社会科学研究のいっそうの高度化及び国際化を担い 次世代の研究者の育成を図る 「社会科学高等研究院」
2016年冬号vol.49 掲載
140周年記念企画~新しい時代へ~
国際的、先端的、学際的な研究を推進するため2014年に設置された「社会科学高等研究院」
2015(平成27)年度に創立140周年を迎えた一橋大学は、これまで社会科学の研究総合大学としてさまざまな研究を推進してきた。特に、社会、経済、法制などにおける諸課題の解決・制度改革に資する研究や、企業経営の改善に役立つ研究など、実学──社会の改善に実際に貢献する学問──としての研究に強みを発揮するとともに、実学の基盤として、基礎・応用研究も同様に重視している。そして教育研究を通じた日本及び世界の発展と、その発展を担う人材育成に貢献してきた。
しかし近年急激にグローバル化が進み、さまざまな問題が深刻になっている現代社会においては、大学がその要請に応えうる、国際的、先端的、学際的な研究を推進していくことが必要不可欠となっている。こうした流れを踏まえ、世界水準の社会科学研究拠点と研究ネットワークの構築を目指して、2014(平成26)年5月に社会科学高等研究院(Hitotsu bashi Institute for Advanced Study:以下
発足から1年、学長直轄の組織として本格的に稼働し始めたHIAS
HIASは、重点領域研究プロジェクトを設定し、国際共同研究を推進するとともに、グローバルに活躍できる若手研究者の育成にも力を入れている、学長直轄の組織である。
重点領域研究プロジェクトでは、その時代の社会的重要課題を多様なアプローチから集中的に研究し、制度改革や政策提言に結びつけることを目指している。学内の経済研究所とも協働し、経済研究所がグローバルな共同研究拠点として長年にわたり蓄積してきた長期経済統計などの貴重な統計資料も活用し、一橋大学の得意とする理論・実証分析につなげる。第一の研究課題は「グローバル経済システムの新設計──世界及び日本の持続的発展へ」であり、次のようなプロジェクトが進行中だ。
- グローバル経済における経済政策(プロジェクトリーダー:石川城太一橋大学大学院経済学研究科教授)
- 途上国における持続的貧困削減に向けた制度と政策(プロジェクトリーダー:黒崎卓一橋大学経済研究所教授)
- マクロ計量モデルの開発とマクロ経済の諸問題への応用(プロジェクトリーダー:渡部敏明一橋大学経済研究所教授)
- 規範・制度・メカニズムデザイン──「社会科学の総合」の理論と実証──(プロジェクトリーダー:後藤玲子一橋大学経済研究所教授)
なお、2015年7〜8月に、「国際貿易・投資」「労働経済」「計量ファイナンス」「経済史」の各分野で「サマー・インスティテュート」が初めて開催され、研究活動が共有されている。社会科学高等研究院長の村田光二理事・副学長によれば、重点領域研究として、今後さらに二つの重点領域プロジェクトが立ち上がる予定である。
各プロジェクトはいずれも国際共同研究の側面を持ち、各分野のフロンティアで活躍する海外からの招聘研究者と本学教員とのコラボレーションが行われる。また、ポストドクトラルフェロー相当の若手研究者を国際公募によって採用して、創意工夫に基づく自由な発想の基礎・応用研究を行えるようにする。
HIASでは、今日的重要性があり国際的に注目を集めている研究課題を優先させ、成果を求めていく。具体的には、学内の「旬の」研究者、つまり研究活動が軌道に乗り、国際的な成果を次々に上げ始めた教員に、サバティカル(研究専念)制度を優先的に適用し、HIAS兼担教員とするとともに、世界水準の研究者を招聘し、本学における共同研究と論文発表を促進することを考えている。
2015年7月31日~ 8月11日に開催された一橋サマー・インスティテュート2015の様子
大学初の試みであるURAの配置などを通して研究活動や論文発表に専念できる環境を提供
HIASの運営は、社会科学分野における拠点として国際的な評価が得られるよう、可能な限り柔軟に行っていく。HIASに所属する研究者は、海外から招聘した著名研究者、一橋大学で国際的な活躍が期待される教員、国際公募によって任期付きで採用された若手研究者やポストドクトラルフェローである。このほか、各部局で採用したテニュアトラック教員も、テニュア審査前はHIAS兼担とする。研究者の招聘・雇用及び採用に関するこの2年の実績は次の通りだ。
- 2014年度/著名研究者招聘・1人(Prof. Alan Woodland,University of New South Wales)、ポストドクトラルフェロー採用(国内)・1人
- 2015年度(予定を含む※10月1日現在)/著名研究者雇用・10人(Prof. Kaz Miyagiwa, Florida International University/Prof. Jay Pil Choi, Michigan State University/Prof. Miaojie Yu, Peking University/Prof. Rene Belderbos,University of Leuvenほか)、著名研究者招聘・1人(Prof.Ian Wooton, University of Strathclyde)、ポストドクトラルフェロー採用(海外)・1人
論文生産力の高い若手研究者には、教育負担を軽減して十分な研究時間を確保するため、前述のようなサバティカル制度を適用。また、URA(リサーチ・アドミニストレータ―)の配置を行い、本学全体の研究活動の活性化を図っている。次ペ─ジにて詳細にふれるが、URAの導入は一橋大学として初めての試みである。研究の流れを把握し、英語によるコミュニケ─ションを通して海外の研究者の要望にきめ細かく対応できる体制を整えるため、2人の研究経験者をURAとして採用した。
さらに、一橋大学の大学院生に、海外から招聘した著名研究者の指導を受ける機会を提供するとともに、国際会議における発表や国際誌への論文投稿を支援することにより、グローバルに活躍できる次世代の研究者を育成する。
「一橋大学強化プラン」を体現する組織として社会科学研究の推進と次世代研究者の育成を図る
先述のように、HIASは蓼沼宏一学長直轄の組織である。2015年度初頭に学長自身が掲げた「一橋大学強化プラン(1):3つの重点事項」には、HIASの推進にかける学長の思いが凝縮されている。
「現代の世界では国家間、組織間、あるいは個人間の競争が激化し、富の格差と貧困、経済の不安定性、環境破壊、国家間や企業間の紛争、人口の高齢化などの問題が深刻になっています。これらの問題を解決し、イノベ─ションを推進して世界及び日本の持続的成長を実現するためには、社会科学の英知が不可欠です。
一橋大学は社会科学の研究総合大学として、世界の諸問題の解決と、社会、経済、法制などのシステムの改善に資する先端的研究を推進していきます」
一橋大学が築いてきた伝統と実績を尊重しつつ、社会科学研究のいっそうの高度化及び国際化を進め、次世代の研究者の育成を図る、その中核にHIASは位置づけられている。将来的なグローバル社会の発展には、HIASの発展が不可欠となるだろう。
本学初の試みであると同時に、社会科学の研究の可能性を広げるURAに寄せる期待
村田 光二
一橋大学社会科学高等研究院長研究
国際交流
社会連携担当理事・副学長
URAは本学の過去にない、まったく新しい試みであると同時に、社会科学の中で研究を進めていくうえでその可能性をさらに広げるものと期待しています。
本学の研究においては、従来支援業務は事務の方々が行っていました。しかしながら研究支援は、研究が分かる人材が行うことが本来の姿だろうと考えます。この理系の研究分野から出てきた発想を参考に、社会科学の研究総合大学である本学でも同じ仕組みがつくれたら、という大きな期待を持っています。現在URAとして活躍しているお2人は、ともに研究経験がある人です。HIASが手がける研究分野とは異なりますが、お2人とも研究自体がどのように進むのかしっかり理解しているので、とても心強く感じています。
現実的には、支援にはさまざまなレベルがあります。HIASは2015年度から本格的に稼働したばかりなので、研究そのもののコンサルティングを行う場面は少ないでしょう。しかし、URAが活躍する場面はたくさんあります。たとえば、海外の研究者をお招きして研究集会を開く時、さまざまな作業が発生します。特にHIASでは先方の要望が高いので、英語によるきめ細かいコミュニケ─ションが重要です。その点本学のURAは、先方の相談に乗り、ニーズを聞きながら条件をすり合わせてくれるので、本当に助かっています。より具体的に言えば、海外の研究者の生活支援もURAに手伝ってもらいます。本学としてはゲストハウスを用意していますが、ネット環境等の面で必ずしも満足してもらえるとは限りません。そこで先方の要望に適した宿泊施設の手配なども担当してもらっています。仕事として明確な区切りがあるわけではありませんが、URAのお2人に研究者の支援をさまざまなレベルでやってもらえることには、とても感謝しています。
HIASの運営はまだ手探りの部分がありますが、だからこそURAのお2人には、徐々に企画提案や研究資金調達支援の仕事もお任せしたいと考えています。HIASの運営に本当に必要なことは何か。また、可能性としてどんなことができるか。私自身にもまだ見えていないところがあります。日頃から研究者と接し現場を肌で感じているURAにこそ、できる企画提案があるはずです。その意味でも、初代URAであるお2人には期待しています。
当面は重点領域研究プロジェクトを中心とした支援、及び若手研究者の全般的なサポートをしてもらいながら、研究者同士がたくさんの接点を持ち、自然と議論を交わすような環境を一緒につくりたいと考えています。(談)
欧米ではすでに確固とした地位を築いている研究マネジメント専門職「URA」とは?
URAは「University Research Administrator」の略で、一般にリサーチ・アドミニストレータ―と呼ばれる。研究開発の知見を活かし、大学等の研究機関で研究マネジメントを専門に行う人材を指す。現在、大学等の研究者には、研究活動以外の業務で過剰な負担が生じているという問題がある。それは文部科学省が指摘するように、「研究開発内容について一定の理解を有しつつ、研究資金の調達・管理、知財の管理・活用等をマネジメントする人材が十分ではないため」(文部科学省HPより)である。そこで、研究者の研究活動活性化のための環境整備や、大学等の研究開発マネジメント強化のために、URAの育成及び定着に向けたシステム整備が進んでいる。すでに欧米ではURAは確固とした地位を築いており、日本でも理系(自然科学系)の大学では導入が進んでいる。一橋大学においても、2014年度末より本格的にURAを採用し、研究支援体制の整備が始まっている。
研究者同士の「横のつながり」をつくる
山中 千尋 特任助教(URA)
神戸大学大学院人間発達環境学研究科博士後期課程単位取得退学。日本近代の学術支援と人材養成に関心がある。日本学術振興会国際事業部、同学術システム研究センター、慶應義塾大学国際センターを経て、2015年3月より現職。
URAの業務は幅広いため多忙ではありますが、いろいろなことができると考えています。その一つが、横のつながりをつくるということです。セミナ─やランチミ─ティングなどを積極的に行うことにより、研究者が所属を超えてつながり、そこから新しい研究の芽が出たら嬉しいです。また、学外へのアウトリーチも考えています。ホームページから研究成果を発信するほか、今後は学外向けのイベントも開催していきたいです。
そのためには、まず私たちがオ─プンな環境を提供することが大切なので、オフィスのドアはつねに開放しています。研究者の皆さんがちょっと立ち寄って、コーヒーを飲みながら世間話でもしていただく。どこのお店のランチが美味しいとか、そういう話で全然かまわないのです。その話の中から、今どんな研究をしているか、どんな問題を抱えているかが分かってきますから。
ただ、URAとなってまだ半年ですので、院長にお願いして、2015年9月にRA協議会に参加させていただきました。他大学での研究支援の状況を学び、今後、本学での仕事に活かしていきたいと思います。(談)
本学のURAの歴史を築いていくために
上坂 明子 特任助教(URA)
1996年3月立教大学理学系研究科原子物理学専攻博士後期課程修了、博士(理学)。専門分野は原子核物理学実験、主なテ─マは「初期宇宙における元素合成過程の解明」「放射線検出器系の開発」。理化学研究所基礎科学特別研究員、テキサスA&M大学リサーチサイエンティスト等を経て、2015年7月より現職。
そもそも社会科学と言ってもさまざまな領域があります。仮に芸術系や人文系の大学にURAが置かれていたとしても、おそらく本学での私たちの仕事とはだいぶ異なるはずで、なかなか参考にはできません。実際、RA協議会に参加した時も、まったく同じ環境で仕事をしている方にめぐり合うことはできませんでした。だからこそ、本学でのURAの歴史は私たちがつくっていかなければと感じています。
それにはまず、本学やHIASの文化や研究の進め方を理解し、独自の支援スタイルを考えていく必要があります。私は物理学出身でURAによる支援が普及し始めている環境で研究をしていました。まずそのような自然科学系の研究室との違いを把握し、対策や方針を明らかにしていくつもりです。
先日、面白い発見がありました。ある経済の先生からいただいたメ─ルの中に「私は無差別です」という表現があったのです。最初は意味が分からず驚いてしまいました。経済学の「無差別曲線」をもとに、AでもBでもないという時に「無差別」と表現するそうですね。経済学のカルチャ─を少し吸収できて、嬉しくなりました。自然科学系との違いも、このように先生方とのふれ合いの中からつかんでいきたいと思います。(談)
(2016年1月 掲載)