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創立140周年に送る歴代学長からのメッセージ 「一橋大学らしさを失わず、その強みにますます磨きを」

2016年冬号vol.49 掲載

140周年記念企画~母校へのエール~

歴代学長の石弘光氏、杉山武彦氏、山内進氏から、一橋大学へのエールとなるメッセージをいただきました。
このお三方は、2004年に本学が国立大学法人になって以降の学長でもあります。法人化は、1949年の学制改革で東京商科大学から一橋大学に移行して以来の大改革。その大事業の意義とともに、新たな位置づけとなった本学の今後の方向性や、強化すべきポイントについてお話しいただきました。
歴史と伝統。社会科学の研究総合大学というユニークな位置づけ。少数精鋭。特色あるゼミ教育を中心とするカリキュラム。そして、輩出する卒業生の質の高さ。そういった本学の強みを土台として、これからの大学に求められる機能と役割に磨きをかけることが、一橋大学のさらなる発展をもたらすカギであるとご指摘いただきました。

一橋ならではの少人数の良さを徹底的に追求すべき

石 弘光氏プロフィール写真

石 弘光

第14代学長 1998(平成10)〜2004(平成16)年

私が学長に就任したのは1998年12月からの6年間で、まさに国立大学の独立行政法人化プロセスと重なります。このプロセスは1999年4月の閣議決定から本格化し、2003年7月に関係法が成立。2004年4月に法人へと移行されました。
国立大学においては、新制大学が発足した1949年の学制改革以来の大改革となり、賛成派・反対派・中間派がほぼ均等に分かれての激論になりました。そうした中で、私は国立大学協会副会長として賛成派の旗はたがしら頭的な存在でした。なぜかといえば、それまでの国立大学のような"護送船団方式"での運営に限界を感じていたからです。法人化により、学長を自由に任命できる、外部人材を自由に採用できるようになるなどすれば、それぞれの大学はもっと個性を活かせるわけです。法人化され、大学間競争が始まると大学側には自助努力が求められます。研究や教育、あるいは卒業生の活躍などの面まで切磋琢磨する環境が生まれるのは、日本の発展のためには不可欠のこと。そんな思いで賛成論を主張しました。一方で法人化に反対する声も少なからずありました。「大学に競争市場原理は馴染まない」「現状を変えるには、無理がある」という意見が典型的なものでしたが、そうした声はいつの時代にもあるものです。
では、一橋大学は何をもって勝ち抜いていくのか。学部の1学年の学生数1000人程度という少人数でこの地位を維持発展させていくのは、相当な覚悟と努力を要することは自明です。数の力では、国立や私立の総合大学にはかないません。それだけ人数がいれば、優秀な人材も多く輩出し社会的に認知される確率も高まるからです。その点で、私が一橋大学について懸念しているのは、トップリーダーを輩出してもなかなかフォロワーが生まれないということです。これまで一橋大学は、多くの個性的なリーダーを輩出してきました。人を育てるのには、時間がかかる。しかし、次のトップリーダーが出るまで、時間がかかりすぎているように思います。
しかし、だからといって学生数を増やせばいいかというと、それは少し違います。一橋は一橋ならではの少数精鋭教育の良さを徹底的に追求すべきであると考えます。
追求すべきことの筆頭は、やはり「ゼミ教育」でしょう。一橋のゼミはまさに"全人教育"です。私たちの時代は、教授だけでなく、夫人など家族ぐるみで学生を受け入れ、学生間や先輩後輩間の議論や交流を通じ、人格を陶とうや冶する。卒業後も関係は続き、お互いを高め合っています。ゼミとはそんな存在でした。こんなゼミ制度を持てているのは、一橋大学以外にはありません。時代の流れで一橋のゼミのあり方も変容するでしょうが、この伝統は唯一無二の強みとしてさらに強化し続けるべきです。

石 弘光氏

また、蓼沼学長が力を入れておられる社会科学高等研究院を核にした「高度研究」の推進も素晴らしい取り組みであると思います。一橋大学は、文部科学省が示す第3期中期目標期間における国立大学法人運営費交付金の"重点支援③"で掲げられている、「卓越した成果を創出している海外大学と伍ごして、全学的に世界で卓越した教育研究、社会実装を推進する」大学にほかなりません。したがって、いい研究には重点的に予算などを配分し、世界的な業績に仕上げていくことが求められると思います。学生は、自ら4年間もっと知的に"鍛える"必要があると思いますし、積極的に海外に出て修業を積んでほしいと願っています。一橋大生には、そうやって知や意見を磨き、社会に出ることが求められているからです。
また、卒業後にも及ぶつながりの濃さも強みです。同窓会である「如水会」の組織力は、わが国有数の結束力と行動力を誇っています。大学運営側にとって、「如水会」のバックアップほど心強いものはありません。今こそ、大学と同窓会が一体となり、一橋の名を世に広めていく。そんな一橋人一人ひとりの気概が、一橋大学をより強くしていくと確信しています。(談)

卒業生の質の高さこそ"一橋らしい魅力"

杉山武彦氏プロフィール写真

杉山 武彦

第15代学長 2004(平成16)〜2010(平成22)年

2001年からの9年間、一橋大学の副学長・学長として忙しい日々を過ごしました。その後、教員生活をスタートさせた古巣の成城大学からお招きいただき、5年ほど教授を務めることになりました。また研究生活に戻れるとあって、役員時代にはできなかったそれまでの諸活動をまとめる仕事をしようと思い始めた矢先、東日本大震災が発生。原子力損害賠償・廃炉等支援機構理事長を務めさせていただきました。今、その仕事がようやく一段落したところです。こうして振り返りますと、慌ただしい15年であったと思います。
副学長・学長時代は、国立大学法人化が最大のテーマとなりました。この問題は好むと好まざるとにかかわらず進めていかなければならないものでしたが、私はもっぱら学内や如水会などに理解していただき、協力を要請するメッセンジャーの役割に徹しました。
この法人化は、大学が客観的に評価され、大学間で競争する時代の幕開けとなったわけです。私は以前から、大学の評価ということに対しては懐疑的でした。しかし、バブル経済崩壊後の、いわゆる"失われた10年、20年"の原因の一端は大学教育にあるという批判が力を得たことをもって、自分なりに反省をしたのです。80年代頃から、大学は"レジャーランド"などと揶揄されるようになり、学生にとっての4年間はパラダイスといわれました。教員にとっても、教育はそこそこで、もっぱら研究にいそしんでいられる環境がありました。"失われた10年、20年"批判に対しては、そのツケが一気に回ってきた結果であると反省すべきでしょう。
したがって、法人化は緊張感を伴うプロセスとなりました。たとえば、シラバスの作成においては、評価を高めるために毎回の講座の中身をかなり綿密に組む必要性が生じました。しかしながら、システマティックに進められる科目ならばいざ知らず、その時々の出来事をも教材にするような社会科学の授業においては、事前に決められない部分も多くあります。また、学生の理解度に応じて時間の使い方を柔軟に変えるということもやりにくくなってしまう。過度に評価を意識しては、辻褄合わせになってしまい、本質的な教育の目的を見失う恐れもあると考えたのです。ですから私は、この評価をめぐる取り組みに関しては、深追いするときりがない話だととらえ、むしろ"一橋らしい魅力"を見失わないことを意識していました。
その"一橋らしい魅力"とは、ひとえに卒業生の質の高さです。一橋大学は四つの学問分野からなる社会科学の研究総合大学ではありますが、歴史や文化に対する深い見識を持った人材を多く輩出しています。どこに出しても恥ずかしくない、バランスの取れた歴史認識、文化性を持つ人材を、一橋大学は間違いなく育成しています。

杉山武彦氏

大学が競争するとなると、ライバル校に専門科目で負けないように重点的にテコ入れをすることになる。その煽りを食うのは一般教養、リベラルアーツです。先述した"一橋らしい魅力"の源泉は、この一般教養科目によってこそ育まれるものです。深い教養の上にこそ、高度な専門知識を涵かんよう養することができる。ですから私は、自らが盾になってでも、外部の圧力から一般教養科目を守ろうと考えました。これは幻となりましたが、入試において4学部別をやめ、4学部間の垣根をできるだけ低くすることも構想したほどです。"一橋らしい魅力"を備えた人材は、グローバル化が進展した現在において、世界のどこでも通用すると思います。引き続き、その育成に努めていただきたいと願います。
ラグビー部出身である私は、先のワールドカップにおける日本代表の大活躍に胸を躍らせました。番狂わせの少ないスポーツで、なかなか勝てなかったチームが3勝もするほど劇的に強くなりました。これも日頃の厳しい鍛錬の賜物です。学業や研究、大学運営においても全く同様であると再認識しているところです。(談)

大学の国際競争時代に求められるもの

山内進氏プロフィール写真

山内 進

第16代学長 2010(平成22)〜2014(平成26)年

先頃、中国人民大学に招かれ、マグナ・カルタ制定800年を記念するシンポジウムに参加してきました。中国の大学がオックスフォード大学と提携し、法の支配についてシンポジウムを開くことに驚きを禁じ得ませんでしたが、中国も大学のレベルでは言論はかなり自由なのです。そして、人治から法治に国の形を変えることに意欲的であることを実感しました。また、同大学法学院の客員教授となり、その顧問委員にも就任してきました。これからも、国際的な活動も続けていきたいと考えているところです。
さて、昨今、大学においても国際競争が激化しつつありますが、中国や韓国の大学もグローバルな活動に非常に熱心に取り組んでいます。世界中の、特に上位の大学は、教員のみならず学生も世界中から集めています。学生にしてみれば、自国にとらわれずグローバルな視点でキャリアデザインができる"モビリティ"の時代になっているわけです。
そうした動きに対し、幸か不幸か島国に住んで外国語が不得意な日本人は、遅れを取っているように思えます。日本の大学は国内に目を向けているだけでも安泰な時代が続きましたが、国際競争の視点は否応なく持たざるを得ないでしょう。
そういった面においても、大学の世界ランキングは無視できない存在になりつつあります。日本の大学はジリジリとランクを下げていることを謙虚に受け止め、世界に向けて発信力を高める必要があると思います。一橋大学をはじめとする日本のトップレベルの大学は、そもそも世界的に高いレベルの内容を持っているわけですから、まずはそれを世界が理解できるように発信し、認知してもらうことが必要です。また、世界はそれを待ち望んでいることも実感しています。そのためには、個々の研究者は論文を作成する段階から世界への発表をより意識する必要があります。また大学は、世界のトップクラスの大学と戦略的に関係を取り結んで、ハイレベルな大学のネットワークを作り上げていくことが重要だと思います。我が一橋大学は、2015年度の入学式にロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、2013年度はソウル大学の学長を招いたことに象徴されますが、国際交流に積極的に取り組んできました。今後はこの流れをより強化し、教員や学生が相互に頻繁に行き来して共同研究を進めるなどの取り組みが求められます。

山内進氏写真

国際競争における一橋大学の優位性としては、まずは伝統の強みが間違いなく挙げられると思います。国内トップクラスの"社会科学の研究総合大学"として、ビジネス界や学術界から高く評価されています。しかし私は学長の頃、今の時代は"社会科学の研究総合大学"という言葉に、より広い意味と活動空間を与えることが必要ではないか、という問題意識を持ちました。指導的人材として社会で活躍するためには、理系の要素を知識の中に持っていてマネジメントする必要性も出てきます。そこで"文理共鳴"という概念を唱え、東京工業大学との連携などに積極的に取り組みました。そうすることで、従来の社会科学の枠から視野を広げ、知的かつユニークな発想力、イマジネーションつまり想像力や構想力も身につけることができるとの考えに依ります。このイマジネーションは、独創的な研究やビジネスを生み出す源泉となるものです。また豊かなイマジネーションを生むためには、リベラルアーツを充実させ、専門教育に取り入れて"プラスアルファ"のある人材を育成することが必要でしょう。そして、やはり積極的に世界に出て行って世界を吸収し、日本を世界に伝えることが求められると思います。そこで一橋大生は全員、海外でも正確にコミュニケーションできるというレベルが実現できれば、大いなる自信となるのではないでしょうか。期待しています。(談)

(2016年1月 掲載)