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バランスシートと数字と戦略で夢を語れるリーダーを育成したい

  • 一橋大学CFO教育センター長/商学研究科特任教授伊藤 邦雄

2015年夏号vol.47 掲載

伊藤邦雄特任教授

「失われた20年」といいますが、日本企業は長期にわたって持続的低収益性を経験してきました。何が問題だったかというと、資本の生産性(効率性)が世界の主要国と比べて大きく見劣りがしてきたことです。資本生産性の指標であるROE(自己資本利益率)を他国と比べると日本企業のROEは低位に集中しています。イノベーション創出力では国際的に高い評価を得てきた日本企業が、他方で持続的低収益性に陥るといった、深刻な矛盾を長く抱えてきたという「不都合な現実」から目を背けてはなりません。
では、なぜこんな事態が起こったのでしょうか。一つの仮説は、CEO(最高経営責任者)の「女房役」であるCFO(最高財務責任者)人材の蓄積が不足していたということです。つまり、財務や会計の専門家はいても、CEOに物申せる洞察力とリーダーシップを持った人材、本当の意味でのCFOが少なかったことです。先日会った、日本の事情に詳しい、私の友人でもあるアメリカ人の投資家は、「日本には『スーパー経理部長』は多いが、本当のCFOは少ない。本来のCFOは戦略の策定に深く絡むべきだが、日本ではそうしたことはほとんどない」と喝破していました。
根本的な問題は、CFO人材が欠乏する中で行われてきた日本企業の経営意思決定と戦略策定は、果たしてレベルが高かったのか、ということです。

2014年8月に、1年にわたる議論を経て経済産業省から公表した「伊藤レポート」でも日本のCFO人材の蓄積の薄さを指摘しています。座長としてまとめたレポートですから、評論家的に書きっぱなしでは済まないと覚悟を決めました。一橋大学が主体となって実行に移す、それもオールジャパンで実践に移す必要があると考えました。そこで、日本取引所グループ、東京証券取引所とともに、連携プログラムとして始めることになったのです。一橋大学としては、社会からの期待、要請に応える産学連携のシンボル的なものになります。
2015年1月に一橋大学CFO教育研究センターを創設しました。センターはCFOのエグゼクティブ教育を企画・運営します。そのプログラムが「一橋大学財務リーダーシップ・プログラム」(HFLP:Hitotsubashi FinancialLeadership Program)です。また同時に、企業価値創造が長期的に低迷してしまった本当の要因や、日本企業の企業価値を高めるのに必要なものを研究することもミッションとしています。たとえば、企業と投資家との対話・エンゲージメントの重要性が言われていますが、どういう対話が企業価値を高めるのかは、まだブラックボックスと言っていいでしょう。こうした研究とエグゼクティブ教育とが連鎖していい循環で回っていくようにしていきたいと思います。

アメリカでは、取締役会の過半を外部の人間が占めていて、内部の人間はCEOとCFOぐらいです。見方を変えれば、この2人が会社の経営を担う極めて枢要なポジションにあることを示しています。言い換えれば、CFOは次のCEOを狙うポストでもあります。ところが、日本ではCFOから社長になるケースはあまりありません。数字ばかり見ている人が経営者としてやれるのかという、引っかかりがあるのです。つまり、数字が分かるだけでなく、視野が広く、洞察力を持って人を動かしていくリーダーこそが大事なのです。こうしたリーダーシップの本質を追究していきます。
上場企業が守るべき行動規範を示したコーポレートガバナンス・コードでは、社外取締役を複数入れるよう提言していますが、経営の基本は「自律」であって、経営陣が自らを律するのが基本にあるべきです。それを補うのが社外役員による「他律」です。その自律をきちんと行っていくうえでもCFOの育成が欠かせないのです。
社長・CEOは投資家に会社の夢を語ります。しかし、夢だけでは投資家を納得させることはできません。他方で、CFOは自社のリソースをどう配分してどのように企業価値を高めていくかという、資源と戦略と数字とを絡めた企業価値創造のシナリオを客観的に示します。この両者があいまって初めて説得力のあるシナリオができるわけです。
対話の場としての株主総会の活性化も重要でしょう。それにより、個人投資家がもっと中長期的な投資をするようになれば、企業価値創造の恩恵を家計が受けるようになります。さらに、企業価値の拡大は年金資産の増加にもつながり、年金額削減といった負のスパイラルからポジティブループへと好転する可能性が見込めます。その意味で、個人投資家に対するある種の教育的効果を生むことも意識しています。

数字を語れる人は世の中にゴマンといますが、数字やバランスシートで夢やストーリーを語れる人は少ないのが現実です。逆に数字で人を追い込んでしまう人さえいます。追い込むのではなく、牽引するほうに数字を活用するのがリーダーシップです。たとえば、プランの実現に向けて担当部署と一緒になって考え、戦略実現のために適切なリソース配分をサポートするといった方向で数字を使う姿勢がCFOには必要になります。リーダーには、客観的に情勢をとらえ数字で夢を語れる資質が求められるのです。(談)

(2015年7月 掲載)