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エルメスカンファレンス~生活経営のススメ~【番外編】

2015年冬号vol.45 掲載

『HQ』第39号で紹介した一橋女性卒業生によるネットワーク、Hitotsubashi Women Leaders for Innovationのカンファレンス「Now and Beyond」。Facebookでの呼びかけを契機に、50人を超える一橋の女性卒業生が有志で集まり、女性たちの今とこれからについて活発な議論を交わした。このネットワークは、商業の神ヘルメスに由来する「エルメス」と名称を変え、現在、Facebook上の公開グループの会員は300人を超えた。今回で3回目となるエルメスのカンファレンスが、2014年10月25日(土)、千代田キャンパスの商学研究科リエゾンラボで開催された。実際に会うのは初めてでも気持ちはすぐにつながる。手際のよい準備や進行は前回・前々回と同じだが、異なるのは会場奥の別室に託児ルームが設けられ、元気にはしゃぐ子どもたちの姿があったこと。受付では参加者一人ひとりに座席番号を指定したカードが手渡された。今回のテーマは、「生活経営のススメ」。「生活経営」とは何なのか、どんな問題が提起され、ディスカッションが交わされたのか?座席指定の持つ意味は?
その模様を誌上に収録した。

家庭は、ブラック企業か?

進行役を務める海部さん

進行役を務める海部さん

『ecomom』(エコマム)編集長の久川さん

『ecomom』(エコマム)編集長の久川さんは、自らの体験から生活経営の事例を紹介する

なぜ今、「生活経営」が必要か?

山下商学研究科准教授

第1部は、「一橋の女性たち」で聞き手を務める山下裕子・商学研究科准教授の開会の挨拶からスタートした。次いで、「集まってみようよ」とFacebookで呼びかけ、エルメス設立のキッカケをつくった、シリコンバレー在住の海部美知さん(ENOTECH Consulting代表・1983年社会学部卒)が、具体例を交えながら「生活経営」とは何か、なぜ「生活経営」が必要か、"全体地図"を簡潔に描いた。

  • 「生活経営」とは、家庭での生活を最大限に効率的に運営するために「正しいリソースの配分」を考えること。リソースとは、ヒト・モノ・カネ・情報。つまり企業経営と同様に、マネジメントの視点から考えることが可能であり、重要。
  • 家庭生活にもリソース配分の経営判断をするCEOが必要。
  • 家庭も一種の「組織」である。組織経営を考え、最大の効果をどうあげるかが問われる。

この観点に照らしてみると、日本の家庭の実情と問題点が以下のように見えてくる。

  • 家庭生活のCEOは、既婚か独身か、子どもがいるかいないかを問わず女性であることが多い。
  • 家庭生活においても、判断することは最も難しく、また最大のストレスになる。
  • 家事を外注すれば肉体労働は軽減するが、人事管理の負担が増加する。
  • 「日本のお母さん」のある種の象徴は、仕事も家事も子育ても頑張る働き者。男女共同参画社会が推進されていても、実際は「ブラック企業のワンオペレーション(ワンオペ)経営」である場合が大半を占める。

海部さんは、こう締めくくった。
「ワンオペ経営を脱出するには、方針を決め、優先順位をつけ、手持ちのリソースの最適配分を行うことだと思います。リソースは足りなければ調達する方法もありますし、情報は味方になります。私が尊敬するある女性はこう述べています。新しいことを始めるときは、今行っていることを一つやめよう。そして『やることリスト』にいつまで経っても残っているものは、終わったことにしよう、と」

カンファレンスの様子1

カンファレンスの様子2

カンファレンスの様子3

では、「生活経営」を実践した人は、「ヒト」「情報」等をどのように配分し、ワンオペ経営を脱出したのだろうか。前号にもご登場いただいた久川桃子さん(日経BP社『ecomom』〈エコマム〉編集長・2000年商学部卒)が、「双子を含む3児の母が直面した課題と乗りきるために実践した方法」を紹介してくれた。さらに、海部さんと久川さんが久川さんの事例を「生活経営」のフレームワークにあてはめて分析を行った。

ヒト

炊事や掃除などの家事、子どもの送り迎え等々、家庭生活のなかで「ヒト」がかかわる領域は大半を占める。ヒトにかかわる課題をうまく解決することが、重要なキーになる。久川さんの選択は、義母+外部リソースの巻き込み。

〈準備〉

  • 育児休暇から復帰後のシミュレーションを行い、義母の援助と保育園入園を踏まえて義母宅の近くに転居。ベビーシッターの選定は育児休暇中の最大のミッション。
  • 次子が双子だとわかった時点で、態勢を見直し義母と同居へ。

〈復帰後〉

  • 保育園のお迎えと夕食づくりを1セットにし、週2回をヘルパー&シッター、週1回を義母に依頼。
  • 家族に頼りすぎないことが大事。まず自分から手助けをしてもらってありがたいという気持ちを先回りして伝える。職場では皆がやりたがらないことを率先して行う。
  • 週2回でも部屋がキレイになると精神的にラクになるし、週末を効果的に使える。
  • ヘルパーやシッターは信頼できる人の紹介がベスト。条件を明示し、近所の人や保育園関係者等に紹介を依頼。
  • 子どもたちのヘルパーではないことを子どもたちに伝える。もう1人のおばあちゃんとして接し、母の日にはヘルパーにプレゼントを贈る。

「わが家のベストソリューションを探すことが大事だと思います。『週末は目いっぱい遊ぼう』を夫婦の合言葉にしました」

情報

  • クラウドノート(データファイルをクラウド上で保存・管理できるサービス)に家族のフォルダーを作成し、学校のプリント等はスキャンして取り込む。領収書、診察券なども同様。必要な情報を一元管理することで探す手間を省き、情報共有を推進。
  • スケジュールは、インターネット上のスケジュール管理サービスで共有。子どもたちの分は家庭教師とも共有。

「生活経営」虎の巻を作成する

今回のカンファレンスの目的は、「私たちの『生活経営』虎の巻」をつくることにもあった。第2部はグループワーク。各グループは、サポート役のファシリテーター1人+5人の構成。参加者に座席を指定したのは、家庭生活や社会生活の実践歴が違う者同士が組むようにとの配慮だった。
各グループは、フレームワークからスタート。要素の洗い出しから始めて経営判断に必要な項目を「生活経営」の要素に分けて検討、ディスカッションしながら解決法を考えていった。こうして約75分。各グループが取り上げた問題と対処法を発表し合って、「いろいろな問題に対して専門家からアドバイスが受けられるシステムをつくる」といったユニークなアイデアも飛び出した。
約3時間半にわたったカンファレンスも、笑いあり、真剣な議論ありの実りの多い時間のうちに終了。最後にクリスティーナ・アメージャン商学研究科教授は、参加者にエールを送った。
「海外のライフスタイルをみて、日本の主婦の役割に疑問を持つことも大切、お金で解決できることはお金で解決していいと思います。今回の会合の素晴らしいところは、問題を具体的な言葉に落として、解決策を考えていることです。Problem Solvingのアプローチはとても大切ですし、どうすれば家庭経営や社会を変えられるか、考えることが大事なのです」

カンファレンスの様子4

カンファレンスの様子5

カンファレンスの様子6

カンファレンスの様子7

第2部は、各家庭が抱える問題とその解決策についてグループで意見交換を行った

アメージャン商学研究科教授(中央)

アメージャン商学研究科教授(中央)

カンファレンスの様子9

子ども連れの参加者のために、別室には託児ルームが設けられた

「エルメスカンファレンス~生活経営のススメ~」を終えて「エルメスは知恵をつなぐ」

今回が3回目になる「エルメス」のカンファレンス。年齢も職種も違う面々が集まる準備委員会は、これは私が、これは私と、あっという間にロールが決まり運営もきわめてスムーズ。
そんなやり手の面々が、「仕事より家庭の方がずっと大変」と口を揃える。一橋の女性たちは、仕事は得意でも家事は苦手なのか。仕事ができるがゆえに、家事もさくさくとこなしてしまい、器用貧乏になってしまうのか。あるいは、できる女性たちにすらも大きな溜息をつかせてしまう、構造的な問題が日本社会にあるのか。
職場の仕事は組織の力で片付いていくのに、家庭の仕事はワンオペ、ものすごい重力場でわれわれを取り込むブラックホールのようである。ブラック企業のつけも結局は家庭に溜め込まれるのだから。
エルメスは、一橋大学のシンボル、マーキュリーのフランス語表現。伝達・交通の神、商売の神、そして泥棒の神。神々の国と人々の国の間を取り持ち、異なった世界を飛び越える神である。仕事と生活の間で四苦八苦している人たちにこそ、エルメスは守護神であるべきではないだろうか。
エルメスの知恵は、異質の点と点を繋ぐ時に宿る。異質な世界の狭間を生きる人は、異質な世界の人々に会える人。仕事の知恵を家庭に生かす、専門家の知恵を買う、友人知人の知恵をどんどん盗む。エルメスの知恵を総動員し、重い重い重力場の家庭が、軽やかになったらいい。その知恵は、今度はきっと仕事の場にも還流していくはず。
私も座席指定をいただき、多忙な会計士のご両親の家庭に育ったというステキな現役大学生から、「ご飯が必ず一緒じゃなくても会話が豊かだったのでぜんぜん孤独じゃなかった」という言葉にほろり。曜日ごとにメニューが決まっているブラジル飯など、ネーミング次第でラテンな気持ちになるアイディアもナイス。タテヨコを超えたナナメつながり。運営に工夫してくださった皆さんの知恵の賜物だった。虎の巻、進化させよう。
関心のある方はFacebook上の「エルメス」のグループにアクセスしてみてください。一橋大学の学生・卒業生・教員はグループに参加することができます。カンファレンスも続けていく予定です。

山下 裕子

(2015年1月 掲載)