディスカッションで行われる伝統的な教授法は、衰退しつつあります。学生たちが求めるのは、活性化された対話型の講義です。教室の仕様も変わりつつあります。従来の教室は、教員が教室の前に立って床に固定された配列型の椅子に座って講義を聴くというものでした。そして教員は、講義の最中、学生から出た質問に応えるといったスタイルでした。ところが最近では、可変式の教室が人気です。椅子は自由に動かせ、講義室の机はU字型に並べられ、学生同士がお互いに顔を見ながら、話しながら進めるというスタイルです。教員は単に講義を行うのではなく、学生同士のディスカッションを促します。そして、そのスタイルを取り入れることが、学生の知識定着に有効に働くことを知りました。

コミュニティを形成する一橋大学の「ゼミ教育」の特徴

蓼沼:今のお話を聞いて、LSEと一橋大学の教育は似ていると思いました。私たちも高度に体系化、専門化された経済学、商学、法学そして社会学のカリキュラムを備えています。それは、アメリカ型のリベラルアーツシステムとは少し異なります。学部生たちは、卒業までにより高度な専門知識を有するようになります。私たちは4年制のシステムを採用していますが、優秀な学生は3年で卒業要件を満たすことも可能です。その意味でも両校のシステムは似ているといえるのではないでしょうか。ですからぜひ、貴学の学生を一橋大学に送ってください(笑)。

カルホーン:それは興味深いですね。彼ら(彼女ら)に伝えてみましょう。一橋大学という、まるでLSEのような大学が日本にあると(笑)。

蓼沼:また、一橋大学にはドイツの教育を起源としたゼミナール教育というのがあります。それぞれのゼミナールは10人程度の少数精鋭制です。これは講義形式とは全く異なります。各学生のプレゼンテーションを基にディスカッションを行い、教員は全体をリードするのみです。

カルホーン:私はその授業スタイルを気に入りましたし、学生たちもとても気に入ることでしょう。

蓼沼:私たちのゼミナールは、単に授業というだけでなく、人間同士のつながりをつくっています。学生同士のつながりであり、学生と教員との強固なつながりがゼミナールシステムを通して醸成されていき、この関係性が生涯にわたり続くこともあります。

カルホーン:学生間の結束性の高いコミュニティを形成する、一橋大学の極めて独自性の高いシステムですね。それは少しアダム・スミスの「道徳感情論」の発想に似ている(笑)。

蓼沼:同窓会組織も結束しています。同士の意識が高いのです。

カルホーン:多くの点で、一橋大学を見習う必要がありそうです。LSEには、同窓会組織を形成するという伝統がありません。学生たちはそれぞれに特出した経験を持つようになりますが、私たちはそれを知る術がありません。多くの場合、卒業生たちは世界中に散らばります。そうした卒業生たちと接触を図ることは、かなり困難です。それでも努力すべきなのでしょうね。卒業生たちのコミュニティを構築する方法を、ぜひ一橋大学に教えてほしいと思います。

蓼沼:LSEの教育システムを知れば知るほど、両校の協力関係をさらに強めたいと思いました。私たちはすでにレクチャーシリーズ、研究者同士の交流や小規模な教育交流を始めています。それをさらに広げたいですね。特に学生交流を推進したいです。私たちには、教育システムの類似性という利点がありますから。

カルホーン:素晴らしいですね。

一橋大学とLSEのさらなる交流の可能性

対談風景8

蓼沼:そのためには、まずはお互いの教育システムの質を確認し、クラスや講義のレベルを調整していく必要がありますね。それが整えば後は発進するだけです。

カルホーン:そうです。私もあなたのアイデアを歓迎します。さらに話し合いを進めて交流を深め、二つの大学のコラボレーションを進めていきたいですね。レクチャーシリーズなどを通して、LSEと一橋大学の研究者同士が交流を深め、お互いに信頼関係を構築し、それを学生交流に広げていければ素晴らしいと思います。教員たちが安心して学生を送り出せるような関係づくりが重要ですね。
私の同僚のジャネット・ハンターさんが私の元に来て、とても一橋大学を褒めていました。このように研究者たちがお互いのキャンパスを行き来することで、より良好な関係性を築いていく必要があると思います。やはり学生を送り出すのは、教員たちですから、教員同士の信頼関係づくりが欠かせないのだと思います。

蓼沼:そうですね。4年制の学部教育を始められることになったら、ぜひ一橋大学を身近なパートナーとして考えていただきたいですね。

カルホーン:1年間の留学プログラムですかね。

蓼沼:そうですね。

カルホーン:それは素晴らしい試みですね。私たちが一橋大学とこのような話し合いができたことは喜ばしいことです。私の同僚たちも同意してくれることでしょう。

蓼沼:多くの一橋大生たちは、LSEで学ぶことを切望しています。彼ら(彼女ら)にとって、このうえなく貴重な経験となるでしょう。

カルホーン:そのように言っていただけてとても嬉しいですね。事実、例年何名かの一橋大学の卒業生が本学の修士課程で学んでいますが、いい経験になっていると思います。そして、このような関係性を発展させられるのは大変喜ばしいことです。とりわけこれからの時代は、ますます修士号などの上位学位の取得が、さまざまな仕事やキャリアを考えるうえで重要な意味を持ってくると思います。一橋大学の卒業生たちが修士課程を学ぶ先としてLSEを選んでくれれば嬉しいですね。

対談風景9

蓼沼:研究という点においても、昨年、一橋大学社会科学高等研究院という高度な研究を行う機関が開設されました。非常に柔軟性のある研究組織で、数か月から1年単位の短期滞在による研究者も歓迎しています。

カルホーン:それは素晴らしいですね。

蓼沼:LESからの研究者も、心より歓迎します。

カルホーン:ありがとうございます。ちょうど私たちも近年の日本の経験を精査する研究を強化しようと思っていたところなのです。

蓼沼:私たちは日本経済に関する充実したデータを備えています。経済研究所では長期経済統計を収集・整理しており、それらは明治時代から現代に至るものです。

カルホーン:とても興味深いですね。

対談風景10

蓼沼:LSEの研究者の方々にも関心を持ってもらえるのではないかと思います。

カルホーン:日本ということもそうですが、一般的に長い間蓄積されているデータは不足していると思いますので、研究者たちにとっても、とても貴重な資産だといえます。

蓼沼:LSEの何人かの研究者は日本経済に関心を持っていますし、日本経済以外にも関心はあると思います。

カルホーン:長期価格統計のようなものは、非常に貴重なデータですね。

蓼沼:日本の歴史は、非常に面白いのです。明治期には西洋の技術が入ってきて、急速な経済発展を遂げました。しかし、第二次世界大戦で廃墟となり、そこから新しい政治と経済が始まりました。日本の経済は、いくつもの大きな変化を経験しています。それを長期的に見るととても興味深いものがあります。

カルホーン:おっしゃるとおり、長期統計は興味深いですね。一方で、短期統計も面白いと思います。ここ数年の世界の変化も見逃せないです。

蓼沼:そうですね。しっかり見てみましょう(笑)。

カルホーン:良い結果であることを願いましょう。今日、世界は相互に依存しています。私たちは日本の成長が世界の成長に波及することを期待しています。

蓼沼:私たちもそう願っています。本日はどうもありがとうございました。

カルホーン:こちらこそ、ありがとうございました。

最後に
今回のトップ対談記事では、紙面の関係上、多岐にわたった話題の中からグローバル時代の大学経営についてを抜粋し、掲載いたしました。対談ではこのほか、社会科学の責任などについても触れています。よって次号『HQ』第48号の「時代の論点」にて、残りの内容についてお届けしたいと思います。

(2015年7月 掲載)