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「文理共創」による イノベーション創出へ

  • 一橋大学
  • 産業技術総合研究所

2017年冬号vol.53 掲載

住む世界が180度異なる。これは「ビジネス」と「科学技術」の関係にも当てはまるフレーズと言えるだろう。二つの世界の間には「知の谷」が存在し、それがグローバル社会の中で日本の競争力を鈍化させる一因だと指摘する声もある。今回レポートするのは、言わば「谷に橋を架ける」画期的な試み。社会科学の研究総合大学として産業界のリーダーを輩出してきた一橋大学と、最先端の産業技術を生み出してきた産業技術総合研究所が、「文理共創」によるイノベーション創出に向けて動き出した。

それは、ALL JAPANによるイノベーション・ナショナル・システムの構築

一橋大学と国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)による産学官連携・協力に関する協定が締結された。産総研が社会科学系の大学と提携するのは初の試みである。一橋大学もまた、国立研究開発法人と提携するのは初めてだ。狙いは、ビジネスと科学技術の両方の視点を併せ持つ「文理共創型コンサルティング」と「高度経営人材の育成」により、未来のビジネスとそれに対応できる人材を生み出すことにある。
締結式は如水会館にて2016年10月12日に行われ、蓼沼宏一学長と中鉢良治産総研理事長によって協定書が取り交わされた。

蓼沼学長

「一橋大学は、社会科学の基礎研究を企業経営の革新などにつなげる実学を重視してきました。現在、社会の諸問題の解決には文理両方の知見が必要です。経営者層をはじめとした各分野の人材には、文理を横断した専門知識や、それに基づく洞察力や判断力が欠かせません。一方で、イノベーションにおいても科学技術の進歩が社会の果実に結び付くためには、経営、経済、法律などの知見が必須です。そうした社会的要請に対して、文理共創による研究と教育によって的確に応えていきたいと考えています」(蓼沼学長)

中鉢理事長

「産総研の大きな特徴は、産業界と密接な連携協力関係を築き、技術を社会に送り出す橋渡し役として取り組んでいる点にあります。しかし、研究が技術に転化し、事業化・産業化に発展していく流れにおいては、理と文が共鳴しながら共創のプロセスに入っていくことは必然であり、もはや不可欠です。今回の包括連携をたとえるなら、研究者とビジネスプロデューサーによる協働。産業界が求めるニーズに応じた技術シーズ(種)の橋渡しが加速し、社会の要請に即した社会実装が実現できると確信しています」(中鉢理事長)

一橋大学と産総研は「真の実学」を追究するという根幹で共通点を持つ。今回の包括連携は、まさにイノベーション・ナショナル・システム構築の起点となるだろう。

「文理共創型コンサルティング」と「高度経営人材の育成」によって、日本発のイノベーションを創出

協定によって実施される内容には、二つの大きな柱がある。
一つ目は、未来のビジネスを企業とともに創造する「文理共創型コンサルティング」の実現だ。産総研が行ってきた従来の技術的なコンサルティングに、一橋大学が有する社会科学的知見によってマーケティング・金融・会計・経営・法律などの観点を加え、将来技術から予測したビジネスモデルやビジネス実現の可能性を踏まえた開発方針などを企業に提案していく。
二つ目は、経営と技術の両面から教育・研究を実施して行う「高度経営人材の育成」である。技術を理解できるCEO(最高経営責任者)や、経営ができるCTO(最高技術責任者)を産業界に送り出していく。具体的には、「イノベーション・マネジメント博士課程」や「CTOエグゼクティブ教育プログラム」などの各種教育プログラムの開発を予定している。一橋大学がビジネス教育を、産総研が科学技術教育を担当し、最先端技術の経営的意義やイノベーションを創出する経営についても討論する共創教育を実践していく計画である。
共創の場ができることによるメリットは双方にとって大きく、知の谷が埋まる期待も高まる。それぞれの強みを活かした連携によって創出される日本発のイノベーションに注目したい。

国立研究開発法人産業技術総合研究所とは?

「技術を社会へ」をスローガンに、研究成果を産業界などへ還元することで社会貢献を目指す国立研究開発法人。基礎研究段階の技術シーズを、民間企業等による事業化が可能な段階まで発展させる「橋渡し」を積極的に進めています。

1882(明治15)年に農商務省に設置された地質調査所を起源とし、さまざまな産業分野の研究を行ってきました。2001年に、それ以前の通商産業省(現経済産業省)の所管であったつくばの8つの研究所と全国7地域の拠点を、統合・再編して設立されました。

900億円超の予算を活用し、約2300人のプロパー研究者(大学・企業等からの研究者などを含めると約9000人)が、日本の産業技術のほぼすべてをカバーできるほどの分野において、研究開発に取り組んでいます。ボーイング787旅客機の炭素繊維や、スマートフォンのタッチスクリーンに使用される透明導電膜など、産総研のオリジナル技術も多くあります。2016年3月の「世界で最もイノベーティブな国立研究機関」(ロイター通信社)では第7位に選ばれています。

2016年10月には、物質・材料研究機構、理化学研究所とともに「特定国立研究開発法人」に指定されました。これまで以上に大学、企業との連携を強め、人工知能技術やIoT技術の活用による「ものづくり」「サービス」「ロボット」「医療」の高度化など、新たな取り組みを加速させます。

企業の「事業戦略も一緒に考えてほしい」という要望に、文理共創型コンサルティングで応える

瀬戸 政宏氏

国立研究開発法人 産業技術総合研究所 理事・イノベーション推進本部長

瀬戸 政宏氏

産総研の得意領域は、言うまでもなくテクノロジーです。これまで技術アドバイス、分析・評価、先端技術調査など、技術コンサルティングを通じて企業の事業化をサポートしてきました。扱う件数も平成27年度は83件、平成28年度は130件以上(9月時点)と昨今急激な伸びを示しています。
一方で、期待に応えられない領域もありました。未来のビジネスにつながるイノベーションの創造です。技術予測やロードマップ作成まではできても、「どのような技術を研究開発すれば未来のビジネスを創出できるか」に対する回答となると、専門外と言わざるを得ませんでした。今後は包括連携によって文理共創型コンサルティングを実現し、「事業戦略も一緒に考えてほしい」というオーダーに応えたいと考えています。

図1

文理共創型コンサルティングでは、ヘルスケア産業における顧客拡大モデルと開発方針の提案などが例としてあげられます。そのようなケースで我々が特に期待しているのは、イノベーション創造のための理論構築です。ドアを開ければ、社会科学における最先端の知見やネットワークが国内外につながっている。それが一橋大学との共創の道を選んだ理由でもあります。
まずは人的交流を活発に行っていきます。一橋大学の選ばれた教員の皆様には「産総研イノベーションコーディネータ」という肩書きを持っていただき、サポート企業での経営陣との議論に加わっていただく予定です。一方で、産総研からは、一橋大学の高度経営人材育成プログラムに教員として技術員を派遣します。構想レベルでいえばプランは膨らむばかりです。高度経営人材育成プログラムに参加される学生の皆様を産総研に招き、先端テクノロジーに触れていただく。地震など非常時でも企業が存続できる対策などを講じるBCP(ビジネス・コンティニュイティ・プラン)の研究などでも知の共有ができると思います。
当面の目標として掲げているのは、企業に対する文理共創型コンサルティングの成功事例をまずは1件つくること。1件生まれれば、今後の連携のあり方の指針となりますし、日本発のイノベーション創出は加速していくはずです。(談)

図2

技術コンサルティング
技術アドバイス、分析・評価、将来の連携も視野に先端技術調査等を実施

二つの経営人材育成プログラムで、ダイナミックなイノベーション創出を加速化

沼上 幹

一橋大学 理事・副学長

沼上 幹

日本でイノベーションを活発に生み出していくには、科学と技術と商業化という異質な活動の間に連携がとれなければなりません。かつて、科学に注力していれば、その知識がそのまま技術へと流れ、その後、ビジネスを生み出すと素朴に考えていた時代がありました。しかし、科学と技術とビジネスの世界は、それぞれを担う人が異なるコミュニティに属しているのでなかなかつながりません。これらのコミュニティをつなげていくことができなければイノベーションの活性化は達成できません。今日本に必要とされているのは、異なるコミュニティをつなげる経営人材です。その経営人材育成を通じてイノベーション創出に貢献したいと考えています。

図3

日本のイノベーションを促進する人材育成
「科学」「技術」「ビジネス」異なる社会を結びつける経営人材
ダイナミックなイノベーション創出社会を作る

具体的には二つの教育プログラムを考えており、一つ目は「イノベーション・マネジメント博士課程」です。理系の修士号を持つ企業の技術者を対象に、働きながら経営学の博士号を取得していただく夜間教育プログラムで、現在企画準備中です。一橋大学は、経営やファイナンスなどの基礎教育を体系的に行い、イノベーション経営に関する研究成果を盛り込んだ教育を担います。産総研の皆様には、各種技術分野の最先端事例の解説や考察、技術開発から事業化につながった多様な事例の紹介などを行っていただきます。双方の指導担当者が一つの教室で同じ教壇に立ち、学生とディスカッションを積み重ねるなど、真の共創教育を行っていきたいと考えています。
二つ目は「CTOエグゼクティブ教育プログラム」です。将来のCTO(最高技術責任者)候補として期待される上級管理者を対象として、経営者としての思考を体系化するプログラムを構想中です。
一橋大学も産総研も、基礎研究と社会応用の双方で実績がある点は共通の強みだと思います。ポテンシャルの豊かな土壌を持ち、社会科学と自然科学という二つのインターフェイスで共創できることは大きな価値がある。そう考えています。(談)

図4

経営人材の育成イノベーション・プラットフォーム中期・長期の基盤
イノベーション・スペクトラムをつなぐ経営人材の育成
育成/効果のタイムラグ → 対象者の階層別に実行

(2017年1月 掲載)