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社会をマドルスルーせよ

2019年3月29日 掲載

「一橋の女性たち」は、女性卒業生との対談や、女性卒業生・有志の会「一橋エルメス会」(以下、エルメス会)の活動報告を中心に情報を発信しています。女性のキャリア形成・ワークライフバランス等について問題を提起し、皆さんと議論を行っていきます。監修は、経営管理研究科教授の山下裕子です。

一橋エルメス会国際会議2018 レポート
「女性の智慧が創る新しいキャプテンズ・オブ・インダストリー」

2018年11月11日(日)、東京都千代田区の学術総合センター・一橋講堂で、「女性の智慧が創る新しいキャプテンズ・オブ・インダストリー」をテーマとした「一橋エルメス会国際会議2018」が開催された。参加者は、約100名。現役の学部生からシニアの方まで、幅広い年齢の方々が参集した。
エルメス会は、一橋大学広報誌『HQ』創刊時からの連載企画「一橋の女性たち」にご登場いただいた女性たちから自然発生的に生まれたネットワークであり、「諸外国に比べてなぜさまざまなギャップが埋まらないのだろう? 私たちに何かできないだろうか」という思いが、出発点。その思いを軸に、セミナーやワークショップなどを行ってきた。
米・スタンフォード大学と英・オックスフォード大学の女性卒業生を招いての国際会議は、約5年間の準備を経て実現の運びとなった。いわばエルメス会の活動の集大成であり、新しいステージへの幕開けといえるものである。なお、国際会議に向けての諸活動に関しては、公益財団法人野村財団の「女性が輝く社会の実現」をテーマにした講演会等の助成をいただいている。
以下、国際会議の全容をご紹介しよう。

プログラム及び登壇者紹介

一橋エルメス会国際会議2018
「女性の智慧が創る新しキャプテンズ・オブ・インダストリー」

日時:2018年11月11日(日)13:30開場、14:00開会
場所:学術総合センター一橋講堂・中会議場
主催:一橋エルメス会
後援:一般社団法人如水会
協賛:株式会社未来酒店、株式会社両口屋是清

オープニング

後藤愛氏のプロフィール写真

後藤愛氏/国際交流基金アジアセンター 文化事業第2チーム 上級主任

(2003年一橋大学法学部卒)

第1部

基調講演「一橋の女性たちのマドルスルー」

山下裕子氏のプロフィール写真

山下裕子/一橋大学大学院経営管理研究科教授

講演「一橋卒業後のライフ・キャリアにみる男女格差」

浅野浩美氏のプロフィール写真

浅野浩美氏/独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構 雇用推進・研究部長

(1983年一橋大学社会学部卒)

「一橋現役学生におけるワークライフバランス調査・報告」

如水エル

(一橋女子学生の会)

休憩(ティータイム)

第2部

パネルディスカッション
「海外の仲間と考える:マドルスルーからブレイクスルーへ」

パネリスト

ケイティ・メイザー氏のプロフィール写真

ケイティ・メイザー氏/Katie Mather, カーギル ヨーロッパ・中東・アフリカ HRディレクター

(オックスフォード大学ニューカレッジ卒、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスMBA)

フラン・マイヤー氏のプロフィール写真

フラン・マイヤー氏/Fran Maier, Baby Quip創業者・CEO

(スタンフォード大学卒、及び同MBA)

江川雅子氏のプロフィール写真

江川雅子/一橋大学大学院経営管理研究科教授

モデレーター

海部美知氏のプロフィール写真

海部美知氏/ENOTECH Consulting CEO

(1983年一橋大学社会学部卒)

クロージング

クリスティーナ・アメージャン氏のプロフィール写真

クリスティーナ・アメージャン/Christina Ahmadjian, 一橋大学大学院経営管理研究科教授

第1部 一橋の女性たちの「今」とは

後藤愛さん

午後2時、国際会議は国際交流基金アジアセンター・上級主任を務める後藤愛さんの開会の辞でスタートを切った。「ジャカルタでの山下さんとの出会いが、高学歴女性のキャリアと成功を改めて考える契機となった」と、ご自身の体験を踏まえて語り、「一橋の女性たちの現実とはどのようなものなのか、それは世界と比較してどうなのかを議論することでお互いにインスパイアし合い、社会を変えるバタフライ効果を望みたい」。会議では肩書ではなく「さん」づけで呼び合い、議論をより深めるため会場との対話を重視する方針の説明があった。

一橋の女性たちの「マドルスルー」

次いで、エルメス会の創立メンバーであり、「一橋の女性たち」で多くのインタビューを行ってきた一橋大学大学院経営管理研究科の山下裕子教授による基調講演「一橋の女性たちのマドルスルー」が行われた。山下教授は、「私の役割はキーワードを示し、見取り図を描くこと」と述べた上で、「女性たちの智慧」「ブレイクスルー」「キャプテンズ・オブ・インダストリー」と、3つのキーワードを提示した。

女性たちの智慧

山下裕子教授

「女性たちの智慧とは、15年にわたる『一橋の女性たち』のインタビューから汲み上げた智慧を振り返ることです。2003年の『HQ』創刊時、私はマドルスルーをしてきた女性たちの生き方が、不確実な環境を生きる指針になると感じました。偉い方であっても、学生時代に隣に座っていた友人としてお話を聞くという方針でした。一橋の女性卒業生たちのマドルスルーの歴史を残したいとの思いもありました。
マドルスルーとは、アメリカの政治学者チャールズ・リンドブロムが提唱した考え方です。『目的を設定し、目的達成のための手段の探索を進める』という伝統的な合理主義・計画志向に対して、『手にすることのできる手段』に注目したもので、政治学だけでなく、経済学や経営学にも大きな影響を与えました。今あるリソースで何ができるか、やりながらつくり出していくマドルスルーは、一橋の女性たちの歩みそのものであり、その生き方にマドルスルーの極意を学ぶことができます。
今ある手段から新しい可能性を創造していくための原則として、インドの経営学者サラス・サラスバシーは、①コントロールできることに集中しよう、②持てるものから出発しよう、③許容可能なロスを明らかにしよう、④失敗を成功に変えよう、⑤仲間を増やそう、を挙げています。私はこれに、『一橋の女性たち』のインタビューから得た以下の3つを付け加えたいと思います。⑥人を育てる、⑦心の中の『価値』の声を聴く、⑧社会に貢献する」(山下教授)

女性たちのブレイクスルー:新しいキャプテンズ・オブ・インダストリーを目指して

「1980年代後期から、実は日本企業は、縦のマネジメントとしてマドルスルーの理論を実践してきました。企業の意思決定の実質は現場を知るミドルがマドルして、トップを説得してスルーする、ボトムアップの考え方です。また、同時期に、機能別組織がチームとして情報を共有する横のマネジメントももてはやされたものです。家庭と仕事のマドルスルーの負荷があるのに、企業内のマドルスルーにどっぷり入り込むのは難しい。女性が本来得意な横のマネジメントは、大変であるのに評価されにくいのが実情でしょう。『ガラスの天井』だけが壁ではありません。家庭も、出口が見えない複雑な現実の集合体といえます。果たしてそこでマドルスルーの原則を使えるのか否かについても、エルメスの会議で議論してきましたが、検証すべき重要な問題といえます。
新しいキャプテンズ・オブ・インダストリーとは、豊かでありながら貧しい世界の新しいビジョンをつくり、実践するリーダーです。今の世界は、新興国は経済成長するが20世紀の先進国並みのレベルに達するかは不透明、また先進国では成長が難しい。人間の智慧という意味では豊かだけれども、経済的な成長は難しい。経済的な成長を豊かさの源泉と考える見方からいえば、貧しい社会になるということになってしまいます。その中では、小さくても社会に埋もれている幸せの種を見つけて主体的に育てていける人、こういう社会になったらいいなというビジョンを、仲間を見つけて共有できる人が、キャプテンなのです。その意味では、社会に埋もれている女性の才能を活用する活動は国家の大事業とも言えます。マドルスルーしてきた私たちにこそできることがたくさんあるのではないでしょうか」(山下教授)

一橋の女性たちの「今」

浅野浩美さん

続いで行われた浅野浩美さんの講演のテーマは、「一橋卒業後のライフ・キャリアにみる男女格差」について。日本は、女性活躍について言えば、国際的にみると十分なレベルではない。そんな中で、一橋で男性と同じように学んだ女性たちも、社会に出て、仕事や家庭、社会活動など、それぞれの持ち場で頑張りつつ、マドルスルーしてきた。果たして、一橋の女性たちは持てる力を発揮できているのだろうか。浅野さんは、その実態を明らかにするために実施した卒業生へのアンケート調査結果を分析し、一橋の女性たちの「今」を浮き彫りにした。また、アンケート調査後に行ったインタビューから、男女卒業生のメッセージを紹介した。

卒業後すぐとその後の状況

卒業後すぐの状況をみると、多少割合は違うものの、男女とも規模の大きな企業に勤務しており、卒業1年後時点では、男女とも6~7割が仕事に「満足」している。その後、転職を経験した者は男性で約4割、女性で約5割。転職理由をみると、男女とも「やりたい仕事が見つかった」だったが、女性では家庭での責任と関係する理由も相当数みられた。

仕事と家族:現在の状況

  • 現在の状況をみると、一橋大学の女性たちにもM字カーブは存在していた。また、40代以降、就業率が上がるが、自営が多くなっている。パートタイムを選ぶより、自分の力で働く機会をつくっている。30代後半を除き、9割以上が働いており、社会活動などを入れれば、力は発揮していると言えそうである。
  • 職位については、世間一般に比べ、男女とも上の職位に就いているが、男女で差があり、年齢が高いほど差が大きい。女性では管理職クラスであっても、部下の人事評価なしのポストであることも多い。
  • 年収も、世間一般に比べ、男女とも高いが、男女でかなり違いがある。
  • 家族についてみると、既婚者の割合は男女とも同程度だが、子どもの数には差があった。既婚男性の半数以上が子ども2人以上だったのに対し、女性では子ども2人以上は約4割であった。

仕事と家族:違いはどこからくるのか

仕事と家族、両方において違いが認められたが、それがどこから来ているか探ってみた。

  1. ワ―クライフバランスについては、未婚・子どもなしでは、男女とも変わらないが、子どもができると女性は「どちらかといえば仕事以外の生活優先」が増える。これに対して、男性では「子ども2人で仕事中心」が多い。
  2. 上の職位を目指すかたずねたところ、女性で、「目指したいが躊躇もある」が3割強を占める。特に、20代女性では4割と多く、気になるところである。
  3. 職位については、男女とも大半が「実力相応」と捉えているが、理由は異なる。男性は職務上の成果、上司の評価、専門的知識、チームをまとめる力など能力や成果に関することを挙げており、女性は、経験年数が長い、残業・転勤ができないなど制約になっているものを挙げている。
  4. 能力を伸ばす経験は、男性の方が熱心である。新規プロジェクトの立ち上げなど会社から機会が与えられるものだけでなく、資格取得、社外専門家との交流など、自主的に行うものも男女差がある。また、若いうちから差がある。

先輩からのメッセージ

「女性のキャリア開発にとっての最大の課題は、『自信のなさ』と『無意識の偏見』」、「管理職になった方が育児との両立はしやすい」、「子育て中だからこそ、目に見える成果を出すことが必要」、「考え抜いたうえで、周りも巻き込んでやっていくのがリーダーシップ」、「何と言っても、勉強を続けること」、「『やりたいこと』を持つためには、普段から考えること」など、いろいろな話を聞いた。

まとめ

「一橋大学の女性卒業生は、世間一般の女性たちより恵まれてはいますが、力を発揮しづらい状況もあります。一橋大学の女性たちが、さらに力を発揮し、社会に貢献していくために、どうしたら良いか、何かできることはないか、考えていきたいと思います」(浅野さん)

アンケート調査結果の詳細は、こちらをご覧ください。

一橋現役生のワークライフバランス志向

如水エルの学生2名の登壇写真

登壇した学生の話を聴く先生方

では、現役生たちはどうなのだろうか。女子学生のためのイベントを通して女性の活躍を応援する「如水エル」(1999年設立)のメンバーから、「一橋現役生におけるワークライフバランス調査・報告」が行われた。サンプルに偏りがあるかもしれないが、なかなか興味深い結果が得られている。

  • 調査方法は、調査ページを開設してのweb調査。如水エル公式TwitterやFacebookのほか、私的な呼びかけを通じて学部生・大学院生に回答を依頼。調査実施期間2018年9月19日~30日。回答者数191名(女子97人、男子94人)。

調査前の仮説

一橋大生の多くは共働き志向であるが、家事・育児への意欲は女子が高く、男子は低い。

調査から見えたもの

  • ワークライフバランスについては、男女とも「どちらかというと仕事以外の生活」を重視している。
  • 共働きについては、男子で72%、女子で87%が肯定している。また、収入が十分であっても「可能であればそれまでと変わらず働く」意向が男女ともに高い。
  • 家事・育児の負担を軽減するために利用したいものとしては、男子は「保育園・幼稚園」「自分の育児休暇制度」「配偶者の育児休暇制度」の順。女子は「自分の育児休暇制度」「保育園・幼稚園」「親や親せき」の順。
  • 昇進意欲については、「目指したい」は男子47%、女子38%。女子の47%が「目指したいが躊躇もある」と回答している。

「女子のほうが、『男子は家事育児より仕事を優先』というイメージを持っており、キャリアプラン、家事・育児への考え方が共有されていないと感じます。如水エルで、男女で意見交換できる場づくりに取り組みたいと思います」(如水エルの学生)

コーヒーブレイクの時間に振る舞われたお菓子

第2部開始前に設けられたコーヒーブレイクの時間には、大島千世子さんから贈られた両口屋是清のエルメスのロゴ入り特製どら焼き、世古典子さんからのMAHOROBAのクッキー、ケイティ・メイザーさんからのお土産のチョコレート、等が振る舞われた。

第2部 海外の仲間と考える:マドルスルーからブレイクスルーへ

休憩の後、メインプログラムであるパネルディスカッションがスタートした。モデレーターは、エルメス会の発起メンバーの1人・海部美知さん。ヨーロッパからカーギル ヨーロッパ・中東・アフリカHRディレクターのケイティ・メイザーさん、アメリカからBaby Quip創業者でCEOのフラン・マイヤーさん、日本から前・東京大学理事で一橋大学大学院経営管理研究科の江川雅子教授の3名がパネリストとして登壇。それぞれの歩みと仕事の紹介から始まった。

マドルスルーをどう捉えるか

パネルディスカッションの様子1

「私はマドルスルーという言葉は、何も状況が変わっていないフラストレーションを表す言葉だと思っています。ビジネスの上で、次のステップを踏んだ後、どうなるか分からない状況に置かれるということです。でも、私は一歩を踏み出しました。90年代半ば、インターネット社会の大きなうねりが始まった時、私は重要なポジションにおり、躊躇しながらもそのステップを踏み出しました。恐れずに、突き進めと皆さんにアドバイスしたいと思います」(マイヤーさん)
「好き嫌いは別にして、現在でもマドルスルーは続いています。私は、キャリアを積むことを大切にしており、その実現のために毎日マドルスルーを体験しています。例えば私がコダック社にいた時、ヨーロッパ圏人事のトップを務めていましたが、そのポジションでワークライフバランスを実現するには、会社のサポートが必要だと気づきました。上司への相談を契機に、その後3年間で社内組織を再編成し、キャリアを積める環境を実現。家庭という視点からもキャリアの視点からも良い結果を出すことができました」(メイザーさん)

一橋大学における入学者の男女比が意味するもの

「メイザーさんが学んだオックスフォード大学が男女共学になったのは、1978年と比較的新しいことなのですが、現在では学生の男女比はほぼ半々と聞いています。世界の主要大学も、同様の状況です。でも、一橋大学では女性の出願者が少なく、女子学生は25%しかいません。これは日本の社会状況を象徴しています。また統計的に見れば、日本では女性は男性より26%給料が少なく、OECD平均の14%よりも差が大きく開いています。これは非正社員やパートタイムで働いている女性が多いことも一因ですが、問題の根源は、補助的な仕事をしている女性が多いことと昇進に時間がかかることです。また、日本の男性は1日7分しか子育てに参加していないなど、ジェンダー・ロールの固定化の問題もあります。しかし、男性の責任を追及するのも間違っていると思います。日本の会社では長時間労働が当たり前で、これこそ改善するべきことなのです」(江川教授)

女性のネットワークの意義

「私がコダック社で『EMEA women's network』を立ち上げた時、多くの女性が家族のためにキャリアを積むことを諦めたり、躊躇したり、自信が持てない状況でした。女性の可能性を広げ、実現させるために、ネットワークを立ち上げたのです。女性役員とリーダーシップを発揮する役職にいる人が主なメンバーでしたが、その信念に賛同する女性にも男性にも開かれたネットワークです。このネットワークの功績は、このサポートを受けて、役職に応募し、結果として女性たちが社内でより良い仕事を得ることができたことです。また、メンバーが自信を持つことができたことも功績の1つだと思います」(メイザーさん)
「私が関わった『Stanford women on Boards』は、役員クラスの女性に特化したネットワークです。役員クラスへの女性の進出はとても重要です。役員会で会社の方針やビジネスの方向性を決定するとき、お客様や従業員たち、そして社会全体の意見を投影するためには、女性役員の意見は必要不可欠だからです。スタンダード・プアーズ社のトップ100※1では、全社に女性役員※2がいますが、シリコンバレーでは62%。割合は上昇していますが、まだまだです」(マイヤーさん)

※1 「S&P100」という株価指数に含まれている会社を指す(下記参照)。
https://ja.wikipedia.org/wiki/S%26P_100

※2 世界的なレベルで比較するとイギリスが最多で24%、アメリカは21%、日本は最下位で4%。

女性役員を増やすためには

パネルディスカッションの様子2

「日本企業で男女格差がここまで開いているのは、政府が推進する4つの施策『国民保険』『教育』『経済』『政治的・経済的参加』のうち後二者が遅れをとっているせいもあります。これは解決しなければならない問題です。2015年に施行されたコーポレートガバナンス・コードの影響で、社外取締役に対する女性比率は劇的に増えています。その一方で、企業は女性役員にハイ・プロファイルな人物を求める傾向にあり、業界で有名な女性に役職オファーが集中しています。企業は、男性役員とは違う基準で採用しているのではないか、女性社員が役員になる機会を奪っているのではないかという疑いが生じます。また、社長職の女性が、別の会社で社外取締役になることをもっと推し進めるべきで、これにより女性役員候補が増えると思います」(江川教授)
「あるアメリカの会社ではコーポレートガバナンス・コードが施行された時、『ほかの会社で社長をしていること』という条件がありました。これは非常に厳しい条件で、役員会のメンバーの中にはその条件を満たさない者もいました。私はネットワークの中から金融、サイバーセキュリティー、マーケティングのスペシャリストを起用したいと考えています」(マイヤーさん)
「女性には役員になる資格要件を満たした人が少ないという、男性の意見をよく耳にします。なぜこうした発言がなされるのでしょう。女性向け商品を扱っているのに、男性しかいない役員会で決めたことが正しいと考えているのでしょうか。資格要件の意義を考え直す必要があると思います」(メイザーさん)

後に続く女性たちへのアドバイス

「一歩踏み出して、トライしてみることです。私自身、躊躇していた時期がありましたが、思い切って行動したら良い結果が生まれたことが多くありました。若い人ならこの先長いキャリアがあるし、40歳50歳になった時には小さいことは気にしなくなります。だから、『Just try it』と言いたいですね」(メイザーさん)
「小さなことでもお互いに助言し合いサポートすることも大切です。ある役員会で『目標値を5%下回りました。すみません』と言ってプレゼンを始めた女性役員がいました。しかし他の業績は素晴らしいもので、もっと業績の悪かった男性役員は全く謝らなかったのです。役員会が終わった後、私はすぐにその女性役員に『謝罪から始めるのは止めなさい』とアドバイスしました」(マイヤーさん)
「私が若い人たちにアドバイスしたいのは、人は皆それぞれ違うのだから、自分らしくしなさいということです。アファーマティブ・アクションで高い役職に就くのは気まずいという女性も多くいます。でも、今の社会は、男性がアファーマティブ・アクションの恩恵を受けているようなものです。ですから、若い人たちにはBe Yourself.(あなた自身であれ)、Be Confident(自信をもって)』と言いたいと思います」(江川教授)

女性にしかできないリーダーシップとは

「女性に限ったことではないのですが、ヨーロッパのリーダーシップの定義は、この20年間で大きく変わりました。昔は、ヒエラルキー的な側面が強かったのですが、今はエンゲージメント、コミュニケーション、コネクション等のほうが大事にされます。これらについては女性のほうが長けているとされる典型的な特徴ですね。私の専門である人事部門では、以前はほとんど男性でしたが、最近は女性のほうが多くなってきています。リーダーシップをとる立場に到達する人はまだ少ないですが、人事を担う私の立場から見るととても興味深いことです。また、女性がキャリア形成において自分が何をしたいのか見極めることも重要だと思います」(メイザーさん)

質疑応答

パネルディスカッション終了後、会場からの質問に答える時間が設けられた。

Q:カリフォルニア州でも、役員会の女性比率に割当てをしなければいけないのですか?
A:「最近施行されたのですが、カリフォルニア州では最低1名女性役員の採用が義務付けられています。これはとても重要な法律で、ここまでくるのに時間はかかりましたが、これからの役員会の女性比率の拡大に一役買ってくれると思います」(マイヤーさん)

Q:家庭生活と仕事をどのように両立していますか?
A:「私には、とても素晴らしいサポートシステムがあります。これは最初に言った『パートナーを賢く選べ』ということ(笑)。協力的な夫とともに仕事と家庭生活とを両立させています」(メイザーさん)
「シリコンバレーのスタートアップは長い時間働くのが一般的ですが、地位が上になるほど自分で時間のコントロールができます。私が自分の会社を始めたのは、家庭と仕事の時間を自分の思い通りに両立させるためです」(マイヤーさん)

Q:メンターシステムについてはどう思いますか?
A:「私たちのサポートグループでよくやるのは、ミドルマネジャーの女性を参加させるために、男性・女性を問わずその上司も一緒に招待するということです。『女性を支援するグループミーティングに出たい』と言っても『時間の無駄だ』と一蹴されることの多いミドルマネジャーの女性ですが、その上司も参加させることでより高い出席率を達成でき、結果的に良いメンターと知り合うことができます」(メイザーさん)

一橋の女性たちの、これから

アメージャン教授

国際会議は、一橋大学経営管理研究科のクリスティーナ・アメージャン教授によるスピーチで締めくくられた。アメージャン教授は、国際会議開催をサポートしてくれた野村財団をはじめとする支援者、準備や運営を献身的に担った方々、講演者とパネリストに感謝を述べ、会場の人々ともに大きな拍手を贈った。
「ここで語られた多くの智慧を活かし、私たちはブレイクスルーを行わなければなりません。自分を、人々を、社会を、システムをブレイクしなければならないのです。それは簡単でも心地よいことでもありません。でも、私たちは変わらなければならないのです」(アメージャン教授)

密度の濃い3時間のプログラムは、午後5時に終わりを告げた。だが、エルメス会は、次のステージに向けての活動へと歩を進めている。女性たちの智慧やネットワークが、社会をどう変えていくのか、世界にどう発信されていくのか、今後の活動に期待したい。

現代のノブレス・オブリージュとしての女性問題

2015年のある時、教授会で研究助成の閲覧資料に目を通していたら、「女性が輝く」の文字。長らく社会科学の研究を支援されてきた野村財団の新しいプログラムだった。

面白そう。でも、助成をしていただくことになれば活動の成果が求められる。皆、仕事が忙しい。これ以上新しい活動ができるだろうか。自由度が高いネットワークだからこその機動性や本音の言える気さくな雰囲気がなくなって仕事のプロジェクトみたいになってしまいやしないだろうか。女性関連の講演会は、各種メディアで多く提供されている。せっかく忙しい皆が時間を持ち寄ってやるのだから、お仕事を一つ増やしても意味がない。「やってみようよ」。背中を押してくれたのは、エルメスのメンバーであった。たった一日の国際会議であるが、そのために、3年間の時間をかけて議論を積み重ねてきた。

議論の芯となったのは、「私たちにはもっともっとノブレス・オブリージュの考え方が必要」という海部美知さん、クリスティーナ・アメージャンさんの言葉だった。自分のことだけで精一杯なのに、社会的な貢献か...。大した仕事もしていないのにリーダーシップなんて気恥ずかしい。

結局、この心の中の壁が一番大きい。自分の能力や実績についての自信のなさ! Fran Maierさんは、自分の事業を立ち上げながら、女性ネットワークを創設した。Katie Matherさんは、HR(人事)のキャリアを創りながら、会社のボランティア活動に関わってきた。重度の障害を持つお子さんを含めて4人の子供がいらっしゃるのに、アフリカにも里子がいて、時を見て訪問をし、その子の教育にアドバイスをしているそう。立派だから仕事も社会貢献もできるんだと思ってしまいがちだが、彼女たちは、若い時から社会的な問題に取り組むことで、自信・ネットワーク・実績につなげてきたのだ。

若い時には自分の事しかみえないのが普通だと思うのに、どうしてお二人は若い時からノブレス・オブリージュの志を持てていたのかなあ、と考えていて、「社会的なもの」と自分との距離が近いのだなあと気がついた。社会が大きくて自分とは距離が遠いと感じられると、社会貢献は権力者や功をなし遂げた成功者の仕事で自分の仕事ではないと感じられてしまう。逆に言えば、社会的なものとは何か、自分にできる範囲、自分にとっての社会をうまく定義できるということだ。一番苦労している当事者こそが問題の核心に迫ることができるのである。

社会学者ブリュノ・ラトゥールは、分断化が進み、境界があいまいで変化が著しい社会は従来の社会学では解けないとして、「社会的なもの」の断片を繋げて行動するアクター・ネットワーク理論を提唱した。かつてのキャプテンズ・オブ・インダストリーは、社会的成功者の産業家が大きな社会貢献をするモデルだったかもしれないが、現代のキャプテンズ・オブ・インダストリーは、等身大の「社会的なもの」を結びつけていく現場のアクターなのではないだろうか。事実を集め、行動し、議論しながら、できることを解決していく。自分の能力を異分野でサラサラと発揮していくエルメスのメンバーにその姿が確実に見えた。素晴らしい経験ができたことに心から感謝をし、ネットワークのさらなる発展を祈りたい。

山下裕子

*「高貴なる者に伴う義務」の意。社会的地位などの保持には責任が伴うことを指す。