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一橋大学CFO教育研究センター発足とHFLPの開始 ─日本企業の弱点克服に産学連携で対応する

2015年夏号vol.47 掲載

2015年3月18日(水)、一橋講堂で第4回一橋大学政策フォーラムが開催されました。テーマは、「ショートターミズムを克服する企業価値創造力」。このフォーラムは、一橋大学CFO教育研究センター設立記念シンポジウムを兼ねて開催されたものです。
「失われた20年」という言葉があるように、日本企業は企業価値創造どころか、デフレにもがき苦しんできました。それに大学としてどう対応するか?
一橋大学では、持続的な企業価値創造をしていくために必須となる経営者の資質やそのあり方を研究し、新時代のエグゼクティブを育成することを使命として一橋大学CFO教育研究センターを設立しました。
このフォーラムでは、その方向性をはっきりと示しています。

斉藤惇氏

斉藤惇氏

伊藤邦雄

伊藤邦雄
一橋大学CFO教育研究センター長

加賀谷哲之准教授

加賀谷哲之准教授

三瓶裕喜氏

三瓶裕喜氏

浦田晴之氏

浦田晴之氏

山田義仁氏

山田義仁氏

企業経営に関わるグローバルな議論

現在、資本市場や企業の短期主義志向(ショートターミズム)やコーポレート・ガバナンスの強化、企業と投資家の対話・エンゲージメント、企業の情報開示・報告のあり方等の見直しが、国際的な議論となっています。たとえばイギリスでは、国内企業の長期的なパフォーマンスを向上させるための資本市場や投資家の役割について分析、提言した「ケイ・レビュー」が公表され大きな影響を与えていますし、アメリカではアクティビスト(モノ言う株主)の存在感が高まっています。また、企業と投資家の対話の基礎となる情報開示や報告の分野でも、新たな動きが見られるようになりました。
日本でも、マクロ経済環境が好転しつつある中で、企業が中長期的な収益構造を確固たるものにし、資本市場においても持続的な利益を得られるような好循環を生み出していくことは大きな課題です。海外機関投資家等も、日本市場の先行きや今後の企業と投資家との関係のあり方に、多大な関心と期待を持って注視しています。

「失われた20年」を生んだ日本の課題

残念ながら日本企業の過去20年は、持続的な企業価値創造とは対極にありました。その原因として考えられるのが、長期的視野で事業をとらえ経営を構想して企業価値創造をリードする人材が十分に育っていなかったこと、その人材の蓄積が不足していたことです。中でも最高経営責任者(CEO)の女房役であり参謀として機能する最高財務責任者(CFO)が育っていないことが大きな課題と考えられます。
2014年8月に公表された"伊藤レポート"『持続的成長への競争力とインセンティブ──企業と投資家の望ましい関係構築──』(座長:伊藤邦雄商学研究科教授〈当時〉)でも、中長期的な企業価値創造のためにCFO人材の育成が急務であることが指摘されています。
ちなみに"伊藤レポート"は、企業が投資家との対話を通じて持続的成長に向けた資金を獲得し、企業価値を高めていくための課題を分析しています。そして、企業と投資家の「協創」や中長期的にROE(自己資本利益率、Return on Equity)向上を目指す「日本型ROE経営」、全体の最適化に向けたインベストメント・チェーン変革などを提言。さらに、経営者と投資家による「最高の対話」の促進とその実現に向けて「経営者・投資家フォーラム(MIF)」の創設等の提言も行っています。

設立記念フォーラムで課題を深掘り

シンポジウムの様子

一橋大学では、こうした背景を重く見て、2015年1月に一橋大学CFO教育研究センターを設立。その設立記念フォーラムで、「ショートターミズムを克服する企業価値創造力」というテーマを取り上げたのです。そこには金融危機を契機として、証券市場におけるショートターミズムが企業のイノベーション活動やリスクテイク活動にネガティブな影響を与えている可能性があるという問題意識がありました。
フォーラムは、株式会社日本取引所グループ(JPX)取締役兼代表執行役グループCEO(当時)の斉藤惇氏の特別講演「持続的成長の実現に向けて〜資本市場からの期待〜」、一橋大学CFO教育研究センターの伊藤邦雄センター長の基調講演「ショートターミズムを克服する対話と企業価値創造」に続いて、パネルディスカッション「投資家と経営者との建設的な関係構築に向けた課題と展望──CEOとCFOの連携による企業価値創造」が行われました。モデレーターは伊藤邦雄センター長、パネリストはオムロン株式会社代表取締役社長CEOの山田義仁氏、オリックス株式会社取締役兼代表執行役副社長・グループCFOの浦田晴之氏、フィデリティ投信株式会社ディレクターオブリサーチの三瓶裕喜氏、一橋大学大学院商学研究科の加賀谷哲之准教授の4人。
国内外のショートターミズムをめぐる市場動向や最新の研究成果を前提として、CEO、CFO、投資家、研究者がそれぞれの立場から、日本企業がショートターミズムを克服して持続的な企業価値創造を果たしていくうえで何が求められるかについて議論を行ったのです。とりわけ、経営者と投資家との建設的な関係を構築するための対話のあり方等について積極的な論議が行われました。

HFLPならではの3つの特徴

一橋大学CFO教育研究センターは、日本企業の成長に欠かせないCFO人材の養成に向けて、日本取引所グループ、東京証券取引所と連携して「一橋大学財務リーダーシップ・プログラム」(HFLP:Hitotsubashi FinancialLeadership Program)を開始しました。このプログラムは、一橋大学CFO教育研究センターが企画し、一橋大学コラボレーション・センターが運営します。
ここでは、持続的な企業価値創造を実現するために長期的視点で経営を深く構想し、企業を本質的に変革させることができる価値創造リーダーの育成を目指しています。そのためにこのプログラムでは、次の3つの特徴が盛り込まれています。

  1. 財務リテラシーにとどまらず、経営哲学、戦略、組織、法律、金融、M&A、資本市場など企業価値創造に関連した最先端の知識・スキルを横断的に修得する。ケース・スタディーや、CEO・CFOとの率直で真剣な対話・討議を通じて、いかに「稼ぐ力」を高め、持続的価値を創造するかというテーマを追求する。
  2. 企業価値創造をめぐる最先端の研究成果をプログラムに反映させている。一橋大学大学院商学研究科が、国内外の一流研究者や海外のトップビジネススクールとの連携を通じて生み出した、最先端の企業価値創造に関する理論的研究成果をプログラムに反映させていく。
  3. 日本における企業価値創造をめぐる濃密な人的ネットワークの構築を目指す。企業価値創造の最前線で活躍するCEOやCFOに加えて、機関投資家、投資銀行家、資本市場運営者、証券アナリスト、M&Aアドバイザー、公認会計士、弁護士などを講師として招聘し、異業種交流を含めた濃密なネットワークが構築できる場づくりを意識したプログラムを展開する。

表1:HFLP対象者とコンセプト

【表1】HFLP対象者とコンセプト

企業価値創造の視点は、CFOのみに必要なものではありません。持続的な価値創造には、事業の現場の隅々にまで価値創造の視点をいきわたらせ、共通認識とすることが欠かせません。
近年では、金融規制や会計・開示規制の増大にともない、コンプライアンス業務が拡大しています。ところが、事業の現場を担う事業部門・事業部と対話しながら、全社最適の観点で事業現場の価値創造を推進させる「門番」としての役割を果たす次世代の経営人材(CEO、CFOやその他役員)が十分に育成できていないとの指摘があります。また、M&Aなど事業部門・事業部のリーダーの観点からも価値創造のための知識・スキルの修得が不可欠になりつつあります。そこで、HFLPでは、FLP A(現CEO、CFO、役員等)、FLP B(次世代CFO、経営者等〈部長クラス等〉)、FLP C(次々世代CFO、経営者等〈課長クラス等〉)、FLP D(事業部門長・事業部長等)の4つのクラスで4つの対象者向けのプログラムを展開しています。(表1参照)

5つのカテゴリーからなるカリキュラム

表2:HFLPカリキュラムの特徴

【表2】HFLPカリキュラムの特徴

長期的・本質的な改革を構想し、それを牽引する価値創造リーダーの育成に向けて、次の5つのカテゴリーの講義を準備、各対象者のニーズを踏まえてそれらのカテゴリーを最適に組み合わせたカリキュラムを設定しています。(表2参照)

  1. 現役CEO/CFOないしは価値創造の実績のある有力CEO/CFOとの対話を通じて、双方向で価値創造をめぐる議論を実践する「CEO/CFOレクチャー」
  2. 金融プロフェッショナルの講演及び彼らとの討議を通じて、自社が価値創造の観点からどのように映っているのかを深く認識し、それを変革させるための示唆を獲得する「フィナンシャル・プロフェッショナル・レクチャー」
  3. 教員と受講者が少人数で企業価値創造をめぐって討議し、価値創造シナリオの策定を目指す「ワークショップ」
  4. 実務の最前線で活躍するプロフェッショナルによる実践的な知識・スキルを修得する「アドバンスト科目」
  5. 価値創造リーダーに不可欠となる実践的な知識・スキルを修得する「コア科目」

講師陣も魅力的です。伊藤邦雄センター長をはじめとする商学研究科の金融、経営の専門研究者陣に加えて、日本を代表する企業のCEOやCFO、投資家、アナリスト等からなる学外講師が教育にあたります。さらにアドバイザリー・ボードも各界のトップ人材20人、と充実しています。

「一橋大学財務リーダーシップ・プログラムへの期待」

レネケ・テレザさん

清田 瞭氏

株式会社日本取引所グループ
代表執行役グループCEO

日本経済がさらなる発展を遂げていくためには、その構成員たる日本企業が持続的な成長を実現していくことが必要です。そして、日本企業が持続的成長を実現していくためのカギとなる重要な要素の一つが、CEOの経営判断を財務的な視点からサポートする優秀なCFOの存在です。
CFOは、CEOとともに経営チームの一員となって企業価値向上を目指すという責務を負っています。しかしながら、日本ではまだ、CFOは、財務・経理の専門家、いわば「わが社の金庫番」と位置付けられていることが多いように思われます。本来CFOには、財務の健全性を維持するという守りの役割だけでなく、許容可能な範囲内でリスクテイクを促すことで価値創造を目指すという攻めの役割も求められます。CFOにはCEOと同等の高い経営能力が求められていると言えるのです。
「一橋大学財務リーダーシップ・プログラム」は、CFOの教育に正面から向き合う大変意義深い取組みです。本プログラムを通じて、将来の日本経済を支える、日本企業の中核となる人材が多数育っていくことを願っています。
私ども日本取引所グループ及び東京証券取引所は、本プログラムと連携し、運営に協力していくことで、日本企業のさらなる価値創造を支援してまいります。

一橋大学政策フォーラム一橋大学CFO教育研究センター設立記念シンポジウム

「ショートターミズムを克服する企業価値創造力」

日時:2015年3月18日(水)14:30~18:00
会場:一橋講堂

特別講演「持続的成長の実現に向けて~資本市場からの期待~」

斉藤惇氏 株式会社日本取引所グループ取締役兼代表執行役グループCEO(当時)

基調講演「ショートターミズムを克服する対話と企業価値創造」

伊藤邦雄 一橋大学CFO教育研究センター長

パネルディスカッション「投資家と経営者との建設的な関係構築に向けた課題と展望-CEOとCFOの連携による企業価値創造」

モデレーター 伊藤邦雄 一橋大学CFO教育研究センター長
パネリスト 山田義仁氏 オムロン株式会社代表取締役社長CEO
浦田晴之氏 オリックス株式会社取締役兼代表執行役副社長・グループCFO
三瓶裕喜氏 フィデリティ投信株式会社ディレクター オブ リサーチ
加賀谷哲之 商学研究科准教授

※所属・役職はフォーラムが開催された3月18日現在のものを表記しています。

(2015年7月 掲載)