学長見解 一橋大学強化プラン(2):基盤構築と社会ニーズへの対応
- 一橋大学長蓼沼 宏一
2017年春号vol.54 掲載
平成27年3月に、私は学長見解「一橋大学強化プラン(1):3つの重点事項」を発表し、一橋大学のミッションと教育研究の機能強化へのプランについて述べました。その具体的なプランは、大きく3つの柱からなります。
- 一橋大学社会科学高等研究院を中核とする世界最先端の研究の推進
- 質の高いグローバル人材の育成
- 世界水準のプロフェッショナル・スクールの構築
ここでは、各重点事項の進捗状況と新たな展開をレビューし、それを踏まえて今後の運営方針を述べます。
一橋大学社会科学高等研究院を中核とする世界最先端の研究の推進
一橋大学は、世界及び日本の社会、経済、法制等における諸課題の解決と制度改革に資する研究や、企業経営の革新に結実する研究など、「真の実学」としての学問の研究に強みを持ち、社会の改善に貢献するとともに、実学の基盤である基礎・応用研究も重視してきました。実学の拠点としての本学の機能を一層強化する中核となるのが学長直属の一橋大学社会科学高等研究院です。社会科学高等研究院は、全国共同利用・共同研究拠点である経済研究所をはじめ、各部局とも連携して、世界最先端の研究を推進していきます。
社会科学高等研究院には、2つの主要な役割があります。
- 国際共同研究のハブ:国際的研究ネットワークを更に拡充・活性化し、国際共同研究を促進する。
- 重点領域研究の推進:世界及び日本における喫緊の社会的課題に対し、学際的に取り組む研究を推進する。
第1の役割である国際共同研究の促進のため、社会科学高等研究院では各専門分野をリードする海外の研究者を多数招聘し、招聘された研究者はコンファレンス、セミナー等での研究発表、論文の執筆と本学Discussion Paperとしての公刊、大学院ゼミナールにおける大学院生の研究指導などを行ってきました。また、国際公募により世界の若手研究者をポストドクトラルフェローとして雇用し、活発な研究活動を展開しました。今後は、世界の先導的な研究者を半年から1年程度のより長い期間で招聘し、本学教員との国際共同研究を更に促進します。
また、平成27年及び28年の8月には、社会科学高等研究院主催のHitotsubashiSummer Instituteという新たな企画において、異なる4分野の国際ワークショップを同時期に開催し、異分野間の交流も実現しました。こうした取組を通じて、国際的な評価に堪える研究成果をより一層多く本学から発信していきます。
第2の役割である重点領域研究としては、平成26年度に開始した「グローバル経済システムの新設計」に加えて、平成27年度には「医療経済の高度研究」がスタートしました。
重点領域研究「グローバル経済システムの新設計」では、経済の急速なグローバル化に伴う世界経済の不安定性、所得と富の格差拡大、世界的な環境破壊などの諸問題の解決にはグローバル経済システムの新設計が必要であるという問題意識の下、一橋大学が強みを持つ国際経済学、マクロ経済学・金融論、開発経済学、規範経済学等の諸分野をカバーする、グローバル経済システムの新設計に向けた学際的研究プロジェクトを進めています。
重点領域研究「医療経済の高度研究」では、人口の高齢化に伴う医療・介護・社会保障に関わる諸課題の解決に向けて、経済、財政、社会保障、会計、経営、法務などの広範な社会科学分野を横断する研究を進めます。また、医療の実務や医療工学に関する知識も不可欠であることから、東京医科歯科大学及び東京工業大学との連携を更に強化していきます。平成28年2月には、社会科学高等研究院の下に「医療政策・経済研究センター」を設立し、関連する諸分野を専門とする学内の教員を結集するとともに、イギリスのヨーク大学等、国内外で医療経済学の分野をリードする大学・研究機関との広範な連携も進める方針です。
質の高いグローバル人材の育成
一橋大学は、特色ある少人数ゼミナールを中心として、高い水準の研究と一体となった良質な教育により、一人ひとりの学生を丁寧に育成し、産業界をはじめ各界において国際的に活躍する人材を送り出してきました。今後も、グローバル社会に貢献し得る質の高い人材、すなわち、広い視野から課題を発見し、深い専門知識に基づいて論理的に考え、課題解決への道筋を見出す力、自らの考えを他者にも分かりやすく伝える力、そして、世界の多様な国や地域の人々とも相互に理解し、尊重し、協働する柔軟性を持つ人材を育成します。具体的には、以下のような取組を進めていきます。
1.海外の交流協定大学との交換留学を着実に拡充する。「一橋大学海外派遣留学制度」において選抜試験により奨学金を得て1年間、交流協定大学に留学する学生数は、平成28年度は110人前後(学部1学年全学生数の11パーセント)である。今後も相互信頼をベースに交流協定大学の数を増加させつつ、本奨学金による派遣留学生数を平成33年度までに150人以上にすることを目指す。
2.一橋大学の特色であるゼミナールをベースとした海外調査等を更に充実させ、学生が明確な問題意識と目的意識を持って海外研修に臨むことを促す。
3.商学部と経済学部で平成25年度から行っている「グローバル・リーダーズ・プログラム」を、平成29年度より法学部と社会学部でも実施する。これにより、全学部において、特に意欲と能力の高い学生に対してより一層高度な専門知識とコミュニケーション力などを磨く機会を与える。
4.平成29年度より、以下の内容を骨子とする学期制改革と学士課程改革を実行する。
- グローバル社会で必要な英語力を学生に身に付けさせるため、英語コミュニケーション・スキル科目8単位を必修化する。
- 4学期制の導入により海外の大学のサマースクール、海外インターン、語学研修等に参加しやすい仕組みを作る。
- 伝統的に学部間の垣根が低い本学の特色を生かし、他学部科目を必修化する。複数の専門分野のものの見方・考え方を、各分野で先端的な研究を行っている教員から吸収することにより、幅広く深い教養を備えた学生を育成する。
- 新たに「集中講義学期」を設置し、集中的に学ぶことでより高い効果が期待できる語学教育等を企画し実施する。
- これまで以上に密度の高い授業を実施して、学生の学修時間を増加させる。それに伴い、学士取得の必修単位数を144単位から124単位に削減する。
5.平成30年度入試より、これまで商学部のみで行われてきた推薦入試を全学部で実施する。推薦入試では、一定の基礎学力を備えつつ特定領域で高度な知的訓練を積み重ね、その才能を発揮してきた多様な背景を持つ学生を、多面的・総合的に評価する。
世界水準のプロフェッショナル・スクールの構築
現代では、高校を卒業した若者だけでなく、幅広い年齢層の人々が知識をアップデートし、専門的能力をブラッシュアップするため、大学で学びたいという意欲を持っています。大学はこうした社会の人々の要請に応える責務があります。
一橋大学は、ビジネス、法、公共政策等の分野における高度専門職業人(プロフェッショナル)の養成にも強みを持ち、その教育の質は日本で最高レベルの評価を得てきました。しかし、海外の有力なプロフェッショナル・スクールと比較すると、特に規模の面で大きな差があるのが現状であり、近い将来に増大が見込まれる高度専門職業人教育に対する社会的ニーズに充分に応えられる体制の整備が急務です。そこで、教育研究の質と規模の両面で世界水準のプロフェッショナル・スクールを構築していくため、大学院商学研究科、法学研究科、国際企業戦略研究科の3研究科を再編統合し、平成30年4月に、「一橋ビジネススクール(経営管理研究科)」と「一橋ロースクール(新たな法学研究科)」を発足させます(設置予定)。これにより、ビジネスと法の高度専門職業人教育において、より効果的に人材と資源を集中させ、学生に一層多様な学習の機会を提供することが可能になります。
この再編統合は、大学組織の大きな改革となるため、特に新研究科(経営管理研究科)の設置を円滑に進められるように、平成28年度に「ビジネススクール教育開発センター」を設立し、新研究科発足までは学長直属の組織として、新たな研究科における教育研究のグランド・デザインを行いつつ、組織整備を着実に進めていきます。新研究科では、千代田キャンパスにおいて、従来の教育プログラムに加えて平成30年度より新たに「経営管理プログラム」を平日夜間・土曜に開講する計画です。
今後、どの分野の高度専門職業人教育においても国際化がより一層重要になります。これまで法曹養成で最高水準の評価を得てきた本学は、世界で活躍できる法曹・法務人材を育成するため、その中核となる教育研究組織として「グローバル・ロー研究センター」を平成28年度に設立しました。本センターでは、海外エクスターンシップや海外のロースクールへの短期留学等を含む新たなプログラムを構想しています。また、法科大学院を修了した若手弁護士や法務・企画部門勤務の若手企業人を対象に、現代のグローバル・ビジネス・ローに精通した法曹・法務人材を育成するための先端的・実践的なリカレント教育も企画しています。さらには、グローバル・ローに精通し、理論と実務を架橋する次世代法学研究者を育成するための系統的プログラムも実施しています。
ビジネススクールが国際的な高評価を得るためには、カリキュラムの国際的な通用性を高め、世界レベルで教育の質保証となる国際認証を獲得することが必要です。現在、国際企業戦略研究科と商学研究科が米国に拠点を置くビジネススクールの国際認証機関AACSBの認証を取得するプロセスを既に開始して着実に進展させています。
一方、経営幹部層を対象とする教育プログラムも拡充します。これまでも英語のみを教授言語とするMBAコースを提供してきた国際企業戦略研究科では、平成29年度から新たに「Executive MBAコース」を開設し、経営幹部やその候補者を対象に実践的なテーマについて英語で授業を行います。また、日本語で講義と密度の高い討論を行う短期集中のエグゼクティブ・プログラムも更に充実させ、多様な層の教育ニーズに応えていきます。「一橋大学コラボレーション・センター」において商学研究科が実施しているプログラムでは、経営者の能力向上を目的として既に長年の実績のある「一橋シニアエグゼクティブプログラム」に加えて、平成27年度には企業の最高財務責任者(CFO)及び財務担当者を対象とする「一橋大学財務リーダーシップ・プログラム」がスタートしました。これらのプログラムは、新研究科にも引き継がれることになります。
さらに、社会科学高等研究院における重点領域研究「医療経済の高度研究」と密接に連動する教育プログラムとして、医療・社会保障等の分野における高度専門職業人を養成する「医療経済高度専門職業人養成コース」を平成29年度に創設します。既に本学は学部レベルで東京医科歯科大学と連携して、四大学連合の複合領域コース「医療・介護・経済」を実施してきました。これを大学院修士レベルにも拡張し、東京医科歯科大学に加えて医療工学等の分野で東京工業大学の協力も得て、より高度な専門知識と分析能力等を備えた高度専門職業人を養成する教育プログラムを実施します。
社会の新たなニーズに応える教育研究の強化
本学は、上で述べた3つの重点事項を中心事業として、中長期的に社会科学における世界最高水準の教育研究拠点を目指し、その基盤を構築していきます。
一方で、変化のスピードが格段に速くなった現代においては、大学に対する社会のニーズも刻々と変化していきます。このような時代に、社会改善への貢献と高度な人材の育成という本学の使命を達成するためには、常に時代の先を見据え、10年後、20年後の社会をより良いものとし、またそこで活躍し得る人材を育成する取組を、タイムリーかつ的確に打ち出していく必要があります。すなわち、実学の府としての本学が将来にわたり社会に貢献し続けるためには、社会科学の基礎・応用研究と基幹的な教育システムという堅固な基盤の上に、社会の新たなニーズにも柔軟に応えていかなければなりません。具体的には、本学は以下に述べる2つの取組を今後進めていきます。
第1に、急速な情報技術の進歩とともに重要性を増している、社会分析のための数理・情報分野の教育研究を強化します。技術進歩により、社会、経済、経営、金融、公共政策、医療等の領域においても、ビッグデータ等を活用した分析と、それに基づく制度・政策の改革やビジネスモデルの革新への社会的要請が今後ますます高まると予想されます。そこで、社会科学における革新的な応用データ分析の研究を推進するとともに、その研究成果を生かし、数理・情報の基礎から最先端の統計分析や業務用データを活用した多様な社会分析実例まで、体系的な教育プログラムを開発し、実社会でデータとエビデンスに基づく意思決定のできる高度な人材を育成します。
第2に、今後の日本の経済成長と社会発展の推進力として期待されている観光産業をはじめとするホスピタリティ産業に対して、高度な経営能力を有する人材を供給するためのプログラムを開発し、実施します。多様な年齢層から経営者人材を養成するため、短中期的なスパンで経営者人材を養成するエグゼクティブ・プログラムと、長期的な視野で経営者人材層を創生するMBAレベルのコースを構築します。
財政基盤の強化
以上、本学の教育研究における重点的取組について述べました。こうした多様な取組を実行するためには、それを支える財政基盤の強化が必須です。引き続き国立大学法人運営費交付金の安定的確保に努めつつ、大学独自の財源の拡充にも注力しなければなりません。
本学は、平成16年度に「一橋大学基金」を創設し、同窓会組織である如水会とも密接に連携して募金活動を展開し、卒業生を中心に多くの方々から寄附を頂きました。それでも、巨額のファンドが教育研究を支えている海外の有力大学との財政力格差は非常に大きいのが現状であり、今後は一橋大学基金の中でも長期的なファンドとなる、すなわち使途を特定せず広く大学の教育研究の財源となる「一般(基盤事業)寄附金」を増強していかなければなりません。そのため、大学のビジョンと取組を明示し、広報を充実させることによって、教育研究を支える財政基盤を強化するための寄附について社会の理解を広めていきます。
さらに、寄附金以外の財源の多様化も必要です。具体的には、「一橋大学コラボレーション・センター」において実施しているエグゼクティブ・プログラムを拡充し、対象領域を広げるとともに、受託研究・コンサルティング等の研究成果を活用した事業等を発案・実行し、その収益を教育研究に還元していきます。
言うまでもなく、大学は営利企業ではないため、こうした事業によって大学本来の使命である研究と教育が疎かになることがあってはなりません。他方、社会の課題を発見し、その解決への道筋を示すことを目指す「実学」を担う本学には、現実の社会や企業等との接点を多岐に作ることによって、新たな社会的課題や人材育成への要請を見出し、研究と教育の発展に繋げることも可能な領域があると考えます。社会のニーズに応える事業を行う中で、研究・教育の課題を発見しつつ、事業収益を新規研究分野の開拓や人材の増強に活用するという好循環が生まれるように、様々な事業の全体構成を作り上げていきます。
(2017年4月 掲載)