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オープンアクセス実現に向け、重要な役割を担う一橋大学附属図書館

2018年10月24日 掲載

一橋大学機関リポジトリ「HERMES-IR」を活用し、社会への還元を目標にオープンアクセスを推進

オープンアクセスとは、質の保証された学術情報をインターネット上で公開し、誰でも無料でアクセスできるようにすることである。
その意義は、個々の学術論文の可視性を高めることで学際的な研究やイノベーションの創出を促し、その成果を社会に還元することにある。著者自身にとっても、論文へのアクセスが増え、引用される機会につながるといったメリットがある。
オープンアクセスの実現方法の一つに、出版社、学協会、大学内の部局等が発行する学術雑誌に掲載された学術論文を、大学等の機関ごとに整備が進められている「機関リポジトリ」と呼ばれるデータベースに登録し、インターネットを通じて世界に発信する方法がある。
一橋大学においても、2007年に公開された一橋大学機関リポジトリ「HERMES-IR」が、その役を担っており、一橋大学附属図書館が主体となり、学術論文だけでなくワーキングペーパー、研究報告書といった教員の研究成果も発信している。2017年10月19日には「一橋大学オープンアクセス方針」を策定し、ますますこの取組みは加速している。

電子ジャーナルとは異なる公開方法として世界的な潮流となったオープンアクセス

オープンアクセスの背景の一つには電子ジャーナルの登場がある。
1990年代に入って学術雑誌の電子ジャーナル化が進むと、教員が紙の雑誌をもとに研究を進めるというスタイルが一変。各大学の図書館が電子ジャーナルの出版社と有償のライセンス契約を結び、教員はインターネットを通じて、研究室にいながらにして学術情報にアクセスできるようになった。
その利便性の一方、課題として1980年代から続く学術雑誌の価格上昇が挙げられる。学術論文は代替不可であり、市場において競争原理が働きづらい。加えて、学術論文の50%が大手3社から出版されるというように学術情報の寡占化が進み、学術雑誌の価格高騰は世界中で問題となっている。研究成果の社会への還元にも、大きなコストが生じている。
そこで研究者や大学図書館を中心に、学術論文をインターネット上で無償公開するオープンアクセスの機運が高まった。様々なプロジェクトや声明を受け、2002年頃から、欧米の大学を中心に機関リポジトリを整備する動きが盛んになった。また、納税者への説明責任の観点から、アメリカ国立衛生研究所(NIH)、英国研究会議(RCUK)といった研究助成団体も、「公的資金による研究はオープン化し、一般社会に還元すべきである」というスタンスのもと、オープンアクセスに積極的に取り組んでいる。日本においても、2011年の第4期科学技術基本計画で教育研究成果のオープンアクセス化を推進することが示されており、学術情報のオープンアクセスは今や世界的な潮流となっているのだ。

教員の研究の先進性を担保するために大学の機関リポジトリが果たす役割

オープンアクセスという一大潮流において、大学の機関リポジトリが発信源になり、研究成果を迅速に公開できることもメリットのひとつだ。通常、学術論文は教員本人の推敲はもちろん、大学内外の査読を経て発表される。しかし一方で、物理学や生物学などの自然科学分野では、「論文」となる前の「プレプリント」の段階でいち早く先進的なアイディアを発信することもある。つまり査読に半年から1年――あるいはそれ以上の時間――もかけてしまうと、自らの研究の先進性が担保されなくなる。自然科学において先進的な研究を多数手がける大学においては、一瞬の情報発信の差が、ときにはノーベル賞の行方さえ左右する。そんな焦燥感を持つ教員が少なくない。
一橋大学では、経済学分野のディスカッション・ペーパーやワーキング・ペーパーを機関リポジトリから発信したり、「Hitotsubashi Journal of Economics」で冊子刊行前の論文をArticles in Pressとして機関リポジトリからいち早く発信するという対応をしている。機関リポジトリを通じたオープンアクセスは、研究の先進性担保の意味でも重要な役割を担っている。

教員のニーズを踏まえ、学術出版との共存を図ることがイノベーションを加速化させる

もっとも、大学の機関リポジトリによるオープンアクセスが、教員のすべてのニーズに対応しているわけではない。
世界的なブランド力を持つジャーナルに論文が掲載されること。その結果、論文の引用頻度が上がること。これらは特に新進の教員にとって、自らの評価を上げ、キャリアを構築するうえで重要なポイントとなる。学術情報の寡占化の現状を鑑みても、オープンアクセスがすぐに出版社の代替機能を持つことは難しい。
また出版社側も、オープンアクセスに向けて独自の動きをとっている。近年、論文の著者から投稿料を徴収する、いわゆる著者支払い型のオープンアクセスが進行中だ。
機関リポジトリによるオープンアクセスを、学術出版社への「対抗措置」と位置づけるのではなく、両者が共存しながら教員の研究をエンカレッジし、イノベーションの加速化につなげていくことが肝要である。

社会科学分野での知見を世界に発信するための「HERMES-IR」

前述のとおり、一橋大学は2017年の秋、すでに「一橋大学オープンアクセス方針」を策定している。国内では自然科学系を有する総合大学において先行事例はあるものの、社会科学系での取り組みはまだまだこれからだ。その中で一橋大学が早々にオープンアクセス方針を策定したのは、機関リポジトリ「HERMES-IR」を活用すれば社会科学分野での知見をより効率的に世界に発信できる、という点を重視したからだ。研究成果の社会への還元を第一義とする一橋大学にとって、ある意味では当然とも言える決断だ。
現状は、教員の協力を得て主に学術論文を収集しながらインフラ整備を進めている。一方で、「HERMES-IR」の価値を理解した教員の中には、論文と言わず、シンポジウムでの発表に使った資料なども順次公開、自身の研究活動のプロモーションに活用している人もいる。また、たとえば一橋大学地中海研究会は、2~3年に一度のペースで刊行している研究会雑誌『地中海論集』をすべてデータ化。英・独・仏・伊・アラビア語などで執筆された同誌のコンテンツは、世界各地に多くの読者を得ているという。
見えなかった研究成果を可視化し、イノベーションを加速化させる。そんなオープンアクセスのメリットを最大限に活かすため、社会科学分野で先陣を切った一橋大学の役割は大きい。

折衝、メタデータ整備、最新テクノロジーへの対応...附属図書館が果たすべき役割は大きい

オープンアクセスの主たる担い手である一橋大学附属図書館は、新しい仕組みを構築するためにさまざまな取り組みを行っている。
たとえば、発表済みの論文を「HERMES-IR」で公開するためには、出版社の許諾を得る必要がある。教員にとってこのような実務がハードルとなる場合は、図書館が支援を行っている。各大学の図書館のネットワークを駆使して、許諾に関する情報を収集。スムーズな著作権処理を進めるのだ。
また、今までとは違ったノウハウを鍛え、蓄えなければならない側面もある。「研究成果を外部に発信する」ための、新たなスキルが求められるからだ。論文は、ただ「HERMES-IR」に置いただけでは世界に拡散しにくい。インターネット上で検索されるようなキーワードを意識したメタデータの整備や、迅速・広範かつ正確に論文を流通させるためのデジタル識別子の付与などが重要となる。
大学内外との折衝を進めながら、秒単位で変化するトレンド、進化するテクノロジーにキャッチアップすることが、これからの図書館には求められる。一橋大学の推進するオープンアクセスを、社会への還元に昇華させるうえで、一橋大学附属図書館のパフォーマンスは重要なカギを握っているのだ。