hq4908_img00.jpg

学生の就職状況は? キャリア支援の現状は? "就職の一橋"実態レポート

2016年冬号vol.49 掲載

厚生労働省と文部科学省が公表したデータによれば、2014年度の大学生の就職率は96・7%。リーマン・ショック直前の水準まで回復した。しかし、これは就職希望者数に対する割合で大学卒業者数に対してではなく、学校基本調査では就職率は72・6%である。また、「進学も就職もしていない者」が10・3%いる。そんな時代の中で、「一橋大学の"就職力"は現在どうなのか?」に答えるのが今回のレポートの目的。"就職の一橋"と称えられて久しいブランド力や学生の強みは、企業から見て鮮度を保ち続けているのだろうか。学生の就職活動をサポートするキャリア支援室と、就職活動を終えた学生の双方にインタビューし、実態に迫った。

西山氏プロフィール写真

西山 昭彦

キャリア支援室特任教授・博士(経営学)

一橋大学社会学部卒業。ロンドン大学大学院(LSE)修士課程留学、ハーバード大学政治学大学院修士課程修了、法政大学大学院社会科学研究科博士課程修了。東京ガス株式会社に入社後、財団法人中東経済研究所副主任研究員、株式会社アーバンクラブ取締役、法政大学大学院社会科学研究科客員教授、東京ガス都市生活研究所長、東京女学館大学国際教養学部教授・キャリア開発委員長を経て、現職。新聞・雑誌掲載記事は1500件を超える。書籍出版は61冊に及び、著書に『西山ゼミ就活の奇跡』(プレジデント社)等がある。

約5割の学生が支援を求め、多い相談事は"自己分析"

一橋大学の就職に関する現状や、取り組みの内容を把握するため、訪れたのはキャリア支援室。学生のキャリア支援や就職活動支援を目的に、個別相談をはじめ会社説明会やガイダンス、面接セミナーの実施等を担っている。お話を伺ったのは、ご自身も一橋大学の卒業生である西山昭彦特任教授。過去には民間企業や研究機関に籍を置き、現在は週5コマの授業も受け持つ特任教授でキャリア開発のプロだ。まずは学生の就職活動における近年の傾向について尋ねてみた。
「メガバンクや商社の人気の高さは、昔も今も変わりません。近年の変化として見受けられるのは、富士フイルムや東レなどに代表される化学メーカーや、三菱地所や三井不動産といったディベロッパーに注目する学生が増えたことですね。将来性や発展性に対する期待の表れだと思います。そして、学生が就職に求める条件で多いのが、権限委譲があり"早くキャリアアップできる企業"や、人気があるアジアを中心に"海外で活躍できる企業"です」
一般的に大学のキャリア支援室といえば、就職活動に苦しむ学生にとっての"駆け込み寺"的な存在だ。一橋大学ではどれくらいの学生が、どんな目的で足を運んでいるのだろうか。
「意外だと思いますが、就職を希望する学生の約5割が利用しています。1年間で実施した個人面談の回数でいえば、延べ約2500回。利用する学生は何度も足を運ぶ傾向がありますね。ただ、そこは一橋大生ですから"なかなか内定がもらえない"といった相談もある一方、就職活動を前に"自分に向いている企業"をアドバイスしてほしいという相談が多いです。働く前に決定的な進路を決める新卒主義のもとで、自己分析に苦しむ学生は一橋大学に限らず少なくありません」
西山特任教授は長年にわたり異業種の数百社、2000人の人々と交流を持ち、産業界を知り尽くしているだけに、面談に対する学生の期待も大きいようだ。

実際の就職率が97%と驚異的な理由

「説明会を実施させてください」と一橋大学を訪れる有名企業は後を絶たない。2015年3月卒の就職率は97%。景気にかかわらず、学生にとっては"売り手"市場といえるだろう。それだけに、"自分に向かない企業"に受かってしまうというケースも少なからずある、それは後でミスマッチを生むリスクになると西山特任教授は指摘する。
「よくあるパターンは、金融と商社を同時に志望するケースです。金融は規制の多い業界で、正確性、高効率性が求められます。一方で、商社は常に新分野のビジネスを創造していく業界。求められるルールや資質が異なり、働き方を理解していれば、通常はこの両方を同時に志望することはないはずです」
同じ業界であっても、たとえば企業ごとに異なる"社風"や"気質"も見逃せないポイントだ。業界ナンバー1を目指して成長を追いかける企業もあれば、各ステークホルダーへの貢献に高い意識を持つ企業もある。さまざまなカラーの違いを熟知したうえで、本人の個性、仕事への思いと企業との"マッチング"を行うことが、キャリア支援室の重要な使命だと西山特任教授は力説する。
「私たちが重視しているのは、学生が選んだ就職先に対する"満足度"の高さです。2014年に実施した学生への調査では、就職活動の満足度は86%。この数字は、日本の大学の中でもトップクラスだと思います。入社後の満足度を含めてさらに高めていくために、今後もマッチングを核とした支援にこだわっていきます」
企業が学生を採用したい大学であるという現状に加え、大学卒業者に対する就職率の高さは、真の意味で"就職の一橋"であることを裏付けている。

すべての支援は、一橋大学で培った個としての価値を最大限に発揮させるためにある

西山特任教授曰く、人材は三つの条件が揃った時、力を発揮するという。先に触れた"マッチング"、そして"スキル"と"モチベーション"だ。
「一橋大生の強みとして企業から評価が高いのは、スキルとしての"論理的思考力"です。高いモチベーションの持ち主ということでは、目標に向かって困難に耐えながらひたむきに頑張る"運動部"や、異文化の中で切磋琢磨できる"留学"の経験者であれば、さらに就職で成功しやすいタイプといえるでしょう」
ここで、強化が必要なポイントについても尋ねてみた。
「学生と接していて感じるのは、たとえば"周囲へのインパクト"ですね。グループディスカッションの場で存在感を示す発言力や影響力は鍛錬の余地があると思います。そういう意味では、"第一印象マネジメント"も不足していると感じています。コンテンツに自信があるだけに、他者に自分をアピールする意識が弱いのかもしれません。一橋大生は真面目で優秀と思われる反面、地味で堅いといったイメージもあるので、ぜひとも改善したいところです」
キャリア支援室はこの数年、新たな支援策の導入に意欲的だ。たとえば、内定を獲得した4年生が実体験に基づくアドバイスや指導を、就職活動前の後輩に直接行う『就活サポーターズ』という仕組みは、前述の強化ポイントに対する改善策として機能し、活用する学生も多いと聞く。本年も1学年から80人の学生が志願しているという。
「今後、卒業生の会社、仕事への満足度や身につけておけば良かった点、人事担当者の卒業生への評価、補強してほしい点を調査し、大学のキャリア教育の中身をさらに向上させたいと思っています」
すでに実施されている支援策もバラエティーに富んでいる。1900社に及ぶ一部上場企業が存在する中で、3年次の春に『インターンシップの紹介のセミナー』を行い、自分と企業のマッチングを図る有効な機会として夏のインターンへの参加を促している。また、働くフィールドを広くとらえてもらうため、3年次の秋に13回の『業界研究講座』にも力を入れていると聞いた。そこには、将来経営メンバーとなる人材が、特定の人気企業に集中するより、さまざまな業界で幅広く活躍してほしいという思いもあるようだ。西山特任教授はこう締めくくる。
「一橋大学で培った個としての価値を、社会で最大限に発揮できるような支援をすることが大学の使命と考えています」
それでは実際に、一橋大生はどのような就職活動を行い、どのような考えや価値観で企業を選んでいるのだろうか。次ページでは代表的な事例として2人の学生の体験談をご紹介する。

学生「就職活動アンケート」調査結果

調査概要

実施期間 2014年7月9日から2014年8月3日
実施方法 Webにてアンケート回答サイトを作成し、学生に対してメール配信により依頼
回答対象 2015年卒の就職活動を経験した一橋大学の学生(学部生)(留学生を除く)
回答数及び回答率 218人(19.9%)

OB・OG訪問で会った先輩を見つけた方法(複数回答)

図1

内定を取るにあたり、どんなことに苦労しましたか。(複数回答)

図2

就職活動の結果は満足できる内容でしたか。(下表は入社予定の業界別)

図3

有名企業400社の実就職率の推移

順位 大学名 所在地 2015年 2014年 2013年
1 一橋大学 東京 57.9% 55.6% 54.5%
2 東京工業大学 東京 53.9% 55.9% 53.7%
3 慶應義塾大学 東京 46.4% 43.9% 41.6%
4 電気通信大学 東京 37.4% 29.2% 30.3%
5 早稲田大学 東京 36.1% 32.9% 30.3%

実就職率(%)は、就職者数÷(卒業者数-大学院進学者数)×100で算出。有名企業400社とは、日経平均株価指数の採用銘柄に加え、会社規模や知名度、大学生の人気企業ランキングなどを参考に選定した。
※東京大学は一部未回答のため掲載していない。

出典:2015年大学通信調べ「有名企業400社の実就職率ランキング」

内定者Interview 01

竹内紗和子さん写真

10年後、20年後、
どんな人生を過ごしていたいのか。
自分に問う就職活動でした

社会学部4年 竹内紗和子さん

内定先企業:トヨタ自動車株式会社

"志望していない"業種に触れることも、マッチングを確かめる近道

一橋大学において女子学生は、依然として少数派。一橋大生を採用したい企業からは、男子学生以上に注目される存在といえるだろう。ましてや、社会学部4年の竹内紗和子さんが選んだ製造業においては、女性社員の採用は難しいといわれるだけになおさらだ。彼女の就職先決定までのプロセスに迫ってみた。
「考えたことが形になり、商品となって愛着が湧く。そんなモノづくりの魅力に惹かれ、就職を意識した頃から漠然と"自分には製造業が合う"と思っていました。とはいえ、初めから進路を絞るのは怖かったので、本当に自分と相性がいい業界なのか、確かめてみようと就職活動を始めたんです」
竹内さんが最初にとったアクションは、意外にも"製造業以外"の業界に触れることだった。
「金融、シンクタンク、不動産、経営コンサルティング、ITなど、気になった業界について研究し、就業体験ができるインターンシップにも4社ほど参加しました。しかし、働きがいや働く心地よさを感じる企業はありませんでした」
個の活躍よりも、フォア・ザ・チームの精神を大切にしたい。そんな自分の価値観に気づいたことも、モノづくりに総力を結集して取り組む製造業に絞る決意につながったという。就職活動中のエピソードについて尋ねてみた。
「面接などを通じて感じたのは、一橋大学出身というスペックだけでも自分を"差別化"できるということです。論理的思考力があるといったイメージが、スタートラインに立った時から有利に働くのは確かですね。一方で、"堅い""地味"といったイメージも企業側にあると分かっていましたから、人とのコミュニケーションが好きで明るい性格ということを印象付けられるよう、自分なりに対策を立てて臨みました」
前ページで西山特任教授が必要性を説いていた"周囲へのインパクト"や"第一印象マネジメント力"の強化に、彼女が自ずと取り組んでいたことも就職活動での勝因といえるだろう。

軸からぶれることなく、悩んだ末の選択なら後悔しないはず

第一志望の企業に内定した彼女だが、振り返れば就職活動は"自分と向き合う時間"だったと話す。
「就職活動を始める前、まずは自分にいろいろな質問をぶつけました。どういうことなら頑張れる?
どんな人々や環境の中に身を置きたい?
人生において大切にしたいものは何?と。かなりの時間を費やしましたが悩んだかいがあって、次第に将来に対して希望していることが明確になっていきました。①やりがいを持って働きたい、②仕事と家庭を両立できる会社に勤めたい、③幸せな家庭を築きたい、そんな項目でした」
入社を決めた自動車メーカーは、彼女にとって"自分が理想とする人生"を最も実現しやすい選択肢だったという。
「私の出身地である愛知県に本社があり、子どもの頃から身近な存在だったことも後押しになりました。とはいえ、そのことが決めた理由ではありません。自動車業界は今後ますます資源環境問題と対峙していくことになりますし、将来性でいえば不透明です。ですから、ある意味でリスクをとるという選択でもありました。ただ、不安を上回る魅力を感じたのは確かです。まだまだ男性社員の比率が高い業界ですが、ここ最近ダイバーシティの推進に力を入れ、これからもっと女性にとって働きやすい職場になっていく手応えが決め手になりました」
最後に、就職活動を成功させる秘訣について聞いた。
「就職先を選ぶにあたって、何にプライオリティを置くかは人それぞれです。私の場合は、家庭と仕事の両立にも重きを置き、長く働き続けられる環境を条件にしたわけですが、"10年後、20年後、どんな人生を過ごしていたいのか"と考えてみたことが良かったと思います。導き出した選択の軸からぶれることなく企業を選べば、相性は合うはずですから」
ベストな選択かどうかは、やってみないと分からない。しかし、悩んだ末に決めたことであれば後悔することはない。そう彼女は付け加えた。

(2016年1月 掲載)