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ワーク、ライフ、ネットワーク

  • ワトソン 愛鈴
  • 商学研究科准教授山下 裕子

2015年春号vol.46 掲載

シリーズ企画「一橋の女性たち」は、今年で12年目を迎えた。今までご登場いただいた方はのべ50人近く。回を重ねるにつれ、登場した女性たち同士、そしてその友人や先輩・後輩へとネットワークが自然に広がっていった。その素敵な事実と、「一橋の女性たち」の牽引役、山下裕子商学研究科准教授の「『女性たち』をもっとオープンにして、ネットワークを広げる場にしたい」という思いが重なり、今回は「エルメス」と連携した公開対談となった。新スタイルでの最初のゲストは、ニューヨークでネットワーキングを実践するワトソン愛鈴さん(1998年商学部卒)。企業やマスコミ、家庭で活躍するOG、マレーシアからの留学生、「先輩の話を聞きたい」という大学院と学部の学生など、多彩な顔ぶれの13人が参加した。軽食を楽しみながらくつろいで話そう、「参加者も質問OK」というフランクな公開対談は、和やかな雰囲気でスタートした。

ワトソン愛鈴氏プロフィール写真

ワトソン愛鈴アイリーン

1998年一橋大学商学部卒業。卒業後は、野村證券株式会社に入社、その後外資系証券会社を経て、2008年三菱UFJモルガン・スタンレー証券に入社、2013年11月からモルガン・スタンレーニューヨーク本社へ出向している。

広く教養を身につけたい。日本の経営を学びたい

公開対談の様子1

山下:ワトソンさんは今、ニューヨークの証券会社で活躍されていますね。友人・知人のいないニューヨークでどのようにネットワークを築かれたのか、ニューヨークのネットワーク事情はどうなのかなど、伺いたいことはたくさんあります。その前にまず定番の質問から。イギリスで教育を受けられたワトソンさんが、一橋大学を選んだのはなぜですか?

ワトソン:私は東京生まれで小学校5年生まで日本で過ごし、その後イギリスの学校に入りました。イギリスでは中学のときから、生徒に将来希望するキャリアを聞き、生徒はそれに関連する科目を選んで学びます。その頃、私はコンピュータに関心があり、将来はIT関係の仕事をしたいと思っていました。ですから、文学や歴史などはあまり学ばなかったのです。
私が住んでいたのは、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』で有名なヨークシャーでした。でも、日本人の友人と話すと、彼らのほうが私よりイギリスの歴史や文学に詳しかったのです(笑)。イギリスの大学は、専門の1〜2科目を集中して学ぶシステムですから、社会に出る前にもっと幅広く学びたいと思うようになりました。そこで、1〜2年は教養科目を広く学び、3〜4年で専門性を身につける日本の大学で学ぼうと思いました。
一橋大学に決めたのは、高校で学んだBusiness Studiesの影響です。当時のイギリスは大不況で、東北部のヨークシャー州などは失業率が17%を超えていました。一方、日本はバブル景気の最後の時代。先生からトヨタやソニーの話を聴いて、日本のBusiness Studiesを学びたい、そして、それには一橋大学が一番良い大学だと思い受験しました。

公開対談の様子2

山下:入学当時、漢字は苦手だったと伺いましたが、授業やレポートなど、どう乗り切ったのですか?

ワトソン:母も「講義ノートを取れないのでは?」と心配してくれました。私の作戦は、優秀な学生がいそうなサークルに入り、仲良くなってノートを貸してもらうこと(笑)。ねらいをつけていた経済学研究会に入りました。また、そのほか、水泳部にも入部しました。イギリスには部活がないので、皆で力を合わせて何かをするクラブ活動に憧れていたのです。水泳部の女子部員は10人で、個性的な人揃い。とても楽しく過ごせました。

日本企業で社会人の基礎を学び、外資系証券会社へ

山下裕子准教授

山下:卒業後は、日本の証券会社に就職されたのですね。外資系企業は考えなかったのですか?

ワトソン:私は3年生のときに「如水エル」に入りました。「如水エル」の先輩が外資系ならあとからでも入れるが、日本企業は新卒のほうが入りやすいとアドバイスしてくれました。日本の企業は新人に対し、礼儀作法や電話応対、メールの書き方など、きめ細かく指導してくれます。日本の証券会社のお客様は日本の企業や日本人ですから、指導を受けてよかったと思いました。

山下:会社ではどのようなお仕事に携わっていたのですか?

ワトソン:私が最初に配属されたのは、株式調査部でした。企業の経営者や財務の方などにお会いして、お話しできたことはとても良い経験でした。調査部のあとは、投資銀行部門のドキュメンテーションチームに異動。株式公開や社債発行などに伴う資料や契約書等を、国内外の弁護士らと協力しながら作成する仕事に携わりました。

公開対談の様子3

山下:その後、外資系証券会社へ転職されたのですよね。海外勤務はご自身の希望だったのですか?

ワトソン:はい。新卒の頃から「ロンドンで働きたい、海外でチャレンジしたい」と、上司や人事にアピールしつづけました。同期入社では2年目で海外へ出ている男性もいましたので、なかなか機会が得られなくて悔しい思いをしていました。
2013年にやっと、ニューヨークで働くチャンスを掴むことができました。率直に言うと、最初は「えっ、ニューヨーク!?」という感じでした。家族も友だちもいないわけですから。でも、ニューヨークは世界最大の金融市場ですし、私の趣味はコンサートやオペラなどの芸術鑑賞です。これは公私ともにチャンスかもしれない、と(笑)。

ネットワーキングの重要性を伝えたい

公開対談の様子4

ワトソン:私がこの対談をお受けしようと思ったのは、ニューヨークで働く人々のネットワーキングについてぜひ、一橋大学の先輩や後輩の皆さんにお伝えしたかったからです。
私も能動的に道を開いてきたほうだと思いますが、ニューヨーカーたち、なかでもマイノリティのアメリカ人はものすごくアクティブです。ウォール街は白人男性中心の社会です。法曹界でも大手法律事務所のパートナーの女性比率は15%程度にすぎません。マイノリティの成功者たちは、実にさまざまなイベントを開き、ネットワーキングを通じて切磋琢磨しながら、次の世代に積極的にアドバイスをしています。頑張っているのです。大学の先生やその分野で成功した経営者、弁護士、NGOの理事等を招いてのトークイベントや交流イベントなどが活発に行われています。私もこの1年で40回ほど参加しました。このようなトークイベントの特徴は、聴衆としてただ話を聞くというだけではなく、イベントの前後にカクテルを片手に本人と直接話ができるという、カジュアルでありながらかなり贅沢なものです。ニューヨークでは成功者(経営者、パートナー弁護士、投資銀行のマネージング・ディレクターら)が積極的にトークイベント等で次の世代にアドバイスをしてくれます。たとえば、大手法律事務所では、頻繁にトークイベントがあります。東京でも米国系大手法律事務所と仕事をしていましたが、トークイベントに招待されたことはありません。また、そのような話も聞いたことがありません。ビジネスで成功している忙しい人々が機会をつくってくれることに心より感謝しています。それ以外にも、市内の大学、企業主催のイベントなどが頻繁に実施されているので、アンテナを張ることで、ネットワークを築く機会は山ほどあるのです。

公開対談の様子5

山下:知人もいなかったニューヨークで、どのように参加の機会を得たのですか?

ワトソン:会社にはクラブのような、テーマを持ったコミッティがたくさんあります。私はそれをきっかけに利用しました。またトークイベントには、成功者だけでなくいろいろな人が参加します。インターンの学生でも参加できる。なかには中学生の子どもを連れて参加する人もいます。アメリカにはNetwork Scienceという学問領域があるし、Social CapitalやRelationship Capitalといった、人々の信頼関係や結びつきを重視する概念もあります。1人でできることは限られている、他者とつながってレバレッジを効かせ向上しようという考え方が浸透しているのですね。

山下:緩やかな連携のほうが効くということもありますね。

ワトソン:そうだと思います。ある統計によると、日本人の知人の数は平均で200〜300人なのに対して、アメリカ人は1200〜1500人もいるそうです。
プライベートでは如水会ニューヨーク支部のネットワークに大変お世話になりました。早く生活に慣れるよう、最初におすすめの医療機関や美容室、日本食のお店などを教えてくださり、とても助かりました。特に美容室の場合、ニューヨークでは、自分と同じ人種の人が経営している美容室に行くのが賢明です。かつて知人の日本人男性がアジア系の理容室ではなくアフリカ系の人が経営する理容室に行き、斬新な髪型になったと聞いたことがあります。ニューヨークには大勢の一橋大学出身者が活躍しており、如水会ニューヨーク支部には200人以上の登録者がいます。年に2回、如水会のパーティーがあり、その他、ホームパーティーに呼んでいただくこともあります。ニューヨークといった大都市にいながら、一橋出身ということだけで、素敵なお宅のホームパーティーに招待され、大勢の楽しい方々にお会いできました。改めて一橋に入ってよかったとニューヨークにきて思いました。

自己投資に力を注ぐニューヨークのキャリアウーマン

ワトソン氏

山下:その道で成功した人の話を聞くと、インスパイアされるものがありますよね。

ワトソン:そうなんですよね。なかでも、第一線で活躍しているアメリカの女性たちのパワフルな生き方には感銘を受けましたし、すごく刺激になりました。たとえば、Women's Committeeの世話役の女性は、2週間に一度ペーパーを作成し、「こういう面白い話がありました」「この記事は参考になります」などと、情報提供をしてくれるのですが、彼女は、ある企業の社内弁護士で5人のお子さんがいます。それだけでなくフルタイムで働きながら、チャリティー関連のNGOの理事をしているのです。彼女の時間配分のノウハウは、すごく勉強になりました。でも、彼女だけが例外ではありません。私が知っているだけでも、パワフルな女性エグゼクティブは彼女を含め3人います。また、ソマリア出身のモルガン・スタンレーの幹部からはwork smartのノウハウなどを聞く機会があり勉強になりました。

山下:アメリカのエグゼクティブはみんなwork hardでしょう。work hardなだけでなく、どのようにwork smartをしたかがポイントなのですね。

ワトソン:work smartのためには国内外のネットワークを活かすこと、キャリアの面では良いメンターを持つことが重要ですね。

山下:最近、日本でもワーク・ライフ・バランスが大きなテーマになりつつありますが、アメリカのワーキング・マザーは、優先順位や時間配分をどのように考えているのですか。

ワトソン:夜間のビジネススクールへの通学、セミナーへの参加など、仕事に関連した自己投資の優先順位が高く、家事は低い傾向にあると思います。ニューヨークでは、家の掃除を依頼すると1回2時間で90ドルと決して安くはないのです。でも、積極的にアウトソースしているようですね。たとえば、平日の食事は出前やデリのテイクアウト、子どものランチは学校給食、買い物はオンライン、掃除は週1回クリーナーに頼む、洗濯はクリーナーかクリーニング店に依頼、犬はドッグウォーカーに、子どもの送り迎えはナニーに依頼するといった具合です。家事をアウトソースすることによってつくり出した時間を、キャリアアップのための勉強時間にしたり、宿題をみてやったり一緒にスポーツ観戦をしたりするなど、子どもと過ごす時間に充てています。

山下:アメリカのネットワーキングやワーキング・マザーの時間配分などは、私たちにも参考になりますし、また考えさせられることでもありますね。では、対談の締めくくりとして、後輩へのメッセージをお願いします。

ワトソン:治安が良く、食べ物もおいしい日本を離れて留学したり、海外で働こうとしたりする日本人は減っていると聞きました。でも、私は、若いうちに世界を見ておくことは、キャリアにも人生にもプラスになると思います。また語学力を磨くことで活躍の場が広がると思いますから、20代、30代のうちに積極的に飛び出してほしいですね。ことにニューヨークは世界中から優秀な人が集まっているので、積極的にいろいろな会合に参加することで面白い話やノウハウを吸収できる機会が多い。真剣に何かを学びたい後輩がニューヨークにきたら、私もサポートしたいと思います。

公開対談の様子6

公開対談の様子7

公開対談終了後参加者で記念撮影

一橋の女性たち

「エルメス」は、一橋大学を卒業した女性たちが自由に意見交換する場として誕生した非公式の団体です。一橋大学OGの方は、どなたでも参加できます。ご興味のある方は、Facebook上の「エルメス」のグループにアクセスしてください。

対談を終えて「ネットワーカーは母校の宝」

かつて、石原一子先輩を囲む会が国立で主催された。会場のレストランにワトソンさんの姿が見えた途端、室内がぱーっと明るくなった。
如水会関係の場で、若者の影は薄く数が少ないうえに隅のほうでひっそりとしていがちだ。そんななか、ワトソンさんは、固定席で話し込んでしまっている私たちの席をひらりひらりと訪れ、あっという間に皆と話をしてしまったではないか。相手にふさわしい話題を見つける力が素晴らしく、ぐんと距離を縮めてしまう。
そのネットワークの達人ワトソンさんが「スゴイ!」と思った、NYのネットワーキング事情。裕福でタフで時間を買える人の贅沢なのでは、と僻んでしまいそうになるけれど、マイノリティで苦労している人こそ、つながろう、自分の経験を若い人に伝えようと熱心なのだそうだ。ネットワークは、コネづくりのようにも思えるけれど、他者の世界へと自分を開いていくことで、自分を組み替えていく機会という奥深さを秘めている。
それにしても、掃除の時給が45ドルとは!
賃金上昇→家事外部化→ネットワーキング→賃金上昇......。ワーク、ライフ、ネットワークと、ホップ、ステップ、ジャンプ!
女性の賃金が安く、家事負担が重く、通勤負担も重い日本。賃金停滞→家事抱え込み→自分の殻に引きこもり→賃金停滞......ネットワークが必要な人ほど余裕がなく、自分の殻に閉じ込められてしまうというジレンマ。節約ばかりでは自分も楽しくないし、経済も浮上しない。この悪循環を、ポジティブに楽しく明るく反転していけないものかしら。
ワトソンさんのようなネットワーカーは、母校の宝だ。一橋の女性の会「エルメス」の立ち上げにも熱心に参加してくださり、世代を超えたつながりをつくってくれた。今回の帰国の折、ワトソンさんに会いたいという声が沸き起こり、その声に便乗させてもらい、公開とさせていただきました。宝を蔵に入れてしまっておくのは愚の骨頂。どんどん活躍して、その輝きで世界を変えてほしい。
季節は春。袴姿の艶やかな女子学生たちを見送った、桜の花びらが舞う国立のキャンパスは、また新しい学生を迎える。一橋大学が共学としての歩みを始めて70年。W70を記念して、ネットワーキングをさまざまな角度から考えてみたいと思っています。

山下 裕子

(2015年4月 掲載)