一橋大学創立140周年記念講演会シリーズ第3回 『グローバルな社会と法の役割 ─一橋大学におけるグローバル・ロー研究・教育の展開』
2018年冬号vol.57 掲載
蓼沼 宏一学長
義本 博司氏
文部科学省高等教育局長
相澤 英孝教授
国際企業戦略研究科
仮屋 広郷教授
法学研究科
若林 茂雄氏
岩田合同法律事務所代表パートナー・弁護士
阪口 正二郎教授
法学研究科
宮内 博史氏
国連難民高等弁務官事務所マレーシア事務所・准難民認定審査官
佐野 綾子氏
鈴木・曽我法律事務所・弁護士
葛野 尋之教授
法学研究科長
法学研究と法学教育が直面する課題
2017年10月28日(土)、如水会館2階スターホールにおいて、一橋大学創立140周年記念講演会シリーズ第3回『グローバルな社会と法の役割─一橋大学におけるグローバル・ロー研究・教育の展開』が開催された。
「グローバル化」と「法化」が同時進行する現在、法学研究と法学教育はどのような課題に直面しているのか。その課題に対し、前頁で葛野尋之・法学研究科長がふれていたように、一橋大学が2018年4月の改組により、どのように取り組もうとしているのか。法学研究科・仮屋広郷教授と国際企業戦略研究科・相澤英孝教授による講演、一橋大学出身法曹によるパネルディスカッション、そして葛野研究科長による再編強化の説明を通して、改めて発信と共有が行われた。当日は台風22号が近づき、東京上空には雨雲が居座っていたが、卒業生をはじめ多くの関係者の参加により、熱気に満ちた講演会となった。
今こそ真剣に語られるべきグローバルな社会と法の役割
記念講演会は、蓼沼宏一学長による挨拶で幕を開けた。
一橋大学の歴史を振り返りながら将来の構想を展望するという記念講演会の趣旨を説明し、「グローバル人材の育成が創設以来のミッションであること」「グローバル人材は経済の仕組みだけではなく、法律や各国社会の仕組みを知らなければならないこと」に言及。さらに、現代社会ではグローバルに活躍できる法曹・法務人材の育成が急務であり、大学組織再編による新たな体制のロースクールの発足によって、一橋大学こそがその期待に応えられると述べた。そして、『グローバルな社会と法の役割』というテーマについて、「まさに今我々が真剣に考えなければいけない重要なテーマ」と語り、挨拶を締めくくった。
続いて、文部科学省高等教育局長の義本博司氏が来賓挨拶で登壇。
インハウスの弁護士の増加、不祥事対応にとどまらず新規ビジネスの立ち上げに向けた法務面からの戦略立案人材のニーズ、IT分野のように法が未整備な領域において法的リスクの検討ができる法務人材のニーズなど、産業界が直面している状況にふれ、グローバルな法務人材の養成に対する期待について言及。弁護士・検事・裁判官の法曹三者に加え、これからグローバル展開を図る企業にとって、産業と法の「接点」となって活躍できる人材がますます必要となると語った。
最後に義本氏から「一橋大学に新しいロースクールの地平を切り拓いてほしい」という熱いエールが送られ、講演者にバトンが渡された。
企業法制の潮流とその背景
一つ目の講演は、一橋大学大学院法学研究科・仮屋広郷教授による「企業法制の潮流とその背景」である。
この講演では、まず、近時のコーポレート・ガバナンス論は、効率性の観点からのモニタリングの話が中心で、アメリカン・スタンダードであるモニタリング・モデル──取締役会を業務執行から切り離し、その機能を業務執行者の監督に純化することを狙った経営機構──が、グローバル・スタンダードとして世界に広がっていること、そして、会社法が経済政策法の色合いを帯びるようになるとともに、株主中心主義や規制緩和を念頭に改革が進められるようになっていることが述べられた。その後、モニタリング・モデルがグローバル・スタンダードとされて世界に広がっている背景には、コーポレート・ガバナンス産業が、その活動の場を海外に広げようとして、あらゆるチャネルを使って影響を与えていることに注意しておく必要があることが指摘され、自分たちのビジネスチャンスが広がるように、世界の制度を画一化しようとしている力が働いていることを意識し、「攻めのガバナンス」をキャッチ・コピーとする現在の改革が、本当に日本社会のためになっているのかを冷静に考えてみる必要があることが述べられた。
そして、日本の会社法は、他の制度から孤立して存在しているわけではなく、外国の制度も含めたいろいろな制度の中に埋め込まれた歯車の一つに過ぎないのであるから、当然、国際政治上の駆け引きの影響も受けながら回っていくものであることが述べられ、本学におけるグローバル・ローの研究・教育が、社会全体を見渡す大きな視座から展開されていくことへの期待を込めて、講演は締めくくられた。
第四次産業革命と知的財産制度
二つ目の講演は、国際企業戦略研究科・相澤英孝教授による「第四次産業革命と知的財産制度」である。
財産権について、その保障がイギリスに象徴される近代経済の基礎となった意義を紹介した相澤教授は、情報を財産権として保護する「知的財産法」の意義と、第四次産業革命(=IT革命)との関わりの中での特許法の中心的意義を指摘するとともに、著作権法の変化、商標法の重要性の増大などに言及した。第2次世界大戦後、特許制度に消極的だった日本についてもふれ、日本経済の成長に資するためには、知的財産法、なかんずく、特許法による成果物を保護していくことが重要であると指摘した。その例として、アメリカが特許権を重視することで発展した歴史を紹介した。
そして、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン等の情報通信先端企業の台頭について、「かつて、IBMやマイクロソフトの市場支配への警戒感が日本を覆っていたが、それらの企業の社会支配は杞憂であった。新たな裁定実施権を規定するなどといった過度の警戒は不必要ではないか」と警鐘を鳴らした。そして、これからの経済発展のためには、国際貿易において知的財産法が保護されることが重要であるとした。
最後に、知的財産法の議論をする時には、「何のために」という制度の目的について議論する必要性を指摘し、相澤教授の講演は締めくくられた。
グローバル化のなかの法律事務と法曹養成
10分間の休憩を挟み、後半は「グローバル化のなかの法律実務と法曹養成」というテーマでパネルディスカッションが行われた。
法学研究科・阪口正二郎教授をコーディネーターに、元法科大学院特任教授の若林茂雄氏(岩田合同法律事務所代表パートナー・弁護士)、法科大学院修了生の佐野綾子氏(鈴木・曽我法律事務所・弁護士)、同じく法科大学院修了生の宮内博史氏(国連難民高等弁務官事務所マレーシア事務所・准難民認定審査官)という3人のパネリストが登壇。①グローバル化が進む中で法律実務家が直面している課題、②その課題に対処するために必要とされる能力・資質、③グローバルに活躍できる法律実務家養成の課題、④学部時代・大学院時代に学んでおくべきこと、などについて議論が交わされた。
パネリストがそれぞれの経歴・現在の実務等から現場感覚にあふれる意見を述べる中、法律実務家の資質においても、養成課題においても、「ソーシャル・エンジニアとしての気概・覚悟が重要」という共通の指摘がなされた。最後に阪口教授から提示された、「求められる資質において、ビジネスパーソンと法律実務家に違いはあるか」との問いに対しても、3名のパネリストからは「両者に求められるものに大きな違いはないが、法曹には、事案の公平な解決への尽力も求められる」という共通の認識が示された。
グローバル・ロー研究・教育の発展に向けた大学組織の再編強化について
記念講演会を締めくくるプログラムは、一橋大学大学院法学研究科長・葛野尋之教授による「グローバル・ロー研究・教育の発展に向けた大学組織の再編強化について」である。
「グローバルな法化社会を担う法曹・法務人材の育成」「それを支える世界水準のグローバル・ロー研究の推進」というグローバルな法化社会における一橋ロースクールのミッション。そのミッションを実現するために、組織再編(法学部と法務専攻〈法科大学院、ロー・スクール〉、ビジネスロー専攻、法学・国際関係専攻の大学院3専攻、グローバル・ロー研究センター)により、法学研究科の総力を結集して、人材育成~研究~社会的発信という「社会改善のための好循環」を実現するとの決意が葛野研究科長によって発表され、記念講演会は幕を閉じた。
(2018年1月 掲載)