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異形の翼

  • 立命館アジア太平洋大学学長・学校法人立命館副総長
    ライフネット生命保険創業者
    出口 治明
  • 商学研究科教授山下 裕子

2018年春号vol.58 掲載

『HQ』の連載企画「一橋の女性たち」から芽吹いた一橋大学女性卒業生の有志の会「エルメス」。
対談にご登場いただいた女性卒業生を中心に自然に生まれたタテ・ヨコ・ナナメのネットワークで、規模も活動内容も広がり続けている。
2013年の第1回から今年で6年目を迎え、女性のキャリア形成・ワークライフバランスなど問題を提起し論議するシンポジウム、学生参加の公開対談、商学部の授業との連動、如水会と連携しての講演会など、活動を展開してきた。
2017年11月30日、東京都千代田区の一橋講堂で開かれた第6回エルメスの会も、その一環である。
出口治明氏を招いての講演会は、新たなステージへのジャンプを期すものであった。

出口氏プロフィール写真

出口 治明

1948(昭和23)年三重県美杉村(現・津市)生まれ。ライフネット生命保険株式会社創業者。京都大学法学部卒業後、1972年に日本生命保険相互会社入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。同年、ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年4月、生命保険業免許取得に伴い現社名に変更。2018年1月立命館アジア太平洋大学学長、学校法人立命館副総長に就任、現在に至る。著書は『人生を面白くする本物の教養』(幻冬舎、2015年)、『「働き方」の教科書―人生と仕事とお金の基本―』(新潮社、2017年)など多数。

「働き方」と「生き方」の知恵を社会のために活かそう

午後7時からの講演会には、ОB・ОG、在校生など幅広い年代の方々が参加した。商学研究科・山下裕子教授は、出口氏に講演を依頼した経緯と意図を次のように語った。
「私たちの活動は、事実を確認する、何が問題なのか理由を探るという過程を経て、一橋の女性卒業生たちの知恵を社会のために活かしたい、社会のための知恵を考えようと願う段階に差し掛かっています。
そして2018年は初の国際シンポジウムの開催を予定しています。この1年をそのジャンプのための準備期間と位置づけ、今回は援軍をお願いして知恵を広げようということになりました。誰のお話を聞きたいか、若い世代の人たちに尋ねたところお名前が挙がったのが、出口さんでした。今回の講演を通じて、ぜひエルメスに翼を授けていただきたいと願っています」(山下教授)

働き方に教科書なんていらない!

保険業界に革命を起こしたライフネット生命保険の創業者・出口氏は、幅広い視野と経営哲学を持つ経営者として知られている。この日の講演テーマは、「働き方に教科書なんていらない!」。講演は、思い込みや先入観を廃し、ありのままの姿を素直に見る「タテ・ヨコ思考」とエピソードでなくエビデンスで議論することの重要性を、ユーモアと具体例を交えて説くことから始まった。

出口氏講演会〈要旨のご紹介〉

タテ・ヨコ思考の重要性

「夫婦別姓問題について、タテで考える、すなわち歴史軸でみれば、源頼朝・北条政子の例からも、日本はもともと夫婦別姓の国でした。ですから、日本では夫婦別姓なんてとんでもない、日本の伝統に合わない、という議論にはそれほど根拠がない。また、ヨコで考える、すなわち国際比較の観点からみると、OECDの中で、法律婚を前提として同姓を強制している国は皆無です。報道はされないが、日本は国連から何度も指摘されています」

少子高齢化はパラダイムシフト

「若い皆さんに日本の将来は明るいか暗いか聞くと、あまり明るくないと言いますね。昔は若者10人で高齢者1人の面倒をみていたのが、1人が1人を背負うようになる。肩車はしんどいですね。この状況の何が間違いかというと、若者が高齢者の面倒をみること。人間は動物ですが、高齢者の面倒をみる動物はほかにいません。
ヨーロッパでは、年齢以外の要素で困っている人に給付金を出します。日本でシングルマザーを助けようとすれば、マイナンバー制度を整備するしかない。少子高齢化を一言で言えば、所得税と住民票で回っていた社会から、消費税とマイナンバーがインフラにならなければ社会が回らないという、パラダイムシフトなのです」

定年を廃止せよ

講演会の様子1

「団塊の世代が後期高齢者になれば、介護はさらに増大します。介護を減らそうと思ったら健康寿命を延ばす以外にありません。どうすれば健康でいられるか数十人の医者に尋ねて歩いたら、全員答えは一緒で『働くこと』。日本がやるべき政策は、定年の廃止です。定年を廃止すれば、健康になる。介護が減る。医療年金財政がもらうほうから払うほうに変わるわけですから、ダブルで効果がある。さらに、年功序列が消える。そして、労働力不足が解消する。最後に、中高年のモラルが向上する。一石何鳥にもなるのではないでしょうか(笑)」

シンプルな「シラク3原則」

「先進国は、仕事と育児を両立しています。その典型例がフランスで、フランスは『シラク3原則』で出生率が増加しています。シラク3原則は、非常にシンプルで、まず第1原則は『産みたい時に産む』。男性の意見など聞かなくてよいのです。女性が産みたい時と経済力が一致しなければその差は政府が埋める。無職であっても貧しくはありません。第2は『待機児童ゼロ』。フランスに言わせたら、日本ほど待機児童ゼロにしやすい国はない。小学校を統廃合しているから、空いた教室を使えばすぐできる、と。第3は『育児は仕事に役に立つ』。育児をすれば賢くなりますから、少なくともキャリアの中断やランクダウンは許されないのです。世のオジサンたちは『フランスと日本は違う』と言いますが、そうではないですよね。全世界で赤ちゃんを抱いている女性に言う言葉は共通です。『可愛い赤ちゃんですね。産んでくれてありがとう。皆で応援するからね』。必要十分です。
イギリスの女性は赤ちゃんを産んでパートナーがちゃんとケアすると確認するまでは、籍を入れないそうです。これが世界の姿です。これでなければ話になりません」

生産性を上げるには

講演中の出口氏1

「日本は世界一高齢化が進んでいます。何にもしなくても、貧しくなる。日本の選択肢は二つしかありません。皆で貧しくなるか、経済を成長させてその分を取り戻すか。ざっくりと言えばGDPは、生産性×労働人口ですから、生産性を上げるしかありません。
少し頑張れば生産性は上がるのに、問題はなぜ下がったか。女性と男性を比較したら、男性は筋力以外に何一つ良いところはないと私は思います。力の強い男性が頑張れば生産性が上がるというのは、高度成長期の工業モデルで、その時女性は家庭で『メシ・フロ・ネル』をしていれば、うまくいっていたわけです。
しかしサービス産業がGDPの4分の3を占める時代に『メシ・フロ・ネル』では生産性は上がりません。人に会う、本を読む、旅をする。あるいは現場へ行って体験しないと賢くなりません。そう言うとオジサンたちは『そうかもしれませんが、若い時は徹夜するぐらいの長時間労働で仕事を覚え、達成感を得られました。達成感は悪いことでしょうか』と言う。私は、こう言います。『きっとそうだと思います。講演でもそう言いましょう。後で名刺交換をしますから、労働生産性が上がったというデータを送ってください』。そう言い始めて5年ぐらいになりますが、1件も送られてきませんね」

講演会の様子2

講演中の出口氏2

需給のマッチング

講演会の様子3

「サービス産業で働いている人は、6~7割が女性です。百貨店でも良い場所は全部レディースの売り場ですね。日本経済を支えていると自負しているオジサンたちは、女性の好きなものが分からない。私の家族は私以外全員女性ですが、記念日に思い立ってプレゼントを買って帰ると、こう言われます。『気持ちは嬉しいけれど、こんなもの要らない』。
つまり、需給のマッチングをしないと経済は伸びません。たとえば、女性経営者の比率を4割にしようとか。先進国はクォーター制を導入してマッチングをしていますが、日本政府はそこまでのことはせず『女性が輝く社会に』などと言っているわけです。女性のためにも長時間労働を減らし、男性の家事や育児参加を増やさないとダメです。残業を減らす一番簡単な方法は、朝8時から夜8時までは働くと決め、それ以外は職場の電源を切ることです。そんなことをすると仕事を家に持ち帰るだけだという話が出ますが、そんなことは長く続かないのではないでしょうか」

無限大と無減代

「上司が無限大の幻想にとらわれているというケースは多い。根を詰めれば詰めるほどよいものができるという幻想、時間も経営資源も無尽蔵にあるという幻想です。
無限大には『無減代』で対抗することです。まず、上司の言ったことを『無』視すればいい。何でも無視すればいいわけではないから、無視するためには、考えないといけません。『減』は情報を減らすこと。どんな資料でも紙1枚にする。何でもかんでも書くほうが実は考えないでラクなのです。『代』は使い回し。グラフ資料を持ってこいと言われたら、いい返事をして、十分役に立つ1か月前のグラフ資料を持っていく。『無減代』とは、考えること。そうすれば、仕事は減らせます」

質疑応答〈要旨のご紹介〉

参加者の笑いと深い頷きの中、1時間強の講演は終了。次いで行われた質疑応答も打ち解けた空気のまま、参加者から次々と手が挙がった。

参加者:頑張ってもできない人はどうしたらいいのでしょうか?

出口:できる、できないと、いくつかの判断基準で決めてはダメです。人間は一人ひとり違うのですから、できない人はいない。人と比べたらあかん、というわけです。

参加者:日本人は、会社のためとか同僚のためとか、人を最優先した働き方をしているように思います。もっと自分がハッピーになるよう働いていいのではないでしょうか?

出口:人を最優先というのは、ほんまかいなと思いますね。先進28か国の調査データですが、組織を信頼しているという人の割合は、先進国平均の65%に対して日本は40%、リーダーに求める資質として正直であることでは、先進国平均が60%で日本は断トツ最下位の20数%です。本音と建て前といいますが、日本人が特徴と思っているのは、そんなに歴史のあることではなく、多くは高度成長期モデルの社会的な対応です。

出口氏への質疑応答

参加者の悩みや思いを共有し、ともに考えるため、質疑応答の時間が長めに設けられた

参加者:皆が出口さんのようなオジサンだったら日本は変わると思います。今のようになられたのは、どんなきっかけがあったのでしょうか?

出口:スポーツと同じで、人間の考えや能力は、何かのきっかけで強くなるものではない。考えることが大事。勉強しないとあかん、ですね。

質疑応答の様子1

質疑応答の様子2

出口氏の計らいにより、当日は講演会の写真撮影が承諾された

タテ・ヨコ・ナナメの連携が次のステップへの後押しに

出口氏と写真

出口氏は時間いっぱいまで一人ひとりの質問に丁寧に答え、盛況のまま講演会は終了した。
最後に、講演会の企画・運営にあたったエルメスの事務局にも触れたい。今回は、若い世代が運営を担当した。一部の新メンバーに、今回の講演会について感想を聞いてみた。

事務局メンバー1

事務局メンバー2

講演会の準備や運営を担当した事務局メンバー

講演会の様子4

「講演会の準備手順などがマニュアル化されており、大変助かりました。懸案が発生した時などはメールグループで先輩方に質問をするとすぐに回答をいただき、初めてでも安心して準備を進めることができました。有志の友人とは協力体制も組みやすかったですし、エルメスの先輩方にも感謝でいっぱいです」(2009年商学部卒)
「準備をする中で出口氏の著書を一通り拝読しました。いつも論理が明快で、数字に強く曖昧な主張が通じない。まさにエルメスの会のゲストにピッタリの方で、講演会が始まる前からとても楽しみでした。エルメスは女性活躍を促進させる活動の一環ですが、自分たちで輝き行動を起こす意志と力のある人々の集まり。学ぶことが多く皆さんからとても刺激を受けており、機会が許す限り関わっていきたいと思います」(2010年商学部卒)
タテ・ヨコ・ナナメの連携が力になった「エルメス」。卒業生たちの知恵を社会のために活かしたいという、今後の活動にも期待したい。

対談を終えて「出口の手口に出口はない」

出口さんは危険な人である。
昔から応援し励ましていただいてきたような、不思議で温かい気持ちになる。そんな雰囲気に心が和んでしまったのか、冒頭の挨拶の最後に、つい、うっかり、「翼を授けてください」と口走ってしまった。
国が悪い、社会が悪い、組織が悪い、上司が悪い、パートナーが悪い、と、文句を言ってもしょうがない。発言していかないといけないよね、私たち。自分たちの力で立とう、そう言った口先から出てきてしまった、「授けてください」。情けなや。
出口さんが危険なのは、「あなたのこと、分かっているよ」とタテ・ヨコ・ナナメから人間の機微に入り込むところだ。深く理解してもらったと思った人は、どんどん裸になっていく。その裸の心に、希望を与えてしまうのである(セラピストの手口?)。
あ、私たち、翼は持っているのですよね。
翼はある、と分かりだすと、今度は使い方が分からなかったり、使うのを躊躇してしまったりする。あと一押ししてほしい。ますます頼りたくなってしまう(教祖の手口?)。
すると、今度は、優しそうな眼の奥がギラリと光るのである。何でできないんですか?そもそも何がしたいんですか?逆質問の攻めが続く。もう、こうなると、出口はない(〇〇〇の手口?)。
出口の手口の前に、出口はない。翼を何とか羽ばたかせて脱出しなければ!
翼という字は、羽に異、と書く。そもそも、「異」は、「田+共」。この田は、鬼の頭を指すという。仮面という説、人が死んだ姿を指す説もあるようだ。鬼の手が伸びていくと羽が付き、「翼」となる。面白いことに、「翼」には、つばさという意味に加えて、「助ける」という意味があるのである。翼賛、翼戴......。異形のものが手を伸ばすと、羽が生えて、社会を助ける。異国の知識を伝えた異邦人や技術者たちもまた鬼だったのだろう。青銅器の時代から、ダイバーシティって分かっていたのか......。
白川静の『字通』に記された、金文の「異」の象形文字。両手を広げて立っている大きな顔の鬼、出口さんに見えてしょうがないんですよね。

山下 裕子

(2018年4月 掲載)