科研費とは何か 科学研究費助成事業と一橋大学
2016年春号vol.50 掲載
国公私立を問わず、大学の重要なミッションの一つに、研究力の維持・向上が挙げられる。世界最高水準の社会科学系研究総合大学を目指す一橋大学にとって、とりわけその意義は大きい。しかし研究には資金が必要だ。運営費交付金の削減など、国立大学の財政状況が年々厳しくなる中、個々の教員が自ら外部資金を獲得することがより一層求められる時代を迎えている。中でも注目されるのが、「研究者自らの自由な発想に基づく学術研究を推進する」と謳う科学研究費助成事業(通称「科研費」)だ。国内最大規模の競争的資金制度である「科研費」とは何か。そして一橋大学における意義とは。
運営費交付金の減少が、研究環境に影響を与える。
重要な財源として注目される科学研究費助成事業
まず科研費を説明するにあたり、国立大学の財政状況について述べておきたい。国立大学の基盤的経費に、毎年国から交付される「国立大学法人運営費交付金」(以下「運営費交付金」)がある。この運営費交付金は、2004年に国立大学が法人化された際に、各大学の収入不足を補うために整備されたものだが、その交付額は年々縮小されている。これを受け、各大学は経営の見直しや自己収入の拡大、外部資金の獲得などの努力を重ねているが、影響は大きい。研究に充てる資金も例外ではない。そこで注目を集めるのが、「科研費」と呼ばれる科学研究費助成事業だ。
文部科学省が所管するこの事業の特徴は、「研究者自らの自由な発想に基づく学術研究を推進する」と謳っている点にあり、人文社会科学から自然科学までのすべての研究分野において、基礎から応用までのあらゆる学術研究が対象となる。国民の税金が財源となるため、全国の研究機関に所属する研究者から提出される研究計画は、ピア・レビュー方式(専門分野の近い複数の研究者による審査)によって厳しく、そして高い透明性をもって評価される。さらに、配分額の3割が間接経費として所属機関に加算配分され、研究活動の支援全般に充てることができるのも大きなポイントだ。
ピア・レビュー方式の採択プロセスが、若手研究者のモチベーションにつながる
科研費は研究計画の規模や期間、その性質に応じていくつかの研究種目に分かれている。応募者は、独創的・先駆的な「基盤研究」、挑戦的で高い目標設定を掲げた「挑戦的萌芽研究」、39歳以下の研究者1人による「若手研究」などさまざまな研究種目の中から、自分の研究計画に合ったものを選択する。科研費の中核となる「基盤研究」はさらに、「S」「A」「B」「C」の4種類に分けられており、「S」が最も支給金額が大きく、大型のプロジェクトに適した種目となる。
こうした細かな分類により、若手研究者にとっても応募しやすいメリットがある。さらに、厳しいピア・レビュー方式の審査の利点は、研究計画の妥当性を専門家の視点からより正確に判断できるほか、応募者にとって、同じ分野の研究者に自分の研究がどう評価されるかを知る機会にもなる。このことは、とりわけ若手の研究者にとって一つのインセンティブになっているといえる。
採択率よりも応募率のアップを目指す。
支援体制を拡充し、研究者をサポート
一橋大学は、2005年度から2015年度までの11年間にわたり、科研費の採択率(新規採択件数÷応募件数)において、新規申請件数50件以上のすべての研究機関の中で1位を維持し続けている。この間の採択率は常に50%を上回っており、これは全体の採択率が30%未満であることや、2位以下の機関の顔ぶれが毎年変わっているということを考えると、異彩を放つ結果だ。この実績に対し、村田光二理事・副学長(研究、国際交流、社会連携担当)は次のように述べている。
「採択率1位というのは明るいニュースですが、総合大学を含む他機関と比べて母数(=応募件数)が小さいことも大きな要因でしょう。私たちがより重要視してきたのは、採択率ではなく、学内の応募率(応募件数÷研究者数)です。外部資金獲得の気運が高まる中、2010年度から6年間の事業計画を定めた第2期中期計画においても、応募率を当時の41.6%から10ポイント上げるという目標を掲げました。
そもそも研究者が自由なテーマで応募できる科研費は、大学の財政状況と関係なく、個々の教員にとって多かれ少なかれ意識すべきものだったと思います。しかし、大学を取り巻く状況が変わってくる中で、組織的に取り組む必要が出てきたということです。応募率の向上のため、学内で説明会を実施し、事務組織によるサポート体制を整えるなど、全学的な支援を強化し、この目標は達成されました。採択率1位という結果は、これに付随した結果と見ています」
科研費新規採択率上位機関(過去5年)
※文部科学省公表資料より
2015年度
機関名 | 採択率 | |
---|---|---|
1 | 一橋大学 | 55.6% |
2 | 立教大学 | 45.1% |
3 | 東京外国語大学 | 44.3% |
4 | 国立情報学研究所 | 41.2% |
5 | 国立遺伝学研究所 | 41.0% |
6 | 国立研究開発法人国立成育医療研究センター | 40.6% |
7 | 専修大学 | 40.3% |
8 | 日本女子大学 | 40.0% |
9 | 関西学院大学 | 39.5% |
10 | 南山大学 | 38.7% |
2014年度
機関名 | 採択率 | |
---|---|---|
1 | 一橋大学 | 52.9% |
2 | 東京学芸大学 | 52.3% |
3 | 高知県立大学 | 46.7% |
4 | 国立医薬品食品衛生研究所 | 44.0% |
5 | 甲南大学 | 43.5% |
6 | 九州歯科大学 | 43.3% |
7 | 立教大学 | 42.0% |
8 | 独立行政法人放射線医学総合研究所 | 41.8% |
9 | 東京外国語大学 | 41.7% |
9 | 専修大学 | 41.7% |
2013年度
機関名 | 採択率 | |
---|---|---|
1 | 一橋大学 | 55.7% |
2 | 公益財団法人東京都医学総合研究所 | 47.3% |
3 | 九州歯科大学 | 47.0% |
4 | 独立行政法人国立成育医療研究センター | 46.8% |
5 | 関西学院大学 | 44.8% |
6 | 生理学研究所 | 43.3% |
7 | 地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター (東京都健康長寿医療センター研究所) |
43.3% |
8 | 東京外国語大学 | 43.1% |
9 | 東京大学 | 42.5% |
10 | 立教大学 | 40.9% |
2012年度
機関名 | 採択率 | |
---|---|---|
1 | 一橋大学 | 59.5% |
2 | 専修大学 | 56.7% |
3 | 地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター (東京都健康長寿医療センター研究所) |
51.9% |
3 | 東京芸術大学 | 51.9% |
5 | 東京外国語大学 | 50.8% |
6 | 独立行政法人放射線医学総合研究所 | 46.1% |
7 | 甲南大学 | 45.7% |
8 | 東京大学 | 45.5% |
9 | 独立行政法人国立長寿医療研究センター | 44.4% |
10 | 上智大学 | 44.2% |
2011年度
機関名 | 採択率 | |
---|---|---|
1 | 一橋大学 | 59.3% |
2 | 生理学研究所 | 55.4% |
3 | 東京外国語大学 | 54.2% |
4 | 国立遺伝学研究所 | 53.8% |
5 | 学習院大学 | 50.0% |
6 | 北陸先端科学技術大学院大学 | 47.5% |
7 | 東京大学 | 45.8% |
8 | 東京学芸大学 | 45.0% |
9 | 奈良先端科学技術大学院大学 | 44.2% |
10 | 京都大学 | 44.1% |
多分野にわたる高い研究力を資源に大型プロジェクトへチャレンジ
科研費はまた、研究分野によって細かい細目に分けられている。この細目別に採択件数を見てみると、一橋大学は過去5年の新規採択件数の累計において、経済政策、財政・公共経済の分野で1位を獲得しており、それに経済統計、理論経済学、経営学、会計学などが続く。これらは一橋大学が伝統的に強い分野であるが、近年はジェンダーなどの新しい分野にも実績が広がっている。またヨーロッパ史・アメリカ史、刑事法学など、他の人文社会系の各分野でも常に高い評価を得ていることが分かる。大学として外部資金を獲得したいというねらいがある一方で、科研費の獲得状況を通して一橋大学の研究水準の高さが垣間見える。
2016年4月から始まった第3期中期計画においても、科研費の応募率をさらに5ポイント上げるという目標を掲げている一橋大学。その先に見据えるものは何か。
村田理事・副学長
「そもそも一橋大学の教員は、研究者として高いモチベーションを持っている方が多いので、科研費に応募することも当然のこととして取り組んでいると思います。むしろ課題は、教員が研究活動に専念できる環境の整備や、時間の確保です。法人化以降の大学教員は、教育と研究に加えてさまざまな業務に従事する必要に迫られ、多忙を極めています。科研費への応募に意欲があっても、他の業務で疲弊してしまっては満足のいく研究計画を練られないかもしれません。こうした事態も改善しなければならないですし、先に述べたような全学的なサポート体制についてもさらに洗練していく必要があるでしょう。
また、科研費の間接経費による収入を増やし、全学的な研究環境を整えていくことも大事です。そのためには、数の戦略に加えて「基盤研究(S)」など、規模の大きな共同プロジェクトを増やしていく必要があります。そうした研究体制は、経済学の分野であれば比較的なじみやすく、一橋大学でもすでに実績も多く見られますが、他の分野でもそういった気運を高められないかと模索しています。残念ながら現時点で有効な方策は見つかっていませんが、トップダウンの号令や目標設定ではなく、学内における対話によって実現を目指していきたいと考えています」
一橋大学が細目別採択件数 上位10機関に入った細目
(過去5年の新規採択の累計数)
※文部科学省公表資料より
細目 | 2015年度 (2011~2015年度) | 2014年度 (2010~2014年度) | ||
---|---|---|---|---|
順位 | 新規採択累計数 | 順位 | 新規採択累計数 | |
ジェンダー | 4 | 7.0 | 5 | 7.0 |
日本語教育 | - | - | 9 | 7.0 |
日本史 | 10 | 10.0 | 7 | 12.0 |
ヨーロッパ史・アメリカ史 | 4 | 11.0 | 5 | 9.0 |
公法学 | 9 | 7.0 | 10 | 7.0 |
刑事法学 | 7 | 6.0 | 4 | 6.0 |
国際関係論 | - | - | 10 | 7.0 |
理論経済学 | 3 | 18.0 | 4 | 16.0 |
経済学説・経済思想 | 4 | 4.0 | 4 | 3.0 |
経済統計 | 2 | 9.0 | 3 | 7.5 |
経済政策 | 1 | 32.0 | 2 | 29.0 |
財政・公共経済 | 1 | 21.0 | 1 | 20.5 |
金融・ファイナンス | 5 | 9.5 | 8 | 8.0 |
経済史 | 8 | 6.0 | 2 | 11.0 |
経営学 | 3 | 30.0 | 6 | 23.0 |
商学 | 9 | 6.0 | - | - |
会計学 | 4 | 13.0 | 4 | 12.0 |
社会学 | 8 | 17.5 | 10 | 16.5 |
教育社会学 | - | - | 9 | 10.5 |
16細目 | 18細目 |
科研費事業全体の応募・採択件数、採択率の推移
※文部科学省公表資料より
一橋大学における2014年度の科学研究費助成事業交付内訳
※本学情報公開データより
研究種目 | 交付件数2 | 交付額(円) | |
---|---|---|---|
直接経費 | 間接経費 | ||
新学術領域研究 | 0 | 0 | 0 |
基盤研究(S) | 4 | 118,200,000 | 35,460,000 |
基盤研究(A) | 24 | 160,300,000 | 48,090,000 |
基盤研究(B) | 42 | 145,500,000 | 43,650,000 |
基盤研究(C) | 74 | 75,800,000 | 22,740,000 |
挑戦的萌芽研究 | 6 | 4,000,000 | 1,200,000 |
若手研究(A) | 0 | 0 | 0 |
若手研究(B) | 24 | 21,124,230 | 6,090,000 |
研究活動スタート支援 | 11 | 8,600,000 | 2,580,000 |
研究成果公開促進費 | 3 | 4,998,944 | 0 |
特別研究員奨励費 | 57 | 47,674,815 | 3,690,000 |
2014年度合計 | 245 | 586,197,989 | 163,500,000 |
749,697,989 |
(2016年4月 掲載)