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「EU研究共同プログラム」は、大学院生に領域の垣根を越えた知見をもたらす

2015年秋号vol.48 掲載

開設から3年目──第1期生が修了を迎えたEU研究共同プログラム

一橋大学大学院では、2013年度より法学研究科に副専攻「EU研究共同プログラム」を開設しました。EUに関する専門知識の修得を目的に、すべての研究科の修士課程、博士後期課程及び専門職学位課程に在籍する大学院生に門戸を開いています(法科大学院生は除く)。必修科目の「EUワークショップ」では、法学研究科、商学研究科、経済学研究科、そして社会学研究科から4人の教員が参加。共同でゼミ形式の指導を行っています。さまざまな学位の大学院生と、異なる専門分野の教員が集結した、まさに《研究科横断》のプログラムです。
今回、開設初年度に「EU研究共同プログラム」を履修し、今年度(2015年度)修士課程から博士課程に進んだ大学院生2人にお話を伺いました。

  • 法学研究科・菅沼博子さん/早稲田大学出身。主専攻・憲法学。同プログラムでの研究対象・ドイツにおける宗教的な侮辱表現。
  • 社会学研究科・南波さとるさん/高崎経済大学出身。主専攻・国際関係論。同プログラムでの研究対象・フランスを中心とした「人の移動」に関する国境政策。

「EUワークショップ」の授業の様子

「EUワークショップ」の授業は、ゼミ形式で行われる。法学研究科、商学研究科、経済学研究科及び社会学研究科の教員4人が担当する。

写真左から、南波慧さん、菅沼博子さん、中西優美子教授

左から、南波慧さん、菅沼博子さん、中西優美子教授

ともに主専攻を持ちながら、副専攻として「EU研究共同プログラム」を履修した2人。開設初年度の第1期生にはロールモデルがいません。主専攻との兼ね合いは手探りです。しかし少しずつ「自分のペースがつかめていった」(菅沼さん)とのこと。修士課程の2年間でどんなことを発見し、何を得られたのか。率直な感想を述べていただきました。
また、2人をはじめとする履修者の成長ぶりや、今後の同プログラムの取り組みについて、法学研究科・中西優美子教授にもコメントをいただきました。併せて紹介していきましょう。

「EUワークショップ」は異なる分野の教員・大学院生からコメントが寄せられる刺激的な環境

菅沼さん1

「想像していた以上のものが得られた」──。これが「EU研究共同プログラム」を履修した2人の共通認識です。たとえば必修科目である「EUワークショップ」では、自分の研究報告に対して、さまざまな研究科の教員、大学院生からコメントをもらうことができます。そんな環境は2人にとって、とても刺激的だったようです。
「私はドイツの宗教的な侮辱表現について、主専攻である憲法学の観点から研究をしています。ワークショップに参加して、侮辱表現は移民やマイノリティと密接に結びついた問題であることに気づかされ、より深く考えるチャンスが得られたと思っています。また、秋山晋吾教授(社会学研究科)には西洋史研究の観点から貴重なコメントをいただき、修士論文の作成にとても役立ちました」(菅沼さん)

「私はフランスを中心とする《人の移動》に関する国境政策について、国際政治学と政治哲学を用いた研究を行っています。ワークショップでは、小川英治教授(商学研究科)から経済学的観点で参照すべき文献を教えていただきました。『そういう発想があるんだ!?』と驚かされました。私にはまだ内容が難解で、どう受容すべきかは考えている最中ですが、文献の存在を知っただけでも大きな収穫です」(南波さん)

発信力を高めるためにすべて英語でコミュニケーションを行う「EU Research Skills」

南波さん1

「EU研究共同プログラム」にはもう一つの必修科目として、「EU Research Skills」があります。英語での発信力を高める目的のもと、プレゼンテーション、ディスカッション、ディベートなど、授業はすべて英語で行われます。主専攻では使わない《筋肉》を鍛えられるという意味では、「EUワークショップ」と同様、刺激にあふれた授業だったようです。
「そもそも大学院に入るまで、プレゼンテーションなど発信の仕方についてしっかり考えることはあまりしてきませんでした。大学院に入ってからも、主専攻ではパワーポイントを使って報告をすることはほとんどありません。ですから『EU Research Skills』で、アンドレア・オルトラーニ講師(イタリア人研究者)からプレゼンテーションの方法を学べて良かったです」(菅沼さん)

「正直に言うと外国語は苦手です。でも苦手だからこそ、週1回は英語で話さなければいけない状況に自分を置くことは大切です。留学生の方々を見ていると、皆さん、日本語でコミュニケーションをとろうという意識が強い。私も皆さんを見習って、積極的に英語で話していかなければならないと感じています」(南波さん)

「EU研究共同プログラムブログ」ではあえて「門外漢」同士がタッグを組み相手の研究内容への理解を深める

中西教授1

授業以外でも、EUに関する記事を書くことによって受容する力・発信する力を磨く場があります。それが*「EU研究共同プログラムブログ」です。中西教授によれば、記事の概要を決める「報告者」と、実際に記事を書いて投稿する「コメンテーター」は、研究対象がまったく異なるそうです。
「たとえば、ある日の『EUワークショップ』で、EU競争法を研究しているAさんが発表したとします。Aさんは『報告者』として、発表から1週間以内に私に要約を提出。次に、国際人権法を研究している『コメンテーター』Bさんは、Aさんの報告をしっかり聞き、内容を理解したうえで記事にまとめて投稿する......という流れです」(中西教授)

学問領域の垣根を越えた《横》の広がりとさまざまな学位が集まった《縦》の深み

菅沼さん2

こうしてみると、「EU研究共同プログラム」の履修者は、EUに関する専門知識を修得するプロセスの中で、さまざまな角度から成長の機会を得ているようです。それが菅沼さんや南波さんの「想像していた以上のものが得られた」という認識につながっているのでしょう。
「開設当初と比べると、2人とも、報告内容、発表の仕方、レジュメのまとめ方、すべての面で本当に成長しました。『わずか2年で、よくぞここまで......』と驚いています。履修者全体を見ても、3年目を迎えた現在、修士課程1〜2年、博士課程1・3年の大学院生が集まっています。学科の垣根を越えた《横》の広がりに、さまざまな学位の人たちが集まったことによる《縦》の広がり、深みが加わってきたように感じます」(中西教授)

南波さん2

「1年目は、自分の主専攻の方向性を模索することで精いっぱいでした。でも2年目以降は、参加者の研究内容が少しずつ分かってきて、『自分の専門分野からこういうことが言えるのではないか?』という視点からコメントできるようになったと思います」(菅沼さん)

「私は以前EU=独仏関係が中心というイメージを持っていました。しかし、秋山教授に東欧との関係を教えていただいたり、大月康弘教授(経済学研究科長)に歴史的観点からの示唆をいただいたりするうちに、イメージが変わり、自分の研究内容をより広い見地でとらえられるようになったことは確かです」(南波さん)

オランダ・マーストリヒト大学との交換留学制度で特別枠を設置
プログラムのさらなる進化を目指す

中西教授2

これまで「EU研究共同プログラム」のさまざまな取り組みを紹介してきました。そしてそれらの取り組みが履修者の成長を促していること、副専攻で得た知見が主専攻にフィードバックされていることも、2人の履修者のお話から伝わってきました。
今後「EU研究共同プログラム」はどのように進化していくのでしょうか。一つの道標とも言える新しい制度が、今年度からスタートしています。最後に、中西教授から紹介していただきましょう。
「今年4月1日、オランダ・マーストリヒト大学との交換留学制度が始まりました。『EU研究共同プログラム』では、履修生に対して毎年1名を派遣する特別枠を用意しています。期間は6か月です。EUについてもっと学びたい、さらに研究したいという人にはぜひこの制度を活用していただきたいですね。そして帰国後は『EUワークショップ』などで成果を披露してほしいと考えています。こういった実績の積み重ねが、『EU研究共同プログラム』をさらに進化させますから」(中西教授)

(2015年10月 掲載)