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完璧な卒業生

  • LINE株式会社稲垣 あゆみ
  • 商学研究科准教授山下 裕子

2014年春号vol.42 掲載

一橋大学には、ユニークでエネルギッシュな女性が豊富と評判です。彼女たちがいかにキャリアを構築し、どのような人生ビジョンを抱いているのか?第40回は、先般利用者数3億人を突破し話題となった『LINE』の企画開発を担当するLINE株式会社の稲垣あゆみさんです。聞き手は、商学研究科准教授の山下裕子です。

稲垣あゆみ氏プロフィール写真

稲垣あゆみ

LINE株式会社LINE企画チーム。一橋大学社会学部卒。大学時代に国内外の9社でインターンシップを経験。大学卒業後、韓国系ネット会社、中国の検索エンジン「バイドゥ」日本法人での企画業務を経て、2010年よりNAVER Japan(現LINE株式会社)に入社。一貫してLINEの企画開発に携わり、現在に至る。

大学入学のさらにその先に目を向けたとき、大学は自分に必要な知識を吸収する場所となる

稲垣あゆみ氏

山下:稲垣さんは在学中、アジア・ITベンチャー・NPOをテーマに、国内外のさまざまな企業でインターンとして働かれたそうですね。そのステップが現在のLINEのお仕事にどうつながっているのか、とても興味のあるところですが、まずは前史から。大学生になったらインターンシップに参加しようと、入学前から決めていたのですか?

稲垣:最初にインターンシップに参加したのは大学1年の夏休みでした。実は高校生のときに、インターンシップを仲介しているNPOを訪ねたのですが、そのときは、高校生が訪ねてきてインターンシップしたいと言ったのは初めてだと言われました。また、校則では禁止されていたのですが、高校時代からファストフード店などでアルバイトをしていて、お店のオペレーションを任されていましたね。大学生になったら社員のように働けるんだな、渋谷あたりのオフィスでインターンしたいなと、高校生の分際で思いを巡らせていました(笑)。

山下准教授

山下:大学入学が目的ではなく、社会での活躍にすでに目を向けていたんですね。

稲垣:そうですね。私は子どもの頃から「自分の人生を自分で決めないでどうする」と思っていましたし、日本は所詮学歴社会と割り切ってもいました。いい大学へ入ったほうが展望も広がると考えていたのです。わが家は裕福ではなかったのですが、親を説得して中高一貫の女子校へ進学しました。

山下:お嬢様学校だったそうですね。戸惑いはありませんでしたか?

稲垣あゆみ氏2

稲垣:住まいは一等地の7LDKのマンション、月のお小遣いは万円単位というクラスメートもいましたが、私は物欲が薄いので特に羨ましさもなかったですね。女の子同士のいさかいを「まあまあ」と仲裁したり、ものおじしないせいか、周りの友だちからも小学校からの生え抜きの生徒だと思われたりしていました。

山下:東京大学へ行こうとは思わなかったのですか?

稲垣:東京大学に興味はなかったですね。小規模で専門性の高い大学がいいと思っていました。好むと好まざるとにかかわらず社会にはフィルターがありますから、「一橋大学卒なら大丈夫だろう」というベースの信頼が得られる点と、「自分が求める知識を得られる大学」という点を考慮しました。

自由になる時間と学生の特権を利用して将来の下調べ

山下准教授2

稲垣:私が一橋大学に入学したのは2001年で、楽天などITベンチャーが盛り上がり始めた時期でした。また、阪神淡路大震災後で第三セクターの活動も目立っていました。そうした社会の動きに目を向ける一方、ソーシャル・ベンチャーにも強い関心があったのです。もっと個人的なことを言えば、早くお金を稼ぎたいとも思っていました。私は自分の経験したこと、感じたことを信じるタイプです。3か月〜半年間の短いスパンで働けるのは学生時代だけですから、インターンで働くことは、私にとってはごく当たり前の選択。夏休みはフルに働きましたし、週末も仕事をしました。稼ぐという側面もありましたから、ソーシャル・ベンチャー以外は、モチベーションを維持するために無報酬の仕事はあえて避けました。

山下:関心のあることを実践のなかで経験するいい機会ですからね。実際にはどんな業種や企業で働いたのですか?

稲垣:飲食業もありましたし、ITベンチャーや政党のPR業務をコンペで獲得した会社で働いたこともあります。1年生のときIPO(新規株式公開。公開することで国内新興市場が活性化する)直後のIT企業で働き、ものすごいスピードで変化していくところと、若い人たちがTシャツ姿で元気に働いているのを見て、自由で楽しそうだなと共感しました(笑)。学生時代に9社で働きましたが企業の規模や業種というより、一緒に働きたいと思える人がいるか、そのとき自分が興味を持ったテーマにかかわれるかという観点から選んでいました。政党PRを受託した会社で働いたのは、大学で政治について学んだときでした。
一橋大学を選んだ理由の一つが、高校時代に委員会活動をして組織論や経営学を学びたいなと思ったからです。当時、「経営学がわかる。」という『AERAムック』の特集で一橋大学国際企業戦略研究科の野中郁次郎先生のお話を読んで、さらに興味を持ちましたね。野中先生のお弟子さんである一條和生先生のゼミの掲示板に、高校生のときから書き込んだりしていました。

対談の様子

山下:すごく自立していたんですね。

稲垣:自分では普通だと思っていました(笑)。

山下:大学での勉強とインターンシップを両立させるのは、大変だったのではないですか?

稲垣:私は、勉強すると実践したくなるし、実践すると学びたくなるんです。政党PRを受託した会社のときもそうでしたし、組織戦略を学んだときはプロジェクトにかかわれるインターンシップを探して働いて、終了後は社会人向けのクラスで学びました。

山下:すごい行動力ですね。本はかなり読んだのですか?

稲垣:読みましたね。ドラッカーに関する本はほとんど読みました。

山下:稲垣さんってカフェで女子トークしないでしょ(笑)?

稲垣:10代のときに一番話が合ったのは30代のオジサンたちで、今は40〜50代のオジサンたちです(笑)。学生時代はいつも「何でそうなの?」と言われ、就職活動のときは「何でそうなったの⁉」と感嘆され、「今どき珍しいハングリー精神だ」とも言われました。
でも私は、人の価値は何をどれだけ考えて生きているかだと思っています。だから大学のクラスメートや後輩たちが、大学時代は楽しく過ごし、卒業後は大企業へ流れるのを見ると「大丈夫かな?」と思ってしまいます。いろいろと試して検証することをせず、社会へ出ていくほうが心配に思えます。もちろん私の価値観が正解だとは思いませんし、押しつけるつもりは毛頭ありません。それでもやはり検証は必要だと思いますね。自分の価値観に照らして検証し、納得してキャリアを選んでほしいのです。

最初に必要な語学力は、「言いたいことが言えるか」です

対談の様子2

山下:そろそろ稲垣さんがテーマとされたアジアについて伺っていきたいと思います。アジアに注目したのは世の中の動きに照らしてのことでしょうか?

稲垣:大前研一さんの『チャイナ・インパクト』をはじめ、書店にはアジアの成長に関する本がずらっと並んでいました。これからはアジアの時代がくるぞと思ったことは事実ですね。ですから韓国企業のインターンシップに参加し、大学3年生のときに1年間休学して、韓国と中国で過ごしました。韓国の次は中国だと、検索エンジンのバイドゥ(百度)が日本に進出するタイミングをずっと見ていて、2008年に第二新卒で入社しました。

山下:バイドゥではどんな仕事をされたのですか?

稲垣:日本向けサービスの企画です。

山下:インターンシップのときもそうでしょうが、ビジネスとなると現地語によるコミュニケーションが必要になりますよね。

稲垣:休学して半年ぐらい韓国と日本でボランティアをして、そのときに韓国語の日常会話程度は、できるようになりました。その1年半後、卒業間際にソウルのITベンチャーで3か月のインターンシップを行い、徐々に韓国語が上達していきました。韓国政府は年1回、外国人向けに韓国語検定を行っているのですが、受けるたびにランクが上がり、今は最高レベルまでいっています。
中国語は第二外国語で専攻したほか、留学生に個人教授してもらいました。それでも、バイドゥでは2〜3か月単位で北京に出張する機会が何度かあったのですが、最初に行ったときは、語学レッスンでいえば一番下のクラスのレベルだったと思います。そこで、朝晩、現地の中国語学校に通いました。90分のレッスンで受講料は日本円で300円ぐらいですから、通わない手はないですね(笑)。

山下:私の学生時代は、語学は欧米語で文化言語として学びました。だから文法もそこそこに文学を読んだ。でも、ビジネス言語としての学び方は違いますよね。相手に伝わらないとね。でも、仕事も語学も頑張るというのは、きつくはなかったのですか?

稲垣:語学の学習は、逆にストレス発散になりました。特に最初の頃に大事なのは、正しい語学力よりも、言いたいことがあるか、そして言いたいことが言えるか、だと思います。

ネット企業はスピードが命、サービスは出してからがスタート

2人で記念撮影

山下:最後に現在のLINEのお仕事について伺いたいと思います。LINEはWeb上のサービスですが、リアルとWebの垣根を越えた存在になっているように思えます。たとえば、私の娘は今高校1年生ですが、級友の98%が入学祝いに買ってもらったスマホを持ちクラスも日常もLINEでつながっています。また、男性も恥ずかしがることなく、可愛らしさを表現できるメディアだと感じます。サービスを考えるとき、どこから発想するのですか?
ユーザー側、それともマーケティングベースでしょうか?

稲垣:私が考えているのは、基本は自分が使いたい、ほしいと思うサービスであるか、ですね。ユニバーサルなサービスは、皆が使いやすくわかりやすいものでないとダメなんです。スタンプがLINEの起爆剤になったと言われますが、実は結果としてそうなった。スタンプをユーザー・インターフェイスとしてとらえ、オールエイジでもらった人が恥ずかしくないものという観点でした。デコメや絵文字は、男性や年輩の方には抵抗がありますから。結果として広がり、男性が使うことで、男女間のコミュニケーションの円滑化にも役立ったのです。たとえば彼氏や夫の「うん」とか「ハイ」という返事にスタンプを使うことで、女性側は相手が喜んでいるのか、渋々なのか視覚的にわかる。コミュニケーションがよりスムーズになった、LINEっていいね、ということになったのです。

山下:サービスは出せばいいというものではないでしょう。開発側としては、そこも大変そうですね。

稲垣:サービスは出してからがスタートです。私は2010年に入社しましたが、それからずっと毎日が戦争です(笑)。気を抜いたら終わりという感覚がありますね。ネット企業はどこもスピードが速いですが、LINEは輪をかけて速い。キャンペーンをやると決めたら、翌日には詳細を詰め、3日目にはもうスタートということもあります。でも、私は20代で「アジアでつくったサービスを世界に広げる」を目標にしていましたから、それが実現できてすごく嬉しいです。

山下:次の目標は考えていますか。

稲垣:今できることを精一杯やる、というのが私の生き方です。そのうち何か浮かんできたら考えよう、というスタンスです。

山下:その何かをとらえるためには、つねにアンテナを立てておくことが重要でしょう?

稲垣:アンテナは、立てるほど精度が上がると思います。そこで大事なのは、自分がその問題に対してどう役に立ちたいかですね。社会企業であれば使命感がエンジンになります。じゃあ自分が「これをやらなきゃ」と夢中になれるのは、どんな問題なのか。頭で考えても答えは出てこないと思うんです。自分に素直になり、直感で心や体がワクワクしたものを追い求めることが大事だと思うんです。
あるラジオ番組に出たとき、「キャリア形成をどう考えますか」と問われたことがあります。でも、こういうキャリアを選びたいという考え方は、腑に落ちないんです。私は、キャリアは後ろにあるもの、つまり自分が全力でやってきたこと=キャリアだととらえています。「こういうことをやってきました」と胸を張って言えるように、振り返ったときのキャリアを考えながら、今できることを精一杯やりつづけていきたいと思っています。

対談を終えて「マチュアの二つの意味」

風邪気味の中を付き合ってくださった、稲垣さん。中座されたとき、編集スタッフ一同、溜息が漏れた。
「いや~、ほんとっ、マチュアな方ですねえー」
大の大人が雁首揃えて、稲垣さんのオトナっぷりに惚れ惚れしてしまったのである。
英語のマチュア、matureの語源は、ラテン語のmaturareだそうだ。なんと、実が実るという意味以外に、急ぐ、急いで~する、という意味がある。そのまた語源のmaturusは、early,speedy, timelyという意味なのである。時をつかまえるという意味なのでしょうね。
しかし、実に不思議な言葉ですね、マチュアって。「急げ急げ=maturus」から転じて「熟成=mature」。一見真逆にも思える意味に展開してきたのだなあ。しかし、現在から見ると、語源の意味を汲み取るのが難しい気がする。まず、急いで時に追いつこうとガツガツしているようではマチュアな感じはしない。それにマチュアな魅力って個人に属するもので、流行や時流に乗ることとは別物ではないだろうか。
稲垣さんは、マチュアの謎を解く鍵を握る人だった。ラテン語の語源の意味でマチュアな人、つまり、時をつかむ人でありながら、現代の意味でのマチュア=成熟した人でもある、稀有な存在だから。高校時代、大学の先生の講演を聴きにいき経営学に目覚める。20代、アジア人によるアジア発のITCのプラットフォームをつくる夢を叶える。生き急ぐとさえ思えるほどの人生。でも、稲垣さんとお話ししていると、セカセカした雰囲気は全く感じない。むしろ、カフェのオーナーのようなおっとりした感じまで漂う。グランジなフランネルシャツのせいかしら?
聞けば、稲垣さんは、「待つ人」なのである。世界はこう動くという仮説をもとに行動する。だから待てる。世界と自分という二つの次元で複眼視できる人なのでしょうね。おばさんの成熟が自分の次元にとどまるのに対して、稲垣さんの成熟は、世界に向かう態度に由来している。それって、非常に理想的な社会科学者のスタンスに思えてきましたよ。
完璧な卒業生!

山下 裕子

(2014年4月 掲載)