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夜の一橋、学びの最先端

2015年秋号vol.48 掲載

企業の精鋭たちは、何を求めて都心のキャンパスに通うのか

一橋大学大学院国際企業戦略研究科(International Corporate Strategy:ICS)「経営法務コース」、「金融戦略・経営財務コース」には、企業の最前線で活躍中の社会人学生が集まっている。しかし"活躍中"の精鋭だからこそ、平日の夜間に大学院に通うことは決して容易ではない。むしろ負荷と言えるだろう。それでも彼ら・彼女らが通い続けるのはなぜか。そこには最先端の研究があり、有益なネットワークがあり、そこでつねに自分を高めたいという強い意志があるからだ。

理論と実践が高いレベルで融合した二つの社会人対象コース

一橋大学大学院国際企業戦略研究科(以下一橋ICS)は、一橋大学の六つ目の大学院研究科として、東京・大手町地区付近の千代田キャンパス(学術総合センター内)に設置されている。2000年にスタートした三つのコースのうち、企業等で働く社会人を主な対象としているのが、今回紹介する2コース、「経営法務コース」と「金融戦略・経営財務コース」だ。
「経営法務コース」は、高度で実務的な法学教育を行うという目的のもと、会社法、経済法、知的財産法、金融法、労働法、租税法など"ビジネス・ロー"に特化した数々の科目が用意された社会人向け大学院だ。
「金融戦略・経営財務コース」は、ビジネスの現場で活用できる金融の知識と技術を有する人材の育成を目指し、「計量ファイナンス系」と「経営財務系」の2分野を有するMBAコースがあり、学習目的に応じて学ぶことができる。
ともに2年間の修士課程に加え、博士課程も有しているので、「2年間で集中的に学んだことをすぐにビジネスの現場で使いたい」「より深く学ぶことによって専門職への道を拓きたい」等、さまざまな志向に応えることができる。
また両コースとも、各科目における最先端の理論の研究者や、豊富な経験を持った──あるいは現在も活躍中の──実務のプロフェッショナルが教員として密接に協力し合いながら、ビジネスに活用できる実践的な"学び"を提供している。
いわば「理論と実践のインテグレーション」が、ここにはある。

一橋ICSの様子1

一橋ICSの様子2

一橋ICSの様子3

ビジネスの中心地で、平日夜間・2コマにわたって行われる授業

授業時間帯は、月曜日から金曜日の18時20分〜19時50分/20時〜21時30分という2コマで行われる。ビジネスの中心地である東京・大手町や丸の内にほど近い好立地のもと、意欲溢れる社会人学生をキャンパスに迎え、平日夜間の大学院として最先端の知識・技術を提供している。
それが今回「夜の一橋」と銘打った所以だ。

さまざまな志望動機・バックグラウンドを持った社会人学生が集まる空間

一橋ICSに通う社会人学生の志望動機やバックグラウンドはさまざまだ。
「経営法務コース」では、数のうえでは企業の法務部門等に所属している学生が多いが、企業で企画部門に携わる人、公務員、新聞記者など多士済済である。一橋ICS修了生として、法律の分野に軸足を置きながら事業戦略・経営戦略に携わる人も増えてきている。ビジネスに直結した法律を体系的に学び、より俯瞰したポジションで活躍したい向きには最適な環境と言える。また、弁護士・弁理士など、法律のプロフェッショナルが自らの専門性をさらに磨くために通っている。
「金融戦略・経営財務コース」の場合、たとえば金融戦略については、現在金融商品の開発に直接携わっている人はもちろん、定量データの分析等数学的バックグランドを有する人にとって、体系的で厳密なファイナンスのフレームワークを短期間に徹底的に習得することで、今後変化していく金融市場に対応できる知的能力を磨く絶好の機会となる。

最先端の理論、人的交流など、社会人ならではの大きなメリット

大学院入学時の学生の業種のグラフ(左:経営法務コース右:金融戦略・経営財務コース)

大学院入学時の学生の業種
左:経営法務コース※過去5年間のデータ(2014年3月現在)
右:金融戦略・経営財務コース※過去2年間のデータ(2015年6月現在)

次頁以降で紹介する修了生には、一橋ICSで学ぶメリットを、それぞれの経験をもとに率直に語っていただいている。
まず全員が挙げているのが、最先端の理論について各分野の教員(研究者及び実務家)から学べることだ。「経営法務コース」であればビジネス・ローをベースとした知財戦略やグローバル・ビジネス・ロー等、「金融戦略・経営財務コース」であればファイナンス理論や財務戦略等を、古色蒼然とした抽象論ではなく、つねにアップデートされた戦術の形で吸収することができる。なお、両コースの科目はお互いに選択できるので、在籍するコースで専門的に学びながら、同時に総合的に学び、新しい知見を得ることも可能だ。
また、修士論文の存在も大きい。教員に貴重なアドバイスを仰ぎながら、自らの論理的思考力をブラッシュアップするうえで最適なプログラムだったと、修了生は口を揃えて語る。
最後に、人的ネットワークの構築という側面も見逃せない。さまざまな分野で経験を積み、キャリアを築いてきた社会人学生が机を並べて学習し、ゼミでは意見を戦わせる。そんな2年間を過ごすことによって、学生同士、そして学生と教員の間にも新しい関係が生まれ、修了後は公私両面にわたるネットワークが起動する。
働きながら大学院に通うことは、決して簡単なことではない。しかし、だからこそ得られるものも大きい。それを自覚する社会人学生が、今夜も「夜の一橋」に通い続ける。

経営法務コース

知財のプレゼンスを高める、重要な自己啓発の場

森田 拓氏

森田 拓氏

アステラス製薬株式会社
知的財産部長

時代に合わせたブラッシュアップの必要性

私は一橋ICSの存在を、弁理士会による修士の募集で知りました。2005年の秋頃です。同年の4月、私が勤めていた山之内製薬が藤沢薬品工業と合併して、アステラス製薬が設立されました。所属も特許部から知的財産部に換わり、1989年に取得した弁理士の資格を、そろそろブラッシュアップしなければならないと感じていました。
仕事が忙しい中で2年間も通っていいものか悩んだのは事実です。しかし、特許や知的財産に関する社会的認知度が上がり、毎年のように法律も変わる中、集中して学び直す環境に身を置かなければ、という危機感もありました。そこで思い切って当時の部門長に相談し、一橋ICSに通うことにしたのです。

教員や学生との貴重な出会い

ほかの社会人向けの大学院と違い、一橋ICSはビジネスに絞ってさまざまな知見を得ることができます。たとえば私が履修した「知財戦略講座プログラム」では、日常業務で断片的に関わっていたことについて体系的に学べました。教授の相澤英孝先生は、私たち学生が目の前のテーマに取り組む姿を俯瞰しながら、ビジネスと学問を結びつける示唆をたくさんくださる方です。そんな教授に師事することができたことは大きな収穫でした。
知り合えたという意味では、一橋ICSに通う人たちとの出会いも良い刺激になりました。さまざまな経歴を持っていて、向学心が強い人たちばかりですので、心地よいプレッシャーをもらい、アドレナリンが出る思いでした(笑)。ひたすらに真理を突きつめる理系とは違い、論理の落としどころを重視する文系の思考に接することができたのも貴重な経験です。
製薬の世界は国際競争が激化する一方なので、今後どんどん対応スピードを速めていかなければならないでしょう。その事業の中で知的財産部門の存在価値を高めるためには、私たち知財に関わる人間の自己啓発は欠かせません。部門のメンバーが一橋ICSで学びたいと手を挙げたら、OBとしてできるだけサポートしていきたいと考えています。(談)

学術・実務、双方の最前線に触れる

近藤明日香氏

近藤明日香氏

株式会社日本経済新聞社
FT事業室兼グローバル事業局

企業と株主の関係が変わってきた時期に入学

2008年から2010年まで修士課程に通いました。一橋ICSに入ったのは、社内で実施されることになった国内留学制度に手を挙げたことがきっかけです。「それならぜひ法律を学んでほしい。実務の視点を重視している一橋ICSが最適ではないか」という上司の助言に私自身も賛同し、出願しました。
当時は"物言う株主"の台頭や敵対的な買収案件などが脚光を浴び、企業と株主をはじめとするステークホルダーとの向き合い方が変わってきた時期。記者としては、企業の再編や統治に関わる会社法の解釈を中心に、幅広い経営法務の知識が必要になっていました。一橋ICSではまさに、これら分野の学術的な研究と、企業や代理人らの現場実務、さらには法整備・法改正や裁判所の判断などが、相互に影響を与え合い発展していく最前線を、教授陣の実況解説付きで目撃する機会をいただきました。
法務報道を担当していた私自身の"実務"にも、一橋ICSがとても効果的だったことに感謝しています。講義における先生方のご指摘や同級生との会話から記事のヒントをいただいたうえ、識者コメントから企業の実例紹介まで一橋ICSをフル活用させていただいたこともあります(笑)。

先生と学生が一緒に学ぼうとする雰囲気

学部は私立でしたので、国立大学の大学院は少し権威主義的な面があるのかもしれないなどと勝手に想像していました。ですから、一橋ICSの先生方が、学生から企業の実例を聞いて意見交換することを楽しみにされているご様子には新鮮な驚きを覚えました。「今ここで起きていることの面白さを皆で共有している」という進取の雰囲気に溢れていました。
企業経済を見るうえで、自身が従来主に関わっていた財務・市場分析などとは異なる経営法務という軸を持てたおかげで、修士課程修了後に担ったマーケット報道や海外特派員としての業務でも、分析や解説の幅を広げられたのではないかと思います。
今春には、編集サイドを離れて自社の新事業やM&Aを推進する部門へ異動しました。弊社にとっては、英フィナンシャル・タイムズ(FT)の買収を先日発表するなど大きな変革の局面であり、一橋ICSで学ばせていただいた経験などを期待されてのことであろうと受けとめています。(談)

職場に戻ってからできるアドバイスの深さは格段に違う

坂本豪史氏

坂本豪史氏

セイコーウオッチ株式会社
マーケティング戦略室

社内の要請に応えられないという危機感

私は1992年に一橋大学社会学部を卒業しました。卒業後服部セイコー(現・セイコーホールディングス)に就職し、腕時計事業で商品企画や海外への営業などを担当しました。そして1998年の4月、法務部門に異動に。多少英語はできても、法律は学生時代にかじった程度で、法務的な解決能力がないわけです。これでは社内の要請に応えられないという強い危機感を持ち、2003年、一橋ICSで勉強することを決めました。
当時の経営法務コースのメニューはコンパクトでしたが、分かりやすく深いところまで教えてもらえました。会社法、税法、知的財産、日本に限らず海外の法律・制度を踏まえた授業が揃えられていたので良かったです。また、「法と経済学」のように、経済的な向上を目指す法律の話もあり、単に法律関係のことを学ぶ以上のものが授業で提供されていたと思います。さらに、経営法務コースにいながら金融戦略・経営財務コースの授業も受けられるので、M&Aのような法務的側面も絡むテーマについてあわせて受講しました。

ロシアの地で発揮したリーガルマインド

また、一橋ICSに来ている人はバックグラウンドも多様で、考え方も違います。その人たちと同じテーマについて一定期間勉強をすると、異なる考え方、新しい考え方にふれられる。ずっと会社内の法務部門に閉じこもっていた場合と比べると、職場に戻ってからできるアドバイスの深さは格段に違う、ということが言えるでしょう。
実は一橋ICS修了後、5年間ロシアの現地法人で働いていたのですが、この時に一橋ICSで学んだことが活かされたと強く実感しています。ロシアでは雇用や取引の契約、知的財産、税金などについて、日本とは違うルールや実際の運用に数多く遭遇しました。そんな時、一橋ICSで習得したいわゆる"リーガルマインド"を発揮して、「この国ではどういうふうに法律ができているのか」「何に気をつけなければいけないか」など、自分で意思決定するうえで非常に役立ったのです。あとで効いてくる、有益な知識・経験を得られたと思います。(談)

実務の問題を体系的にとらえる知的トレーニング

中窪裕也教授

中窪裕也教授

一橋大学国際企業戦略研究科経営法務専攻長

企業の法務部に勤め、ふだんから株主総会やコンプライアンスなどで法律問題を扱ってそれなりの知識を持っているが、もう少し深く勉強したい。経営法務コースにはそういう志向の人が多いと思います。
今や情報はインターネットを使えば誰でも瞬時に手に入れられます。だからこそ情報を的確に整理し、役立てていく戦略やノウハウが必要になります。皆さん、実務の問題はよくご存じですが、それらを理論的・体系的に分析して、どう解決に持っていくか。一橋ICSでは、きちんと法の基礎にある考え方を押さえたうえで、自社の立場だけではなく、取引の相手方や利害関係者、市場、あるいは国家など、さまざまな立場から議論を戦わせます。広い視野を身につける良い契機になるでしょう。
経営法務コースで扱うのはどれも今日の企業活動に欠かせない法律分野で、日々新たな課題が生まれています。もっとも、「今解決したいテーマ」は、あとで陳腐化する可能性があります。ですから、最先端の問題の解決方法を一緒に考えながら、別の問題が出てきた時にも活かせるように、しっかりした知識とセンスを身につけることを重視しています。
それには修士論文を書くことが大切です。どこに問題のポイントがあるのかを示したうえで、自分が言いたいことを、論理の流れとプロットを考えながら論証して結論を出す。一度でパーフェクトな論文にはなりませんから、私たち教員があれこれアドバイスをしながら、よりよい形に仕上げていく、という一連のプロセスを経験してもらっています。この知的な作業に真剣に向き合っていると、2年という期間は、実はあっという間なのです。
仕事をしながら、授業やゼミに出て勉強したうえに論文を書くというのは、なかなか厳しい道のりですが、修了後、自分の力が確実にグレードアップしたことを感じるはずです。(談)

金融戦略・経営財務コース

実務で使う"点"の知識が"線"でつながっていく

星野元伸氏

星野元伸氏

DIAMアセットマネジメント株式会社
運用ソリューション本部 本部長
運用ソリューション本部
クオンツ運用グループ グループリーダー

学んだ技術は実務に戻ってすぐに使えた

私は2000年に第1期生として入学しました。もともと管理工学を学んでいた私は、第一生命に入社し、DIAM設立とともに転籍、以来計量モデルをベースとした資産運用に携わっております。当初は、海外の論文をたくさん読みながら、「これは実務に使えないだろうか」と検討していたのですが、実務の世界ではどうしても"点"というか"つまみ食い"になってしまいます。そんな時に一橋ICSが開校したので、土台を学びたいと考えたのです。
結果としては、2年間通って良かったです。点が線でつながっていくように、とてもクリアになりました。具体的に良かった点はいくつか挙げられますが、まず一橋ICSで学んだ技術は実務ですぐに使えるということです。デリバティブ・プライシング・モデルは実際の運用に使えます。またパソコンで統計分析を行うコンピテンシャル・ファイナンスも、一橋ICSで書いたプログラムをそのまま活用できました。おかげで「金融の世界で、ここの部分は負けない」という自信もついたと感じています。その自信は、お客様の資産を大切に運用する今現在の業務においても、自分自身の大きな礎となっております。

大変な2年間の支えとなった楽しい授業

次に、2年間通い続けたことも自信につながっています。仕事をして、退社して一橋ICSに行き、終わったら家に帰るという生活は正直きつかったです。土日に図書館でまとめて復習するのに10時間かかったこともありますし、試験前はICSでも自習していましたから。それでも授業の楽しさは、日々の大変さを補って余りあるものでした。
授業で使われるキーワードは実務で聞いていたので、そのキーワード群がつながっていく感触がつかめました。また一橋ICSでは、社会人大学には珍しく修士論文がありますが、修論にまとめるうえで先生方のアドバイスを受けられたことも良かったです。「修論は革新性もさることながら、2年間で学んだことをきちんと活かし、反映していくことが大事です」と言っていただけたことが、私の支えになりました。
もう一つの大きな収穫は、学生同士のネットワークです。皆さん、科目の成績よりも実力をつけて実務に戻ることを最優先にしていたので、議論も非常に活発でした。率直に意見を交わしたり、質問をし合ったりする中で横のつながりが生まれたと思います。修了後10年も経ちますが未だにお付き合いが続き、つい先日も集まりがありました。
間違いなく実力がつくプログラムなので、今後は部下などの若手が参加できる環境を整えたいと考えています。(談)

計量ファイナンスもビッグデータの時代です

中村信弘教授

中村信弘教授

一橋大学大学院
国際企業戦略研究科

私はもともと大学院では素粒子物理の研究をしました。そんな物理系の人間がファイナンスの世界に進んだのは、90年代に入り、日本の金融業界でも計量ファイナンスが求められる時代になっていたからです。「金融工学」という分野がまだ存在しない状況でしたので、大規模データの取り扱いや数理的思考に長けた私たちのような理工系の人材が、実務における計量ファイナンスの素地をつくっていったと言えます。
ただし体系的に学ぶ場がない。そこで2000年に一橋ICSの金融プログラムを立ち上げたのです。この環境を活かして、金融工学や数理ファイナンスの知識を身につけて活躍する人材が増えていきました。
そして計量ファイナンス自体が研究分野として独立した現在、金融業界を担う人材には、金融派生商品、オプション取引、大規模なポートフォリオの最適運用などに関する知識が当然のように求められています。今後この分野は、テキストマイニングも含め、金融機関が持つビッグデータをいかにコントロールできるかが勝負の鍵を握ると考えています。その意味では、業界を問わずデータの分析や活用ができるスペシャリストが求められるでしょう。個人的に、特にIT分野は計量ファイナンスとの親和性は高いと思います。(談)

自分1人ではつくれないモデルを、ICSという環境で生み出したい

安達誠司氏

安達誠司氏

丸三証券株式会社
調査部 経済調査部長

マクロ経済とファイナンスの横断的な知識を得るために

私は2012年度からの2年間で修士課程を修了したあと、引き続き博士課程に進んで今は2年目を迎えています。
一橋ICSに通うきっかけは、「エコノミスト」という仕事柄、経済予測についての新しい手法等を学ぶ必要がありながら、日々の仕事の忙しさにかまけて、新しい知識の吸収を怠りがちになっている自分に気づき、このままでいいのだろうか?という不安があったからです。外資系証券会社の調査部で経済調査をしていたのですが、リーマンショック後は特に、普通のマクロ経済分析をしていてはマーケットの動きについていくことができないという顧客の要請が高まり、マーケットと経済の関連性をわかりやすく顧客に伝えるという仕事の必要性が増してきました。その時にファイナンス分野の基礎的な知識が欲しいと思ったことが、入学を決めた直接的な理由です。
他の大学院も調べましたが、「計量ファイナンス」という形で、マクロ経済と金融マーケットが一緒に研究できる分野は一橋ICSしかありませんでした。特に、リーマンショック後は、経済と資産価格の変動の関係性が、平時のパターンと一変してしまいました。このように関係性の変化をいかに定量的に考察するかが重要になるのですが、それは既存のパッケージソフトではとても対応できませんので、自分でプログラミングする必要が生じました。これは当然自分1人ではつくれません。そこで一橋ICSという環境を活用しようと思ったのです。その目標は、一応は達成しましたが、修論が終わって振り返ってみたときに、研究でやり残した部分があると思いましたので、現在、博士課程に進んでいます。

クラスメイトの存在に助けられた面も

自分のゴールは、これまで関心がなかった科目とも密接につながっていることが分かり、しかも、理系的な分野を基礎から学び直さねばならず、当初の目的に最短距離で行かせてはもらえなかったというのが正直な感想です。特に金融数理について新たに学び直すことは大変でした。そこで私をサポートしてくれたのがクラスメイトです。数学が得意な方から「一緒に勉強しませんか?」と声をかけてもらったのは、数学の試験勉強をするうえで本当にありがたかった。また、遠慮なく意見を言い合えるコミュニティがあったことにも助けられたと思います。
一度金融の世界に行き、働くことによって問題意識を持ってから一橋ICSに入ると、大学時代と違い、勉強が楽しいと感じています。理論のバックグラウンドがないまま、現実の動きを仕事で追いかけていくよりも、何らかのバックグラウンドを持って現実の動きを見たほうが冷静に対処できますし、質の良い仕事ができることに、一橋ICSで学んで気づきました。見通しを立てるうえでも、現実に起こっていることを説明するうえでも、バックグラウンドを持っていると全然違うと思います。(談)

資産運用の商品開発力が企業の競争力に直結します

林 文夫教授

林 文夫教授

一橋大学客員教授

この20年の間に金融理論は発展を遂げ、オプション理論でノーベル経済学賞を受賞する研究者も輩出しています。そしてどんどん新しい金融派生商品が開発されるようになりました。ですから理系の知識がますます求められてきています。特に資産運用の投資戦略構築に限ると、企業内で実務を行う人材には、統計学の基本的な知識やファイナンスの理論も身につける必要があるでしょう。
この場合の「実務」とはあくまで商品開発を指します。かつては伝票を切ったり発注をかけたり、という仕事もありましたが、現在そういう仕事はバックオフィスの人が行うか、システムで誰でもできるようになっているか、どちらかです。資産運用の実務は商品開発(及びプログラミング)で、これが企業の競争力に直結しています。
その実務ではモデルを使って投資選択を構築するので、統計学や行列の演算が欠かせません。また、理論が必要な理由は、投資戦略を構築できたとしても顧客──年金基金、生命保険、都銀などの金融機関──に説明できなければならないからです。20年前とは違い、今では顧客も相当研究を重ねていますから、「こうやってみたら何となく戦略が構築できました」では通用しない時代になってきています。(談)

(2015年10月 掲載)