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ビル・エモット氏如水会講演会+エルメスの会 自ら学び、発信する。 「エルメス」の躍動が始まった

  • 国際ジャーナリストビル・エモット
  • 一橋大学の女性卒業生有志の会エルメス

2016年夏号vol.51 掲載

2016年4月12日、東京・一ツ橋の如水会館で、一橋大学の女性卒業生有志の会「エルメス」の企画による如水会講演会「オープン・ソサエティーの重要性(The importance of the open society)」が開催された。
講師は、日本通で知られる国際ジャーナリストのビル・エモット氏。
今年3年目を迎えた「エルメス」は、人気の連載企画「一橋の女性たち」にご登場いただいた女性卒業生を中心に誕生したもの。タテ・ヨコ・ナナメのネットワークが自然に生まれ、さまざまな試みを実現してきた。
女性のキャリア形成やワークライフ・バランスなどをテーマとしたシンポジウム、ゼミ生も参加しての公開対談、商学部の授業との連動など、「エルメス」の活動は、「一橋の女性たち」の企画の中で、広がりを見せている。

ビル・エモット氏プロフィール写真

ビル・エモット

1956年ロンドン生まれ。オックスフォード大学卒業後、英国の伝統あるリベラル経済誌、エコノミスト誌の記者として、ブリュッセル支局に勤務。その後、国際的な注目を浴びていた日本に移り、1983年から3年間同誌東京支局長を務めた。1990年に出版した『日はまた沈む』で、日本のバブル崩壊を予測したことで国際的な脚光を浴びる。その後、若くしてエコノミスト誌の編集長に着任、社会主義陣営崩壊、中国の自由化と大きく変わる世界の中で、一貫して、格調高い雑誌のトーンを守りながら、グローバルなリベラリズムの論陣の新しいフロンティアを構築した。現在も幅広く活躍するが、激動する欧州の未来を論じる場として、Wake-up Europe財団を立ち上げ、運営にあたっている。

自由の殿堂の扉を開く

午後7時から始まった如水会講演会には、諸先輩をはじめ「エルメス」のメンバー、学部学生など幅広い年代の100人を超える方々が参加した。
国際ジャーナリストとして常に第一線で活躍してきたエモット氏が、この日講演テーマに選んだのは、「オープン・ソサエティー」。カール・ポパーが著した『開かれた社会とその敵』(原題"The Open SocietyAnd Its Enemies")に基づく用語だ。世界中を巨大な崩壊へと陥れた世界大戦の厳しい教訓として、1945年に出版された。エモット氏は、戦後70年は、大衆教育の普及、言論の自由、機会の平等という特徴を持つ「オープン・ソサエティー」が開花した素晴らしい時代であったと述べ、今はかつてないほどの脅威にさらされていると警鐘を鳴らした。
宗教的な不寛容、テロリズム、移民、経済停滞、ポピュリズム政治、言論の自由の規制・監視。東西陣営崩壊以降の経済の大きなグローバル化の、ある意味のつけが一気に噴き出しているかにも見える、現在の世界情勢。その中でこそ、今改めて、「オープン・ソサエティー」が必要だと、氏は強調する。女性のエンパワーメントは、その重要な要素だという。
本当に、女性のエンパワーメントは、国家を揺るがすような大問題と同列に挙げてよいほど、大切な問題なのだろうか?講演会の終了後、如水会館1階のレストランで、エモット氏と「エルメス」のメンバーによる懇親会が行われた。

講演会の様子

エルメス:今のこの世界状況の中でのオープン・ソサエティーの議論は、まさに的を得たものだと思います。それを、女性のエンパワーメントと結びつけたこと、しかもそれを、ビル・エモット氏が語ったことは、大変な意味がありました。

エモット氏:ははは、私のキャラは、まさに、オジサンですからね(笑)。

エルメス:日本政府は、女性の活性化を国家戦略と位置付けていますが、高度に教育を受けた人材を活かして、国力を高め、国際社会に付加価値を提供するための、国家的な投資という文脈ではなく、「かわいそうな人」を助けてあげるという、従来の福祉のスキームで対応しているように思えます。

エモット氏:どうして、これだけ高い教育を受け、国際的な経験も豊かな人材を眠らせておくんだ、とてももったいないと、ずっと思っていました。

エルメス:La Belle au bois dormant(眠れる森の美女)!一方で、エコノミストをはじめとする欧米のジャーナリストが、「日本の女性は虐げられていてかわいそう」という、昔ながらのトーンで記事を書くのも、違和感があります。

エモット氏:いや、私は、日本の女性たちがどんなに強いか、よく知っていますよ。篠田桃紅さん※1なんて、103歳で現役ですからね。

エルメス:欧州でも、1960年代ぐらいまでは、相当なジェンダー・ギャップがあったのですが、急速に変化しましたね。どうしてあれほど短期間にがらりと変わったのでしょう。

エモット氏:1980年代以降、イギリスでは産業構造の変化がありました。重厚長大産業からサービスセクターにシフトした。構造変革の中で新しい雇用機会が生まれ、労働に流動性が生まれてきます。その意味で、新しい富やアイディアの創造を阻害する要因を取り除いていくことが必要なのです。

エルメス:オックスブリッジ※2が男女共学になったのは1970年代ですね。

エモット氏:そうですね。教育の役割は非常に重要です。

エルメス:それなのに、もう、1979年に女性首相が誕生している。ヒラリー・クリントン氏の苦戦ぶりを考えると驚きです。政治の分野も、日本で女性の進出が遅れている分野です。女性のロールが、母か娘しかない。

エモット氏:サッチャー元首相は、働き者の逞しい母のロールを演じました。

エルメス:メルケル首相もそう。男性の首相は、お父さんキャラや息子キャラを演じていませんよね。女性は、プライベートでは個性を大切に生きているから、そのギャップが大きすぎるんです。

エモット氏:イギリスよりは、ドイツの方が、日本のモデルに近いかもしれませんね。産業資本主義と家父長制の伝統が今でも社会構成の基盤に影響を与えていると思います。

エルメス:クオータ制※3は有効でしょうか?底上げされて席を割り当てられるようでフェアではない感じもしてしまうのですが。

エモット氏:クオータ制は、原理的には、私の主義主張に反しているのですが(笑)、失敗を恐れずにやってみてはどうかと思います。何も変えずに、抑え込むよりもずっといい。

議論は終始白熱し、2時間の会合はあっという間だった。一橋の女性たちが元気過ぎて、もしかして「日本の女性は皆、アグレッシブで明るく前向きだ」と勘違いしないかしら?という危惧の声もあったほどである。自由の殿堂、われらが母校。オープンに開いてみてこそ、その本領は発揮される。2018年に開催を企画している「エルメス」の国際会議に向けて、一同、力をもらった。

  • 1 篠田桃紅(しのだ・とうこう):。ニューヨーク在住の画家、版画家。
  • 2 オックスブリッジ:イギリス・オックスフォード大学とケンブリッジ大学の併称。
  • 3 クオータ制:Quota System=政治システムにおける割当制度。

懇親会の様子1

懇親会の様子2

※今回の講演会は、エルメスと同窓会である如水会とのコラボで開催が実現しました。如水会から幅広いご協力を仰ぐことができ、このような盛会となったことに御礼申し上げます。

対談を終えて「黒帯のリベラリスト」

「一橋の女性たち」、今回は誰が登場するのだろう、と楽しみにページを開かれた読者は、ぎょっとされたかもしれない。男性、しかも、外国人のオジサン(失礼!)だ!『日はまた沈む』の頃からのファンの方ならばさらに驚かれるだろう。あのビル・エモットが、なぜ、「一橋の女性たち」のコーナーに?
来日にあわせ授業での講演をお願いしていたのだが、私は今学期学部の授業を担当していない。ゼミで特別にお話しいただくか。それではもったいないなあ、と思っていたところ、如水会が講演会として開催してくださることになった。
エモット氏が現在取り組んでいるのは、オープン・ソサエティー。聞けば、次のテーマは、女性のエンパワーメントとおっしゃるではないか。二つはつながっているテーマだという。それではということで、一橋の女性卒業生有志の会「エルメス」との共催という形を取り、講演会の後に懇親の場を持たせていただいた。
「『日本の女性はかわいそう』というスタンスはやめてくださいね」
日本通で知られる、エコノミスト誌の伝説的な元編集長である。その著書の影響力は大きい。この点は、しっかり伝えておきたい。
世界経済フォーラムが毎年公開しているジェンダー・ギャップ指数によれば、日本は、145か国中101位(2015年)、先進国で最下位はもちろん、アジアの国々にもうんと引き離され、下にはアラブ・アフリカの国々ばかりである。エコノミスト誌をはじめとする欧米ジャーナルのデータソースであるOECDの指標でも同様である。先進国なのに日本の女性の社会進出は、男性中心主義の文化が支配的な国々と同レベルの状態なのだ。教育レベルの高さ、健康・長寿率等の他の高い指標とのアンバランスぶりは特異である。
しかし、私たちはそんなに活躍していないわけではない。これらジェンダー・ギャップ指数は、国ごとの男女比なので、男性の比率が高いと相対的に低くなってしまうのだ。
「『女性が輝く社会』は、うんざり、と多くの女性たちが思っています」。懇親会でこんな発言があった。もう十二分に頑張っているのに。これ以上、どう頑張れと?悪いのは私たちではない。組織への帰属・家族給に基づく給与体系・長時間勤務という日本型企業システム、異常に男性が頑張りすぎている社会だから、その裏面で家事労働が重くなる。それなのにさらに男性と同様に、企業でフルタイムで働くなんて無理だったというのが、M字カーブと、超少子化という結果に表れている。
「その挙句の『日本死ね』でしょう」と言いかけて、思わず口をつぐんだ私であった。
心情的には分かりすぎるほど分かるけれども、『日本死ね』は、言ってはいけない言葉だ。自分が祖国に帰属しているという大前提に立って、その祖国に要求する権利を持つ。要求が受け入れられないと、『死ね』という稚拙な言葉を放つ。
ああ、やっぱりそれでは、私たちは、「かわいそうな人たち」ではないだろうか。社会に声が届かないからではなく、主張を理解してもらえるような、言葉の力を磨いていないことが、である。
目の前にいるのは、百戦錬磨の言葉の戦いを生きてきた黒帯マスター。バブル崩壊を予見し、編集長として、欧米人知識層の必読雑誌へとエコノミスト誌をリポジショニングし、売上を倍増させた。ベルルスコーニの汚職と腐敗を糾弾した時、脅迫も恐れず、論陣を張った。その後、イタリアに渡り、映画までつくってしまった人である。
たとえば、講演会後の学生たちと黒帯マスターの問答はこんなふうだった。

学生:オープン・ソサエティーでは、民主主義と言論の自由が最も重要と言われましたが、日本では、法律上、言論の自由が認められていても、実効性の問題として、僕たちのような若者に社会に言葉を届ける手段があるとは思えません。
黒帯:Fight!より有効なコミュニケーションの手段を見つけるために戦ってください!
学生:就職活動しているのですが、オープン・ソサエティーの理想にかなう企業があるようには思えない時、どうしたらいいですか?
黒帯:自分で会社をつくったらどうですか?フェアで民主的で、あなたが理想だと思う会社で、雇用を生み出してください。社会が確実に変わりますよ。

オープン・ソサエティーは、自分の足で立ち、自分の言葉を話す個人がつくる社会だ。誰もあなたに強制せず、言論と行動の自由を保障されているかわりに、社会に対して自分の意見を表明し、行動する責任を負っている。
思いがけぬ進化を始めたエルメス、私たちは、どんな責任を果たすべきだろう?
次の方向性を悶々と考えていたある日、ゼミの卒業生の女性が研究室を訪ねてきてくれた。卒業後勤めた会社を辞めて、海外の大学院に進むという。「3年間の経験を経て、働くって素敵だな、一生どんなことがあっても働き続けたいなと思ったんです。自分が世の中の役に立てるのは何だろうって、ずっと考え続けた結果です。会社の人たちにはとても感謝しています」
屈託のない笑顔に、ふと、肩の荷が下りた気がした。若者たちのほうが着実に黒帯への道を歩み始めているのかもしれませんね。

山下 裕子

(2016年7月 掲載)